第15話『遠征授業 2班編』
次の災害獣退治に向かう前に、2つある目的地のどちらへ向かうか話し合った結果、1班の方が町に近い場所の巣を担当することとなり、ジェナを含む2班は山奥の方に赴くことになる。
テュエラの両親のお墓が町の中心付近にあり、授業が終わった後には寄れるようにという配慮だったのだが。そうなると必然的に、ジェナたちは山道を歩くことになってしまっていた。
「……空を自由に飛びたい」
「ネージュちゃん、大丈夫? 頭に竹とんぼつける?」
「知らないものをつけるかと聞かれても困りますでしょうに。なんですか、そのタケトンボって」
「私も知らない」
「え!? そっか、こっちにはまず竹がなかったかな」
山中の道なき道を行くこと、数十分が経ったろうか。
元々体力のあるカリンはまだ談笑する元気があるくらいには平気で、ジェナ自身も息を切らしているというほどじゃない。そして、2人に比べると持久力の高くないネージュは疲れが見え始めていた。
口数が少ないのはいつも通りでも、声が普段よりか細いのは疲労の証なんだろう。
急な山道であるのもそうだが、何よりも道が整備されていないのが原因か。ギリギリ草が生えていない通りではあれど、少しでも道を外れて森の中に入れば迷子になって出られないに違いない。
「あともうちょっと歩けばなんだけど、そろそろみんな疲れてきたかな。休憩入れようか?」
カリンよりも平然として、むしろ楽しそうにずんずんと進み、先導してくれているシエルカ。彼女はふと振り返ってネージュの様子を確認し、休憩を提案してくれる。休憩といっても、ここは建物の影も形もない山の中。木に背を預け、落ち葉の上に座り込むことになる。
「限界値で災害獣と戦うのはよくないからね。ほら、非常食!」
シエルカは肩にかけたポシェットから携帯食料を取り出した。見たことの無いパッケージだが、袋には蜂蜜味と書いてあり、ネージュは頭を下げながら受け取り、すぐさま開封して口に運んだ。
「ありがとうございます。とても美味しいです」
「そりゃよかった。私のお気に入りのやつなんだ。見かけたら買い占めるくらいには!」
道理でジェナも見たことがないわけだ。シエルカがいつも買い占めているのだから。ネージュはというと、この甘味に大満足だったらしく、普段より頬が緩んでいる気がする。その差は僅かでじっと見ていなければ気が付かないくらいだったが、ジェナはその間なんとなくずっとネージュを観察していて気がついた。
「ジェナちゃんってば、そんなにネージュちゃんが気になるの?」
「えぇ、まあ。私は彼女について何も知りません。彼女にどんな心境の変化があったのかも含めて、です。ですから、少しでも感情を読み取れたらいいなと思いまして」
「それなら、いっそ話しかけちゃった方がいいと思うけどなぁ。ジェナちゃんだってきっと仲良くなれるから」
誰もがカリンのように恐れ知らずで友愛の塊ではないのに、彼女はそれを当然のこととして語る。その笑顔は頼もしいようでもあって、ジェナは力を振り絞るように微笑みかけた。結局、その後ジェナからネージュに話しかけることがあるわけでもなく、シエルカのそろそろ行こうかの言葉で休憩は終わる。
目指す先だった洞窟は、そうしてまた歩き出してからおおよそ10分ほど歩いた先で見つかった。シエルカの持っている災害獣感知コンパスもしっかり反応しており、場所に間違いはなさそうだ。あったら困る、これ以上移動させられるのはネージュが疲れてしまう。
「目標は1体、最大でも災数4といったところかな。本当に危なそうなら助けに入るね。それじゃ、誰から先行く?」
「私が行きます」
ジェナは真っ先に手を挙げ、切り込み隊長に名乗りを上げた。他の面子にも異論はなく、ジェナを先頭として、そこにカリンとネージュが続くことになる。
大きく口を開けた洞窟に一歩踏み込むと、中では地の底から響くような低い音が響いていた。恐らく、これが災害獣の呼吸の音なんだろう。ジェナは最大限の警戒をしながら進み、他の2人のことも気にかけながら、より深くまで災害獣を探し歩く。
「……この先だと思う」
「えぇ、ですね」
突き当たったのは曲がり角だ。ここから気配が強くなり、響いている音も明らかに先程よりも大きい。もうすぐ先に、災害獣がいるに違いない。
「行こう!」
カリンの合図で、ジェナたちは一斉に飛び出した。曲がり角の先には、予想通り巨体の怪物。亀と狼にワニを合わせたような、どの生物ともつかない造形をした獣が地に伏せ、力を蓄えている様子だ。
「先手必勝ッ!」
ジェナが最速で満月の構えに突入し、同時に魔力の弾丸を放つ。巨体からすればかすり傷もかすり傷だが、向こうが気がつくまでに攻撃の回数を稼げればこっちのものだ。全力の弾幕を展開し、災害獣が動き出すまでに、実に百以上の弾丸での魔力蓄積を記録する。
さらに、災害獣が動き出そうとするその瞬間、ネージュの氷魔法がその腕を凍らせ、動きを止めた。力を込めて破壊する、という過程を強要され、災害獣の動きが止められる。その間にも他の脚への凍結を食らわせ、それぞれの脚を一周しかたところで、激昂した災害獣は咆哮で氷を砕いて動き出した。
「フレイムスター・エンゲージ!」
ここでカリンがジェナとネージュの前に出て、変身アイテムを起動。彼女の周囲を高密度の魔力が覆い、反撃に放たれる災害獣のブレス攻撃を防ぐ。変身している間、魔法少女は無敵なのだ。
衣装が再構成され、変身が完了すると、カリンは名乗りながら突撃をかけていく。
「あまねく天を照らす、大いなる日の巫女! シャイニーフレアッ!」
カリンの炎を纏った拳が災害獣に向かって振り抜かれる。模擬戦でジェナに振るった時よりも、手加減なしの最大火力ゆえに、半ば爆発のような音と共に災害獣の体表が凹んだ。
災害獣もその威力に危機感を覚えたのか、自身の周囲にバリアを展開。それでもカリンは殴りで突破しようと更にラッシュを始めた。ジェナ及びネージュも後衛から援護の射撃を続けるが、バリアはヒビが入ってもすぐに再生してしまう。
「……少し攻撃を離脱する。大技を使うので」
「了解、こっちでカバーします」
ネージュはそう言って、手をかざしたまま集中する。災害獣もすぐにネージュのが無防備になったことに気が付き、攻撃の矛先をネージュに向けてくる。迫り来るは剣状の尻尾。そこへジェナが滑り込み、黒の魔力を纏わせた拳で迎撃。カリンほどの威力とはいかずとも、纏うバリアごと軌道を逸らすことに成功し、ネージュがここで動きを見せる。
「演算完了。時よ凍れ、事象凍結」
バリアの概念、事象への凍結。魔法を止める強力な干渉能力だ。災害獣の動員している魔力を止め、一瞬だがバリアの修復を妨げた。それを逃さずカリンの拳が突き刺さり、凍結させられた部位のバリアが砕かれる。
「やった……!」
バリアの向こう、災害獣本体への必殺技を放とうと構えるカリン。しかし、そこへ既に災害獣の放った竜巻が迫っており、飛び込んでいったジェナが彼女を突き飛ばして連れていき、なんとか被害をゼロにした。
「直撃寸前でしたね。もう少しで、指がなくなってもおかしくないところでした」
「うわー、それはすごく痛そう。チャンスだと思ったんだけどなあ。事象凍結は……」
カリンが言いかけた時、災害獣が過剰に魔力を注ぎ込むことでネージュの事象凍結を振り払った。その反動を受けた彼女は右目の血管が破裂したらしく、血涙を流してよろめく。ジェナとカリンはすぐさまネージュの元へと急行し、彼女の両肩を支えた。
「……申し訳ない。迷惑をかける」
「そんなことないよ。でも、もうあの事象凍結は使えないんだよね。じゃあ、どうすればバリアを破れるかな」
「考えはありますが……ネージュさんには少し、負担を強いてしまいます」
「構わない。ただの氷魔法なら、全然いける」
ネージュは目から流れた血を制服で拭いながら答えた。激しく動くのは控えるべきだが、次の手を打つにはネージュが必要だ。彼女への負担を最小限にするため、息を合わせ、1回で決めるしかない。自分にできるのか、と、ジェナにはプレッシャーがのしかかる。
だが、そこへ、災害獣が踏みつけでトドメを刺そうとしてきたその時、カリンは単身でそれを受け止め押し返し、笑って見せた。
「あはは、なんだか、昔友達と一緒だった時を思い出すなあ。みんなで考えて、強がってさ。それで最後には……無理を通して、笑顔で勝つ!」
そんなカリンの言葉に、ジェナは自分が笑えてきた。こんな明るさの権化みたいな奴が隣にいるのに、ジェナが暗くなってどうする。ネージュはいけると言っているんだ。その強がりに乗って、突っ込んでやろう。
「カリン、ネージュ。お互いに全力で、炎魔法と氷魔法を同じ場所に打ち込んでください。ふたりの出力を合わせれば、相殺を超え、さらなる破壊力を生み出すはず」
「炎と氷の合体魔法! なにそれ、かっこいいね!」
「……わかった。どちらかが弱くては成立しない、コンビネーション攻撃。カリン、私はなんとかついていくから。追い越されないように気をつけて」
「もっちろん!」
カリンとネージュは拳と拳を合わせて握手とし、笑いあった。ネージュの表情はやっぱり小さな変化だが、確かに笑っている。この2人は意外と、相性がいいんだろう。
「その後はどうするの?」
「私がバリアの修復を止めます。お2人はその隙に、全力の攻撃を」
「おっけー、じゃあジェナちゃんの合図で行こうか!」
「……えぇ。準備はいいですか? 3、2、1……作戦開始ッ!」
ネージュは全身に氷の鎧を纏い、透き通る氷槍を手に。カリンは全身から炎を放ち、拳にその情熱を宿して。両サイドから挟み込むように災害獣へと向かっていく。両方の迎撃に竜巻が発射されるが、2つに割いたぶん威力は半減。ネージュとカリンの敵ではなく、距離は一気に詰まり、2人は揃って災害獣の首元へと己の武器を振るう。
「はぁああああっ!!」
カリンの放つ炎。ネージュのぶつける冷気。相殺されていたはずの攻撃は、やがて相乗へと変わり、温差によって生じた無色の魔力が、破壊のエネルギーとなってバリアを襲う。衝撃と爆発音が迸り、しかしそこに爆炎はなく、ただバリアが砕け散りよろめく災害獣だけが存在していた。
「逃してなるものですか──!」
その瞬間には、既にジェナは駆け出していた。バリアの修復が始まる前に、2人がこじ開けた穴へと突っ込み、そこに魔力のナイフを突き立てる。災害獣の皮を裂き、突き刺さったナイフは災害獣の体内に溶け込み、その姿を消す。
「さあ、食らいなさい! 私のカリン対策、その14! 外側から攻めて駄目なら内側から! 名付けてルナティック・エッジ!」
月は人の心を狂わせるもの。同時に、この魔力は他の魔力を狂わせるものだ。原理は入学試験の際に使った波長を狂わせる魔法と同じだが、その目的は感覚の徹底的な破壊。ナイフを突き刺さなければならないという発動条件は厳しくなっているものの、より相手を制圧できる。
災害獣は狙い通り、魔力の操作を含めた知覚を失い、吠えながら暴れ回っている。千載一遇の好機に、ジェナは叫んだ。
「トドメをッ!」
声に反応したカリンとネージュが飛び出すのは同時だった。そして、先程と同じように炎と氷がぶつかり合って高まりあい、一点に収束していく。
「この技さ! 名前欲しいよね、名前!」
「ではカリンが好きなように……」
「それじゃ駄目だよ! ネージュちゃんも……そうだ! じゃあ、前半はネージュちゃん、後半は私が考えよう!」
「なるほど。それなら、一応は公平か」
高まってゆく魔力。のたうつ災害獣。少女たちはそんな戦場の中で、笑顔で言葉を交わす。そして、炎と氷が臨界点に達し、再び極大の衝撃が訪れる瞬間が訪れようとしていた。
「じゃあいくよ、技名叫ぶやつ! せーのっ!」
「超温度差──」
「──友情パワーッ!!」
衝撃の炸裂により、バリアを使わずもろに食らった災害獣は爆散する。原型を残したのは頑丈だったらしい背中の甲羅くらいで、残りはバラバラの破片になってしまった。それでも、倒したものはしっかり倒した。ジェナは2人の元へ駆け寄ると、気持ちよくハイタッチをした。
「いえーい! 初勝利ー!」
「討伐成功、お疲れ様。なかなか気持ちのいい勝利だった」
「えぇ。お2人が頑張ってくれたおかげですわ」
「2人じゃなくて、3人だよ。ジェナちゃんだって大活躍だったじゃん!」
喜びを分かち合う3人。そこへ、拍手をしながら歩み寄る人物が現れる。一部始終を見守っていたシエルカだ。
「いやぁ、良かった良かった。臨機応変な対応も完璧。それじゃあ、ネージュちゃんの傷の手当もあるし、洞窟から出ようか」
こうして初の勝利を収めたジェナたち。自身でも噛み合わないと思っていたジェナだったが、カリンやネージュのことをよく知ろうとしていなかったのは自分の方だと気付かされた。ネージュがそう決めたように、他の皆の方にも、ジェナから歩み寄らないといけないだろうか。
それはそれとして、皆で並んで歩きながら、ジェナは言いたいことがあったのを思い出した。
「……その、技名ですが。超温度差友情パワーだと、カリンとネージュの相手に対する気持ちに温度差があるように聞こえませんか?」
この言葉に当事者はというと、ネージュは確かにと考え込んだ一方、カリンは別にいいじゃんと流そうとしていた。その辺り、少なくともこの名前に対しては、カリンとネージュに温度差があるのは間違いなかった。




