時間遡行者がいない
F氏はタイムマシンを発明した。
原理的に可能であると証明されて以来、多くの研究者が取り組んできた課題だった。
しかしF氏に言わせれば、どの研究者も三流だった。
F氏は今までになかった独創的なアプローチで理論を実現させ、タイムマシンを完成させたのだった。
装置に乗り込んで過去の研究室へと飛んだ。
F氏が見たのは20もの虹色の物体だった。
ライオンとファミコンと桜餅を混ぜたような形をしていた。
「お見苦しい姿かと思いますが、ご容赦願います」と物体の内のひとつが言った。
「誰かね」とF氏はあとずさりして言った。
「我々は調停局の役人です。5次元時空よりお邪魔しています」
「何の用かね」
「我々は時間遡行者に辞退をお願いしております」
「なぜだね」
物体は時空のあり様を説明し始めた。
人間が住んでいる範囲では、時間は一方に流れる。川のようなものである。
時間を遡って過去の自分に会ってしまうと、過去に影響が出てしまう。
未来に影響されたひとは、過去から続く因果の川から放りだされてしまう。泡のようなものである。
「かつて、5次元時空は泡だらけになってしまいました。そこで我々は、時間遡行を規制することにしたのです」
「わかった。私はどうすればいいのだ」
「あなたから特にすることはございません。すべて我々が調整いたします」
「承知した。しかし2つ質問がある」
「どうぞ、おっしゃってください」
「どうしてこの件で20人も会いに来るのだ」
「我々にとって3次元の姿をとることは、とてもエキサイティングなのです。本来なら私ひとりの任であるところ、どうしても同行したいと言って止まなかった同僚が19人もいたのです」
「私がマリオの世界に入りたいようなものか」
「そのようなものだと思われます」
「ではもうひとつ、時間遡行をしない場合、タイムマシンに懸けた私の人生はどうなるのだ」
「あなたが時間遡行の夢に魅せられる中学生の夏、代わりに高精細の文字読み取り機器に魅せられるよう取り計らいます」
「なるほど。そのような人生もまた面白いだろう」
「ご協力に感謝します」
物体は一礼するかのように変形した。
するとF氏の目の前は真っ白になった。
物体は19人の同僚を仕事場から追い出した。
彼の仕事に集中するためである。
物体がF氏の中学時代の調整を終えたところで一息つくと、背後から声がした。
「失礼いたします、我々は調停局の役人です。7次元時空よりご説明に上がりました」
見ると、物体があった。
キリンとスーパーコンピュータとういろうを混ぜた形だった。