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癒し4つ目「あの夢」

マキシマム煮干し。

 ――東京

 フラッシーン草原の遺跡からベリーはログアウトした。一向にエコの容態が思わしくなかったからだ。


「えっ、あのキレイなヒトが大変なの?」

「うん。もしかしたら、しばらくは学校にも通えないかもなんだ」


 コノミはホットヨガに勤しんでいるマリンに、親友の事の次第をかいつまんで説明した。


「それって……恋わずらい、とかで?」

「なはは。う、うん。そんなところカナ?」


 バーチャルゲームの世界で死にかけていて、現実にログアウト出来そうにない。

 そんな状況のエコを、シラメンスのことを多少は知っている妹になら打ち明けてもよいかもとはコノミは迷った。なにしろ、マリンこそがシラメンスに入れるゲームを買った張本人だし、ある程度は既にそのゲームをプレイしていて知識もある。

 けれども、とコノミは思った。変に心配させて、妹がゲームを楽しめなくなるのは大変なコトかもしれないと考えたのだ。

 よって、深い考えとまではいかないだろうけど、コノミはコノミなりに考えた末に曖昧な相づちを打ったということなのである。


「お姉ちゃんも、それほどじゃなくていいけど早く恋人……見つけなよ?」

「うっ。そんなことを言う年頃になったんだわね、あなたも」


 コノミは我が妹がオトナの階段をひた登るのを実感し身震いした。

 マリンと比べれば私は、という暗い気持ちというより、むしろ酷くふかふかとした喜びがコノミの背筋をワクワクさせたのだ。


(あの夢。グラディウス、って……)


 ふと、何の脈絡もないのにコノミは最近見た不思議な夢を突然、思い出した。

 いや、関係ないと思っていただけで、コノミは夢に現れた誰かとはアワトンボ(つまりクード)のことなのではないかと、なんとなく分かっていた。

 エコを見つけたのは、なんだかんだで彼である。それが何かのきっかけで、そしてコノミの中にある第六感に限りなく近いぶっ飛び思考回路とリンクした結果の断定。

 つまり、とてつもないほどに勘だ。


「ねえ、変なコト聞くけど……グラディウスって何だと思う?」

「は?」

「グラディウス」

「いや、え?」

「私はお星さまのコトだと思うんだ」

「知らんけども」


 とりとめもない会話は両親そっちのけで、その後もダラダラと続きそうだったが、さすがに入浴の必要性には逆らえなかったりする。

 そんなこんなで睡眠に向けてのなんだかんだが済まされると、とりあえず今日のところは寝ようとコノミは決断した。

 エコを1日ほど放置することになるし、ゲーム内時間でも8時間ほど待たせることになる。でも、コノミにもコノミの生活があり、ある程度は仕方ないわけだ。


「エコ、ごめんね。明日、なんとかする方法をぼちぼち考えてみるから……」


 そんなやんわりとした言い訳を虚空に放つも、すんなりとコノミは眠りに就いた。ゲームの中とは言え、色々と気を揉んだからだ。

 そして翌日になった。

 何の変哲もない、かわいらしい子犬が現れる程度の普通の夢を見て目を覚ましたコノミは、朝食を済ませ通学し、帰宅してシラメンスに旅立った。

 そこそこ賢い家庭なので、学習塾には通わないのが赤絵家のスタイルだ。

 コンソール・ゴーグルと呼ばれるバーチャル突入用のゴーグル付きヘッドギアを装着する。すると、「シラメンス」と表示されてログインかコンフィグかの選択肢が視界上方からブルーバックの背景を、すうっとスクロールしてくる。

 そう。シラメンスとはコノミたちがプレイするゲームの名前でもあるのだ。


「ログインしかないかもねっ」


 ゲームを始める以上、かもも何もないけれども、そこは現代っ子だから言い回しがなんとなくになりがちなのだろう。

 ログインという単語を音声認識したヘッドギアは、シラメンスを体験させるためのコマンドを実行していく。ピコン、ピコピコッピピとコンビニのレジのスキャナーみたいな音色が断続的に流れ、そこで無事にシラメンスに入るプロセスが始まったと分かるのがプレイヤーあるあるらしい。


「開くぞ……異次元ワールド」


 なぜか男口調になったりするほど、コノミのテンションは高まっている。

 そんな中で開くという表現に似つかわしくブルーバックが歪曲したかと思うと中央から横開きになり、道が出現した。

 シラメンスへの入り口、通称「グラビティ・エントランス」だ。

 コノミは迷わず歩き出し、マンホールの数倍ほどある穴に勇気を出して飛び込んだ。――オートセーブ機能付きなので、降り立つ先はコノミの意思とは無関係であり、ログアウトした地点である。


 ――異世界シラメンス

「あれ? エコ……」

「おっ。やあ、お帰りコノミちゃん」


 意外にもエコは、すっかり回復していた。元気だと示すために、腕を振り回してみせたり、その場で駆け足してみせたりしてくれているのがベリーには心強く思えたようだ。

 更に「ゲームのシステムで寝たら呪いすら解けるのかも」などとベリーがぼんやり推察していると、近くに見覚えのある姿があることに気付いた。


「アワトンボさん!」

「……タイミングを間違えたか。ったく、これだからアウターは嫌いなんだ」


 舌打ちしながらも、ほのかに口元は緩んでいる。ベリーは既に表情で会心の褒めを与えていたので、おそらくはそれに照れたのだ。


「グラディウス。コイツを使うのは覚悟を伴ったが……」

「や、やっぱりアワトンボさん」

「ん?」

「グラディウスのヒトだったんですね」


 クードとベリーの会話は微妙に食い違った。

 なにせ、ベリーが見たのは夢の中で「グラディウス」と口走るクードらしき誰かに過ぎず、一方でクードがベリーを見たのはシラメンスの世界にベリーが初めてログインした日だ。


「お前……。いや、まあいい。グラディウスは、本当の名前を夢彩の癒光という。コイツでなら、それなりの呪いにも効き目があるんだが、それは夢の世界に呪いを封じるからだ」

「夢の世界」

「ああ。アウター、アンタも眠ると夢を見るだろう。あの時に見る、まさに夢の中に呪いを放り込んだ」


 グラディウスについての具体的な説明を受け、ベリーは夢と呪いの因果関係にぞっとした。

 いざとなれば、クードほどの魔法使いなら夢を厄除けの道具としてしまうことが出来る。もっとも、ベリーはクードのスゴさをゴッド・ヒールでしか知らないのだから特にそれより深い印象を彼に持つことも、今のところはない。


「覚悟って、何の覚悟?」

「なに、俺の夢にも呪いが移るって副作用があってな。あとは、コイツにかかっていた呪いは厄介で、ほら、これを見ろ」


 クードが差し出した左手を見たコノミは、つい吐き気を催しそうになった。

 危ない薬品をまき散らかされたかのように、黒ずみ、ただれた皮膚。とてもじゃないが直視に耐えない状態だ。

 左手を見ろ、とクードが言うのは、健常者のそれだったのが無惨に変わり果てたのが、エコにあった呪いの影響であるということに他ならない。


「俺は特別な訓練を受けているから、それなりに痛みくらい平気だ。だが、俺は何かと世界中から気にされてる。今後、片手であってもこんなザマでは……だがまあ、それだけのことだ」

「ごめんなさい、アタシがうっかりしたばかりに」


 クードのおしゃべりが一通り終わると、そこでエコが謝罪した。どうやら彼女は、クードに謝るタイミングを見計らっていたようだ。

 ただ、エコはあくまでも慎重に、こう続けた。


「クード・ヴァン……でも、あなたってそんな人間だったっけ?」


 シラメンスの世界観にそこそこ慣れた古参プレイヤーの一人と言っても過言ではないエコからすれば、一匹狼どころか孤高の反逆者であるクードが人助けなど信じがたい出来事のようだ。


「俺がどんな人間か、か。ただ、そんなことは俺が決める」

「そ、そうかもしれないけどさ」

「じゃあな」


 おたおたするエコを尻目に、今度こそクードはベリーたちの元を去って行った。

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