第9話『模擬戦 その2』
授業による特待生同士の手合わせ、その2戦目。対戦カードは太陽の巫女カリンと、月の巫女ジェナだ。
数メートル離れて向かい合い、頭を下げて最初の挨拶とする。その後、シエルカによる開幕の合図がされる前に、皆の前でカリンは何かを取り出した。
「ちょっと待ってね。今から準備するから」
「準備……?」
化粧品のコンパクトに似た丸い物体と、温度計を模した棒状のパーツ。全体的に明るい色合いで、ハートや太陽のマークに飾られた可愛らしい見た目をしている。キリノはあの小道具を知っている。
「おい、まさか全員の前で使うつもりか」
「もっちろん! さあいくよ、フレイムスター・エンゲージ!」
起動の合言葉とともにカリンの体は光に包まれる。先程まで着用していた制服は光のベールに変換され、周囲に滞留する魔力が彼女を保護するとともに、一帯をピンク色に染め上げる。
次にカリンは温度計型アイテムを手に、下部の液溜めを指で擦ってゲージを上昇させ、最大となった瞬間に鳴る『MAX HEAT』の音声を合図にコンパクトの上部にある穴に挿し込んだ。
最奥に温度計がちゃんと嵌め込まれると、中から光が溢れ出し、カリンの全身を包み込むと、それぞれが華美な衣装となって実体化してゆく。
真っ赤な長手袋に、両側で長さの違うオーバーニーソックス。フリルまみれのスカート、その中にはもこもこのドロワーズ。胸元には大きなリボンが完成し、最後にカリンの金髪がより鮮やかな金色になり、髪も伸びてポニーテールはいつもの倍近く大きく広がった。
最後に指で唇をなぞり、魔力の口紅を施したら、完成だ。宙を舞っていた彼女は地に降り立ち、ポーズを決めて名乗りをあげる。
「あまねく天を照らす、大いなる日の巫女! シャイニーフレアッ!」
カリンが変身し、魔法少女シャイニーフレアとなる一連の流れ。キリノはこれを、部下の目を通したものも含めて50回近くは目撃した。これを見たあと、大抵ネビュリムの作戦は失敗する。そう考えると頭が痛くなってきた。
「なるほど。魔力を自身の衣服として固着させた戦闘形態ですか」
「シャイニーフレアだよ!」
「……えぇ、シャイニーフレア、ですね。まぁいいでしょう、このまま始めましょうか」
2人が再び構え直したところで、シエルカは指を鳴らし、防御の結界が再度展開された。さらに先程はキリノも気がついていなかったが、結界にはタイマーもついており、見れば制限時間がわかるようになっていたようだ。
「用意はいいかな? せーの、はじめっ!」
開幕の掛け声に合わせてタイマーが減少を始め、声が聴こえるとともにジェナの方から動き出す。まずは細かい弾丸を多く放ち、魔力を溜めていく。入学試験と同様の戦法だ。
対するカリン改めシャイニーフレアはそれらを一瞬でかわして潜り抜け、炎を纏った拳を振り抜いた。咄嗟に黒いオーラを両腕に発生させ、交差しての防御には成功したが、想像より重い一撃に、踏みとどまりきれずバランスを崩してしまう。
「さすがは太陽の……腕がビリビリしますわね」
「あっ、やば、ごめんね。変身して友達と練習試合とかしてこなかったし、力加減がわかんなくて」
「ッ……私を心配する暇があるのなら、攻撃のひとつでも仕掛けたらどうです。これは授業、遊びではないのですよ」
ジェナが地面を蹴りつけ、巻き上げた土煙の中から黒の魔力弾が飛び出し一斉にフレアを囲む。それらは回し蹴りひとつで全て撃ち落とされてしまうが、それでも構わず攻撃は緩めない。
続いて黒い魔力をナイフに変えて投擲し、連続で5本。体を逸らし蹴りで弾き、両手で掴んで止めて、次がフレアの肩を掠っていくが傷にはならず、最後の1本はフレアが思いっきり口から吐いた炎に焼かれて消えた。
しかし、今までの月の魔力はどれも囮だ。対処に出ている間、ジェナ自身への警戒が弱まった隙に忍び寄っており、背後から6本目のナイフを振りかざした。それも察知されて腕に肘打ちが決まり刃を取り落とすが、作戦を変えて落としかけたナイフをどうにか掴み、フレアの足元の地面に突き刺した。
ゼロ距離となったこの瞬間、フレアはさらに仕掛けようとするが、あることに気がつく。
「……あれ? 動けない」
所謂影縫いというやつか。地面に映ったフレアの影に刃を突き刺して、本体の動きを止めている。驚いている間にジェナは右手にエネルギー弾を形成し、一気にフレアへと叩き込もうとする。
「喰らいなさい──!」
「ごめんね、それは出来ないかもっ!」
フレアが衣装全てから炎の魔力を展開し、吹き荒れた炎に対してジェナは大きく後方に回避せざるを得なかった。回避の途中でエネルギー弾をフレアに放つものの、届く前に気合いで影縫いを解除され、やはり炎のパンチで相殺された。その時起きた爆発の余波に、2人の髪が靡いていた。
「無理やり拘束を解くなんて、どういうことですか」
「私もびっくりしたよ。それじゃあ次は私の番ね!」
空中に向かって瞬時に連続のパンチが繰り出され、そこから炎の拳が無数に飛び、駆け出したフレア自身とともにジェナの方へと迫りゆく。先の闇色のナイフの大量展開と投擲で対処し、止めきれなかった分は制服に施された魔力の障壁を強化して受けきった。
受けきれなかったのはフレアの上段蹴りで、吹っ飛ばされたジェナは呻き声を漏らした。しかしフレアの方を睨む眼には闘志が宿ったままで、それを見てフレアは笑い、次の攻撃に移る。
「いくよっ!」
巻き起こる炎は龍の形となり、雄叫びをあげて渦を巻き、やがてジェナに標的を定める。
ジェナは反撃に出られないまま炎が迫り、今度は防御よりも回避を選んだ。地面に転がって、抜けた先で立ち上がって土埃を払う。
その隙を逃さないのがフレアだ。今度は全身を燃え上がらせ、炎の弾丸となって飛来する。飛び退いたジェナはその後向かってくるフレアを迎え撃ち、振るわれる拳を払い、蹴りをかわし、ジェナから掴みかかって投げ技を使い、その格闘戦の中に少しずつ魔法による追撃を混ぜていく。
どれもフレアへの有効打には至らないが、ジェナの魔法は繰り出すほどに威力の上がる魔法だ。いずれ逆転の時が来ると、それまで耐え抜くための格闘が続く。
残り時間は1分。入学試験の時ほど思うように立ち回れないジェナは、この時ようやく、あのゴーレムに使った魔力を乱す一撃を決めにかかる。フレアと組み合う中、左手の魔力弾をフェイントとし、右手の掌底を叩き込もうと踏み込んだ。
「これで──!」
しかし、その手はフレアに届かない。フレアの直感はそれが最も危険な攻撃だと察知し、ジェナの脇を抜け、ここで勝負を決めようと先の変身アイテムに手をかけた。差し込んである温度計型のアイテムをさらに押し込むと、コンパクトが反応して魔力が増幅される。
「必殺、ソーラー・プリズマ・シャワー! お試し版!」
フレアが持つ光と炎の魔力が集束し、光線の一撃として現れる。何度もネビュリムが対面してきた、魔法少女の必殺技である。
本来の霧を浄化する一撃からは程遠い威力だが、この模擬戦を終結させるには充分な威力であり、ジェナを呑み込み押し流し、壁に叩きつけて気絶させかけた。
「よしっ! これでお菓子はもらったよ、ジェナちゃん!」
「っ……私は……負ける、わけには……!」
2人の間で違うものを見ているようにも思えるが、疲労困憊でも立ち上がろうとするジェナに対し、カリンは魔法少女への変身を解除しながら駆け寄り、手を差し伸べた。それがなによりの勝利宣言のように思え、ジェナは無理やり体を動かそうとしたがバランスを崩し、倒れそうになったのをカリンに支えられた。
受け止められたジェナは下唇を噛み、ようやく勝負がついたことを受け入れる。その後は、非常に不本意そうにカリンに肩を借りながら、2人並んで戻ってきた。
「お疲れ様! 使用者の魔力を引き出して鎧として固定、世界への干渉力を高める……うん、その魔法少女ってシステムの製作者は凄いよね、その発想。カリンちゃんが自分で発明したの?」
「えっと……これはその、神様にもらったというか」
「神様? あぁ〜、太陽の血筋に古来より伝わる、って感じかぁ。何にせよ、ウチの研究機関で1回解析してもらいたいね」
こちらの世界の魔法使いからすると、魔法少女の仕組みは非常に興味深いという。解析されて魔法少女が増えたら困るのはキリノだ。心底やめてくれと思いつつ、そっとカリンからジェナを預かった。
キリノが小柄なうえ、ジェナの胸が大きすぎるため、どうしても胸が当たるのは諦め、普通に肩を貸して壁際まで連れていく。
「……私も奴には苦しめられたからな。無理はするなよ、生身で魔法少女とやり合うだけでも凄いんだ」
声をかけても返事はない。荒い呼吸の音がするだけだった。
彼女のことを壁を背に座らせ、近くにいたクラウディアにジェナのことを任せて、キリノは自分の出番の準備をする。いつの間にやら、既にネージュはフィールドに出ており、早足で彼女の下へと向かった。
「最後、第3試合はキリノちゃんとネージュちゃんだね。準備できたら合図よろしく!」
ネージュの目線の先、10メートルほど離れたところに着くと、キリノはシエルカに向かって軽く手を挙げた。
その瞬間、シエルカの障壁に表示されるタイマーが動き出し、キリノもネージュの方を見る。
ネージュは既に臨戦態勢であり、自身の周囲に魔法で生成した氷柱をいくつも浮かべていた。彼女がどう攻めて来るのか、ゆっくり見ておこう。キリノは黙って、警戒するような仕草でネージュの行動を待った。
「攻撃、開始」
ネージュの手がキリノを指し、氷柱が一斉に発射される。瞬く間に数メートルの距離を縮めて迫る氷に対し、キリノは魔力の霧を展開。その霧で巨大な拳を作り、氷を払い除けた。
そのまま霧の拳は真っ直ぐネージュに向かっていく。だがネージュも冷静に氷の魔法を起動し、氷の壁をぶつけ相殺する。さらに互いに砕けた後、霧はそのまま空に消えるが、氷の破片はネージュの操作を受けてキリノに向かってくる。
破片は数え切れないほどだが、ひとつひとつを魔霧で絡め取るのは難しくない。気がつけばキリノを全方位から狙っているが、捕らえたのを1ヶ所に集め、ドリル型にしてネージュに向かって撃ち返してやる。対するネージュはドリルの回転方向とは逆回転の魔力をぶつけることを選ぶ。
「……ふむ」
キリノが注ぐ魔力を減らしたこともあり、氷と霧の塊はばらばらになって消滅した。しかしそれは囮。霧散したということは、キリノのしもべである魔の霧が周囲に溶け込んだということ。
次の攻撃に出ようと再び氷柱を生成するネージュだが、その背後に魔力の刃を突如として出現させる。さすがに察知して防がれたが、生成中の氷を放棄させることには成功した。続く第二波第三波に、ネージュは地面に手を付き、自身を囲んだ氷の檻を展開して身を守る。
「ならば……ん?」
キリノが丁度いい対処法を考えつく前に、ネージュは檻ごと攻撃手段に変える選択をとってくる。変形した氷はネージュの全身を隠す鎧の騎士とその手に輝く大剣へと変わり、ついにキリノは距離を詰められる。
迎撃に向かわせた魔力の刃と霧の拳は大剣の一撃で叩き割られ、鎧に弾かれる。眼前に迫って振り下ろされた大剣に、キリノは再び魔霧の塊で攻撃を受け止め、鍔迫り合いのような状況に留めた。
「……貴方、入学試験をトップで通過したんでしょう。その時に見せた光線……使ってみせて」
鎧の向こうからネージュの声がする。声色から感情はほとんど読み取れない。恐らくは、期待はずれだったキリノに対する失望か。わざわざネビュリウム光線を所望するとは、余程の自信があるらしい。
いつもならその無謀さを褒め、そのまま吹き飛ばしてやるところだが、これは授業中。氷の大剣を受け止めながら、かなり出力や圧縮率を下げた状態で、魔力を充填してゆく。
「いいだろう──耐えてみせろよ!」
簡易版であるため圧縮はすぐさま完了し、キリノの手の中には光の球が輝いた。そこで大剣を受け止めていた魔力を衝撃波に変え、思いっきり氷の騎士を遠方に吹っ飛ばし、ネージュに向かってこれがお望みの品だぞと宣告する。
「ネビュリウム、光線っ!」
光の束が土埃を巻き上げながら駆け抜ける。一方、光熱を浴びた鎧は地を踏みしめ、全身を熱量に融かされながらも踏みとどまって、そのまま前に進んでこようとする。1歩、2歩と進み、大きく剣を振り上げようとして肩と腕のアーマーが外れたのを契機に、全体が融解しながら瓦解してゆく。脚部が崩れて倒れ込み、中核部の氷に包まれて歯を食いしばるネージュの顔が見えかけたところで、光線の仕上げである爆発が起こった。
派手な爆発だが、ネージュ自体に直撃したわけではなく、それに学校の制服にもプロテクトがかけてある。そう重い怪我はしていないだろうと踏んで、手を貸そうと彼女の元へと歩み寄る。
「……む」
キリノにとって予想外だったのは、いまだにネージュが立っていたことだ。制服は破れてしまっており、煤でその白い肌や髪が汚れてしまっているものの、彼女はまだ踏みとどまっている。氷の鎧の耐久力にも驚いたが、彼女自身もなかなかやるらしい。
「今ので膝をつかないとは。認識を改めなければならないな」
「……どう、したの。まだ、私、立ってるから。勝負、ついてないよ」
息は荒く、ちぎれた下着の紐を押さえながらも、あくまで戦いをやめる気はないネージュ。ふとシエルカの方を見ると、タイマーの示す残り時間はまだ数十秒だが残っている。その隣ではカリンが両手でバツ印を作り、やめるように言っているようだが、そこは無視してしまっていい。ネージュに視線を戻すと、彼女の瞳は全く折れていないのだ。
「……あぁ、私のネビュリウム光線を耐えた褒美だ。もう一撃、くれてやる」
先程と同じように、手元に魔霧を集め、程よく圧縮してゆく。強いエネルギーが光の球となり、光線の準備が整った──かと思った瞬間。
「凍結」
ネージュがそう短く呟き、キリノの手元を指した。瞬間、魔力の圧縮が止まり、光球は光球のままその場に固定されてしまう。
なるほど、確かに氷魔法による干渉のやり方によっては、こういうこともできるのだろう。だが、いくら弱めているとはいえ、ネビュリウム光線を止めるとは。キリノは驚きの後に嬉しさが来て、自然と口角が上がっていた。
「そのぐらいなら……ぎりぎり、私の全力で止められる。後は、一撃あればいい」
最後の一発。大きな氷柱が1本出現し、キリノに向けて射出された。咄嗟に出せる最低限の魔力障壁だけをぶつけ、競り負けて吹っ飛ばされ、地面に激突する。派手にぶつかったせいで頭を打ち視界がくらくらするが、障壁のおかげで怪我はない。
残りの時間、キリノは起き上がることなく、タイムアップを待った。そこまでと告げるシエルカの声がするまで、ただ地べたに転がって空を見ていたのだった。
その近くまでよろよろとネージュが歩み寄り、すぐ隣に座り込む。
「手加減、してたでしょう。あの程度の事象凍結、もう少し出力を上げるだけで振り払えたはず。そのくらい貴方なら」
「最後まで立っていたのはネージュだろう。私の負けだよ」
キリノの言葉に、ネージュは考えるも億劫なのか、貴方がそれでいいならとそれだけ返して、あとは何も言わなかった。シエルカと全力疾走のカリンが駆けつけるまでの数秒間、フィールドは沈黙に包まれる。
「キリノちゃ、だっ、大丈夫!? 立てる!? 脳震盪ってどうすればいいんだろう、記憶喪失とか入れ替わりとか」
「何も起きてない。カリンはうるさいんだよ」
「ネージュちゃん、ネージュちゃん! 制服、直さなきゃ! ネージュちゃん愛用のゴールド下着がみえちゃうよ!」
「勝ったから問題ない。見えないように立ち回ったし、万一見えても恥ずかしくないものを着用している」
戦闘の途中ではよく見えなかったが──金色、なのか。
シエルカの口から語られた驚きの言葉に、反射的にネージュの方を見るが、既にシエルカがジャケットを被せており、あの紐が金色だったかどうかはわからなかった。




