第22話『暗闇の君』
他のメンバーが災害獣と戦っている間、ミドナ、キリノ、ジェナの3人は、別の施設へと侵入を試みていた。イルミナ市街にある建物で、暗闇の花の人間たちが出入りしているのが頻繁に目撃されている場所だ。ミドナの見立てによると、ここは彼らの本拠地だという。
「たぶん、信者も集まってるだろうし、どころか指導者とやり合うことになるわ。覚悟はいい?」
「……はい。野放しにしておけない相手ですものね」
「いざとなれば建物ごと吹き飛ばす。それでいいか?」
「信者といってもほとんどはただの一般人。生命のやり取りは避けましょ。本当の本当に最終手段ね」
暗闇と名乗るだけあって、建物の中は妙に薄暗い。闇属性の魔力を含んだ重苦しい空気が立ち込めているのだ。キリノにとってはむしろ居心地がいいと思えるが、ジェナもミドナも顔を顰めているあたり、普通は気味が悪いと思うものなんだろう。
「この奥に元凶がいるのか?」
「そうなるわね」
本拠地であれば、もっと警戒態勢であってもおかしくないと思うのだが。入口付近の礼拝堂も、その付近の通路も、人の気配はどこにもない。まるで廃墟のようだ。不思議に思いながら、ミドナに誘導されるまま進んでいく。そうすると、次第にミドナのことも疑いたくなってくる。キリノとジェナは互いに目を合わせ、ジェナが先に口を開いた。
「ミドナさんはどうしてこの場所を知ったのですか? それも、まるで内部構造まで理解しているかのように」
「……勧誘されたのよ。自分たちと、巫女の一族なんて括りから解き放たれましょう、みたいな誘い文句でね。もちろん蹴ったけど、踏み入れたことはあるわけ」
疑われるのも当然よね、という態度のミドナ。それが怪しくないと言えば嘘になるが、今はこれ以上追及することもないか。その後は、黙って彼女に従い、一際濃い魔力の漂う部屋の前まで案内された。その間に災害獣警報が聴こえても、カリンたちを信じて託すだけで、キリノたちは薄暗い中を進んでいった。
そして、ミドナは「花園」とプレートに書かれた目の前の扉に手をかけ、開こうとする。その瞬間、背後の闇の気配が一気に濃くなって、振り向くとそこに少女が立っていた。
「っ、誰!?」
「それはこちらの台詞じゃぞ、侵入者たち。まあ良い、見学に来たのであろう? 許すぞ」
修道女のような衣装の上からローブを羽織り、にこやかに話す彼女。キリノたちは皆最大限の警戒として、その少女から決して視線を逸らさなかった。
「おっと、申し遅れたな。妾の名はシルト。シルト・ヴォルカッシュという。お主らも含めて、いずれあらゆるヒトを導く者じゃ」
「導く……」
「うむ。巫女に頼りきったこの国に、巫女ではない楽園への近道を作ってやるのが今の妾の仕事。そして、救済への1歩なのじゃ」
シルトと名乗った彼女は、わざわざ宗教の指導者らしいよくわからないことを言うと、ミドナを急かすように続けた。
「どうした、その扉の向こうが知りたかったんじゃろ? ほれほれ、早く開けぬか」
「……開けるわよ」
重く軋む音を立てて、開いていく扉。中から溢れ出した強烈な臭気に、ジェナ共々反射的に口元を袖で覆った。部屋の中を見ると、内部は温室になっているらしく、なにかの植物が栽培されている。観賞用の花なのだろうか。暗い紫の花がたくさん咲いている。その傍らで、同じローブを着た人間たちが、花を呆然と眺めながらただ佇んでいる。異様な光景だった。
「嫌な花畑ね。人に幻覚を見せ、強烈な依存作用を持つ花がここまで揃えられてるなんて」
歯を食いしばりながらこぼすミドナ。彼女の言葉を聞き、キリノも思い出す。この花、図鑑かなにかで見たことはあったが、現代に存在するのは幻覚作用の弱められた改良品種のはず。花の数とほぼ同数の人間が影響下にあるということは、明らかにこれを悪用しようとして栽培している。
「くひひっ! 頑張って用意したのじゃ。すごいじゃろ? 彼らは皆、綺麗な夢を見ておる。いや、夢すら見ておらぬかもしれぬな。ただ、とろんと快楽の中に蕩けているのじゃろう」
「……まさか、これが楽園とやらですか」
「あぁ、そうじゃ。ゆくゆくは全人類にこうなってもらおうと思っておる」
シルトは笑顔のまま、澱みなく答えた。全人類が思考を辞め、こんな置物のようになるのが救済だと彼女は言うのだ。キリノは反射的にそれを否定しようとして、シルトの笑顔にあるものが善意ですらないことに気がついた。
これは『世界征服』だ。人類を無力化し、己が支配者になろうという野望。即ちキリノの抱いたものと同質のものだった。キリノがそれを否定する資格はない。同じ夢を見ている以上、これはただの同族嫌悪でしかなかった。
「ふざけないで。こんなもの……人類を滅ぼすも同義です」
「うむ。それがどうかしたか? 滅ぶならせめて、幸せな滅びをと思っていたが」
「滅亡を前提にしないでください。人間が貴方に滅ぼされる謂れなんてない」
即座に言い返すジェナの言葉を聞いて、シルトはくつくつと笑ってみせる。
「それもそうじゃな。まあいいじゃろ、妾がやりたいからやっておることじゃから」
「……彼らはそれを知った上で、こうなることを選んだんですか」
「そんなわけがなかろう。もっとちゃあんと、都合のいい話で口説き落として、大事なことは知らせぬままお人形にしておるわ」
まるで常人の神経とかけ離れたことが平然と言い放たれる。彼女とは言葉を交わしても無駄だと、ついにジェナも諦めたのか、歯噛みした彼女は黒い魔力弾を放ち、咲いていた花のうち1輪を散らした。シルトへの宣戦布告だ。
「……あなたを止めます。未来の被害者をなくすために」
「くひひっ、それでこそ次代の月の巫女。わざわざ太陽の巫女の殺害予告などさせてまで、誘い出した甲斐があるというもの!」
シルトが指をぱちんと鳴らしたのを合図に、今まで佇んでいた人々が一斉に動き出す。目標はキリノたちだ。操り人形にされた人間たちの襲撃に、ジェナを庇って立つキリノ。そのさらに前に歩み出てきたのはミドナだった。彼女は全身から炎の魔力を漂わせ、こちらに少しだけ目配せをした。
魔力の波長からして、炎が起こす光を溜め、閃光弾代わりにするというわけか。ミドナの視線をそう受け取ったキリノは、すぐさまジェナの顔を手で多い、2人の周囲に魔霧を展開。視界が白に染まり、まともにくらって気絶した人々がばたばたと倒れる中、キリノとジェナは無傷のままシルトの姿を探す。彼女はいつの間にか部屋の奥に立っており、相変わらず悪意を隠そうともしない笑顔を見せる。
「さすがミドナじゃのう。ぬしにも人類滅亡させたい欲くらいはあるはずじゃが……ま、多少妾の邪魔をするくらい、見逃してやるかの」
「あんたのやり方がどうしても気に食わないだけよ」
再びミドナからの目配せが来る。キリノがジェナの背中を押し、共に体勢を整え駆け出す。ジェナの放つ黒の光球がいくつもシルトに向かって放たれ、キリノも同様に圧縮した霧の弾丸を使う。いくつかの花を撃ち抜き散らしながら迫る弾丸に、シルトは1歩も動かず、闇の魔力を纏うことで弾いてくる。
ならばと近接戦闘に持ち込むべく距離を詰めていく。駆け抜ける隙にシルトの用意した花畑への攻撃も忘れない。できる限り施設を破壊しながら、倒れている人間は傷つけないように進み、やがて敵を間合いに捉える。
「喰らえ──ッ!」
最初に叩き込んだのは、霧の魔力を固めてハンマー状にしてぶつける攻撃だ。霧と闇、同質の魔力同士が激突し、火花が散る。
「キリノとやら。ぬしは月の巫女のように、妾を否定しないのか? 先程から黙ってしまって、言葉も出ないといったところか」
嘲る相手がキリノに変わったらしい。だからといって反応を返してやる必要はない。キリノがやることは、ジェナに合図を送ること。彼女はシルトの闇の防壁に月の魔力の短剣を突き刺し、内側から乱しにかかる。危険を察知したシルトは気絶していた人間を無理やり動かし向かわせてくるが、そいつらを霧の拘束で止め、ジェナの攻撃を通す。闇の防壁に集まっていた魔力が乱れ、防御が緩んだ。その瞬間にキリノが光線で首を狙い、間一髪かわさへたところで、すかさずジェナが懐に飛び込んでいく。
息もつかせぬ攻撃の波。ついにシルトも黙って立っているわけにはいかなくなり、その手に纏った闇でジェナの繰り出す刃や光弾を弾き、格闘戦が展開される。ジェナには魔力が蓄積され、その出力が着実に上がる一方、シルトからは少しずつ笑顔が消えていっている。
「むぅ、当初の予定では、もっと煽る予定だったんじゃがの」
残念そうにこぼした直後、ジェナに向かって思いっきり側頭部めがけた蹴りを放つシルト。咄嗟のことでかわしきれず、なんとか衝撃に受身をとったジェナは、脳震盪のせいかふらつきながらも立ち上がる。そして再びシルトへと飛びかかった瞬間、その背後からまたしても操られた人間たち2人がジェナを襲う。その手にはいつの間にかナイフが握られていた。シルトはこの瞬間を待っていたとでもいうのか。
「ジェナ……ッ!」
ジェナは既に攻撃体勢だ、止まれない。しかし振り返らなければ、あの刃はジェナに突き刺さる。キリノは最速で解決すべく、彼らに手加減抜きで魔霧の槌を振り抜き、まとめて殴り飛ばす。彼らは勢いよく壁に叩きつけられ、血を吐き倒れ伏す。同時にナイフも粉々に砕け散った。彼らの命の保障はできないが、少なくともジェナの危機は去ったはず。
後は飛び込んだジェナの刃が届いたかだった。キリノが振り向き、シルトとジェナの様子を見ると、その戦闘は止まっていた。彼女らの間には、年端もゆかぬ、見知らぬ少女が挟まっていた。その体には、ジェナの手にした刃が突き刺さっている。つまり、シルトはわざと子供を肉の盾にしたのだ。
「あ……」
「おっと! くひひ、これはこれは、命拾いしたわ。感謝するぞ、命の恩人よ」
呆然とするジェナを前に、シルトは刺された少女にキスをすると、ジェナを蹴りつけて剣を引き抜かせ、血を流す少女を無造作に投げ捨てた。そのまま、周囲の無事な幻覚の花を引っこ抜くと、ジェナに吸わせようと顔に近づけてくる。キリノは全速力でそこへ飛び込み、シルトの手を払い除けると、ジェナを抱えて距離をとった。
「大丈夫か、ジェナ」
「あ……わ、私、人を……」
「まだあの子も死んだと決まったわけじゃない。すぐさま治療すれば大丈夫だ。人の心配よりも、お前が死ぬほうが問題だろ」
キリノはなんとか奮起させようとしたが、利用されただけの人間を傷つけてしまったことが堪えているらしい。既に投げ捨てられた少女にはミドナが駆け寄っていて、彼女を連れてこの場から離れようとしてくれているらしい。だが、こうなってしまっては戦えないジェナのことだって問題になる。最終手段、この建物ごと吹き飛ばしてしまうべきか。
その逡巡の隙に、先に更なる魔力を迸らせたのはシルトの方だった。この施設に存在したどの闇よりも暗く、おぞましい気配。特待クラスのメンバーよりも上、どころか下手をすればカリンの拳でさえ突破できるか怪しい。ここまでを隠し持っていたというのか。
「……さて。囮用の災害獣も倒されたようじゃし、妾の頑張って作った『暗闇の花』は妾を残して壊滅状態じゃ。じゃが、そのおかげで妾の封印も解けよう」
「何者だ、お前」
「すぐにわかるとも。よく耳を澄ましておれ」
シルトの言葉の直後、けたたましく耳障りな音が確かに鳴り響く。最大音量の災害獣警報だ。だが、その内容は、今までに聞いたことのないモノだった。
『緊急災害獣警報──災害獣出現。推定最大災数──7。激甚災害獣が予想されます。近隣の住民は速やかに安全な場所に避難してください。緊急災害獣警報──』
災数7。今まで遭遇した災数より遥かに高いどころか、現状の尺度で最大の数値だ。それ以前に、シルトが災害獣? 今までの災害獣は魔力を扱う獣であり、知性を感じさせる個体はいなかった。人間に擬態していたとでもいうのか。
いくつもの有り得ない事象を前に、キリノでさえも呆然とする中、目の前にいたはずの少女は、闇に包まれると共に巨体へとその姿を変えていく。いくつもの触手が蠢いて膨れ上がり、天井を突き破り、瓦礫を押し退けて空へ昇っていくのだ。
さらに最悪なことに。上空へ昇るシルトを呆然と眺めていたキリノを、びりりと肌でわかるほどの違和感が襲う。魔力による干渉だ。あれを注視してしまったら気が狂う。キリノだから平気だが、強い魔力を持つがゆえの耐性があってようやく、吐き気で済む領域だろう。空が灰色に変わっていく中で、地上の人々は各々苦しむ声をあげ、活気に溢れていたイルミナの街が暗く塗りつぶされていく。
「さあさあ、人間どもよ聴くがよい。これより始まるは史上最大の獣の節。楽園に至る第1章じゃ。先陣はこのシルトが務めよう。さあ、皆は次章まで生き延びられるかの」
上空の災害獣より響く少女の笑い声が、人々の呻き声の合唱とともに、街中に不気味にこだましていた。




