第17話『夜の特待クラス交流会』
日が沈んでから時間が経ち、夜も深まり、良い子は眠るような時間。カーム魔法学校の特待クラス専用寮、その1号室にて。この部屋には、特待クラスに所属する生徒6名全員が集合していた。
外の暗くなった夜なのに、こうして集まっている理由は簡単だ。ただ、彼女らはこれからあるイベントを行う。それ即ち──。
「みんな、ちゃんと着替えたね!? よしっ、それじゃあ! パジャマパーティー! 開幕っ!」
「カリン、声大きすぎ。夜中なんだぞ」
「あっ、ご、ごめん! 夜更かしがバレちゃうね」
そう、寝間着のまま談笑し、普段言えないようなことまで腹を割って話すイベント。パジャマパーティーである。キリノは正直なにをするか知らないのだが、交流が目的なら、そこまで変なことは起きないだろう。起きないと思いたい。既に大声で開幕宣言なんてしているが、まあこれはいつもの彼女の範疇だしノーカウントだ。
「いえーい。というわけでやっていきましょうか〜」
このパーティの発案者であるテュエラはノリノリで、司会進行のように話し始めた。
「最初のコーナーはこちら、はいどん。必ずするらしい恋バナでございま〜す」
恋バナ……か。詳しくないが、必須という認識は合っているのだろうか? それに、女子寮で暮らすお姫様たちとか、恋愛とは1番遠いと思うんだが。
「カリンちゃんは……たぶんみんな大好きだよ! って言って終わりだから聞くまでもないだろうな」
「えー!? ちゃんと聞いてよ!」
「じゃあカリン、好きな人は?」
「みんな大好きだよ!」
「聞くまでもないじゃないか!」
意図せず漫才めいたやり取りになってしまい、他のみんなに少しずつ笑顔を提供したところで、ジェナがぽつりと呟くのを聞いた。
「……普段から共に生活しているのに、このようにわざわざ集まる必要があるのですか」
「そういうジェナちゃんが1番みんなと距離置いてると思いますけどね。私、ジェナちゃんと仲良くなりたくてこれ企画したんですよ〜?」
「っ、そうですか……。ですが、私は他の巫女と馴れ合うわけには……」
「はいはい、それじゃ、ジェナちゃんの好きな人は〜?」
わざと顔を近くに寄せてぐいぐいと行くテュエラ。対して、たじろぎながら言葉を詰まらせるジェナ。
「わ、私もカリンさんと同じですわ。皆さんへ確かに愛情はありますが、ラブではなくライク、友愛です! というか恋バナって、こういうものではないでしょう」
「ですよねぇ。普通クラスは少ないけど男子いますし、そういう話してるんでしょうかね?」
王族生まれゆえの庶民への憧れ、というやつだろうか。キリノにもわからないでもないが……その前に、人間の恋愛自体がキリノにはわからない。別に女子だけでも、恋愛してもいいと思うんだがな。
「それは置いときまして。じゃあ話題を変えましょう。えーっと、次は確か……」
「はーい! じゃあ話題ありますっ! えっと、じゃあ私がここに来る前の話とか!」
まさかこいつ、異世界転生前の話をし始めるつもりか。キリノが少しだけ身構えたところ、想像だにしない話が展開されることになる。
「はいはーい! 私、実はお母さんのほんとの子供じゃありません! えーと、こういう話でもいいんだよね?」
「なっ……」
キリノも驚いたが、誰よりも驚いていたのはジェナだった。太陽の巫女と月の巫女という血筋を理由にカリンを目の敵にしていたぶん、そして同時に巫女の血筋についてよく知っていたぶん、理解が追いつかなかったのだろう。
「嘘でしょう……巫女は必ず、20歳で神の子を身ごもります。それが存在しないわけありません」
「あ、それはそうだよ。ただ、巫女の力を継承したのが、実の娘じゃなくて、養子の私だっただけで」
「は……実の娘が、巫女を受け継がないですって!? そんな……あぁ、頭が痛くなってきました、ごめんなさい」
ジェナが頭を抱えている。例外だらけでめちゃくちゃなのかもしれない。キリノはその辺は詳しくないが、ジェナの反応でとんでもない暴露をしているのはわかった。
そこへクラウディアが小さく挙手して、控えめに喋り始めた。
「あ、あの、その……カリンさんから見て、義理のお姉ちゃんになるのかな……? その方は元気なんですか……?」
「うん。魔法学校には入学しなかったけど、ミドナちゃんは元気に引きこもってるよ!」
「ひ、引きこもってるんですね……」
「うん。イルミナに行くことがあったら、みんなに紹介するね」
果たして、巫女の継承を拒否してカリンに譲り、しかも外界に出ることも拒んでいるらしい彼女には、会ったところで我々は歓迎されるのだろうか。疑問であった。ジェナは相変わらず信じられないといった表情をしており、案の定空気は気まずくなっていた。発案者のテュエラもこうなることはわかっていて、手を二度ぱんぱんと叩いて、微笑んだ。
「正直カリンさんの話、びっくりしましたけど……血が繋がってなくても、巫女は巫女だし、カリンさんはカリンさん。ですよね」
「もちろん! 私は私だよ!」
そんな風に笑ってみせるカリン。突然の暴露にみんな驚いて、ネージュに至っては呆然と口を開いたままで固まっている。キリノが目の前で手を振り、ようやく帰ってきた。
「えっと……どうします? これから。一応、自分が用意してたトークテーマ自体はあるんですけど、一般クラスの子に聞いて作ってきたやつなんですよね。身近に男女がいる前提というか、皆さんにはあんまり受けなさそうな感じで」
「それなら枕投げしようよ、枕投げ。こうやって、ほら、えいっ!」
「えっ」
カリンがいきなり投げた枕は、キリノの顔面にクリーンヒットした。ばふ、という音と共に視界がゼロになり、先程の話でなくしたテンションを一気に取り戻したキリノは、魔力霧による強化をかけ、自分にぶつけられた枕を思いっきりカリンに投げ返した。惜しくも華麗にキャッチされてしまい、さらに投げ返される。こうしてカリンとキリノのキャッチボールならぬキャッチ枕が始まり、テュエラが爆笑。さらにカリンの狙いがずれてネージュの方に飛んでいき、彼女も巻き込まれることになる。
「あっ、ごめんねネージュちゃん!」
「問題ない。ただ……全霊で投げ返すだけ!」
「うわぁっ!?」
ネージュの全力枕投げにより、カリンが顔面に受けてよろめいた。咄嗟にテュエラが支えてくれるが、ここで彼女も枕を拾い、参戦してくる。
「自分も混ぜてくださいよ〜、ほら、いきますよジェナちゃんっ!」
「……いいでしょう。もうなんでもいいです! やるなら全力で──」
「わ、私も! え、えいっ!」
「──わぷっ!?」
です、と言う直前に、思い切って参加したクラウディアの一撃と、テュエラの追撃が重なり、ジェナにも枕が直撃。しかも軌道が悪く、ジェナの豊満な胸と枕が反発し、そのまま彼女は軽く吹っ飛ばされて倒れていった。
「なんということ……参戦した途端に退場とは……くっ、リベンジですわ!」
なんだかんだ負けず嫌いが乗せられやすい一面にもなっており、彼女は再び枕投げに参加してくる。そんなバカ騒ぎが全員疲れて動けなくなるまで続き、最後にキリノが寝落ちたら、次に特待生たちが目を覚ますのは授業時間ぎりぎりになってからであった。
◇
テュエラが特待生のパジャマパーティーをやろうと言い出した夜、シエルカたち教師も集まっていた。といっても、場所は夜中の学長室兼図書室兼ティカの私室で、絶賛読書で夜更かし中のティカ学長のところに押しかける形での開催だ。メンバーはシエルカ、オーロラ、ティカ。以上だ。
「いえーい、なんか久しぶりだね、寝巻きで会うの」
「普通人と寝巻きで会わないからね」
シエルカとオーロラは魔法学校の同期である。夜中にわざわざ会って話すというのは、その時以来か。
「学生時代を思い出すよねー、虹の三強とか呼ばれちゃってさ〜」
「そうそう。なんだっけ? 技のシエルカ、力のヘイロー、知識のオーロラみたいなさ」
「あったあった! 今聞いたら死ぬほど小っ恥ずかしいあだ名だよね〜」
「ヘイローちゃん今なにしてるかな、太陽の巫女のところに仕えてるんだっけ?」
「仕事で行くことになったら会えるかな〜」
お互いにお酒片手にこんな話をしていると、ただの晩酌な気もするが、2人の心はパジャマパーティーである。そんなノリで盛り上がっていた2人だが、次第にこの盛り上がりっぷりを無視して読書に耽っているティカに絡みに行く。
「ねえねえ学長、今は何の本読んでるの?」
「……ミストラーデ家に関する本です。主に前半は家系図、後半は初代に関する伝記のようです」
「あぁ、キリノちゃんに借りたって言ってた本だっけ。でも、それって3週間くらい前の話じゃ」
「3週間前から読んでいます」
「え!? なんか半分行ってない気がするけど、もしかして2周目とか!?」
「1周目ですが」
生徒から借りたよその家の家系図を3週間ずっと眺めているらしい学長。話題は、その読書スピードに移っていく。
「学長って本好きだけど、読むのは遅いよね。行間とかを読んでるみたいな?」
「そう……ですね。作者の意図や背景を想像して、そのまましばらく思考を回したりするのが心地いいんです」
「それで1週間とか同じページ眺めてるんだ……」
この学長室には全国から買い集めたというティカのコレクションの書籍が壁一面に収納されているが、この読書の遅さだと、恐らく1割にも目を通していないだろう。勉強熱心な生徒なら、この部屋に通って本を読み続けたら余裕でティカより多く内容把握できるんじゃないだろうか。
「あ、そうそう。キリノちゃんたちのことなんだけどさ」
先の遠征授業の結果と過程について、シエルカとオーロラは互いの担当した班の感想を言い合った。どちらもチームワークが芽生えているという認識で、魔法の応用や強さに関しても学生としては既に完成形に近い、なんて高評価だ。そんな中で、シエルカからある提案がされる。
「あのさ、オーロラちゃん。例のプロジェクトの派生でさ、ちょっと提案があって……」
渡された設計図に目を通し、オーロラはにやりと笑った。
「へぇ……いいね。いい気分転換になりそう。例の魔力エンジンの試作機にもなるし……やってみるね」
「お願いするよ。私から教え子へのとっておきのプレゼントだからね」
シエルカとオーロラは、互いに悪い微笑みで闇取引ごっこや、思い出話に生徒の面白エピソードで時間を潰しつつ、お酒を飲んで、いつの間にか全員眠っていたのだった。ティカに関しても、読書しながら寝落ちという日常茶飯事の入眠であった。
こちら側でも、生徒たちと同じく目が覚めるのは始業の直前で、準備に追われることになる。ただし、動く気のまるでないティカだけは、平然と本を開き、昨日見ていたのと同じ家系図の一部を再び凝視し始めたのだった。




