津見と伐
「おっしゃ着いた。どれでも好きなものを選んでくんな」
彼の指し示した先には、先程の干し魚よりも上等な品々が並んでいた。
「ほう、これは素晴らしい」
隼人もその品質に目を見張る。同じ湊町として栄える柴津と比べても、彼の魚は最高級品に近い。
「何をどうすれば、これ程の魚を得られるのだ?」
「そりゃ秘密だが、俺たちの技術なら、簡単だな」
白水は得意気に話す。その彼を隼人は柴津へ連れて帰りたくなった。
「すまない。そうだな、大切な生活の手段だ。尋ねた己の不明を詫びる」
隼人は深々と頭を下げた。その態度に白水は泡を食う。
「よ、よせやい。あんたに頭を下げられる義理はねぇぜ」
「隼人、彼も許してくれてるみたいだから、ね?」
真依が隼人をたしなめる。それでやっと隼人は頭を上げた。バツが悪そうな表情で、白水は口を開く。
「とりあえず、飯でも食って行きな」
「そうか、それでは馳走になろう」
「わ~い、お魚お魚」
神妙な顔付きの彼とは対照的に、真依ははしゃいでいる。白水の住居は、ありきたりな漁師の家だ。
「帰ったぞ」
「お帰りなさいませ」
白水の家には一人の若い女性が待っていた。
「お前様、そちらの方々は?」
「ああ、浜辺で出会った……」
彼は二人を紹介しようとして、名前を聞いていないのを思い出していた。当然、名乗っていない二人もその事実には既に気付いている。
「皇隼人と申します」
「藤乃屋真依です、よろしく」
「白水の妻で、セツと申します。むさ苦しい所ではありますが、どうぞごゆっくりと」
セツは二人の為に筵を差し出してくれた。
「セツ、客の為に、あれを出してくれ」
「はい、お前様」
白水と二人の目の前に白湯を出すと、彼女は土間へと降りて行った。
「てっきり二人は夫婦だと思っていたんだが、違ったんだな」
「あはは、そうなの。この人ってば奥手だから」
「おい、真依!」
小声で彼は止めに入るが、それで止まる彼女ではない。
「それにね、この人にはちゃんと良い人がいるの。あたしじゃ、魅力ないから」
「そうなのかい? それじゃ、よく二人きりの旅ができるもんだな」
「へへ、実はそうでもなかったりするんだけどね」
腑に落ちない表情の白水。隼人も彼女と二人きりだと思っていたので、小首を傾げた。問い質そうとした彼ではあったが、その鼻孔をくすぐる香りに阻まれる。
「わ~、いい匂い」
真依は鼻を鳴らさんばかりの勢いだ。干し魚を焼く香ばしい匂いが彼らの鼻孔をくすぐり、空腹の胃袋を刺激する。真依は居ても立ってもいられずに、セツのいる土間へと降りて行った。
「白水殿は、紗那の街ではどういう扱いを?」
隼人はこの街の仕組みを探り出そうと試みた。白水は後頭部を掻いている。
「殿を付けられる程、偉くはねえんだが」
「紗那は漁村から出発したと思うのだが?」
「ま、その推測は間違っちゃいねえな。けど、俺たちは大した発言力は持ってねえよ。せいぜいが、海の荒れる時期を教えたりとか、魚を売るぐらいだな」
隼人の眼光が鋭く光った。
「そうか。それでは、あまり優遇もされていないと言うことか」
「ぶっちゃけた話、そうだ」
白水は日に焼けた頬を緩ませた。その彼らの許へ、真依とセツが皿を持って戻って来る。
「お待たせしました」
セツがそう言うと、隼人と白水の前には真依が、その真依とセツの分はセツが皿を差し出す。続けてセツがそれぞれに御飯を渡した。
「お口に合うかどうかは分かりませんが、どうぞ」
「うむ、馳走になる」
軽く頭を下げて、隼人は箸を取った。まずは魚から手を付ける。
「これは……、うまい!」
「おいしい!」
隼人と真依の二人は喜ぶ。その様子を見て、白水も大いに喜んだ。
「これは、俺の自慢の逸品でな。そんなに喜んで貰えるとは、嬉しい限りだ」
「うまいどころではない。できれば、これから毎日でも食べたいぐらいだ」
「あ、賛成~!」
隼人の言葉に、真依も同調する。
「だったら、いつでも買い付けに来てくれ。あんたたちなら大歓迎だ」
「……そうしたいのだが、事情があってな」
隼人は箸を止めた。その様子に白水は訝しさを感じる。
「どうした?」
「毎日食べたいが、これの保存はどれぐらいだ?」
「そうだな、おおよそ五日程だが?」
「五日か……」
柴津と紗那の間は片道で六日はかかる。五日間の賞味期限では持って帰れない。
「五日では、持ち帰ることもできん」
「そんなに遠い所から?」
「俺たちは東の柴津から来た。紗那との交易を開く為に来たんだが、交易の基本は食料品だと思ってな」
「なるほど、そう言うことだったのか」
白水は腕組みして、何事か考えているようだった。
「皆様、冷めない内にお召し上がり下さい」
セツがさり気なく勧める。その勧めに従って隼人と真依は食べ進んだ。二人が食べ終わると同時に、白水が膝を叩く。
「よし、決めた」
驚く二人を他所に、彼は言葉を繋げる。
「この白水、柴津へ行こう。セツ、支度だ」
突然の決定に、隼人も言葉が出ない。
「あんたたちのその食べっぷりに惚れた。それに柴津の民が紗那の魚を食べられないのは不幸の極みだ。俺が行って、このうまさを知らせる必要がある」
「お前様、それは良い考えですわね」
「来て、くれるのか?」
「当たり前だ。明日にでも早速向かわせて貰うぜ。柴津の誰に話をつければいいんだい?」
「それでは明日、紹介状を書いて来よう。それさえ柴津の港で見せれば大丈夫なように手配する」
「そうか、それじゃ、楽しみに待ってるぜ」
彼を柴津に連れて帰れるのだと思うと、隼人の胸の奥から喜びが湧いて来る。
「そうだ、行くのは俺たちだけじゃないぜ。俺の配下で働いている漁師からも連れて行くからな」
「分かった。紹介状には白水殿と、その仲間複数としたためておく」
「よろしく頼むぜ」
熱い男同士の友情みたいなものが、この時に芽生え始めていた。