六話「修羅」
「おはよう、優平」
「おう、おはよう雲雀野」
「おはよう、雲雀野さん」
「……」
俺の友人、愛島も雲雀野に挨拶するがやはりガン無視だ。
俺以外のクラスメイトとは話す気が毛頭ないらしい。なかなかの精神力だ。
いや、褒められるもんじゃないんだけど。
愛島が何やら呪いの言葉を吐いてるが無視しておく。反応すると面倒だからな。
俺には優先すべきことがある。
「雲雀野さん、今日の昼さ食堂来てくれない?」
「っぐ!も!勿論よ」
凄く食い気味な反応だ。身を乗り出してきた。近いっ……。目めっさ開いてるし怖いんだよ。
「そ、その、そそそそそれは二人でかしら?」
「あ、彼女も。話したいことがあって……」
期待させてしまったかもしれない。俺はあいも変わらずバカだ。心底馬鹿だ。気遣いが全然出来てない。
「そ、そんなところよね。……話したいことって?まさか二股の相談とかかしら?私を愛してくれるなら構わないけど」
「いや、違うけど。全然違うけど……話は昼に三人で」
雲雀野的には二股OKなんだ。独占欲強そうだから意外だ。
もちろん二股はしないけど。静月が悲しむからな。
「人の修羅場を見ながら食べるご飯はさぞ美味しいと聞くわ。けど自分が当事者の場合は美味しいのかしらね?どう思う優平?」
「別に修羅場にはならないと思うけど。ひ、雲雀野ー、変なことはしないでくれよ」
「えぇ、勿論よ。フッ、私を信じなさい。あなたの前世の彼女である私を!この雲雀野 輪音を!」
「オーバーなリアクションで嘘くさい。あー、これ嘘じゃなくて雲雀野さんの体臭かな?」
「おい、愛島っ!」
こいつ俺とか友達ならともかく雲雀野さんにはダメだろ、それ。
仲良くない人に臭いって嘘でもひどいぞ。
ちなみに雲雀野さんはまったく臭くない。
単なる愛島の煽りだ。
「……」
スルースキル?っていうこかな?高いな雲雀野。
表情がまったく動いてない。まるで慣れてるみたいな。
☆
ーー食堂
昼休み。
俺は雲雀野と話をしながら食堂へ向かう。
あ、席で静月が待っていた。四限は体育だったので待たせちゃったなぁ。
すでに昼食の購入を済ませてるみたいだ。食べてはないみたいだけど。
冷めたりしてないといいけど。もっと急いで来るべきだったな。
「雲雀野、あそこ」
静月のいる席を俺が指差す。
「そ」
と雲雀野は短く相槌をする。こいつの返事って興味なさげに聞こえるだよなぁ。
もうちょっと愛想よくしてくれてもいいのに。まぁ愛想よくって言っても愛想笑いは嫌か。
「優平くん」
「ごめん、おまたせ」
「気にしなくていいよ」
無表情なので、言葉からは怒ってるようにも感じられる。
付き合いが長くなると別に怒ってないのもなんとなくわかる。
会ってまもないころは全然わかんなくて振り回されたな。
「あなたが転校生ですか?」
静月の敬語だ。
静月はあんまり話さない人相手だと敬語が混じる。クラスが同じと時はたま〜に敬語で話すの見かけたな。
さて、雲雀野はどんな風に話すんだろう。
ていうか話すのかな。俺以外のクラスメイトはガン無視してるし。
「そう私が転校生よ。雲雀野 輪音。優平の彼女、そして未来の妻」
「へぇ?」
変な声出たわ。何言ったんのこの人ー?
「……彼女はわたしですけど?未来の妻ってどういうこと?」
静月は雲雀野と俺に視線を揺らしながら困っていた。
「ほら雲雀野は前世の彼女らしいから」
「あー、そういえばそうだった。でも未来の妻……?」
「それは俺もわかんない。多分自称」
「そう自称や。今は、まだね」
彼女の前で言うか〜普通。略奪宣言。
静月は気にもしてないみたいだからいいけど。
でも気にされないのはされないのでちょっと寂
しいような。
めんどくさ!俺めんどくさ!
「じゃあ、食べながら話しよう」
席に座って弁当を食べ始める。静月は学食。
「それで話って?さっきの様子から私に対する苦言ってわけじゃないんでしょ?」
雲雀野に対する苦言……。あっさっきの宣言はそういう。
彼女も一緒に話をするって聞いて「関わるな」とか文句言われると思ったのか。
だから、会った瞬間に自分の意思表示をしたのか。自分は前世の彼女で未来の妻になるつもりなんだって。
雲雀野は無茶苦茶なやつだと思ってた。
転校初日に彼女だって言ったり、
相合傘するために気の力とやらで動き止めてきたり、
愛島とかクラスメイトガン無視したり、
でも、意外といろいろ考えてる。
その上で自分の意思を曲げないんだな。
「なに、言いづらいこと?」
「あ、いやちょっとボーッとしてた」
思考が脇道に逸れていた。
今大事なのは、別のことなのに。
「静月は、雲雀野と同じで悪霊が見えるんだ」
「っ!……そう」
雲雀野の体がビクンと反応して、目が見開かれる。そんなに驚くことなのか?
「それで雲雀野には悪霊が憑いてるらしい。ところで、自分の悪霊って自分でーー」
「ーー祓えないわ。自分のは見えないし祓えないわ」
やっぱり。そうだよな……。
「静月は見えるだけで祓えないんだ。だから静月と俺に祓い方を教えてくれないか?」
「前に言ってたろ、俺にも気は使えるって。静月やられてお前と同じ景色を見れるようになりたい」
「そう。別に構わないけど、一つだけ聞いていい?」
雲雀野は静月に視線を向ける。
「どうぞ」
と静月がすぐに返事をする。
「私につく悪霊ってどのくらいヤバそう?」
やっぱり、そう来たか。
お前は他人なんてどうでもいいけど、俺のことを本当に本当に好きなんだもんな。
「たいしたことないですよ」
静月はさも当然かのように嘘を言い放つ。なかなかの演技力だ。
ほんとは大したことないの真逆で超やばいのにな。
「そ。本当に?」
「ホント」
眉をひそめ、悩む様子の雲雀野。
疑念はある。でも確信はない。
今の雲雀野はそんなこところだ。
「わかったわ。放課後は空いてるの?」
「空いてるよ」
「わたしも」
本当は美術部あるんだけど。
「気の練習は近くの公園とかでやる?美術室は使えないけど」
「やる場所がないなら仕方ないわ」
「じゃあ俺と雲雀野は教室で待っとくから、静月来てくれるか?」
「おーけー」
本当にたいしたことない悪霊の可能性
もある。
嘘が嘘である確証がない限り、雲雀野は俺の想定していた『最悪の行動』はとれない。
作戦は成功だ。
☆
ーー時間は遡って昨日の夜
プルルルル、プルルル、プツッ。
「どうも」
「おう、明日のこと話しときたくて」
「わかった」
「雲雀野にもし本当のことを伝えたら、どうなると思う静月は?」
「分からないよ。どんな人か知らないから」
たしかに。聞き方を変えた方がいいな。
「じゃあ静月が雲雀野の立場だったら?」
「わたし?自分にやばい悪霊が付いてて優平くんが祓おうと……」
「あ!止める。近づかないでって」
「そうだよな。それでも近づいてきたら?」
静月が俺の考えてる通りの結論に至るなら、雲雀野が最悪な行動に出る可能性は高い。
「逃げると思う、一人で。誰にも迷惑をかけたくないし。……なら死ぬのが一番かも」
「だよな。雲雀野もそうするかもしれないかなって……」
「……」
静月からの返事に少しの間ができる。
「……そんなに思ってるんだね優平くんのこと、わたしは」
「静月が気にすることじゃない!」
雲雀野がたとえ、前世の彼女でもどれだけ俺を思っていても関係がない。関係ないよ。
静月が奪ったと罪悪感を覚えることなんておかしい。
雲雀野のこと思い出せない俺と違って何も悪くないんだから。
「あ、とりあえず悪霊のヤバさについては隠そうと思ってる。ここが肝だから大したことないって嘘をつこう」
「わかった。とりあえずってことは他にも?」
「そうだな〜、静月は雲雀野のことをあんまり知らない。興味がない感じを出そう」
「そんな人間が命をかけるわけがないって思わせるってこと?」
「そうそう!全く知らないのは流石におかしい。だから少しは知ってる感じで」
「俺は他は思いつかないな」
「祓うのに二人参加する理由がいるんじゃない?」
「あ〜、静月賢いな」
「フン」
電話越しだけど静月がドヤ顔してるのが分かる。
そういうところも可愛い。好き。
「理由か、俺は静月や雲雀野と同じ景色が見たい。とか?」
「わたしは祓う力が欲しい。見えるだけなのは嫌って言う」
「どっちも本音だし、多分いけるかな」
「そうだね」
明日の作戦会議は終了して、その後はふつうに話した。
もしかしたら、雲雀野についてる悪霊によって死ぬかもしれない。
その嫌な考えが頭に何度も浮かんで、声が震えそうになった。
怖い。怖いけど静月の声を聞くと頑張れる。
それに悪霊退治をテーマに絵を描くのも面白そうだ。
悪霊、見た目は黒いモヤみたいだって静月には聞いてる。
でも、話に聞くのと実際見るのはまた違うしな。
静月も雲雀野も助ける。
助ける。今度こそ、絶対に。
ーー今度こそ?