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第19話『いざイルミナ』

 次なる遠征のことについてシエルカに聞かされてから、早1週間。その間、神話と予言のことを学校の書庫、つまりティカ学長の自室に入り浸って調べた。しかし、キリノ自身についての進展はないまま、1週間が経過し、今に至る。

 イルミナへの移動手段は前回と変わらず魔力車だが、今回は荷物もあるため、みんなが乗れる大型車だ。6人に加えて運転手のシエルカが一緒に乗り込み、到着までのしばらくの時間は駄弁ったり、景色を見たりで時間を潰す。


「じゃーん! 魔力ボード! これを使えば繰り返し書いたり消したりできるんだ!」

「……なんでそんなもの持ち込んでるんだ」

「暇つぶし用だよ。これでお絵描きゲームしよう!」


 カリンは案の定遠足気分だ。とはいっても暇なのは事実だし、この魔力車での道中はかなり揺れる。既に寝ているテュエラくらいどこでも眠れればいいのだが、キリノには無理そうだ。結局付き合ってやることにして、お絵描きゲームとやらを始めた。


「じゃあ絵しりとりにしよっか! 最初は『り』からね!」

「私はわかるからいいが……他のみんなはわかるのか? というか、私たちが話しているこれは日本語なのか?」


 異世界転生したカリンとキリノはまだしも、まずしりとりが成立するのか、という疑問から始まる。それに答えたのは、参加する気満々だったらしいジェナだった。


「私たちはどこから来たのか、私たちは何者か、私たちはどこへ行くのか……とか言い出す前に言っておきますわね。

 日本語は神話にも『始まりの巫女が降り立った時、人々に伝えた』と記されている由緒正しき言語ですよ。しりとり、という遊びも、始まりの巫女が遊んでいたとする記録もあります。ルールもわかっていますよ。前の言葉の最後の文字を頭文字にする。今回はそれを絵で伝えるという方式で行うのでしょう。いいですよ、私の絵心を見せてあげます」

「あ、ジェナちゃんもやるんだね! クラウディアちゃんとネージュちゃんもする?」


 カリンはジェナの早口の話は耳から耳へと抜けていったようで、静かに見ていた2人も誘う。クラウディアはすぐに頷いたが、ネージュは動かない。どうやら目を開けたまま寝ているらしい。耳を澄ますと寝息が聴こえてきて、彼女のこともそっとしておくことにした。

 しかし、キリノたちが話しているのは、脳内で補正されているのでもなんでもなく『日本語』そのものだったとは。始まりの巫女とやらも、カリンと同じく日本から転生した人間だったのだろうか。謎は深まるが、今はやる気に満ち溢れたジェナに付き合うとするか。

 最初はカリンの番ということで、彼女の描いた明らかにりんごの果実に続けて、『ご』で始まるものを書くこととする。


「まあしりとりと言えば……いや、待てよ」


 この世界に、日本語はあってもゴリラはない。少なくともキリノは全く聞いたことがない。そうなると、別の言葉を使うべきだろう。例えば、輝く延べ棒を描いてゴールドと察してもらう……とか。いや待てよ。日本語が使われているにしても、日本語に定着している外国語由来の言葉はどこまで含まれているのだろう。自分だけ非常に難解なゲームもさせられていることに気づき、キリノは固まり、少ししてから開き直ってゴリラを描いた。それを見たジェナからは、なぜかサムズアップをいただく。

 そして描かれた続きの絵は独創的で、正直キリノにはなんの絵だかわからなかったが、そのまま寝ているテュエラを起こして彼女に渡された。


「どうぞ、テュエラさん」

「んー、おはよう……あぁ、絵しりとり? いいですよ。えーと……」


 ジェナの独創的な絵とにらめっこして、しばらく考えていたテュエラ。結局クラウディアとネージュにも助けを求め、色々話し合い、やっと次の絵が描かれた。可愛らしい小動物の絵だった。


「なにをあんなに悩むことがあったのですか? もしや……絵しりとりに私の知らない戦略が?」

「えっ、う、うーん……まあそういうことにしときますね」


 さすがに面と向かってなんだかわからなかったとは言えない。彼女は苦笑いでカリンに番を回し、そのまま気ままに描くカリン、頭を悩ませるキリノ、自信満々のジェナ、そして毎回会議が招集されるテュエラ・ネージュ・クラウディアチームと続いていく。到着する頃には、魔力ボードの履歴はよくわからない絵でいっぱいになっていた。もうすぐ着くと言われてから、履歴を呼び出して今までの絵を見返してみると、やはりジェナの抽象画が異彩を放っている。


「えっと……わ、私は好きだぞ、ジェナの絵」

「ふふん、さすがキリノさん。芸術のわかる人ですね。では、答え合わせをしましょうか。最初の『り』から──」


 結論から言うと、ジェナはほぼ全問不正解であり、テュエラチームも半分くらいは前の絵を取り違えて前後が繋がらなくなっていた。答え合わせの間もお互いにやいのやいの言いながら楽しく時間は過ぎていき、到着までずっと、車内に笑い声は絶えず、キリノもその輪の中で笑った。


 ──ちなみに、この世界にゴリラは存在しなかった。


 ◇


「イルミナ、とうちゃーっく! 」


 車が止まり、皆が続々と降りてくる。キリノは外に出た瞬間、漂う魔力の質に顔をしかめた。イルミナは大きく発展した街であり、至る所に魔法道具が使われている。そのうえ、太陽の巫女のお膝元だ。カリンと同系統の魔力で満たされていても不思議ではないが、少なくともキリノには居心地が悪い。

 魔法学校の周辺地域や、以前赴いた旧嵐の国のヴェントリスとも異なる、都会らしい雰囲気。キリノが見る限りでは、人々の多く行き交う光景に、特待クラスの少女たちは目を輝かせるよりもどこか馴染めない感触を覚えているらしい。無論、ここがホームグラウンドであるカリンを除いて。


「みんな! ようこそイルミナへ! えっと、先生、この後はどうするんですか?」

「そうだね……太陽の巫女さんの方も忙しいみたいで、準備ができるまで時間が結構あるってさ。せっかくだし、観光していこうか」

「観光……ってことは! 私、案内できます!」


 カリンは笑顔で案内役を引き受けた。他の用事が終わるまではどちらにせよ夕方まで待つ必要があるらしく、遠征初日はほぼ自由時間になるようだ。そのため、夕方まではずっとカリンの観光案内で時間を潰すことになる。


「うんうん。それなら、私はちょっと昔馴染みのところに遊びに行ってこようかな。みんな、楽しんでね〜」


 シエルカとはまた別行動のようだ。生徒だけでの行動になるが、まあ並の暴漢程度なら災害獣より弱いしなんとかなるだろう。


「そしたらー、あれがいいかなー、それとも……うーん、悩むねぇ。みんなは甘いものと辛いもの、どっちが食べたい?」

「激甘……」

「あぁ、そっか! これから魔法使うし、糖分の方が必要だよね」


 話し合う間もなく即答したネージュの要望に合わせることにする。甘いものがどうしてもダメ、というメンバーもいないし。少しだけ、以前シエルカに食べさせられた虹色ケーキを思い出すが、さすがにあれほどはないだろう。他のみんなとも顔を合わせ、根っからの辛党はいないことを確認し、そこからカリンの観光ガイドが始まった。


「これは太陽サンド! 3種類の蜜が入った名物スイーツだよ!」


「これは太陽まんじゅう! 普通の餡の20倍甘いと言われる名物スイーツだよ!」


「これは太陽焼き! 中身は職人が手間隙かけて濃縮した25倍の最甘ジャムにこれまた甘々クリームチーズがこれでもかと入った名物スイーツだよ!」


 見事にめちゃくちゃ甘ったるいものがたくさんあった。それぞれ甘さの方向性が違い、確かに美味しかった。なのだが、舌が麻痺するというより、脳が溶かされるというか。何軒もハシゴするものではないと思う。ストックはまだまだあるらしいが、全部回ったら先に誰かが吐いたりしそうなので、3軒目を完食したところでもういいと伝えた。


「えー、まだまだあるのに!」

「明日も明後日もありますし、スイーツは逃げないと思いますよ」

「う、うん! 他にも見て回りたいところたくさんあるし……!」

「……今日は満足。脳が回復した」


 切り出したキリノに続き、テュエラとクラウディアも限界だったらしく、続けて口を開く。激甘をリクエストしたネージュもちゃんと喜んでくれているようだ。ジェナに関しては、さすがに甘すぎたのか、水と交互に食べている最中で、まだまだ食べ終わらなさそうだ。


「……減りませんね。もしかして自然に増殖してませんか?」

「仮にそうだったらとんでもない魔法物体だな……」


 年頃の女子の胃袋を甘いものでここまで追い詰めるとは、イルミナ名物スイーツ恐るべし。キリノはまだ食べている彼女を隣で見守りながら、わずかに冷や汗をかいた。


「じゃあ、ジェナちゃんが食べ終わったら、私の実家の方に行こうか。みんなのことも紹介したいからねっ」


 カリンが指したのは、街の中央に建つ大きな建物だった。ジェナの完食を待ち、別腹も満杯にされた彼女に肩を貸しながら、再び出発した。もちろん道順のわかっているカリンが先頭になって、街の中央に位置する一際目立つ大きな建物を目指していく。

 ここはかつて王宮として使われていた場所で、現在も巫女の家系の住居となっている。キリノの転生前の概念で例えるなら、官邸とか皇居に近い存在だろう。

 この国が抱える魔法使いや兵団による厳重な警備の中を、顔パスで歩いて抜け、やがてその内部に入ろうという大きな門に差し掛かる。特にクラウディアが緊張しきっており、常にテュエラの後ろに隠れていた。しかしカリンはずんずん進み、門を守る者たちに明るく挨拶をして、通り抜けようとした。

 その時だ。警備兵のうち階級の高そうな者がカリンに話しかけ、引き止めてくる。


「これはカリン様、お戻りになられたのですね。こちらの皆様はご友人ですか?」

「うん! みんなお友達だよ! お義母さんは忙しいでしょ、だからその間に」

「それなのですが……」


 首を傾げるカリンに対し、兵士はとても言いにくそうに答えた。


「ミドナ様からカリン様は通すなと仰せつかっておりまして……申し訳がございません、巫女様との会談までは市街でお待ちいただけないでしょうか」

「え?」


 カリンは目を丸くして固まった。

 ミドナ……確か、太陽の巫女の実子であり、カリンの義理の姉妹にあたる人物か。なぜそんな相手に拒絶されているのやら。


「なんで!? お土産持ってきてないから!?」

「いえ、詳しい理由までは我々も聞かされておりません。ですが、予告の件もありますし、今はどうか……」

「予告? それもなんのこと!?」


 次々と知らない情報が飛び込んできて、知っている場所なのにと兵士に詰め寄るカリン。兵士はそんな彼女にたじろぎつつ、答えた。


「『太陽の巫女とその血筋を皆殺しにする』……数日前に届いた脅迫状です」


 どうやら、今回も単純な災害獣退治で終わりとはいかないらしかった。

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