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第21話『遠征授業・襲撃者』

 シエルカ・セブンカラーズは引率すべき特待クラスの生徒たちから離れ、単独行動をとっていた。

 最初は元同級生のヘイローがイルミナで働いているため、彼女にちょっかいをかけるだけのつもりだったのだが。ヘイローの話を聞いて、国家所属ゆえに持ち場を離れられない彼女の代わりに、現地調査に赴くことになってしまったのだ。

 生徒たちはシエルカがいなくても強い。大丈夫だとは思うが、さっさと切り上げるつもりで急ぎめに歩く。


「しっかし、よくこんなところに宗教施設作るものだね。私だったら、もっと爽やかなところに作るけどなあ」


 街中に走る地下水道の中に、いくつか魔法使いのアジトめいた施設がある。その中には、調査対象である教団『暗闇の花』が使っている施設もいくつかあった。わざわざ誰も寄り付かないような陰鬱な場所に構えるのは、見られたくないものを隠していると言っているようなもの。

 そこにメスを入れてしまおうと、シエルカは地下施設のうち最も魔力の気配が濃い、謎の太いパイプが入口から四方に伸びている施設の、見るからに重そうな鉄の扉に手をかけた。もちろん施錠されていたので、魔法パワーで破壊して入場する。


「重要そうなわりに警報とかついてないんだねぇ」


 ハズレを引いた可能性も考慮しつつ、堂々と踏み込んでいく。時間が云々よりも、こんな淀んだ空気で汚い環境の場所にあまり長居はしたくない。なにもないならないで、早めに全部見て回ってさっさと帰ろう。

 そう思ったシエルカは1度、小さくため息をつき、魔力を探知するレーダー魔法を展開する。しかし、どうやらこの地下に渦巻く淀んだ魔力に加え、このパイプが大きな力を輸送する役割を担っているらしく、探知もうまく働かない。人間は近くに潜んでいるようだ。そちらに接触を試みた方が、自力で解明するより早いか。


 そうして探知を行っている間、シエルカは立ち止まり、目を閉じて集中していた。つまり、肉体は無防備に見えていた。それを狙って、背後から突如として黒い光球が飛来し、シエルカの背中に迫る。だが肉体には届かず、常時展開されている障壁に高速で衝突すると、砕け散っていった。振り返ったシエルカの視界には、先の光球を放った本人らしき人物の姿が映る。

 相手はローブに身を包んだ女性で、恐らく魔法使いだ。やっと見つけた関係者らしき人物に、思わずにやりと笑ってしまった。先程の探知にも引っかかっていたが、向こうから来てくれるとは。


「いきなり攻撃はひどいなあ、まったく。こっちもいきなりいかせてもらおうかなっ」


 シエルカの纏う魔力が紫色に発光する。そして指を鳴らすと同時に、見えない力が魔法使いの首を押さえつけ、彼女は拘束される。咄嗟のことに抵抗できなかった魔法使いだが、首を軽く締められてなおシエルカを睨む気力はあるらしい。だが、シエルカの方は彼女を拘束したまま何を話しかけるでもなく、施設の奥に向かって何度か衝撃波を放つ。奥から短い悲鳴が聴こえて、直後、ばたりと数名の魔法使いが地面に倒れ伏した。気絶したようだ。


「これでお仲間も撃破ってとこかな。それじゃ聞くよ、このパイプ、何?」

「……お、教えるものか。巫女などに縋る貴様らに……っ、ぐ、ぅうう……!?」

「はい首絞め。窒息がクセになっちゃう前に答えた方がいいと思うよ」


 だが魔法使いは口を割らない。殺すのはさすがに教員としてよくないし、どうするか……そう考えていたところ、先程から張り巡らせている魔力探知に小さなノイズが引っかかる。増援か。ふらっと廊下に出てみると、その通り、4名ほどの魔法使いらしき人物がこちらに走ってきている。


「いたぞ! 奴が侵入者だ!」

「はいはーい、こっちこっち!」


 余裕綽々で手招きして、飛んでくる光弾攻撃は軽く反対属性の魔法で相殺し、近くまでやってきて殴りかかってきたところで首筋を手刀で一撃、昏倒させていく。


「よっと。いっちょあがり。で、喋る気になった?」

「ひゅーっ……ひゅーっ……!」


 拘束された魔法使いは答えずに睨むばかり。答えの代わりに返ってくるのは苦しそうな呼吸音だけだった。


「ん? ってことはそうだよね、ごめんごめん。緩めるの忘れてた」

「っ、ぶはぁっ……! こ、この身が朽ち果てようと……全てはシルト様のため……」


 シルト……か。恐らくはそれが彼女らにとっての神か、あるいは指導者の名なんだろう。固有名詞を出されたところで何か変わるわけもなく、相変わらず話す気はないということでいいだろう。


「ここまで湧いて出るってことは、重要施設ってことだよね。んー、ぶっ壊して帰った方がいいかな」

「……っ、や、やめろ……」

「おっ? なになに、壊しちゃ駄目な理由あるの?」


 拘束した魔法使いは頑なに黙っているが、施設の破壊はやられて嫌なことのようだ。それなら最後に壊して終わりでもいいか。よし、そうしよう。

 その前に、先に人間だけ運び出してしまおうと、シエルカはせっせと気絶させた者たちに魔法をかけていく。面倒だが、やはり死人を出す訳にはいかないし、必要な作業だ。だがそれが、彼女に覚悟を決める時間を与えてしまったのだった。


「く……シルト様っ、我らのすべてを捧げます……!」

「……ん? え? ちょ、この術式って……!」


 その魔法が起動された瞬間、シエルカは振り返って目を丸くする。拘束されていた彼女が使ったのは、魔力への変換と移送の術式だ。対象は魔力の目印がつけてある者。同じ暗闇の花を信奉する者が着用しているアクセサリーか何かに反応しているんだろう。問題は、その変換が生命を根こそぎ持っていくような代物だということだ。自らと同胞を生贄にして起動する魔法。それほどの魔力リソース、悪用しようとすればいくらでも悪用できる。そんなもの、通していいわけがない。


「ごめんね……っ!」


 拘束に使っていた重力魔法を用いて、シエルカは真っ先に術者の首をへし折った。彼女の呟き続けていた祈りの言葉が途切れ、そのまま全身が脱力する。起動した人間の意識喪失によりなんとか術式の駆動が止まるが、既に吸い上げられた分は既に捧げ物となってしまったことだろう。

 その瞬間、施設に張り巡らされたパイプがどくんと脈動し、シエルカの探知に引っかかっている反応が1つ、急激にその規模を膨れ上がらせていく。


「やばっ、まさかこれ……災害獣に流れていってる……!?」


 都市を直接吹き飛ばす爆弾とかじゃなくて助かったと思いつつ、まだ生徒への危険は残っている。シエルカは魔力を纏い、勝手に触れたものを破壊するように設定してから、真っ直ぐ上に跳躍。天井に突き刺さると、そのまま地上までドリルのように、上へ上へと進み始めるのだった。


 ◇


「……ほんとにこれでいいのかな」


 クラウディアは思わず、ため息まじりに呟いた。


 彼女にとって、イルミナに来てからの出来事は心配なことばっかりだった。単独行動のシエルカ先生もそう。殺害予告が届いていたもそう。言われるがまま出発してしまったのもそう。そしてさらにキリノとジェナが別行動。正直に言えば胃が痛かった。

 隣を歩くテュエラとネージュは平然としている。カリンはクラウディアと同じく、落ち着かない様子だ。彼女には大丈夫だよと声をかけてあげたいけど、誰かに大丈夫だと言って欲しいのはクラウディアの方だった。

 しかし、何も会話がないまま一行は歩き続け、街から離れた開けた丘までやってくる。


「ここなら平気ですかね。そろそろフライト開始しましょう」


 テュエラが風を巻き上げ、一気に4人の足元に集めてくれる。少女たちは各々、スカートを押さえながら、風に体を任せ上空へと飛び上がっていく。足元は不安定どころか浮遊しているためなにもないのだが、テュエラの演算ならきっと心配ないはず。あぁ、でも、落ちたらどうしよう。

 また積み重なった不安に、遠ざかっていく街並みを見つめながら押し潰されそうになる。そんなクラウディアの顔を見たのか、風の音に混じって静かに、隣を飛ぶネージュの声がした。


「私たちがやる事は単純。災害獣を退治することだ。私たちなら心配はいらない。そうだろう」


 そうだといい、けど。

 クラウディアが彼女から目線を外し、ふと下に広がる街並みを見た、その瞬間だった。地面が揺れ、前方で岩を砕く音がする。地中から這い出てくるのは災害獣だ。背中の赤い発光体を輝かせ、熱波を伴いながらその姿を現した。少し遅れて周囲に警報音が響き始め、目下では人々が逃げ惑い始めた。


「ちょ、あれ完全に目覚めてません? 休眠中って話はどうなったんですかね」

『災害獣発生──推定最大災数(サイズ)5弱。住民の皆さんは慌てず、速やかに避難してください』

「5弱って、そんな……」


 前回戦った相手よりも遥かに大きい。数十メートルはあろうかという巨体を前に、クラウディアは絶句する。不安は的中してしまったのだ。

 それでもやれる、なんとかなると、眼前の巨獣を真っ直ぐ見据えるネージュを見て心を整えようとする。深呼吸をひとつ。まだ到達には、少しだけ時間がある。クラウディアはどうするべきなのか、考えないと。相手は一体、巨体であるということは、攻撃を受けるのは不可能に等しくて──。

 不安を紛らすための思考は、再び災害獣を見たその時に砕かれた。クラウディアは奴と目が合ってしまった。純然たる破壊の化身、その目線はクラウディアたちへと注ぎ、確かにこちらを認識している。そしてそのまま、大きく口を開いたかと思うと、その中央に光を集わせ、エネルギーを1つに束ねていく。


「あ、あれって」

「っ、テュエラちゃん! 私を前に!」

「頼みます……!」

「もちろん! フレイムスター・エンゲージッ!」


 テュエラの風は叫んだカリンを押し出し、彼女は腰に提げたポシェットから変身アイテムを引っ張り出すと、災害獣の熱線が発射される瞬間、そのシークエンスを開始する。変身時に形成される保護障壁が熱線を受け止める。だが受け止めていられるのはカリンが変身を完了するその時まで。魔法少女姿のカリン1人なら耐えられるかもしれないが、他の3人はその瞬間に蒸発するだろう。

 ひとつ、またひとつとカリンの体にアクセサリーが装着されてゆく。これほど変身が完了してほしくないと思ったのは初めてだ。咄嗟に隣のネージュを見る。彼女の目にも激突するカリンの赤と熱線の赤は映っており、奥の手である事象凍結を出す準備はできているはず。だが、それでいいのか。クラウディアは、カリンやネージュ、テュエラに頼りきって、それで戦っていると言えるのか。


「わ、私は……」

「あまねく天を照らす、大いなる日の巫女! シャイニーフレアッ!」


 呟いた言葉はカリンの口上に掻き消され、彼女の纏っていた光が収まるその時、ネージュが手を翳して光線を止める。続けて二人は同時に更なる攻撃の準備に入っており、その流れるような連携に、クラウディアの入る余地はなかった。


「超温度差──」

「──友情パワー!」


 炎と氷の激突。繰り出されるカリンの拳とネージュの氷槍は相殺を超えて相乗の域へと至り、事象凍結の解けた熱線を切り裂いてゆく。後に続く者を守り、悪を討ち滅ぼす一撃を前に、災害獣は吐き出す熱線にさらなるリソースを注ぎ込むが、それでも拮抗。少女たちを傷つけることは叶わなかった。

 だがそれは一方で、カリンとネージュは消耗戦に持ち込まれたということにもなる。まだ敵を殺しきってはいない。そのあと一手が足りないと、クラウディアが理解する前に、テュエラが動く。


「みんな、ごめんなさい! ちょっとの間、全員自由落下してもらいます! 自分がアイツなんとかするので!」


 少女たちを支えていた風が止み、代わりにテュエラの手元に今出せる最大の火力が集中する。迸るは竜巻の一撃、空を裂くように突き進む風の奔流が、確かに災害獣の喉を撃ち抜いた。熱線と同時に咆哮を奪われた災害獣は、ただよろめき、体液を撒き散らす。

 クラウディアはこの瞬間、咄嗟に自分のできる手助けをようやく思いついた。テュエラがやっていた風による飛行の魔法を、見様見真似で行使する。支えられたカリンとネージュ。そして再び演算に戻ったテュエラは、クラウディアに目配せすると、今度は今まで飛行補助に回していた魔力を加速に回す。


「二人とも! 頼みます!」


 叫ぶテュエラに応え、カリンとネージュは再び必殺の一撃を溜める。そして災害獣には身構える隙も与えず、その頭部に思いっきり叩き込んだ。巻き起こる爆発に混ざり、肉片が飛び散り、連鎖して巨体の全てが爆散。周囲に最後の熱波を残しながら、獣は討伐されていった。

 特待クラスの少女たちはそのままふわりと付近に着地。討伐の成功に、ハイタッチを交わす。


「いえーい! 大成功だね!」

「なんとかなった。よかった」

「いきなり出た時はどうなるかと思いましたけどね」


 3人が勝利の喜びを分かち合う中、クラウディアは実感がなかった。あんなに強大な相手を倒してしまったことにも驚いていたし、なにより自分がまだ生きていることが不思議だった。そんなクラウディアのもとへ、真っ先にテュエラが来てくれて、笑いかけてくれる。


「さっきの風、助かりましたよ。あれがなかったら、今頃は格闘戦になって、被害が広がってたでしょうから」


 クラウディアでも少しは役に立てた。もしこれがテュエラの気を遣った発言だったとしても、今は素直に、もしかしたら喜んでいいのかも。


「いえーい! クラウディアちゃんも、ほらほら!」

「……! は、はい! いっ、いえーい! です!」


 カリンに求められたハイタッチに、ちょっとこれでいいのかなと思いつつも応じる。ぱんっ、と軽い音が響いて、つられたクラウディアもいつしか笑っているのだった。

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