見てはいけないものを見てしまった。
コリーヌ・マーシュリーは、16歳、薄い色の赤毛のそばかすがある、背の低い大して目立たない令嬢だ。
マーシュリー伯爵家の三女に生まれた彼女は、ワクワクしながら姉達と夜会へ行く準備に追われていた。
その夜会の主催者は、アシュッツベルク公爵家で、26歳のテリアス・アシュッツベルク公爵が、婚姻相手を探したいという事で、開催される夜会なのだ。
テリアスはウエーブのかかった銀の髪を背まで伸ばして、美しい銀色の瞳の美男子で、
婚約者のいない貴族の令嬢達は、皆、喜び、こぞってこの夜会に参加する事になっていた。
何でも皇女様も彼を狙っているらしく参加し、高位の公爵令嬢達も、参加するとの事。
母のマーシュリー伯爵夫人は、娘たちの支度を手伝いながら、
「うちの娘の一人が見初められたらどうしましょう。」
「それはないわ、お母様。皇女様か、公爵令嬢で決まりね。」
そう答えたのは長女のマーガレット。22歳。それこそ、咲き誇るマーガレットのような、清楚な美人で、
最近、婚約破棄をされていて、落ち込んでいたのだが、今日は張りきって、支度をしている。
次女の20歳のスタンシア。彼女も、快活な美人で、支度はもう終わっていて、
三女のコリーヌの髪飾りを着けるのを手伝っていた。
鏡の前で、花をつけ終わってから、ヨシと頷いて、ニコニコしながら。
「コリーヌも、もしかしたら見初められるかもしれないからーー。」
「お姉様以上にそれはないわー。でも、噂の公爵様を拝見出来るんだから、楽しみ。」
巷では姉の物を取る妹とか、不穏な姉妹が流行っているらしいが、
マーシュリー伯爵家の三姉妹はとても仲が良く、両親も優しくて、温かな家族だ。
末娘のコリーヌは特に姉達に可愛がられていて、
このような恵まれた家に生まれて幸せだと思っている。
ただ、今、心配なのは、婚約破棄されたばかりの姉のマーガレットだ。
相手の伯爵家令息が浮気をし、それを正当化して婚約破棄をして、姉はかなり傷ついているようで、ここ最近はふさぎ込んでいた。
でも、今夜の姉は楽しそうで、コリーヌはそんな姉を見て安堵していた。
支度が終わった三姉妹は、母親に見送られ、馬車に乗り、アシュッツベルク公爵家へ向かう。
コリーヌはワクワクしながら姉達に。
「美男の公爵様が見られて、美味しい物も食べられるなんて、なんてついている日なんでしょう。」
マーガレットが笑いながら。
「まったく、コリーヌは。でも、確かに美味しい物も沢山出るでしょうね。」
スタンシアが楽し気に。
「どなたが選ばれるかも、楽しみじゃない?お姉様。コリーヌ。ああ、きっと高貴な方が選ばれるんでしょうね。公爵家ですもの。」
マーガレットは口元に扇を当てながら。
「そうね。お友達も沢山来るでしょうし、色々と楽しみましょう。」
しばらく馬車を走らせて、公爵家の門の前に着けば、三人姉妹は、馬車から降り、
公爵家の案内人の元、門の中に入る。他の令嬢達も、ぞろぞろと門の中に入り、玄関へ向かっていた。
大きな屋敷…広い庭。
さすが、アシュッツベルク公爵家である。
屋敷の中へ入れば、廊下には高そうな調度品が並び、天井には美しい絵が描かれていて、
見ているだけでも、コリーヌはため息が出てしまう。
広間に入れば、立食形式になっていて、御馳走がテーブルの上には置かれていた。
コリーヌが御馳走の元へ走ろうとしたら、マーガレットが、
「ほら、コリーヌ。公爵様よ。テリアス・アシュッツベルク公爵様。見に行かない?」
大勢の令嬢達に囲まれて、キラキラした白衣に、マントを羽織ったテリアス・アシュッツベルク公爵は、微笑んでいた。
公爵の右隣の美人はこの国のマリー皇女様。左隣りはエリーヌ・カティリシアス公爵令嬢だ。
「皆、良く来てくれた。今宵は楽しんでいってくれたまえ。」
コリーヌは姉の陰からそっと顔を出して、テリアスに見とれていた。
「わぁ…なんて綺麗な人…。あれっ…この人って…」
目を凝らしてみれば、テリアスにダブって巨大な白竜の顔が見えるのだ。
凄いオーラが、ひしひしと感じられる。
あんな凄いオーラを誰も感じないなんて…。
テリアスがこちらに近づいて来た。姉のマーガレットとスタンシアがきゃぁーーっと恥ずかしそうに喜びの悲鳴を上げる。
凄いオーラが近づいて来る。
思わず、コリーヌは叫んでしまった。
「きゃっーー。白い竜っーー。近づかないでっ。」
途端に、にこやかだったテリアスの顔色が変わった。そう見えた。
「ちょっと、君…今の言葉は…。」
コリーヌは身を翻して逃げ出した。
廊下へ飛び出て振り返れば、何とテリアスが追いかけてくるではないか。
「待ちたまえ。君っーーー。」
「ひえっーーー。追いかけてくるっーーー。」
ドレスの裾をたくし上げ、猛烈にダッシュするコリーヌ。
廊下の角を曲がると20人位の令嬢の集団に出くわした。
- 紛れるしかないっ。-
その中に学園の友の姿を見つける。
「お願い。レティシア。追いかけて来る公爵に、あっちへ行ったって言ってっ。」
レティシアの陰に隠れる。
彼女は背が高く、ふわりとしたドレスを着ていた。
背後に隠れれば、背の低いコリーヌは少しは隠れる。
後は、得意の気配消しだ。
テリアス・アシュッツベルク公爵は、廊下の角を曲がってこちらに走って来て。
「すまないが、今、令嬢が走って来なかったか?」
友のレティシアは、指を差して、
「あちらへ行きました。」
「ありがとう。」
テリアスは指さした方向へ走って行った。
うまく気配を消して、ごまかすことに成功したようだ。
テリアスが走って行った後、コリーヌはレティシアに礼を言う。
「有難う。レティシア。助かったわ。」
「いえ、今の公爵様でしょう?何をやらかしたの?」
「な、何でもないわーー。」
コリーヌは何気ない顔で会場に戻り、姉達は心配して、コリーヌに近づいて。
マーガレットが、
「どうして急に逃げたの?コリーヌ。」
スタンシアも、
「竜がって言っていたわよね。また、変な物が見えたの?」
コリーヌは頷いて。
「公爵様に竜が見えたんだ。これ、見えたらマズイものだったみたい。お願い。
上手く見つからないように、紛れさせて。」
二人の姉達は頷いた。
「貴方程度の赤毛は会場にも多いから、ともかく、目立たないように、ね。」
「そう、目立たないように、紛れるのは得意でしょ。」
実はコリーヌは普通の令嬢ではなかった。時には変な物が見えるし、相手のオーラを感じる事も出来るし、気配を消して、存在を紛れさせることも出来るのだ。
それを駆使して紛れてしまう事にする。
ただでさえ、コリーヌは、小さくてなんのことはない、薄い色の赤毛の平凡な顔立ちなのだ。
300人もいる令嬢の中に、紛れてしまえば解らない。
今、もし、この屋敷から帰途に着こうとすると、帰って目立ってしまって見つかるだろう。
その後、テリアス・アシュッツベルク公爵は戻って来て、探しているようだが、
コリーヌは目立たないように、目立たないように、気配を消した。
余程、コリーヌを見つけたかったらしく、パーティが終わった後、
テリアス自身が見送りの為と言って、玄関で令嬢達に握手をしながら、観察しているようだった。
握手をしている令嬢の背後を、さりげなくさりげなく、気配を消しながら、通り過ぎるコリーヌ。こういう時にチビだと余計、目立たなくて助かる。
何とか無事に通り過ぎて、姉達と合流し馬車に乗り、無事に帰途についた。
しかし、コリーヌを、しつこくテリアス・アシュッツベルク公爵が、捜索し始める事をこの時は知る由もなかった。




