第12話『ネージュ観察日記』
「キリノちゃん! クラウディアちゃんも! 相談があるんだけど!」
学校生活開始から3週間ほどが経過したある日の放課後、寮の3号室にカリンが来訪し、応対に出たキリノが扉を開くなりそう言った。
いきなりこういうことを言い出すとは、以前のジェナの母のように、カリンの母も来るのか。
面倒事の気配を感じ、キリノは拒否して扉を閉めるか考えたが、後ろに心配そうな顔をしたクラウディアがいるのを思い出し、仕方なしに受けることにする。
「ごめんね、いきなりで。でもね、力を借りたくって」
「わ、私は大丈夫ですよ。むしろ、たくさん頼ってほしいです」
「ほんと!? 嬉しい! キリノちゃんもよろしくね!」
キリノは一言も相談していいとは言っていないのだが、喋る間もなく本題に入られる。黙って聞いているしかない。
「実はね、ネージュちゃんのことなんだけど」
カリンとネージュの部屋はともに1号室。ルームメイトである。しかし、教室で話している所は見たことがない。正確には、カリンからネージュに絡んでいるのはよくあることだが、ネージュは殆ど応答していない。これはカリン相手に限らず、他のクラスメイトに対してもネージュは冷たいままだ。
話を聞く限り、放課後でもそれは変わらないらしい。
「せっかく同じ特待クラスになれたんだし、もっと仲良くなりたいの」
そんなことで頼られても困る、と言いたいところだが、ネージュにはキリノ自身も興味がある。彼女の氷魔法は魅力的だ。以前の部下に氷属性で武闘派のネビュリムが存在したが、魔法少女を追い詰める活躍を見せてくれた。それを考えてもネージュは味方に引き入れたいところである。
「それなら、まず友達になる時はどうしているか考えてみるか」
「友達……」
カリンは黙り込み、考えた。その末に出た言葉は、キリノを呆れ顔にさせるものだった。
「何もしてないと思う。強いて言うなら、仲良くしてる」
これはキリノの聞き方が悪かったか。カリンは常に相手と仲良くなろうという行動を実践しており、そこから考え直すのは意味が無い。それをやってネージュに拒否されている。
よって、今度はクラウディアに視線を向けると、彼女は自信はなさそうに話してくれる。
「えっと、私は……相手のことをよく観察する、とか」
人柄がわからない相手とは、どう接していいかわからない。ネージュに振り向いてもらうには何が必要なのか、まずは彼女自身のことをもっと詳しく知ることが必要になるだろう。
なるほど、理にはかなっているように思えるが。
「観察かぁ……そうだ! 明日授業はお休みだし、ネージュちゃんのことを観察する日にしよっと!」
「あぁ、同室だもんな。でも相手が出かけたらどうするんだ」
「もちろん追いかけるよ! そういえば、今度のお休みには魔法道具を買い換えるって言ってた気がする!」
そうなると思った。キリノはおもむろにため息をつく。
「あのな、それだとただの……」
「私も出来ることがあれば、その、お手伝いします!」
「ありがとう! 一緒に頑張ろうね!」
ただのストーカーだと指摘しようとして、先にクラウディアとカリンが固い握手を交わしたのに驚いて言葉が詰まった。さらにカリンはひとしきりクラウディアと作戦について盛り上がった後、また明日ねと言い残して部屋を飛び出していってしまう。
「あ、ちょっ、明日って、いつ頃……!」
「そっか! じゃあネージュが出かけたら合図するね! こっちの部屋に来て合流するから待ってて!」
慌てて呼び止めたクラウディアが時刻を聞き、なんとか具体的な数字は引き出せた。彼女が去った部屋は静まり返り、呆然としていたキリノがため息をつくまで、静かなままだった。
結局伝えられなかったあたり、こうなったら全力でやるしかない。自らの頬を叩いて覚悟を決めた。
◇
──翌日、朝。いつぞやの寝落ちてしまった日の二の舞にならぬよう、中途覚醒してもそのまま二度寝を決め、キリノが予定していた時間通りに起床することに成功した。クラウディアとともに朝の仕度をし、いまだ慣れないものは手伝ってもらいつつ、キリノはお出かけの準備を終える。クラウディアも同様だ。
孤児院のシスターにもらったという、気付かれにくくなる魔法の変装帽子を持ち出した時には、そこまでするのかと思った。だが、備えあれば憂いなしと言うように、失敗しないに越したことはない。ありがたく借りることにして、いつでも出られる状態にしたまま、軽く読書でもして待つことにする。
「あっ」
クラウディアが声を漏らし、見ると窓の向こうでは私服姿のネージュが歩いているのが見えた。恐らく、魔法学校付近の市場の方に行くんだろう。カリンの言っていた魔法道具の買い替えなら、そこに違いない。
「……来ないな」
ネージュに見つからないように3号室を待ち合わせ場所にするまではいいのだが、こうして寝坊を決めてくるのがカリンだ。クラウディアには先に行っているように伝え、キリノがカリンたちの部屋に急行する。
「おい、起きろ!」
「うーん、あと5分……」
「言ってる場合か、ネージュはもう出かけてしまったぞ!」
「じゃああと2分半……」
「半分にしても駄目なものは駄目だ!」
布団を剥ぎ取り、もぞもぞと寝返りを打つだけで起き上がろうとしないカリン。仕方なく2分半は待ってやることとし、その間にカリンの私服を漁り、高そうなもの、派手なものが多い中から動きやすく地味めなものを探し当てる。こういう所でお姫様なのはなんなんだ。
2分半以内に超特急で一式揃えたキリノは、ここでカリンの体を魔力霧で支え、無理やり起き上がらせた。さすがに寝ていられなくなったのか、目を開けた瞬間に驚きのリアクションを見せる。
「えっ!? なになになに!?」
「目覚ましだ、このねぼすけが!」
カリンを起こした後は、寮に入ったばかりの頃クラウディアにやってもらっていたことを思い出しながら、仕度を間に合わせようと手を尽くす。黙って世話をされるカリンは顔立ちもあり可愛らしいと思えなくもなかった。
「えへへ、いつもより可愛くできてるかも。ありがとう、キリノお姉ちゃん」
だんだんカリンが甘えてくるようになり、思わず思いっきり頬を抓ってしまった。
「いだだだだ!? 何するのお姉ちゃん!」
「誰がお姉ちゃんだ! いいから出るぞ!」
最後にカリンに変装帽子を被せ、並んで1号室から飛び出した。ようやくクラウディアに合流できたのは、10分ほど後だった。肝心のネージュはというと、当初の目的とは離れ、遠い地域から来ている行商人の出店を見て回っているようだ。
「1人先に行かせてすまないな、クラウディア」
「あ、いいえ、大丈夫でした。ちゃんと隠れて見つかってません」
魔法学校は有力家の子息や強力な魔法使いが集う場所。金持ちの子息が多く、また災害獣の脅威に対しても優秀な魔法使いたちが迅速に出動するという、絶好の商業地域である。珍しいものを持ち込んでくる相手も多いと聞くが、キリノはまだ利用したことがない。
陰からじっと観察している限りでは、宝飾品や衣服の店が多い。魔法効果についての宣伝が色々な方向から聞こえてくる。
だがネージュはその多数派には興味を示さず素通りして、中にある食料品の店の前で立ち止まっては観察している。魔法道具の他にも、買い出したいものがある様子だ。
「さっきからすっごい甘いものばっかり触ってるね。砂糖の塊のやつ」
「ネージュさんの実家は魔法使いの名門ですから……甘味料こそ見極めが重要なんだと思います。シスターさんから、いい魔法使いはいい砂糖選びからと聞いたことがあります」
魔法のあるこの世界において、脳の栄養である糖分は魔力の回復手段として重宝されている。ネージュが吟味している棒砂糖は、魔法使いにとっては生命線とも言える。
一方で、ネージュの口元を見ていると、商人へしきりになにか聞いているのに気がついた。声は掻き消されて聴こえないが、口の動きで把握しようと注視する。──もっと甘いのはあるの、だろうか。どうやら甘味の限界を求めているらしい。
それから商人は別の砂糖を薦め、試食にひと口舐めさせてもらい、頷いたネージュは購入を決定。金貨を払い、どこか満足そうに次の目的地を目指して歩き出した。
キリノたちもそれに続き、時折隠れつつネージュを追った。辿り着いた先はパン屋さんだ。今度はここが彼女の寄り道場所のようで、美味しそうな匂いに釣られてふらりと吸い込まれた形だ。
「あ、知ってる。あのお店有名なんだよね、うちの王宮の近くにもあるよ!」
遠く離れた城下にも姉妹店があるらしいそのお店から漂う匂いは実際とても美味しそうで、周囲を通り過ぎる人々のうち何割かは釣られて入店している。キリノたちはぐっとこらえて外から様子を見守ることとし、ネージュの動向に集中した。
ぐるりと店内を一周した彼女は、店員に話しかけると、次々とパンを指さし、大量に袋に詰めてもらっていく。本命の魔法道具を買う前に、パンパンになった紙袋を抱えることとなり、邪魔そうにしながらも店から出てくる。
「あんなに食べるの!?」
何本かのパンがはみ出たぎちぎちのその荷物は、傍から見れば紙袋ひとつに入る限界に挑戦した後のような見た目である。そこから1本無理やり引き抜き、道端で少し休憩するついでに平らげ、市場めぐりは再開される。
この後も、ネージュはふらりふらりと寄り道を続け、よくわからない雑貨や奇抜なデザインの衣服を購入して荷物を増やし、やっと魔法道具を扱うお店に足を踏み入れる頃には、ほぼ両手いっぱいに荷物を持っていた。重そうにする様子はあまりないものの、見るからにかさばっている。
ここで、恐らく最後の目的地であろう魔法道具店を前に、キリノたちも作戦を立てていくことにする。
「私が偶然を装って接触する。2人は店の外で待っていてくれ」
「頼むよ、キリノちゃんっ!」
キリノはここで変装帽子を脱ぎ、何事もなかったかのように店内に入っていった。ネージュに直接話を聞くことができればと思うが、うまくいくだろうか。
店の中を軽く見回すと、非常に目立つ大量の荷物の影から商品を眺めるネージュの姿があった。荷物で死角が多く、キリノの入店にはまだ気づいていない。ここで、思い切って彼女に話しかけてみる。
「そんなに大荷物を携えて、買い物中か」
「どうしてここに?」
「偶然だ。私も気になる魔法道具があってな」
声をかけられて返事をするネージュ。表情は全く変わらず、振り返る時に積まれた荷物が揺れたのに視線を向けたくらいで、やはり何を考えているのか読めない。
「貴方でも魔法道具に興味があるんだ」
その口からは、心底意外そうにする言葉が漏れた。
確かに魔法道具とやらに頼らずとも大概の魔法は霧でなんとかなる。とはいえ、この世界の人間の魔法の発展を知っておきたいのもある。つまり興味があるのは本当だ。今日来店した理由ではないが。
「にしても、重そうな荷物だな。少し持とうか」
「いらない」
即答だ。きっぱり断られてしまった。強がりというよりは、やはりこちらのことを信用していないがゆえらしく、向けてくる視線だけで心を閉ざそうとしているのが伝わってくる。
「それじゃあ、お目当て探しの手伝いでも」
「いらないから」
呟きののち、そっぽを向かれてしまった。棚に視線を戻し、もう取り合うつもりはないという態度だ。
「……なぁ」
ここで、ずっとしなければならなかった質問を口に出す。
「どうして、そこまで他人を拒絶するんだ」
ネージュとの間に再び沈黙が立ち込め、しばらくの間ただ周囲の喧騒ばかりが耳に入っていたかと思うと、やがて細い声で聞き返された。
「逆に聞く。どうして私に構うの」
きっとカリンなら、間髪入れずにクラスメイトだからと答えるのだろう。キリノは彼女のように、動機は純粋じゃない。ほんの少しだけ、言葉を整理する時間を要し、それから答えを告げた。
「ネージュのことを知りたいからだ」
「知ってどうするの?」
「君と仲良くなるのに役立てる」
その答えにネージュは口を閉じて沈黙を挟み、さらにため息をついてから、観念したように続けた。
「昔のことだけど。仲の良かった姉に殺されかけて、生死の境をさまよったことがある。だから……あまり距離を縮めたら、また裏切られるかもと思ってしまって。それだけの話」
「あぁ、そうか」
「どうせ裏切るだなんて、勝手な思い込みだとはわかってる。皆が皆、そんな人ばかりじゃないって」
過去に負った心の傷跡がネージュの中に残っている。その可能性は考えていたが、ネージュの向ける『貴方は裏切らないよね』と問い掛ける視線に、キリノは言葉を詰まらせた。
キリノが隠しているネビュリムのこと、そして野望のこと。それがネージュに対する裏切りではないと、胸を張って言いきれるだろうか。
考えていたところで意味はなく、今はネージュの視線にただ肯定を返すしかない。
「そう……だな。カリンみたいに底抜けに明るい奴から、クラウディアみたいにどこまでもお人好しな奴もいる。少なくとも、そういう輩は裏切らないだろうさ」
絞り出した言葉に、ネージュは例えに挙げられたクラスメイトの名をぽつりぽつりと呟いた。それから、深呼吸をひとつして、自分の頬を思いっきりつねって、最後に頷いた。
「もう少し……歩み寄っても、いいかな」
どうやら心を決めてくれたらしい。心の傷を堪えてまで、そうやって歩み寄ろうと思ってくれたのだ。彼女のことを裏切ってはいけないと、キリノも同時に心の中で己へと言い聞かせた。
「あ、き、奇遇だねー、キリノちゃんにネージュちゃん」
「ですね、カリンさん。すごい偶然ですね」
そこで、物凄く棒読みで目が泳いでいるカリンが登場する。傍らのクラウディアも罪悪感の混じった作り笑いで、お互いの手には明らかに変装帽子が握られている。その様を見て、キリノはやってしまったと頭を抱え、しかしネージュの答えは予想とは違っていた。
「そうかもしれない。偶然、2人揃って私たちを店の外から覗いているなんてこともあるんだろう。本人がそう言うならそうでしょ、キリノ」
初めてその声で名を呼ばれ、驚いて振り向いたその瞬間。心做しか、ネージュの口角は上がっているように見えた。




