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第14話『遠征授業 お手本』

 ヴェントリスに着くまでの間、1時間ほどは車両の中でゆっくり過ごす時間だ。運転に集中しているオーロラは時折世間話をしてくれるが、ほどよく揺れる車内はだんだん眠気を誘う。

 さらに、車輪が大きめの隆起を踏み、キリノは衝撃のはずみでクラウディアの膝に頭を乗せる形になって、そのまま膝枕で寝そうになる。どうも、人間の体は睡眠が好きらしい。


 このままではいけないと体を起こして頬を引っ張り、無理やり目を覚ます。頭を撫でてくれようとしたクラウディアは驚き、申し訳ないことをしたと謝るが、クラウディアは控えめに笑う。


「い、いえ、謝らなくちゃいけないのは私の方です。さっきのこと……ありがとうございました。それに、気を遣わせてごめんなさい」

「あぁ、それは謝ることじゃない……っとと、それなら、私を思いっきりはたいてくれないか。目覚ましにな」

「えっ、叩くって、え!?」


 さっきよりもずっと目を丸くして驚かれた。そして、それでもやってはくれるようで、恐れ多いと縮こまりながらも、大きく振りかぶってビンタをかましてくれる。鈍い音が車内にべちんと響き、おかげでキリノの目は覚めた。


「いい感じだ、ありがとう」

「あっ、あ、赤くなってませんか!? だ、大丈夫なんですか?」


 目覚ましビンタで頬が赤くなるのも、人間の肉体であってこそ。ちょっと新鮮な体験に、キリノは眠気も消えて晴れやかだった。

 するとその様子を見て、テュエラはくすりと笑って、こう言ってくれた。


「せっかくですし。さっき話せなかった、自分の思い出話でもしましょうか」

「いいのか? いい思い出ではないようだが」

「そうですね。でも、キリノさんには伝えなくちゃなって思ってるんです」

「……ありがとうな」


 あまり無理はさせたくないのだが、彼女が話したいのなら、勿論興味のある話だった。クラウディアも静かに聴く体勢となり、魔力車の駆動音だけが聞こえる中、テュエラは口を開く。


「ヴェントリスの名前を聞いたら、都市と同時に思い出すことがありますよね。ね、オーロラさん」

「ヴェントリス事変、だね」

「えぇ。数年前にあの街で起きた、暗殺事件です。その件の関係で、自分は両親を亡くしてるんですよ」


 淡々と、時には声色で茶化しながら、テュエラは話を続ける。ヴェントリスでの公務中に襲撃に遭い、先代の国家議員であったテュエラの父は死亡。その主犯格として疑われ、罪を被ったテュエラの母は、巫女を継いだ身でありながら極刑に処されたという。


「その両方のお墓がヴェントリスにあるんです。嫌なことを思い出すので、お参りにはまだ一度も行ってないんですけどね」


 聞いていて気分のいい話ではない。テュエラはただ巻き込まれ、心に傷を負っているのだ。笑い話のような声色で話していたとしても、笑おうとはしない。


「あ、あの。今回の遠征、その、時間があったら、ご両親のお墓参りに行きませんか?」

「あぁ、行ける時間はあると思うよ」

「よかった。その方が、ご両親も喜ぶと思います」


 それはクラウディアの優しさからの提案だったが、彼女の笑顔は見られなかった。


「……あいつらを喜ばせてもねぇ」


 どうやら、テュエラはただ事件に巻き込まれただけの境遇ではないらしい。クラウディアは呟きを耳にして言葉を失い、気まずそうに目を逸らし、その後はずっとキリノの膝あたりを見ていた。考え事をしていたんだろう。

 結局、目的地に到着するまで車内はずっとその微妙な空気に包まれたままであり、そのことで謝るテュエラを止めるくらいの会話しかなされなかったのだった。


「到着!」


 オーロラの合図とともに、市街地の駐車場らしい空き地で車が止まり、キリノたちは揃って降りた。もう1台の方も隣につけ、カリンたち2班も並んでいる。カリンはなぜか手を振ってきて、それを見たネージュが真似をして小さく手を振ってくれた。和んだのでいいとしよう。


「ここがヴェントリス……ですね」


 街は寂れた様子で、中には壊された建物も散見される。街ゆく人々の姿はほとんどなく、あってもそこには活気がない。崩れ去った家の跡地に急拵えのテントを作って暮らしているらしい家族の姿を見ると、キリノでさえいたたまれなくなってくる。


「さて。ここからは徒歩で行こうか。最初のターゲットの場所はここから少し歩いたところにある森ね。

 みんなは災害獣と相対するのも初めてだと思うから、注意点を教えつつ、最初は私たちで対処するよ」


 引率の虹色教師コンビに連れられ、街をゆく一行。放棄された建物は荒れていて、通りすがりにふと視線を向けると、大きな蜘蛛が巣を作っているのが目につき驚く羽目になった。


「元々は、軍隊の人たちが来て、それを相手に商売する人たちも来て、その結果賑わってるって感じの街だったんだけどね。事変の後から、災害獣のホットスポットになっちゃって」


 テュエラの話してくれた事情の通りなんだろう。ただでさえ活気を失った街が、災害獣という災厄に見舞われて、立ち上がる気力すら失っている。確かにそんなように見える。

 その中で、特待クラス一行を物珍しそうに見る住民たちの中で、ひそひそと話している者がいくらか居ることに気がつき、その話に耳を澄ませてみる。


「悪魔の子だ……」

「どの面下げて嵐の国に帰ってきたんだ」

「この街がこうなったのはお前のせいなのに」


 彼らがテュエラを指してそんな話をしていることがわかってしまい、気分の悪い話だと唇を強く結んだ。これがキリノにも聴こえるということは、テュエラの耳にも届き、心を痛めているだろう。彼女は平静を装っているが、心のうちではどう思っていることか。


 同時に、カリンは話が聴こえてくるや否や、ひそひそ話を行う相手に怒りを向け、飛び出していきそうになった。彼女を押さえ、魔霧の補助でなんとかその腕力に勝ち、引きずってでも先に進む。


「キリノちゃん! 止めないでよ! 言っちゃいけないこと言ったんだよ!?」

「そんな前歯どころか奥歯まで折りそうな勢いの奴を解放できるか!」

「うんうん。自分なんかのために怒らないでくださいよ。あのぐらい、慣れてるんで」


 やはりそうなるのか。テュエラの告げた悲しい言葉に、より怒りを強めたカリンだが、衝動的に殴り掛かるのもよくないと飲み込んで、歯を食いしばったままながらちゃんと着いてきてくれるようになった。


 そうして歩き続けてやってきたのは、町外れにあるいかにも獣の出そうな森だ。木々は生い茂り、吹き抜ける風で葉が擦れてさらさらと音を立てている。

 そんな森の中へ踏み込むにあたり、オーロラは背負っていた鋼鉄製の機械の電源スイッチを押し、シエルカは特に特別な準備は行わないまま、キリノたちについてくるよう言いつつ足を踏み入れていく。


「嫌な気配が漂っていますね。これが災害獣の気配なのでしょうか」


 ジェナの言う通り、澱んだ魔力というか、森の中から敵意のようなものを感じる。そのせいで居心地が悪く、長閑のどかな森の光景も不穏に見えてしまう。


「その通り、これが災害獣の魔力。そういうのを辿って、教えてくれるのがこの魔法道具ね」


 そう言ってオーロラが見せてくれたのは方位磁針型のアイテムだ。より強く災害獣の気配がする方向を指してくれている、らしい。360度全方位に対応しており、現在は北の方角、やや上方に反応が示されている。


「そろそろ寝床の入口が見えてくるかなー?」

「災害獣って、巣を作るんですか?」

「個体によるけど、大抵は1番似てる生き物と同様の寝床を持つよ。今回は巣穴タイプかなぁ」


 しばらく上り坂を進んでいくと、方位磁針の針が徐々に光を放つようになっていき、目標が近いことを示している。するとシエルカが生徒の皆を呼び、前方を指差すと、先程オーロラが言っていた通り、巨木の樹洞から地下に続く穴が見える。


「ここで止まって、その場で待機。さて。これから思いっきり引きずり出して、戦うところを見せます。いつ何が起こるかわからないので、くれぐれも気は抜かないように」


 ある程度まで近づいたところで、シエルカとオーロラは作戦開始の準備に入る。再びオーロラがリュックから何かの道具を取り出し、挿さっていたピンを引き抜くと、せーので樹洞の中へと投げ込んだ。


「いくよシエちゃん! そして私の相棒!」


 樹洞の中では着弾と同時に先程の魔道具が発光、続けて煙を放ち始める。その効果か、巣の中からは獣が唸る声が聞こえ、一気に現場は緊張感に包まれた。そんな中、オーロラはリュックから伸びる2本のレバーをそれぞれの手で引っ張ると、リュックから飛び出した部品が変形し、両腕に装着された金属製のロボットアームとなる。


「おっけー、ロラちゃん──七色術式(セブンカラーズ)、スケール・ブルー」


 一方のシエルカは魔法の術式を起動させ、彼女の毛先や瞳は青い輝きを纏う。これが戦闘状態なんだろう。


 数秒後、樹洞から湧き出る煙の中から、いくつかの影が飛び出してくる。1つ、2つ、3つか。

 初めて見る災害獣は獣型だった。姿はオオカミに似ているが、それぞれ一般的なオオカミよりも明らかに大きな体躯を持っている。さらに全身が逆巻くように長い毛を靡かせており、常に風を纏っているらしい。

 その怒りは無論、安寧を乱した人間に向けられており、シエルカとオーロラに対して唸り声をあげ、吠え声とともに3頭が一斉に風の魔法を起動。小さな竜巻がいくつも発射され、迎撃にシエルカの水魔法とオーロラのロボットアームが動き出し、戦いの火蓋は切って落とされた。


『災害獣発生──推定最大災数3』


 ティカ学長の声で、どこからともなく声が聴こえた。これは災害獣出現を知らせる警報のようなもので、自動で音声を流している。

 その間にも戦闘は始まっており、シエルカの扱う水流の魔法が竜巻を真っ向からかき消して、オーロラのアームは竜巻を捕らえて握り潰し、木々の中に紛れながら風魔法を放つ災害獣への対処を続けていく。相手の魔法は打ち消し、攻撃行動にはこちらの攻撃を合わせて回避を強いる。


「さ、そろそろ行こうか!」

「合わせるよ!」


 ここで変形したアームからガトリングが飛び出し、かと思った瞬間には既に火を吹いていた。ついに獣たちに有効打を与え、血が繁吹しぶいたのが見えた。さらに続くシエルカの水魔法は高圧の水流を叩きつけて1頭を木に叩きつけ、気絶させることに成功した。瞬間、その脳天をガトリングの銃弾が撃ち抜き、1体目はそのまま動かず絶命する。


 さらにその後も水の魔法とオーロラの兵器が織り成す攻撃の余波で木々がなぎ倒され、次第に逃げ道が閉ざされていき、獣たちは追い込まれていった。追い詰められた分の反撃に強い衝撃波を伴うシャウトと、今までよりもふた周りは大きな竜巻がシエルカを襲うが、瞬時に展開された青い光の盾がそれを弾き、続く渦潮の一撃が弾かれた後の竜巻を消滅させた。さらにその渦潮を突っ切って現れた炸裂弾が着弾。爆発の衝撃音とともに、大きく吹き飛ばされた個体が枝に突き刺さり、しばらくもがいていたがやがて力尽きていった。


「これで2匹目! さ、そろそろ決めちゃおうか──!」


 シエルカが標的を指差し、直後に青い閃光が迸る。青く輝く軌跡が一気に伸び、獣の肉体に突き刺さり切り裂いた。それでも反撃に全身から激しい風を放ち、シエルカに向かって駆け出し、剥き出しとなったその牙がシエルカに迫るかと思われた瞬間、その首が地に落ちて絶命した。今回現れた3頭の撃滅は、これを以て完了となる。


「討伐完了、っと。さて、コツはわかったかな? って言っても、私たちはただドンパチしてただけなんだけどさ」


 これから二手に別れ、また別の箇所にある災害獣の反応を追いかけることになるのだろう。キリノは呆然としていた自分の頬を叩き、クラウディアとテュエラに声をかけた。


「2人とも。虹色に負けない、完璧な戦いを目指そう」


 2人は揃って頷いてくれたが、テュエラの表情にはやはり陰りがあって、キリノはこれ以上どう声をかけていいのかわからなかった。

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