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日陰をゆっくり歩く二人

魔王の血 聖女の器

作者: 瀬嵐しるん

前作『日陰をゆっくり歩く二人』にいただいた感想の疑問点を解消するため1本書きました。新たな疑問を呼ばないことを祈ります…

とある国に聖女の家系があった。


それまで世界のどこにも聖女の血統などあった例がない。

しかし、その家には数十年に一人、聖女が生まれる。

最初は偶然なのだろうと、誰も気にはしなかった。


生まれた聖女もとりたてて力が強いわけではなかった。

だが、聖女もそうでない者もなぜか子供は女子ばかり。

やがて、娘の3人に1人が聖女となった。

しばらくすると、2人に1人。


ある時、その家に次々と5人の娘が生まれ、全員が聖女と認定された。

上の4人は力が強く、それゆえに高慢で婚期を逃し子をなさなかった。


力の弱い末娘は王太子妃として迎えられた。

やがて王妃となった彼女が産んだのは、5人の聖女。


聖女は聖なるもの。

悪しきものを打ち払い、善きものをもたらす存在。

誰も疑わなかった。

聖女の血そのものが呪われていることを。


◆ ・ ◆ ・ ◆ ・ ◆ ・ ◆ ・ ◆ ・ ◆ ・ ◆


王宮の広間で、僕は王族の皆様にご挨拶していた。

穏やかで優しそうな国王ご夫妻。

5人の王女がいると聞いていたが、1人は結婚して平民になったそうだ。


今、壇上にいるのは4人の王女様。

1人は女王になる予定で、王配となる夫君とともに王を補佐しながら勉強中。

2人は外国の高位貴族に嫁ぐことが決まっており、花嫁修業中。

残る1人、末っ子の姫君は姉上の後ろに半分隠れながら、目をまんまるにして僕を見ていた。

僕の姿を見て、そんなに驚いているのは、広間の中ではこの姫君だけ。

彼女に向けて笑顔を作ると、ますます目を見開いて、目ん玉がこぼれ落ちないか心配になった。



僕の仕事は魔導士。

と言っても客分だ。

人間の国では魔法を使うことが少なくなってきている。

魔導士もすっかり数が減っていた。


というわけで、僕は諸国を渡り歩き、魔力を使った機械をメンテナンスし、必要がなければ無力化し、ふいに目覚めて危険をまき散らすようなものがないか探索していた。


この国は聖女が何人もいるだけあって、まだ魔素が残っているほうだ。

王宮に常駐している魔導士が数人いるし、いろいろ話を聞くことが出来た。


地下の機械室に案内してもらうと、思ったよりたくさんの機械が稼働していた。

定期的にチェックしているという魔導士たちも、なんのために動いている機械なのかわからない、というのもいくつかあった。

まずは、わからないものから確認することにする。


「これは大事です。城内の換気をしている」

「そうでしたか!」

案内してくれた魔導士が、用意してあった室内見取り図に書き込みをしていく。

僕は続けて、消耗しやすい部品や、魔力の流れを見ていく。

「これは、あと30年は動きます」

「30年、と」

「どうしても用途のわからない機械があったら、一旦止めてもいいですか?

僕がいる間に何か不都合が起きれば、すぐに動かせますし」

魔導士は少し考えて

「そうですね。お任せしてもよろしければ、お願いします」

「わかりました」


僕は魔力の消費が大きい、ある機械を止めた。

本当は用途を知っている。

これは対魔物障壁の発生装置だ。

長いこと稼働していたが全く役に立っていない。


だってもう、人間の街を攻めてくる魔物なんていないんだから。


そういったものをいくつか止めて、その日の作業を終了した。


夕食は城で働く者たちのための、大きな食堂で食べた。

何種類もの料理があって、好きなものを選べる。


「しかし、お若いのに大した知識をお持ちですね」

地下室へ一緒に行った魔導士が言う。

「いえ、童顔なので、思われてるほど若くはないですよ。

あとは、師匠に恵まれたんだと思います」

「それは羨ましい」


食事の後は、あてがわれた寮の一室に戻る。

簡素だが清潔な部屋だ。



一週間、同じような作業を繰り返し、休日になった。

ずっと地下の機械室に潜ってばかりだったので、城内を散策することにした。


大昔には栄えたこの国も、今ではその勢いもない。

国王夫妻のように、丁寧に穏やかに日々を過ごしている。

新しい建物は一つもなく、毎日城のどこかで大小の修理が行われていた。


今では使われていないらしい、古い一角が気になって行ってみることにした。

苔むした低い石垣を乗り越えて、奥へと進む。


雑木林を抜け、更に行くと花畑があった。

色とりどりのポピーだ。

ここは城の中で一番、居心地が良さそうだった。

なるべく花の少ない場所を選んで寝転がる。



一眠りして目覚めると、人の気配があった。

起き上がって見れば、初日に挨拶した末っ子の姫君。

一心不乱に花冠を編んでいる。

難しい顔で仕上げをしていたが、満足したように笑顔になった。

笑顔のまま、こちらを向いたので目が合う。


「…あ」

「こんにちは、姫君」

「…こんにちは」

消え入りそうな声だ。

どうやら人見知りらしい。


「素敵な花冠だね」と褒めれば、顔を上げて微笑んだ。

姫君は立ち上がって僕に近づく。

そして、彼女がかぶっている物よりずっと小さな花冠を僕にかぶせてくれた。


「君には見えているね」

彼女はコクリと頷いた。

僕は本来の姿に戻る。

頭には2本の羊のような角が生えている。


彼女がかぶせてくれた小さな花冠は、角の間に丁度よく収まっていた。


「花冠をもらったのは初めてだ。とても嬉しい。ありがとう」

僕の本当の顔は、人間から見れば異形。

僕が笑っても、人間には不気味なだけ。

だが、彼女は僕の笑顔を見て、自分も嬉しそうに微笑んだ。



それからも休みになるたびに、僕はポピーの花畑に通った。

彼女は毎回、僕のために花冠を編んでくれた。

ついには、僕も編み方を習うことにした。


何個も何個も花冠を編んで、やっと彼女にふさわしいものが作れるようになった。

約束の指輪みたいに僕たちは花冠を交換し、笑いながら寝転がって空を見上げた。

ただ、それだけだった。


この国での仕事がそろそろ終わりそうな頃、末の姫君の誕生日が訪れた。

身内だけの簡素なパーティーだから、と僕も誘われた。



ガラスの大きな鉢に用意されていたサングリアに、僕は自分の血を一滴垂らした。

その場にいた全員がそれを飲み、聖女の呪いは解けた。



結界も浄化も、もう、この世界には必要ない。

聖女と言われた彼女たちは、治癒の能力が高いだけの普通の人間になった。


5人の聖女が生まれ、その次の代も5人の聖女が生まれる。

なんとか生き残ろうとする、絶える間際の血の呪い。

だが、僕の血によって呪いは打ち消された。

末の姫君もきっと、僕の本当の姿が見えなくなったはずだ。


翌日、全ての仕事を終えた僕は城を去った。



30年後、僕は姿を変え、またこの国にやってきた。

女王の傍らには、即位間近の美しい王子がいた。


休みの日、あの花畑に行ってみた。

そこには小さな墓石があった。


末の姫君は僕が去った数年後、病気で亡くなった。

墓石の前に保存の魔法がかけられたガラスの箱があった。

箱の中には、僕の角の間にぴったりな大きさの小さな花冠。


まだ、魂の気配がした。

僕は魔素をかき集めて、花畑に結界を張った。

彼女の魂が天に昇らないよう、閉じ込めた。



そして千年が過ぎた。

この世界に人間はいなくなった。

世界中の全ての魔素を回収して、僕は花畑に向かう。

あの日の彼女を思い出して、器を作る。

念じれば、彼女の魂が器に宿り、やがて眼を開く。


「おかえり」

「おかえりなさい」


あの頃、色とりどりだったポピーは、今では白一色。

二人で小さな花冠を編んで交換した。

彼女の頭にも、僕と同じ角が生えていた。



僕が生まれた日、神様は言った。

お前は最後の魔王。


一千年で人が亡び、一万年で世界は終わる。

お前は最後まで、それを見届けるのだと。


僕には感情が無かったけれど、泣き、笑い、滅びの定めなど知らずにただ生きていく人間をいつしか愛しいと思った。

いや…滅びの定めを知らぬはずはない。

一人一人も必ず命が尽きるのだから。


世界の終わりを見届けるため、メンテナンスの旅を続け魔素を集めた。

魔素が減り、魔物の数も減っていった。


もう要らなくなったはずの聖女の血は最後まで抵抗した。

人々の間に、偶発的に生まれるはずの聖女の血統を作り、聖女の力を凝縮させた。

創造神にはお見通しで、僕の血によって聖女の力は消え去る。

それもメンテナンスの一環だった。



一万年を花畑で彼女と過ごした。

最後の太陽が昇った日、彼女は目覚めなかった。

もう世界には、結界で護られた花畑だけ。


一万年も二人だけで過ごしたのに、僕は初めて悲しいと思った。

もう彼女が目を開けて僕を見ることはないのだ。


僕の目から涙が一粒こぼれ、激しく振った頭から白いポピーの花冠がずり落ちた。

何もない闇の中を、白い花冠がゆっくりと落下していき、


やがて消滅した。




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― 新着の感想 ―
[一言] うわーん(涙涙涙)
[良い点] おかえり [一言] あ″ーん _(;3」∠)_
[良い点] 良き魔王と言うのが良かったです。 [一言] 前作ともども良い作品に巡り合えてよかったと思いました。 短編と言うか連作と言うか、前作も良かったですけれど、この作品はこれで一つの形として別けて…
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