第18話『遠征オリエンテーション』
遠征授業から帰還して1週間。魔法学校では本格的に特待生を戦力として運用するため、普段の授業の比率を減らし、より実戦を意識したメニューでのトレーニングが行われるようになっていった。一度戦場を経験した特待生たちも気を抜くことなく、切磋琢磨を続け、そして予告されていた次のイベントが月が変わったすぐの時期にやってくる。
みんなが揃った教室に入ってくるなり、シエルカが笑顔で教壇に上がり、皆に手を振った。
「みんな、おはよう。この間の遠征授業ではお疲れ様。あの時の活躍を考慮して、学園で貴方たちを災害獣の討伐隊に組み込むことを決定したよ。これからは実戦がもっと増えていくと思う。油断はしないようにね」
より災害獣と戦う機会が多くなる。それは経験の足りない特待クラスの生徒たちにとっては一番の勉強になるだろうが、同時に危険も伴う。遠征授業の時と同等か、それ以上のピンチも何度も味わうだろう。
だがふと、キリノはこの状況を疑わなければならないように思えて、こう尋ねた。
「……あの、先生。私たちが前線に出る理由って……本当に戦力が足りないからですか?」
旧王族という最上級の身分であり、将来的にはこの国の最高議会に入ることが決まっているのが、カリンたち巫女の血筋だ。ネージュだって名門の出である。そんな彼女らをも前線に出さなければならない。それほどに、魔法学校の戦力は疲弊しているのか、と。
「うーん……まあ、こういうことは、言った方がいいかな」
シエルカは考える素振りを見せた。つまり、なにかしらの事情があるに違いない。普段はわりと騒がしい教室に沈黙が漂い、シエルカの中で結論が出るとようやく破られた。
「足りていないのは本当だよ。近年は災害獣も強力で、災数3以上もざらに出るし、被害も大きい。当然、命を落とす魔法使いだって少なくないさ。そのうえ、獣の節……数年に1度、災害獣が激しく活発化する時期が、今年の夏に合わせて来るって予測されてるんだよね。で、ここまでが普通に答えられる部分ね」
まだ、なにかあるのか。黙って続きを待つキリノたちに、シエルカは今までよりも声のボリュームを落として話しだした。
「『4人の巫女の集いし時、巫女が霧に包まれし時、最大の災害が訪れるだろう』……うろ覚えだけど、神話にある予言の一節だよ。この霧ってのが、君のことなんじゃないかって話さ、キリノちゃん」
「予言……ですか」
その神話とやらは、キリノが異世界に招かれることを知っている者が書いたのか。あるいは、予めキリノのことを決めてから書いていた……つまり異世界転生の黒幕なのか。考えてもわからないが、少なくとも、キリノは魔法学校にとっては警戒すべき存在と見られているということだ。
全く、私は牙を剥くなんて考えていないのに……なんて考えて、自分の目的を思い出した。違う、学園側の解釈は正しいのだ。キリノの本来の目的は世界征服。忘れてはいけないそのことを失念するなんて。むしろ、動きにくくなったことに苛立つべきだったのだ。
「まあ安心して。予言によると、その最大の災害ってやつは4人の巫女とその仲間によって、倒されることになってるから」
「そうだよ! 災害の最大……あ、逆か。とにかく、なにが来たって、私たちなら大丈夫だから!」
シエルカとカリンは安心させようとそう言うが、その神話においてキリノが招くとされているモノは、本当に災害獣なのか。あるいは、キリノ自身の侵略活動ではないのか──?
いいや、考えるだけ時間の無駄だ。キリノは首を振って余計な思索を振り落とし、気にしないことにして、シエルカに向かって返事をする。
「……わかりました。つまり、学園はその予言を怖がっているんですね」
「そうなるね。私としては、何より君たちが危ない目に遭うのが怖いけどね」
シエルカはさて、と話を区切り、次の授業について話す。
「今回災害獣が確認されたのは、イルミナ近郊だ。太陽の国の王都だった場所だね」
「私の地元だ!」
イルミナには現太陽の巫女、つまりカリンの義母が住んでいる。それに、カリンにとっては生まれ育った場所だ。そこへの遠征ということは、ほぼ実家に帰るようなものである。
「イルミナはちょっと遠いからね。3泊4日の宿泊授業になる予定だよ〜。はいこれ、しおり。回してあげてね」
シエルカの配ったしおりはどうやら彼女が印刷したものらしく、文体は砕けていた。持ち物といっても全員寮生活のため、持ち込むものは最低限にするように書かれているくらい。あとはイルミナの名物や観光案内の情報が多く、確かにこれは旅のしおりかもしれない。
「災害獣は現在休眠中。私たちが任務に就くのは1週間後に決まったよ。はい、これで遠征の話題終わり! それじゃあ今日の授業、始めるよ〜」
シエルカからの説明は以上で終わり、その後は普通に授業が始まった。今日は先日の続きで、災害獣の発生のしくみや魔力の循環についての話がされる。キリノは視界の隅で明らかにわくわくするカリンをぼんやり見ながら、シエルカの話を聞いているのだった。
◇
「キリノちゃん! 楽しみだね、イルミナ!」
「別に……私はそんなに強く惹かれるわけじゃないが」
キリノは別に観光や名物にも興味があるわけじゃない。むしろ、今なら神話に関する書物と言われた方が興味を持ったかもしれない。だがカリンの方は、見せたいものがいっぱいで堪らないのだろう。見るからに浮き足立っている。
「……カリンさん、これは遠足やあなたのための帰省ではありませんよ」
「もう、わかってるよ!」
わかっていても浮き足立つのがカリンだ。彼女はわかりやすいというか、明快な人間だから、いつもキリノはまあこいつはそうなるだろうなと思っている。
ついでに、先日のパジャマパーティーでカリンの事情を知らされたジェナについても、この子は複雑な顔をするんだろうな、という予想が当たっていた。彼女は眉間に皺を寄せ、カリンの方をしきりに気にしながらも、目を合わせようとはしていない。
「みんな色々な事情があるもんですねえ。いや、隠し通そうとしてた私が言うのもなんですけど」
「あれは仕方ない事だったと思うが……」
「今となっては気にしないことにしてますけどね。して、キリノちゃん。シエルカ先生の話、気になりません?」
いつも通りの眠たげな目でにへっと笑うテュエラ。彼女が言っているのは、神話の予言のことか。正直、そのことについては、キリノ自身にわかることはない。誰かの予言の通りになるというのは癪だが、今は日々最善を尽くすだけだ。
そう答えようとして、続くテュエラの言葉で今まで気がついていなかった違和感に気付かされる。
「巫女は太陽のカリンに、月のジェナ。最後に嵐の私で3人じゃないですか。なのに、4人の巫女って言ってましたよね。これって、おかしくないですか?」
言われてみれば、そうだ。神話にある霧の正体がキリノだったとして……4人目の巫女は誰なんだ。キリノは思わず、自身と巫女を除いて残ったクラスメイトに目を向けた。
「ネージュか……クラウディア、なのか?」
「んー、よくわかりませんけど、自分はどっちかっていうとクラウディアちゃん派ですね。ネージュちゃんは巫女より騎士って感じです」
「そうか? まあ、確かにあの氷の鎧で戦うのは勇ましいイメージだが……」
巫女といっても、この世界の巫女は、祈りを捧げて、踊りを奉納するだけの仕事ではない。政治にがっつり携わる役職だ。クラウディアだと、人の上に立つには優しすぎやしないか。やはり巫女が実質女王ということであるのなら、かつてのキリノのように強大な力で……。
脳内でありえない想定や昔の部下のことに思いを馳せていると、なんだか不穏な気が晴れた気がした。訳の分からないことに直面した嫌な気分が、和らいだような。
「……ふふ。キリノちゃん、ちょっと元気になりましたね。なんでもない雑談も、時には必要かもですね」
普段から仲良くしていても、元気の無い時に何気なく話せる相手がいる。霧の女王であった時には有り得ないことだったが、今のキリノにとっては、テュエラの言う通り必要だったのかもしれない。




