16話 うさ耳姉妹の姉の追憶 その4
※今回もフウ視点のお話です。
朝日が昇る頃に宿を出て、私達はツーオさんと合流した。
ツーオさんの話では、これから向かう所は鳥人以外の人には危険な場所で、足元には十分な注意が必要な場所らしい。
みゆ様は危険だからお留守番した方がとも言われたけど、ヒロ様が「こっそりついて来そうだから連れて行く」と仰られて連れて行く事になった。
そうして向かった先は、確かに危険な場所だった。
そこは足場が足裏の三分の二ほどの広さしかない崖の道で、少しでも油断したら落ちてしまう様な道と言えない道だった。
だけど、この程度の危険なら私達には問題無い。
何故なら、私とランがいるからだ。
「凄い。この人数を全員飛ばせるほどの風使いだったんですね」
私とランが風の魔法で全員を飛翔させて崖の横を進んで直ぐに、ツーオさんが驚いて声を上げた。
ツーオさんが驚くのは当然と言えば当然。
風の魔法を使う者でも、一緒に空を飛ばせれるのはせいぜい一人が限界で、普通は自分しか飛べない。
人一人を同時に飛ばすだけでも一般的には凄い事で、空を飛ぶと言う事は、それ程の魔力コントロールが必要な事だった。
崖の横を進みながら、ツーオさんから昨日の事を聞く。
昨日の魔族はザガンと言う名前の魔人で、最近風抜けの町に現れた魔人の様だ。
普段は人に危害を与える事なく温厚で、そのせいか町の住民達もザガンを見ても騒ぎにはならなかった。
だけど、昨日は違っていた。
多分だけど、楽器魔法のカスタネットを風の精霊様が手に入れたから、人を騙す必要が無くなったからだ。
ツーオさんが店の準備をしている時に、突然現れて呼び出しを受け、そして何も言わずに暴力を振るわれたらしい。
そしてその理由が、“店に入る為の出入口を破壊して、入れる様にしてほしいと今まで頼んでいたのに、ツーオさんが断り続けていた”と言う酷い理由。
つまり、ザガンは温厚でいる必要が無くなったので、今までの鬱憤を晴らしに行ったのだ。
もしかしたら昨日集まって来た野次馬達も、ザガンの豹変とそれと同時に突然現れた黒い髪のヒューマンであるヒロ様の存在で、疑り深くなっていたのかもしれないと私は思った。
何故なら、風抜けの町の住民たちは王都に近い町と言うのもあり、巫女であるベル様や黒い髪のヒューマンの存在に嫌悪を抱く者が他の町と比べて少ないからだ。
それでも少数派として嫌悪する者はいるけど、昨日の騒ぎには普通はならない筈だった。
ツーオさんの話を聞きながら崖の横を飛んで進んでいると、思いの外に直ぐに目的地に辿り着いた。
本来は崖の道を通るから、いつもであれば何十倍もの時間がかかるようで、「こんなに早く到着するとは思わなかった」とツーオさんは驚いていた。
早朝に出発したのも、実はそれが理由だった様だ。
「洞穴か……」
ヒロ様が呟いて、洞穴を眺め見る。
ヒロ様が呟いた通り、風の精霊様の住処は洞穴だった。
崖を越えた先にあったのは、別の山の崖で、そこには大人一人が入れるかどうかの大きさの洞穴があった。
私達はその崖の近くにあった身を隠せる岩を見つけて、その岩に隠れてその洞穴に注目した。
するとその時、小さな話声を聞いて視線を向けると、崖の下にザガンと風の精霊様の姿があった。
「ヒロ様、崖の下にザガンと精霊様がいます」
小声でヒロ様に話しかけると、ヒロ様とベル様達も視線を崖の下に視線を向ける。
そしてそれを見て、ベル様が首を傾げた。
「もめてる……?」
ベル様の言う通り、風の精霊様とザガンは何かを言い争っていた。
でも、正確には言い争うと言うよりは、風の精霊様が一方的に怒って話している様な状況だ。
あの四メートル近くもある魔人のザガンは、風の精霊様を面倒とでも言いたそうな顔で見ていた。
この距離からだと何を言っているのか聞こえてこないけど、そこはウサギの獣人である私には関係無い。
耳を澄ませて、崖下にいる二人の会話に集中する。
「あの人達が悪者だってお話は嘘だってどう言う事さー!? ザガンさんは良い魔族さんだから信じたのに、酷いのさー!」
「騙されたオマが悪いだも。オヤツをわけてやったくらいで、オダの言う事を信じたのはオマだも」
「う、ううう! 返すさー! カスタネットを返すのさー!」
「嫌だも。これは邪神様にオダが献上するだも。そうすれば、こんな町とはおさらばして、オダも邪神様直轄の【魔軍三将】の一人になれるかもしれないだも」
「酷いのさー! それは悪い人に渡しちゃ駄目なのさー!」
「だもももももっ。もう悪いオダにオマが渡してるだも。馬鹿な精霊だも」
今の会話で、私はだいたいの原因を理解した。
事の発端は、風の精霊様がザガンからオヤツを貰って、ザガンを良い人だと勘違いした事から始まった。
恐らく、私達の国の王族の方々を操った事で情報を得た知識で、邪神は楽器魔法が封印されている事を知った。
そしてそれを知った邪神はそれ等の確保の為に、各地に魔族を向かわせた。
ザガンの様子を見るに、楽器魔法の封印の解除が力ずくではどうにもならないとも知っている可能性も高い。
だから、現地の住民や今回の様に精霊様を利用する方法を選んでいる。
あくまで私の予想だけど、ザガンはあの風の精霊様を騙して、封印が解かれたら奪えと言う様な事を話した。
風抜けの町から王都までは距離が近いから、いずれ取りに来ると予想して考えた作戦なのだと思う。
「ヒロ様、どうやら、風の精霊様はザガンに騙されていた様です」
「みたいだな。俺も能力で聴力を強化して聞いた。ザガンから奪い返せば全部解決だ」
「うん。頑張ってね、お兄ちゃん」
「え? みゆちゃんも聞こえたの? 私、全然何言ってるか分からないんだけど……」
「魔法が使える様になってから、聞こうと思えば、すっごーくいっぱい聞こえるようになったよ」
「「みゆ様すげえ」」
ランとの波長が合って同時に呟くと、みゆ様は「えっへん」とドヤ顔になった。
みゆ様のこう言う素直な所が可愛いなと思う。
「んじゃ、ここは先手必勝って事で行って来る。ベルとみゆはここでツーオさんを護ってくれ。フウとランは援護をよろしく」
ヒロ様はそう告げると、返事も聞かずに、とんでもな速度で駆け出した。
私とランは顔を見合わせて頷き合い、ヒロ様に続いて飛翔して飛び出す。
次の瞬間、ヒロ様の拳がザガンの顔を殴り、ザガンは勢いよく吹っ飛んで転がった。
でも、昨日と同じだ。
ザガンに与えたダメージは少ない。
「オマは昨日の奴だも? 丁度良かっただも。昨日の礼をオマから受けに来たんだも」
「昨日の礼? こいつの事か?」
ヒロ様はそう言って、カスタネットをザガンに見せた。
流石と言うべきか、さっきの攻撃の際に奪っていたようだ。
ザガンはそれを見ると一瞬驚いた顔をして、顔を赤く染めて怒りを表し、ヒロ様を睨みつけた。
「オマー! 許さないだもおおお! 潰してやるだも!」
ザガンが駆け出し、私とランも左右に別れて飛翔する。
ヒロ様は奪ったカスタネットを岩陰に隠れているみゆ様に向かって放り投げて、みゆ様がそれを慌てて受け止める。
そしてみゆ様が受け止めたと同時に、ヒロ様の目の前に接近したザガンが、ヒロ様に拳を振るった。
「ウィンドサークル」
「ウィンドサークル」
ザガンの左右に移動していた私とランで魔法を発動し、丸い形をした風の刃が回転しながらザガンに向かって飛翔する。
それと同時にヒロ様がザガンの拳を受け止めて、ザガンの重さの乗った拳でヒロ様の足が地面にめり込んだ。
「馬鹿力かよ!」
ヒロ様が顔を歪めて、ザガンが跳躍し、私とランが発動した魔法がヒロ様に迫る。
だけど、ヒロ様には絆の魔法がある。
万が一戦闘中に敵が魔法を避けた時に、私達の魔法がヒロ様に飛んでいった場合の対処法は事前に話していた。
だから、私もランも焦らずに、ザガンへと視線を向けて飛翔する。
ヒロ様に飛んでいった魔法がヒロ様によって無力化されたと同時に、私とランは腰に提げていた剣の柄を掴んで、その次の瞬間に魔法を発動する。
「スラッシュ」
「スラッシュ」
空中で身動きの取れないザガンに向かって、私とランでバツの字を描く様に風の刃の斬撃を繰り出す。
しかし、ザガンに斬撃が命中する事は無かった。
「――っ!」
ザガンは一瞬で魔従化して、人の姿から鳥の羽を生やした牛の姿になっていて、空を飛んで落下速度をずらして攻撃を避けたのだ。
そして、直ぐに人の姿に戻り、そのまま地面に足がめり込んだ状態のヒロ様に向かって落下速度を上げた。
「ヒロ様!」
「――っくそ。抜けっ抜けええええええっったあああ!」
寸での所でヒロ様は足を地面から抜いて、転がる様にしてザガンの落下攻撃から逃れる。
そして、先程までヒロ様がいた場所は、ザガンの落下で地面に亀裂とクレーターが出来上がった。
「とんでもねえな。体重どんだけあんだよ」
「だもももももっ。オダの体重か? オダの体重は一万キロだも」
「はあ!? 十トンかよ! 重すぎだろ!?」
「だもももももっ。オダが強い理由が分かっただも? 観念して潰されるだも」
「嫌だね!」
ヒロ様とザガンが同時に動いてぶつかり合い、大地が響き、地面が何度も割れる。
その攻防は凄まじく、崖から岩が落ち、洞穴から風の精霊様が何事だと沢山出て来た。
すると、ザガンと言い争っていた風の精霊様がそちらへ向かい、何やら話し合いを始めだした。
そして、ランも私の側に来て、真剣な面持ちを私に向けた。
「姉さん、この振動で岩雪崩が起き始めてる。ベル様達が危ないし、安全な所に運ばないと」
「……ごめん、ラン。そっちは任せていい? 私はヒロ様の力になりたい」
「姉さん……」
ランと真剣な面持ちで見つめ合う。
すると、ランは苦笑して頷いてくれた。
「やっぱり、双子でも違うんだね」
「うん。ランにはいつも迷惑かけちゃうね」
「そんな事ないよ。私は姉さんの妹だもん。姉さんの為なら、どんな事だって嬉しいよ」
「ありがとう、ラン」
ランと頷き合って、私とランは別々に飛翔する。
私が目指すのは、ヒロ様のお側。
ザガンの力はヒロ様の想像を超えたもので、ヒロ様は決定打を撃てないでいた。
ヒロ様の能力は想像しただけの力を得るもので、それを超える力には弱いと言う弱点がある。
ヒロ様の魔法は“絆”と言う名の魔力の協調や同調で、ザガンの様に魔法を一切使って来ない敵に対しては何も出来ない弱点がある。
それがザガンの狙いなのかどうかは不明だけど、ヒロ様にとって、ザガンとの戦闘の相性はかなり悪いと言える。
そしてだからこそ、ヒロ様には絆の魔法を活かす為のパートナーが必要だと、私は考えた。
「スラッシュ!」
ヒロ様とザガンの攻防は凄まじいけど、それでも隙が無いわけでは無い。
互いが互いの攻撃で一瞬の隙を何度も見せ、それを互いが狙っているのは分かっていた。
だから、私は直ぐに援護するのではなく、時間をかけてその隙を見つけてザガンに向かって魔法を発動した。
「――だも!?」
「だっらあああああああ!!」
私の魔法でザガンの動きが鈍り、その隙を狙ってヒロ様がザガンの首に拳を振るって命中させる。
ザガンが吹っ飛び背後にあった崖に激突し、首元を押さえて唸り声を上げて、ヒロ様を睨みつけた。
「ヒロ様! 私の魔力を使って下さい!」
「――っそうか! ありがてえ、助かる! フウ、頼む!」
「はい!」
ヒロ様が私に手を伸ばし、私はヒロ様と手を繋いで、そこへ魔力を集中する。
繋いだ手から伝わるヒロ様の温もりと一緒に、私の魔力がヒロ様に流れていくのが分かる。
こんな時なのに心臓の鼓動が高鳴って、私の心をドキドキと嬉しい感情が満たしていく。
そして次の瞬間に、ヒロ様に笑顔を向けられて、心臓が爆発しそうになった。
「オマ等なめてるだも!? 戦闘中にイチャイチャするなだもおおおおお!!」
い、イチャイチャ!?
不覚にもザガンの言葉に動揺した私はビクリと体を震わせて、ヒロ様から手を離してしまった。
でも、ヒロ様はそれを合図ととったのか、手を繋ぎ直す事なくザガンに向かって駆けだした。
そして次の瞬間に、顔を真っ赤にして怒るザガンの腹にヒロ様の拳が命中した。
ヒロ様の拳がザガンに命中すると、二人を中心に私でも油断すれば吹き飛ばされる程の風が発生する。
ザガンは拳が命中した腹から竜巻の様な風をまき散らし、真上に不規則に吹っ飛んで、体からは亀裂が現れる。
そして、亀裂から黒紫色の光を放ちながら高度一キロを越えた辺りまで吹っ飛び、その直後に爆発して死亡した。
ザガンの死亡を確認すると、私はヒロ様に声をかけようと近づこうと歩き出した。
すると、それと同時に、みゆ様の「お兄ちゃーん!」と言う声が聞こえて来た。
その声に振り向けば、いつの間にか駆け出していたみゆ様がヒロ様に近づいていて、お見事な抱き付きながらのタックルを食らわせる。
「――どわあっ。ってえ。おいこら、みゆ。いきなり突進するな」
「えへへ~。やったね! 汚い花火だぜー」
「あのなあ……」
最初に声をかけたかったけど、みゆ様にしてやられてしまった。
でも、直ぐにヒロ様が私と目を合わせて、嬉しそうに笑んだ。
「ありがとな、フウ。言われるまで思いつかなかった」
「は、はい。私は……じゃなくて、こほん」
真面目に答えようとして、そんな私の顔を見てみゆ様に何かに気がついた様な顔を向けられて、私は急いで咳払いで取り繕う。
そして、いつもの様にポーズをとってドヤ顔をした。
「ありがたく思ってくれていいよん、ヒロ様。私にかかればこんなもんでえ。だけど我等はお互い可愛い妹を持つ同志。今後も頼ってくれて構わないんだぜ」
「ははは。ああ、ありがとう。流石はお姉ちゃんだな」
「あったぼうよ~」
ヒロ様が笑んで、その顔を見て私も笑む。
すると、みゆ様が私の目の前に来て、私の顔を覗き込んだ。
「ふうお姉ちゃん、うさちゃんのお耳が真っ赤だよ? あ、もしかして……」
「さ、さあ、みゆ様~。無事に楽器魔法のカスタネットも入った事だし、フウお姉ちゃんに見せてくれるかな~?」
流石はみゆ様。
勘付いてしまった様だ。
私は咄嗟に話を逸らし、みゆ様の手を掴んでヒロ様から離れる。
すると、みゆ様はニッコリと太陽の様に眩しい笑顔で、私をジッと見て告げる。
「うん。じゃあ、内緒にしてあげるね」
「…………お願いします」
みゆ様恐るべし。
目を輝かせて話したみゆ様には敵わないなと思いながら、私はお願いするのだった。
こうして、風抜けの町カスタネットでの事件は解決して、みゆ様には新たな楽器魔法カスタネットが加わった。
そして、風の精霊様達とは和解……と言うよりは謝罪され、いつか許して頂いた恩をお返ししますと頭を下げられた。
この後「試し打ちしてみたーい!」と言いだしたみゆ様が、ヒロ様にカスタネットの衝撃波の様な音撃を食らわせたのは、また別の話である。
◇
時は戻って現在。
島流しと言う名の生贄になったナオ様の肩を揺らし続けた私は、ランに「姉さん、その辺で」と止められ気が付く。
ナオ様が目を回して顔を真っ青にさせていて、今にも吐きそうな雰囲気になっていた。
「な、ナオ様ごめんなさい!」
「うにゃああ……。気にし……な…………う。ヤバいにゃ。吐きそうにゃ……」
ナオ様が蹲り、私は両膝を地面につけて額を地面に擦りつけた。
「ほ、本当に申し訳ございません!」
「おいおい、大丈夫か? って、この世界にも土下座ってあるんだな。あ、結界は魔法で解除しといたから、ナオが元気になったら行こうぜ」
ヒロ様はそう言いながら、ナオ様の背中を優しくさすってあげ始めた。
そんな二人の姿を見て羨ましいやらなんやらの感情が湧き出して、煩悩を振り払う為に、地面に擦りつけていた頭を地面に何度も打ちつける。
ベル様やヒロ様の妹のみゆ様がどうなってしまったのか分からないって言うのに、私は自分の浅ましさに嫌気がさす思いだ。
恋とはこんなにも貪欲になるのかと、全力で地面に頭突きを続けた。
するとそれを見て、ランが慌てて私を止めて、ヒロ様が驚いた顔を私に向けて目が合った。
その瞬間に、恥ずかしさで死にたくなった。
うう……穴があったら入りたい。
【魔族紹介】
ザガン
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型『牛』
魔法 : 闇属性
風抜けの町カスタネットで楽器魔法を探していた魔人で、身長が約四メートルで体重が十トンもある。
戦闘中に魔法を一切使用しなかったのは、単純に魔法が苦手だからだったりする。
その分は物理でカバー出来るだけのパワーとスピードがあり、単純な力比べなら魔人ベレト以上。
ヒロが一撃で仕留められなかったのも、それだけタフだと言う証。
根に持つ性格で、恨みは返さないと気が済まないタイプ。




