アシュッツベルク公爵家は幽霊屋敷
そして、夏休みが来た。
家族に見送られて、今、テリアスと共にコリーヌはアシュッツベルク公爵家の領地へ馬車で向かっているのだ。
正面の席に座るテリアスに向かって聞いてみる。
「あの、テリアス様。前公爵夫妻は、私の事、どう言っているのでしょう。」
テリアスの両親は公爵位をテリアスに譲ったものの、皇都での付き合いはテリアスに任せて、領地経営は両親が行っているのであった。
伯爵令嬢のコリーヌが仮とは言え、婚約者になったことについてよく思っていないに違いない。
テリアスは微笑みながら。
「私が竜である事は知っている両親だから、当然、君の事は歓迎している。
気に病む必要はない。」
「それならいいのですが…。」
母と姉達に、失礼が無いように、礼儀作法をみっちりと、仕込まれてきたコリーヌである。
もう、ドキドキであった。
ああ、それにしてもテリアス様、綺麗だな…。
結婚したいと思っている令嬢は、沢山いるんだろうな。
私も…。「竜でなければ」こんな素敵な旦那様が欲しい所だ。
窓の外は、夏の日差しが眩しい。
テリアスが、コリーヌに向かって。
「まだまだ、領地は遠い。あそこの出店で休んでいこうか。」
「有難うございます。」
氷と書いてある、パラソルが差してある出店の椅子に座り、
サンドイッチと、アイスティー、そして、冷たいかき氷を頬張る。
キーンと頭に来るがとても美味しい。
テリアスは、アイスコーヒーを飲み、サンドイッチを食べながら、
「本当に、コリーヌは美味そうに食べるな。」
「それはもう、美味しいですから。御馳走様です。」
「こうして、女性と食事を共にするとは思わなかった。」
「え?テリアス様、モテるじゃないですか。」
テリアスはふぅとため息をついて。
「皇太子殿下について、政の相談に乗ったり、色々と忙しかったのだ。
両親は公爵位を継いだのなら、早く結婚しろと煩くてな。結婚はしなくてはなるまい。
例え、私が竜だとしても、人の型に押し込められた竜だ。人と寿命は変わらないだろう。
子にどのような影響が出るのか、解らないが…。孫の顔を見せて両親を喜ばせてあげたい。
でも、その前に…。飛びたい…。空を。思いっきり…。いけないことなのだろうか…。」
夏空の中に、入道雲が見える。
ともかく暑い。
アイスティーを飲みながら、コリーヌはなんて答えらたいいんだろうと考えた。
「飛びましょう。思いっきり。ただ、ちゃんと戻りましょう。人間に…。
でないとご両親が悲しみますから。ここまで、大事に、テリアス様を育ててくれたんです。
ですから…。飛んだら後は、ちゃんとご両親孝行をしてあげて下さいね。」
「そうだな。有難う…。ああ、私が飛んだら、あの雲まで届くだろうか…。」
カランと氷がグラスに擦れる音がした。
蝉の声が、道沿いに咲く向日葵の花が…眩しかった。
夜になって、やっと領地の公爵家に着くと、テリアスの両親の前公爵夫妻が出迎えてくれた。
前公爵のジュフテームは、
「よく来てくれた。コリーヌ・マーシュリー伯爵令嬢。」
前公爵夫人、エステーヌも、
「お待ちしておりましたわ。遠い所、ようこそ。」
「こんばんは。お世話になります。」
コリーヌはカーテシーを決めて、挨拶をする。
ずらりと両脇に並ぶ使用人は、さすが公爵家だ。
前公爵夫人は、
「さぁ、まずはお風呂に入って、着替えて、それから一緒に食事をしましょう。」
「有難うございます。そうさせて頂きます。」
風呂場に案内されたのだが、そりゃもう、広い風呂だった。
どこからか湯を引いているのか、ライオンの口から湯が大理石の湯船にこぼれでて、
「わぁ…凄い。こんな大きなお風呂、入ったことがない。」
手足を伸ばして、湯を堪能する。
ふと、顔を上げてみると、目の前に小さな男の子がお風呂に入っていた。
えええ??何で??今まで誰もいなかったのに、これって見てはいけない奴??
男の子はコリーヌに向かってにこっと笑いかけて、
「こんにちは。僕の事、見えるんだ。」
「ええ…貴方、誰?」
「テリアス・アシュッツベルクだよ。」
「ええええ??もしかして、貴方は…。亡くなった本物の???」
少年は頷いて。
「お願いがあるんだ。テリアスが、竜になって天に帰るのを止めて欲しい。」
「天に帰りたがっているの?」
「竜の本能に抗えなければ、そのままどこまでも飛んで行って、今は閉じられた竜の世界をこじ開けて帰ってしまう。彼は竜になって空を飛ぶことを諦めないだろう。だから、飛ばしてあげるのは構わない。でも、遠くへ行きそうなら、思いっきり叫んで引き止めて欲しい。」
「解った。頑張って叫んでみるから。」
「僕も力を貸すから。だって、父上母上が悲しむ所を見たくはないんだ。」
「そうよね。再び、息子を失ったら、可哀想だわ。ねぇ、この事、テリアス様やご両親に話して構わない?」
少年は頷いて。
「テリアスにも遠くへ行かないように、あらかじめ言っておく必要があると思うから。」
コリーヌは頷いた。
って、ちょっとこの少年、じっとこっちを見ていない?
「ちょっと待ったーー。何で風呂場なのよ。一応、私だって乙女なんだからーー。」
男の子は真っ赤になって、そして消えてしまった。
コリーヌは、ともかくお風呂から上がる事にした。
メイドに案内されて、廊下を歩いていると、とある部屋の中から、
キィーーー。キィーーと音がする。
これって、関わっちゃ駄目な奴だ。
急いで通り過ぎようとしたが、足が動かなくなった。
「ごめんなさい。先に行っていてくれる?」
「かしこましました。」
中にいる何かは、自分に用があるらしい。
扉を開けると、
シルクハットを被って正装をした骸骨が椅子に座って、こっちを見ていた。
「ふぎゃっーーーーーーー。」
慌てて扉を閉める。
目の前にいつの間にか、シルクハットの骸骨が立っていたので、再び。悲鳴をあげた。
「ひえっーーーー。」
「怖がらなくてもよい。ワシは、アシュッツベルク公爵家の主じゃ。」
「主っ??」
ああ、古い家ってこういうのいるんだよね…。なんか祖先の霊とかいうの…。
その主は、コリーヌの両手を握り締めて。
「お主、嫁に来てくれるんじゃろ??勿論、来てくれるんじゃろ??」
「え??いやそのお断りするつもりなんですが。」
「いやじゃ。お主が断ったら恐らくこの家は途絶える。」
「いやその、既に途絶えているんじゃ。テリアス様、本物は死んでいるし…」
「血筋の問題ではないわ。」
「じゃ、親戚とかから養子を貰えば、OKじゃないですかーー。」
主は首を振って。
「この家の親戚ってかなり遠い血筋になっちゃうのよ。碌な者いないし…。」
「血筋の問題ではなかったんじゃ…。」
「ともかく、嫁に来るがいい。我がアシュッツベルク公爵家の霊達は歓迎しておるぞ。」
「うわっーーー。歓迎されちゃったよ。」
その時、メイドから声をかけられた。
「あの…そろそろ支度をしないと。」
メイドから主の姿は見えていないようで、きっと一人で話しまくっている危ない人に見られただろう。
ああ、憂鬱。
主という霊と別れて、ドレスに着替え、前公爵夫妻とテリアス様と共に食事をすることになった。
前公爵ジュフテームは、にこやかに、コリーヌに聞いて来る。
「テリアスとは仮婚約とか…。」
「はい。テリアス様が、竜で、空を思いっきり飛びたいそうです。私。ちょっと不思議な力がありまして、その手助けをすることに。その間だけ、婚約という形を取っている次第です。それでですね…ちょっとお話したい事が。この屋敷に来て幽霊に二人会ったのですが…。」
テリアスが驚いたように、
「幽霊に??」
前公爵夫人が納得したように、
「やっぱり、いると思ったのよ。取っておいた焼き菓子がなくなっていたり、
隠しておいたヘソクリが消えていたり。」
コリーヌがぼそりと呟く。
「あの、それって。他に犯人がいるんじゃ…。」
前公爵がゴホンゴホンと咳払いして。
「で?その幽霊とは?」
「一人は亡くなられた本物の息子さんでした。お風呂場に現れたので、もし。お会いする事がありましたら、乙女の風呂場に現れるなと注意しておいてください。テリアス様が天の竜の国へ帰るのを阻止してくれと言っておりました。」
前夫人は涙を流して。
「あああっ…心配してくれて…成仏できないのね。お風呂場ですって?ああ、いつも息子の遺影に手を合わせておりますの。叱っておきますわ。」
「それから、もう一人はアシュッツベルク公爵家のご先祖様でした。その…。
これ言っていいのかな?私が嫁に来ないとこの家は途絶えると言われました。碌な親戚がいないって。」
前公爵は頷いて。
「その通りでね。うちの親戚は碌な者が揃っておらん。ここは是非。コリーヌ嬢。我が公爵家のテリアスの嫁に。」
「いやその…仮婚約ですし…。」
テリアスが考え込むように。
「私が天の国へ帰る??ああ…どこかへ行かなければならないと言う思いはあった。
だが、私は…両親を残して帰る訳にはいかない。気を付ける事としよう。」
「それじゃ飛ぶのはやめますか?」
「いや、飛びたくて仕方がない。頼む。飛ばせてくれ。」
「解りました。でも天の国へ帰るのは無しですよ。」
和やかに夕食が終わり、色々とあって疲れ切ったコリーヌは客室のベットで、眠りについた。
ああ、明日はどんなことがあるのだろう。この怪異屋敷はっ。
不安に思いながら眠りにつくコリーヌであった。




