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第1話『霧がゆく』

 霧のかかった朝の話。その日は、太陽が地上に立ち込めた霧に遮られ、窓を通じて少女の部屋を照らすはずの陽光も少なく、どこか沈んだ空気の日だった。

 いつものように、目覚めない少女の様子を見るためにメイドが部屋にやってくる。少女の体を丁寧に拭いて、服を取り替え、また布団をかけて寝かせようとした。


 その瞬間である。


「──ぶはぁっ! まだだ、まだ私は生きているぞ、フレアァッ!」


 突然の大きな声に驚き、腰を抜かすメイド。今の今まで、何日も眠ったきりだったというのに、起き上がった少女。その声が響いた直後、互いにきょとんとして目を合わせ、しばし沈黙があたりに立ち込めた。


「……誰だ、貴様。というか、ここはどこだ。私はフレアと……」

「大変……だ、旦那様っ! 大変です! キリノ様がお目覚めに!」

「あっ、おい!」


 大慌てで立ち上がり、引き留めようとするも遅く、メイドはそのまま部屋を出ていった。1人部屋に残されて、少女は少しの間呆然としていたが、ひとまず周囲を見回す。その中で見つけた鏡に映る自分を見て、自分が自分であることを確認した。

 水色の髪に、赤の瞳、幼い顔立ち。間違いなく、自分はネビュリムの支配者、霧の女王のはずだ。


「なんだ、この違和感は」


 しかし違和感は拭えない。試しに手の先を霧に変化させようと試してみたところ、いつもの通りに成功した。この違和感は魔力に関するものではないらしい。


 とりあえず、女王は立ち上がり、部屋を歩いて回ることにした。今までの手がかりになることを期待して、部屋の中のものをひとつひとつ見て回る。


 その辺に置いてあるのは花束か、何に使うかわからない道具、先程の鏡だ。それと先程のメイドが置いていった着替えとタオルに、カゴいっぱいの手のつけられていない果物。最後に、自分が寝ていたベッド。枕の傍らには可愛らしいぬいぐるみがある。まるで病人のお見舞いだ、と思った。


「これが私の部屋、なのか?」


 少女はまず、自分の置かれている状況を考えることにする。この部屋も、窓から見える景色も見覚えがない。外に関しては霧がかかってよく見えないが、庭らしき場所には知らない植物が生えているのがわかる。


「どういうことだ。私は宿敵たる魔法少女との決戦の最中だったはずだ。そして、あの光に呑み込まれて……」


 気がついたらここにいた。敗けた女王を、誰かが運んできたのだろうか。だとしたら、魔法少女は近くにいるはずだが。


「キリノ!!」


 考えながらあてもなくうろついていると、扉がいきなり、勢いよく開く。扉を開いたのはさっきのメイドで、さらに彼女は男性2人に女性1人を連れてきていた。そのうち男女ひとりずつは中世の貴族風の格好をしており、髪や瞳は霧の女王と同じ色だ。

 女王は直感で、その男女が自分の父親と母親なんだと思った。霧の女王に両親など存在しないというのに、である。

 その直後、こちらの顔を見るなり、母親らしき方は目に涙を浮かべ、勢いよく抱きついてくる。


 「あぁ……キリノ! 夢じゃないのよね!? よかった……よかった……!」


 相手は知らない人間のはずなのに、不思議と嫌というわけではなかった。さすがに、こうも熱烈に密着されると暑苦しいが。


「キリノ、体は大丈夫なのかい?」


 父親の方からかけられた声に、頷いて答えながら、よく考える。

 体に異変はない。それは確かだ。そういえば怠いものの、それも空腹のせいだろう。だがそれよりも、自分がキリノと呼ばれていることが気になっていた。


 というのも、『キリノ』は自分にとって全く縁のない名前ではないのだ。霧の女王は魔法少女たちの秘密を探るため、人間社会に潜入したことがある。その際に用いた偽名こそが、キリノであった。その名前を知っているのは、魔法少女たちと学校で関係を持っていた者くらいだろう。

 しかしそれにしては、格好が時代錯誤すぎるではないか。これがコスプレで悪ふざけだったとしたら、ここまで大がかりで悪質なものは他にないレベルだ。

 ともかく、この家で自分は『キリノ』らしい。今はその偽名で通すことにする。


「本人は大丈夫だと言っているが、念の為だ。診察を頼むよ」


 彼は残る1人の医師らしい男性にそう話し、妻の肩に手を置いて、目元を赤く泣き腫らした彼女にキリノから離れるように促した。彼女は何も言わず頷くと、そのまま離れてくれる。彼らはメイドとともに部屋を出ていき、残ったのは医師とキリノだけとなった。


「お嬢さん、少し失礼するよ」


 医師は屈んで目線をキリノに合わせ、腰のポーチから不思議な形状の道具を取り出すと、キリノの額にかざした。それは何かの計測を行う道具だったようで、数秒すると空中に文字が浮かんできた。

 数字や記号は、霧の女王にとって見慣れたものとは違うが、なんとなく意味はわかる。エラーを吐いているのだ。


「この魔力値は……もしや、巫女様クラスの才能があるというのか? いや……お嬢さん、本当に体は大丈夫なんだね? だるいとか、熱があるとかもないかい?」

「はい」

「なるほど。やはり魔力異常の可能性は低いか……それなら……」


 医師はぶつぶつと喋っていたかと思うと、いきなりキリノに質問を投げかけてくるというのを何度か繰り返してきた。1度頷いた後も、また別の質問を重ねて訊かれて、答え続けるうちに彼の中でも結論に達したらしく、また急いで部屋を出ていった。


 またしても置いてけぼりになったキリノ。質問責めや抱きついて泣かれ続けるよりは楽でいい。


 ともあれ、キリノの方でもある程度の答えには辿り着いた気がする。見慣れない植物に知らない家族、現代とはかけ離れた文化。

 ここは恐らく、今までいた場所とは全く異なる世界だと考えた方がいい。


 これからどうするのか、考えないと。


「……魔力に、魔法か」


 キリノがその言葉で思い出すのは、宿敵である魔法少女の存在だ。世界を霧で満たすことを阻み、どこまでも目障りだった。

 だが異世界ならどうだろう。医者にもその言葉が浸透しているくらいだから、一般人も魔法に関わっているのだろうか。それはあまり良い状況じゃないかもしれない。

 しかし、それでも霧の女王の力は健在だ。実際、道具がエラーを起こすほど、魔力値とやらが出たようだ。部下と情報を集め、鍛錬を積み、入念な用意をすれば、あるいは。


「今度こそ……魔法少女の邪魔が入らないこの世界なら」


 静かにキリノは決意する。女王として、例え異世界であっても、今はたった1人だったとしても、いずれ霧の種族を繁栄させると誓うのだ。


「最終目標は──世界征服。うむ、それでいこう」


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