13話 うさ耳姉妹の姉の追憶 その1
※今回はフウラン姉妹の姉、フウ=フーラ視点のお話です。
島流しにあったナオ様と合流した私達は、孤島の中心にあると言う水の精霊様の住処へと向かっていた。
そしてその途中で、ナオ様の口から突如として明かされてしまった私のヒロ様への想い。
私は焦り、ナオ様の肩を掴んで激しく揺らした。
そして、目を回すナオ様に「あほ」と罵倒しながら、あの時の事を思い出していた。
◇
私の名前はフウ=フーラ。
双子の妹を持つ姉だ。
そして、先日お亡くなりになった長老ダムル様の近衛騎士団の団長を務めていた。
長老ダムル様亡き今は誰かの騎士になる事は無く、生き残ったウルベ様やチーワ様のサポートだけでなく、色んな人のサポートをしていた。
そしてそんなある日ミーナさんに頼まれて、英雄様と巫女様と英雄様の妹のみゆ様を風抜けの町カスタネットまでお連れした。
今回の任務は、この町にある楽器魔法カスタネットをみゆ様が手に入れる事。
私はランと一緒にそのサポート……では無く、ただの送り迎えだった。
何か手伝える事は無いかと思ったけど、やる事はみゆ様だけが聞く事が出来る“音”を頼りにその場に一緒に行く事だけ。
他には何も出来ず、側にいる事しか出来ないし、そんなのは英雄様と巫女様がいれば問題無かった。
だから、私とランは自由行動を取って良いとなり、風抜けの町を観光する事になった。
風抜けの町カスタネットは、その名前の通り、楽器のカスタネットと同じ様な見た目の町。
町の上には大きな岩山が屋根の様にあって、更にその岩山の下側に、鳥人が住む為の住宅街がある。
地面の町と天井の町、それが、特徴的な見た目のカスタネットと言う一つの町だ。
だけど、この町には実はもう一つ大きな特徴がある。
それは、この町に流れる強風だ。
地面と天井の二つで一つの町の間には、鳥人でさえ自由に飛び回る事の出来ない強い風が吹いている。
この風のおかげで地面の町には物やゴミが落ちないので、地面と天井に暮らす人々がそれ関係で言い争う事が無い。
そして、風抜けの町と呼ばれるのは、この風が大きく影響していた。
私がフウと観光しているのは、地面の町の方だった。
天井の町は鳥人の住宅ばかりで、娯楽が殆どない。
本当に住む専用の住宅地と言った感じで、地上の町の方が歩いていて楽しいのだ。
まずはこの町の駐屯地へ行って、駐屯兵に挨拶をして、お勧めの観光場所を聞く。
そして最初に向かうのは、大きなお風呂。
銭湯と呼ばれていた施設だ。
切り株の村タンバリンにある大浴場と違って、そこには色んなお風呂があった。
珍しい雷の魔石を使った電気風呂に、誰が利用するのか謎な冷水風呂。
サウナなんて言う変わった部屋もあって、とても暑くて長居が出来なかった。
そんな銭湯を存分に楽しんでから、次に向かうのは商店街通り。
商店街通りには色んな出店が並んでいた。
特に多かったのは、この町の近くにあるチョコの実林で採れたチョコの実を使ったデザートや飲み物を扱う店だった。
ランと一緒に商店街通りを一通り見て回った後に、チョコとなめらかホイップクリームのクレープと、お口直しの紅茶を買って一休みする。
次は鉱石で作られた食器を見に行った。
この町の近くの山では、風石と呼ばれる珍しい鉱石が採掘出来る。
魔石と違って魔力は無いけど、エメラルドよりも透明感のある綺麗な緑色の鉱石で、食器として加工された物が一部の貴族達の間で流行っている。
他の町では高値で取引される程に貴重な物だけど、この町ではそうでもなく、貴族以外の一般の人でも買える良心的な値段で売られていた。
店に並ぶ風石で作られた透明感のある食器は綺麗で、これにはランも私も目を輝かせて喜んだ。
そうして、あっちやこっちにと風抜けの町カスタネットの観光を楽しんでいた時だった。
「姉さん姉さん、ほら見て? あれって風の精霊様だよね?」
私の腕に自分の腕を絡ませていたランが、不意に楽しそうに指をさして話しかけるので、私はその指先に視線を向ける。
すると、確かに風の精霊様が頭上に流れる強風の中を飛んでいた。
「あ~本当だねん。人前に出てくるなんて珍しいね~」
「そうだよね。精霊様は人前に姿を見せたがらないのに。それに、流石は精霊様。あの凄い風の中を簡単に飛んでる」
「私とランもあの風の中を飛ぶのは、流石にきついからね~。やっぱり精霊様は違うって事だよん」
「うん」
今私が言った通り、風の精霊様は私達とは違う。
見た目は手の平に乗る様な大きさで、顔の大きさと体の大きさが一緒の不思議な頭身で、背中にひし形の羽が生えている。
と、見た目も随分と小さくて可愛らしい違いはあるけど、私が言ったのは見た目の事じゃない。
私が言ったのは、その魔力の高さや魔力の扱いに長けている事。
それからもう一つ。
風の精霊様の場合は、風の属性の魔力だけでなく【風の加護】と言う自然界の力も持っている。
あんなに小さくて可愛らしい見た目でも、私達姉妹が敵わない程に格上の実力を持っている。
だから、あれ程の強風の中でも自由に動き回れるのだ。
「精霊様が抱えてるのってなんだろう?」
「……?」
ランの言う通り、精霊様は何かを抱きかかえていた。
だけど、ここからは何を抱えているのか分からなかった。
「なんだろねん? 大事そうに――って、英雄様?」
「あ、本当だ。英雄様が精霊様を追いかけてる」
ランが説明した通り、英雄様が風の精霊様を追いかけていた。
巫女様とみゆ様の姿はなく、英雄様だけがもの凄く真剣な顔して屋根の上を走っていた。
「何かあったのかな?」
「風の精霊様が抱えているのが、実は楽器魔法のカスタネットだったりして?」
「ははは。まさかー。そんなわけ……」
「そうだねん。まさかそんなわけ……」
再び風の精霊様に視線を向けると、もう随分と離れてしまって殆ど見えなくなっているけど、カスタネットらしき赤と青の丸みが微かに見えた。
「姉さん……」
「行こうか、妹よ」
「らじゃー」
ランが返事をしたので、私はランと一緒に飛翔する。
ただ、ここは風抜けの町カスタネット。
あまり上空に飛びすぎると、直ぐに強風に呑み込まれて吹き飛ばされてしまう。
飛翔するのはあくまでも低空。
建物の屋根の上すれすれの高さだ。
「「英雄様! 何があったんですか?」」
風の精霊様を追いかけている英雄様に追いついてランと同時に話しかけると、英雄様は少し驚いた顔で私達に視線を向けて、苦笑してから視線を前に戻した。
「みゆが楽器魔法のカスタネットを出した途端に、あのちっこいのに盗まれたんだよ。仲間がいて襲って来るかもしれないから、念の為にベルにはみゆの側にいてもらってる」
「「風の精霊様が人を襲うなんてありえませんよ。巫女様ならそれは知ってると思うんですけど~?」」
「ベルもそれは言ってた。だけど、現に楽器魔法のカスタネットは盗まれたんだ。どう言うつもりか知らないが、その前情報が宛になる事は無いだろ」
「「確かにそうかもですけど……」」
「とにかく、絶対にあのチビは捕まえて事情を聞き出す! フウとランも手伝ってくれ!」
「「わっかりました。風の精霊様に乱暴はしないで下さいね!」」
「分かってる!」
ランと同時に飛翔速度を上げる。
すると、風の精霊様が私とランに気がついて、後ろを振り返った。
「ウインドカーテンさー!」
一瞬で繰り出される魔法陣と風の魔法。
風の衣で具現化された風の衣が舞い踊り、私とランはそれによってヒラリと進行方向を変えさせられてバランスを崩す。
次の瞬間には、私は真下に、ランは八時の方角へ吹っ飛んだ。
「――っひゃあ……っぶ。あれ?」
真下に吹っ飛んで屋根に激突したと思ったけど、私は英雄様に受け止められて助かっていた。
「大丈夫か?」
「あ、はい……って、ランは!?」
慌ててランが吹っ飛んだ方角に顔を向けると、ランは吹っ飛んだ方角が良かったおかげで、何かにぶつかる事なく空中で持ち直していた。
「……良かった。え、英雄様、ありがとうございます」
「気にすんな。っつうか、それよりすまん。逃がした」
「え……?」
英雄様が空を見上げながら足を止めたので、私もその方角に顔を向けた。
すると、風の精霊様が地上の町と天井の町の間の強風の中を通って、天井の町の方に逃げて行く姿が目に映った。
「あの風って、上の町の建物が崩壊して落ちてきても、それを吹き飛ばせるくらいにヤバい風なんだろ? もうアレじゃ追えないよなあ」
「仰る通りです。私とランでも追えないですね」
英雄様の質問に答えると、その直後にランが私達の許にやって来る。
そして、私と英雄様の顔を交互に見て、何も言わずに少しだけ眉根を上げた。
どうしたのだろうと考えて、私は英雄様にお姫様抱っこされていた事に気がついた。
「す、すみません!」
慌てて飛んで屋根の上に着地すると、英雄様が不思議そうな表情を私に向ける。
それを見て、動揺し過ぎたと後悔していると、ランが私の腕に腕を絡ませた。
「英雄様、姉さんを助けてくれてありがとうございます」
「あ、ああ。って言うか、ランも怪我は無かったか?」
「無傷なのでご心配なく。そんな事より、風の精霊様が抱えていた物の事を聞いても良いですか?」
「ベルとみゆの所に戻ってからでも良いか?」
「もちろんです。案内して下さい」
「分かった」
英雄様は返事をすると、私達を巫女様達がいる場所へと案内してくれた。
その場所は、この町の出入口近辺にある像が置かれた場所だった。
この像の形はカスタネット……と言うよりは、この町の像。
外観から見る風抜けの町カスタネットの姿の像で、一応観光場所の一つでもある。
「ヒロくん、おかえり。あれ? フウとランも一緒に来てくれたの?」
「「我等フウラン姉妹、これより助っ人として参上しやしたぜ」」
「助っ人……って、お兄ちゃん、取り返せなかったの?」
「すまん」
「ううん。元々わたしが取られちゃったんだもん。お兄ちゃんは悪くないよ」
「ありがとな」
英雄様はみゆ様に感謝を述べると、みゆ様の頭を優しい手つきで撫でられた。
英雄様とみゆ様ご兄妹を見ていると、私とランの昔の事を思い出す。
私達はお二人と違って年も一緒の双子の姉妹だけど、昔はいつも英雄様の様にランを励ましていた。
二人を見ているとランから小声で「姉さん」と言われて、ランと視線を合わせてから、二人で同時にポーズをとって質問する。
「「では早速お話をお聞かせいただいてもよろしいですかい?」」
「お話……?」
「何か話すの? お兄ちゃん」
「何があったかの説明を二人がいる所でって言ったんだよ」
「わかった。じゃあ、何処から話そうか?」
「わたしが話すー!」
みゆ様が元気に手を上げられたので、巫女様が柔らかく微笑んで「それじゃあ、お願いね」と話を任せる。
英雄様も苦笑して、みゆ様に説明を委ねた。
「えっと、最初にここに来た時にタンタンって音が強くなって、ここから聞こえてたから封印を解いたの」
みゆ様はそう言ってカスタネットの像を指さして、両手の手の平で頬に触れた。
「でも、この中から魔法のカスタネットが出て来たら、精霊さんが来てカスタネットの中に入れて奪ってっちゃった」
「「魔法がカスタネットの中に……? 再度封印をされたって事でしょうか?」」
「分かんない」
「多分そうだと思う。宮殿で調べた書物に書いてあった音の魔法の話だと、楽器魔法の封印には精霊の力を借りた物があるって書いてあったの。だから、風の精霊様が楽器魔法を封印できてもおかしくないと思う」
「「成る程~。精霊様は突然現れた感じなんですか?」」
「そうだな。少なくとも俺は近くにいたなんて気付かなかった」
「うん。私もヒロくんと一緒だよ。精霊様は加護があるから、それもあって魔力を読み取れなかったみたいだし」
「うう……どうしよう? 精霊さんに返してってお願いしたら、返してくれるかな?」
「どうだろうな? そもそも奪われた理由は分からないしな。何処に逃げたのかも分からないし」
「「困りましたねえ」」
「……町で聞き込みをしようよ。この町の人なら、誰か精霊様を見たって人がいるかも」
「べるお姉ちゃん頭いい!」
「いや、聞き込みって言っても、俺もみゆもベルも黒髪を隠さないといけないだろ? 大丈夫なのか?」
そう言って、英雄様は被っていたフードを手で掴んで少し上げた。
英雄様の言う通り、英雄様達は身分を隠す為に深めにフードを被っている。
聞き込みをするとなれば、何処かで正体がバレてしまう可能性があった。
「そう……だよね」
「お兄ちゃんもべるお姉ちゃんも大丈夫だよ。それなら、つけ耳すればいいんだよ!」
「つけ耳……?」