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第16話『遠征授業 1班編』

「……あ」


 魔法自動車での移動中、ふとテュエラが声を出した。ここはまだ目標地点より手前、先程災害獣退治をしたのとは別の郊外の森を抜けた場所だ。テュエラの視線の先にあったのは墓地で、中にはひときわ豪華な墓標が中央に見える。嵐の巫女の家紋つきだ。どうやらあれが、テュエラの両親の眠る場所らしい。


「先にお参りしてく?」

「いや、やめときますよ。それより退治が優先じゃないです? 自分はあんな奴らが喜んでも嬉しかないんですよ」


 オーロラの提案に、テュエラは面倒そうに答えた。やはり両親に対して良い感情がないのか、その口ぶりを聞くと何があったのか考えてしまう。とはいえ、キリノは考えてしまうだけでそれ以上はなにも言わなかったが、耐えきれなくなって口を開いたのはクラウディアだった。


「っ……な、なんで、そんなにっ! お父様とお母様を嫌うんですか!? 家族なんでしょ!? しかも、もう会えない人でっ、だから、だから……!」


 クラウディアがこんなに大きな声を出しているのも、怒りの感情を露わにしているのも初めて見た。対するテュエラも、最初は驚いていたが、歯を食いしばって反駁する。


「……何さ。両親が国を壊そうとするクズだったことなんてないくせに。目の前で親が死ぬ感覚なんて知らないくせに!」

「っ……!」


 テュエラも声を荒げ、言葉を返せないクラウディアと彼女の間に、険悪な空気が立ち込める。オーロラでさえ下手に触れてはいけないと、何かを言いかけて止まっている。キリノが間に入るしかない。


「私には2人の気持ちはわからない。だけど……今のが言っちゃいけないことなのはわかる。2人とも、まずは落ち着いて」


 テュエラだってクラウディアだって、そんなことが言いたくて言ったんじゃないはずだ。ただ一時の感情に流された。まずは冷静になってほしい。そうしたら、きっと相手のことも考えられるはずだ。2人とも、本当は優しい女の子なんだから。

 2人は間に入ったキリノに、一瞬だけ敵意の目を向けたが、言う通りに深呼吸をしてくれて、頭を冷やしてからまた見つめあった。


「ごめんなさい」


 その言葉が出たのは同時だった。謝罪の声が被って、互いに先を譲ろうと手で示す。だがじゃあ自分がとはならないまま何回もそのリレーが続き、見ていられなくなったキリノがまた割って入る羽目になる。


「わかった。まずは、テュエラのご両親のお墓の前で話し合おう。この状態で災害獣の討伐に行ったって、コンビネーションの訓練にもなんにもならないだろう。テュエラ、構わないか」

「……わかりましたよ。自分が折れます。さっき、クラウディアは言葉を選んでくれてたのに、自分は1番嫌なことを言いました。その分、自分が悪いですしね」

「い、いえ、元は私が怒鳴ったから」


 この謝罪合戦を止めようとして提案したのだが。それもテュエラとクラウディアらしいかと思いつつ、キリノはいいから行こうと2人の手を握った。

 オーロラに目配せすると、魔力車の進路を変えてUターンさせ、さっき通り過ぎた墓地の方に戻っていく。


「キリノちゃん、気遣わせちゃったね」

「ここで遣わないと何にもならないと思ったので」

「優しいんだね、キリノちゃんも含めてみんなさ」


 優しい……か。キリノは自分のことしか考えていないはずなのにその評価をされることには、なんだかむず痒い気持ちになる。以前の日本を侵略していた時のキリノなら、逆上していたかもしれないが、今はその程度の感触だった。キリノも丸くなってしまったのだろうか。


「到着だよ」


 先程の墓地の外れに車を止めて、キリノたちは墓地を訪れる。どうやらここは先のヴェントリスでの事件において、戦死した兵士や巻き添えになってしまった市民が眠っているようだ。墓石はどれも新しく、しっかり手入れされているものばかりだった。


「綺麗なんだな。かなり街から離れてるが、遺族がよく来ているのか」

「……自分の代理で、現巫国議員をやってくれてるおじさんがいるんですけど。あの人が、部下連れて綺麗にして回ってるらしいですよ。毎年ね」

「そうなのか」


 テュエラと少しだけ話しながら、墓地の奥まで行き、ついに彼女の両親の墓碑の前にまでやってくる。やはり一際豪華に作られているらしく、石の質も違う。用いられている鉱石からは魔力を感じるため、貴重な石なんだろう。


「材質は……強い対魔力の特性があるものだな。さすがは旧王家の墓所か」


 強い魔除けの石を使うということは、それほどに大事な人物のお墓ということになる。この鉱石は、確か災害獣が動かないように封印する道具に使われているのと同じだったはずだ。オーロラの方を見ると、その通りだったみたいで、頷いて答えた。


「そうそう。しかもかなり強化されてる。並大抵の魔法じゃ、このお墓壊せないだろうね」


 中に旧王家の宝物も入っているからこそ、こうして対魔法をはじめとした墓荒らし対策がされているのか。キリノは感心していた。会話を無理に繋ごうとする中でも、学ぶことはあるということだ。

 そんな中、クラウディアが恐る恐る口を開く。


「あ、あの……お父様やお母様は、どんな方だったんですか。それだけは……聞いておかなくちゃいけないと思って」


 何度もテュエラから目を逸らしながらも、なんとか伝えるクラウディア。それに対し、テュエラは空を見上げ、次に墓石を眺め、しばしの間黙ってから答えた。


「お父様は……権力というか、理想しか見えてない人でした。嵐の国が三国を支配するんだって。兵士を集めて、自分に見せびらかしてきて、喜ぶとでも思ってたのかも。でも、笑えないんですよ。兵士の人達がみんな、嫌々やらされてるようにしか見えなくて」


 テュエラから返ってきたのは苦笑いだった。それに続けて、ゆっくりと思い出しながら、彼女の言葉は続く。


「お母様は……自分が王宮から抜け出したら、一番に探しに来てたっけ。テュエラちゃん、テュエラちゃーんって。あの声が聴こえてきたら、他の人も一斉に自分を探し始めるんですよね。ほんと、どこから察するんだか」


 そう話すテュエラは、ほんの少しだけ楽しそうだった。自分自身でもそのことに気がついたらしく、ふと頬に触れて、笑っていたのをごまかして顔を逸らした。


「……きっと、おふたりとも、テュエラさんが大好きだったんですね」


 テュエラはすぐには答えない。彼女自身も、思い出しながら話しているうちに、薄々勘づいていたんだろう。クラウディアの言葉をゆっくりと咀嚼して、拳を強く握り、ようやく答えた。


「好きだった……ですか。あぁ、うん、そうだったのかも。どれだけ悪いことをしていたとしても、娘を想ってはいてくれたんでしょうね」


 彼女が認めたことを喜ぶように、キリノの目には、彼女の母の墓石が鈍く光ったような気がした。魔力の少しの乱れに反応しただけかもしれないが、今は、死者が喜んでいるということにする。

 今の緊張の和らいだ表情を見るに、ここに来て、ちゃんと両親と向き合ってよかった、とテュエラは思ってくれるはずだ。キリノは胸を撫で下ろし、そんなテュエラとクラウディアに微笑みを返そうとした。その時、オーロラが腰に提げていた災害獣を感知する装置が起動し、危険を知らせてくる。


『災害獣発生──推定最大災数(サイズ)3』

「水を差すようなタイミングだね。しかも、高速でこっちに向かってる」


 オーロラが指さす方の上空を見上げると、既に災害獣の姿がそこにあった。鷲をベースに、様々な生物を混ぜたような中途半端な生物の姿をしている。相手もこちらを認識したのか、悲鳴のような枯れた声で叫び、そのまま突っ込んでくる。


「全く、せっかくの親孝行の邪魔をするとは……空気の読めない奴め」


 その突っ込んでくる相手に対し、キリノは1歩前に出ると、魔力の霧を集め、圧縮して切断能力を持つ刃をいくつも生成する。その刃を素材に、災害獣を取り囲むように刃の網を組み上げると、キリノは迎撃を開始する。高速で突進する災害獣は、多少進路を変えてもかわしきれず、刃の網に引っかかりバラバラに切断された。


「……こんなものか。ごめんなさい先生、授業なのにこんな」

「いやいや、十分だよ。災害獣の討伐はちゃんとできてるわけだし──」


 災害獣は死んだはずだ。細切れになって生きていられる生物は、大抵人間よりも小さい。そのはずが、その肉片は再び増殖を始め、人間大の新たな災害獣として誕生しようとしている。全ての肉片が再生を始めたことにより、オーロラの持つ警報器がその全てに反応し、けたたましく鳴り響く。


「災数は3……まさか、全体が分裂元と同じ力を持ってるの!?」


 厄介な輩め。切り刻むではなく、消し飛ばしておくべきだったか。キリノは周囲を災害獣に囲まれた状況に、舌打ちとともに霧の展開を始める。すぐさま災害獣たちはキリノたち目掛けて襲いかかってきて、キリノは授業で使ったものよりさらに抑えたネビュリウム光線で迎撃する。墓石への被害を考えなくてもよく、キリノ単独であれば、この程度一度に蹴散らせたのだが。

 キリノの近くでは、オーロラがアームやランチャーを駆使して災害獣と戦っている。どうやらこの災害獣は再生力が高く、地に足がついている間はすぐに傷が塞がってしまうらしい。厄介なものだ。


「報告! こいつら、墓地の地上だと回復するけど、空中や墓地の外だとしないみたい!」


 オーロラの方を見ると、確かにロボットアームに串刺しになったまま、災害獣たちは再生せずに絶命している。さらには遠くを見ると、周囲に墓石のない場所まで吹っ飛ばされた個体も倒れたまま動いていないのがわかる。


「了解です!」

「わ、わかりましたっ!」


 1番キリノが心配していたテュエラとクラウディア。いきなりこんな大量の敵を相手にして、大丈夫なのかと思っていたが、振り向くと2人は互いを庇い合うように立ち回っていた。

 オーロラの報告をもとに、テュエラの風の魔法を、クラウディアが複数の属性の使い分けで補助し、竜巻のみならず電撃や水流が災害獣を吹き飛ばしていく。墓碑を壊さないようにという制限がある中、クラウディアの的確な連射はテュエラの危険を確実に排除しており、さらにテュエラの魔法は相手を上空に打ち上げ、再生も許さずに破壊していく。

 2人はキリノが安心した顔で見守っているのに気がつくと、揃って微笑みをくれて、そのまま一気に決めにかかる。


「テュエラちゃんっ!」

「おっけークラウディア、一緒に行こう! もう風を怖がるのはやめた。今度は守るから──そのために使うって決めたから!」


 テュエラが巻き起こす風を彩って、クラウディアの雨と雷と雪が舞う。災害獣たちはその光景に魅せられたのかなんなのか、一斉にターゲットをテュエラたちに変え、突っ込んでいく。そのまま風に巻き上げられた災害獣たちは、上空でひとつに固められ、クラウディアの水流が拘束する。テュエラはそこへ向かって、展開された全ての魔法を圧縮。それを脚に纏わせ、高く空へと飛び上がり、災害獣の塊の上空から一撃を仕掛ける。


「吹っ飛べ──!」


 巻き起こる激しい爆発と衝撃波。上空の災害獣たちは破砕されていき、破片が生じる瞬間にさらなる風の渦がその破片を壊し、降り立つ頃には全ての破片が消滅していた。迸った衝撃は墓碑を揺らし、キリノの肌にもビリビリと伝わってくる。


「災害獣反応消滅、っと。これでもう再生しないみたいだね」


 オーロラの持つ道具も災害獣の撃滅完了を示し、テュエラたちもこの時ようやく緊張が解けた。キリノも霧による周辺の把握を行っていたが、確かにもう気配はない。これで大丈夫だろう。


「……いやぁ。なんとかなりましたね」

「よ、よかった……なんとか、皆さんのお墓を守れましたね……!」


 みんなの頑張りで、災害獣が現れたにも関わらず墓地に被害はない。これで一安心だ。何より、テュエラの中で、引きずっていた両親のことについて、整理がついたことに、キリノは胸を撫で下ろす。


「さてと。日帰りにも丁度いい時間だし、向こうの討伐も終わったんじゃないかな。合流しよっか」


 オーロラの運転で、キリノたち1班はジェナたち2班との合流場所に向かった。オーロラの言っていた通り、彼女らも討伐を終えたらしく、戦いを経てお互いの無意識的な警戒が弱まったらしい。今までより、自然に立っている間の距離が近くなっていた。


「仲良くなるのはいいことだ。帰ったら、あったことを話そうか」

「ですねー。あぁ、それなら、今度はパジャマパーティーでもしましょうよ。夜中に集まるのも楽しいですよ」


 悪い顔で笑うテュエラに、そのままみんなが乗っかって、また今度パジャマパーティーを行うことに決まる。その後も、テュエラは楽しそうに、会話の中心になって談笑を続けていたのだった。

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