12話 島流しと供物
「…イロ……ヒ……ロ…………ヒイロ!」
「――っ!」
ナオの声が聞こえて目が覚める。
目を開ければ、綺麗な青空……では無く、目の前にナオの顔があった。
って言うか近っ!
目の前どころか、鼻と額がくっつきそうな距離。
俺は無言でナオの顔を両手で掴み、横にどける。
すると、今度こそ綺麗な青空が――――
「って、何処だここ!? なんでナオが!?」
「「あ、ヒロ様やっと起きましたー?」」
上半身を起こしながら叫ぶと、目の前で左右対称にポーズをとるフウラン姉妹。
そして、腹には激痛がやってくる。
と言うより、その痛みに今気がついた感じだ。
「ってえ。何だこれ? って、そうだよ。俺、あの野郎に斬られて」
「回復できる人がいなくて、応急処置しかしてないにゃ」
「応急処置……? って、そうだよ! 二人は!?」
慌ててフウラン姉妹に視線を向けると、フウラン姉妹はポーズをとらずに耳を垂れさせた。
そして、フウだけが前に出て膝をつき、俺と目線を合わせてから頭を下げた。
「申し訳ございません、ヒロ様。みゆ様とベル様は海賊に攫われてしまいました」
「――っな!? う……そだろ…………?」
フウの言葉に驚き、頭が真っ白になった。
すると、ランも前に出て、真剣な面持ちで口を開く。
「ヒロ様と別れたあの後の事をご説明します」
ランはそう話すと、何があったのかを事細かく話しだした。
救命ボートまで辿り着いた四人は、そこまでは無事に何事も無く脱出は出来たらしい。
だが、問題はそこからだった。
俺の事が心配だと言うみゆを安心させる為に、フウが俺を助けに行った。
そしてその直後に、カルクが俺に見せたワームウォーターがベルを狙って襲ってきた。
だが、それをみゆの音魔法で強化したベルとランが撃退。
しかし、その後直ぐに百人近くの鳥人部隊と魚人部隊に襲われて、ベルとみゆが海の中に引きずり込まれた。
ランは助けに行きたくても、鳥人部隊を相手にそれが出来なかったと言う事だ。
だが、フウがその場にいなかったのが不幸中の幸いとも言えた。
フウがその場にいても、恐らく二人は助けられなかったらしく、結果としてはみゆの願いに応えて正解だった。
みゆが俺の事を案じてくれたおかげで、フウが俺を捜してくれていて、海の底に血を流しながら沈む俺を見つけて助けてくれたわけだ。
これが、あの時に起きた事。
デリバーやドンナさんやアミーの安否は不明で、フウラン姉妹が言うには沈んだ船の周辺を確認しても姿が無かったので、恐らく海賊達に連れ去られたのだろう。
「んで、俺を連れて近くにあったこの島に来たって事か……」
そう言って周囲を見回すと、目の前には砂浜と海が広がって目に映る。
俺は砂浜の近くの草むらの上に寝かされていたようで、近くには俺の血をふき取ったと思われる衣類やら何やらが無造作に置かれていた。
「って、あれ? そう言えばピュネちゃんはどうなったんだ?」
「それが分からないんですよ。私もランもあの時は必死で…………」
「そうか……。まあ、諦観者なんて言ってたし、どっかで見てるのかもな。でだ。ナオがいるのはなんでだ?」
フウとランが説明をしている間、俺の隣で「にゃー」と声を上げながら聞いていたナオに視線を向ける。
すると、ナオも俺に視線を向けて目が合い、直ぐに気まずそうに目を逸らした。
「島流しにあったにゃ」
「……は?」
「島流しにあったのにゃ!」
「島流し……って、あの罪人を島に流すあれか?」
「「ナオ様はメレカさんと一緒に水の都に行った後に、獣人の癖に入国するなんて生意気だーって罪で、この島に連れて来られて置いて行かれたそうです」」
「……どんな罪だよ。滅茶苦茶じゃねえか」
「ヒイロもそう思うにゃ? そうにゃ! 滅茶苦茶にゃ! ニャーは無実にゃ!」
「いや、て言うか、ここって島なのか?」
「にゃー。孤島にゃ。ニャーは五日前くらいに連れて来られたにゃ。でもヒイロ達と会えて良かったにゃ~。こんな所に連れて来られた時は、本当にこの先どうしようって気分だったにゃ」
「偶然とは言え、俺も元気そうなナオに会えて安心したよ。メレカさんの処刑宣告を聞いた時、ナオが音信不通の行方不明で心配だったからな」
「ヒイロー!」
ナオが俺に抱き付き、腹が滅茶苦茶痛くなる。が、我慢した。
ずっと孤島に一人でいて心細かっただろうし、このくらいはそれと比べれば大した事ない。
と、そこで俺は今更ながらに不思議に思う。
「あれ? そう言えば聞きたいんだが、港町からドンナさんの船で水の都まで約三週間もかかるのに、メレカさんとナオは何でフロアタムから数日程度で水の都まで行けたんだ?」
船によって、かかる日数が違うとは聞いていたが、それにしても違いがありすぎる。
あの時、俺達がメレカさんの処刑の話を聞いたのは、風抜けの町カスタネットに行っていた数日後の事。
ぶっちゃけ一週間すら経っていなかった。
それなのに、その間に二人は水の都まで行って、更に処刑宣告まで受けてその情報が流れて来た。
そう考えると、あまりにも早すぎるのだ。
「「そう言えば、ヒロ様にはしっかり説明した事は無かったですね。この世界の船は、光の魔石を使える船が存在するんですよ」」
「光の魔石を使える船……? もしかして、それを使うと魔車みたいな事が起きるのか?」
魔車は運転する人間の属性で、性能が大きく変わる乗り物だ。
風の属性の人間が運転すれば空だって飛べる。
もしそれと同じ事が船にも出来るとして、それが光と言う事は。
「「ご名答です。光の魔石を動力源として運用出来るように作られた船であれば、条件付きではありますが、光の速度……光速での航海が可能なんですよ」」
「やっぱりそうか……ん? ちょっと待てよ? って事は、あの時、海賊船があの短時間で十キロの距離を縮めた理由は……」
「「はい。間違いなく光の魔石を動力源として使える船ですね」」
「そうか。だからあの時、デリバーが“話しすぎた”って言ったのか。確かにそんな船が追って来てるのに、警戒もしないで呑気に話してる場合じゃ無かったってわけだ」
「「そうなりますね。でも、まさかのまさかですよ。普通はそんな特殊仕様の船なんて、一般人が、しかも海賊なんかが持てるわけないんですよ」」
「そうなのか?」
「にゃー。普通は王様しか所有できない国宝物にゃ」
「――っマ? そんなに凄いのかよ?」
「「ですね~。だから私達も油断してました。知っていれば私達だけでも先に動いて、船が沈められない様に動けてたんですが」」
「まあ、今更言っても仕方ないし、これからどうするか考えようぜ」
「「そうですね。こうなってしまうと、ベル様達とメレカさんのどちらも救い出さないとですもんね~」」
「ニャーに良い考えがあるにゃ」
「良い考え?」
聞き返すと、ナオが胸を張って「にゃー」と言葉を続ける。
「ヒイロ達を襲ったって言う、にゃーん海賊団の船を奪うのにゃ」
「……にゃーんて。にゃーんじゃなくてシャーンな。シャーン海賊団。確かに奪えばついでに助けれるし、水の都までも光速でいけるだろうけど、そもそもあいつ等の船が今何処にいるのかすら分からないんだぞ?」
「水の精霊様達に協力してもらえば、多分直ぐ見つかるにゃ」
「水の精霊……?」
「「成る程~。その手がありましたか」」
頭にクエスチョンマークを浮かべる俺の前で、フウラン姉妹が納得した様に頷いた。
精霊の存在は俺も知っている。
と言うのも、風抜けの町カスタネットで風の精霊と出会っているからだ。
まあ、出会ったと言うよりは……っと、それはそうと、水の精霊に協力と言われても俺は成る程とならない。
「水の精霊の住処がこの近くにあるのか? それに、精霊って人に近づきたがらないんだろ? 協力なんてしてくれるのか心配なんだが」
「その心配はいらないにゃ」
「「実はヒロ様が気を失っている間に、ナオ様と再会した我々は色々とお話しまして、この近くに水の精霊様が住んでいる事を知ったんですよ」」
「そうなのか?」
「にゃー。ニャーがここに連れて来られる時に、こっそりと魚人達の話を聞いたのにゃ」
ナオはそう言うと、そこ等辺に落ちていた木の枝を拾って砂浜の方に駆けだして、砂浜に何やら描き出した。
そして、それをフウラン姉妹と眺めていると、暫らくしてから「ここにゃ」とナオが胸を張った。
◇
ナオの「ここにゃ」を目指して早一日。
俺達は今、彷徨っていた。
「本当にここに水の精霊の住処があるのかよ?」
「島の湖に精霊様がいるって言ってたから間違いないにゃ」
そう。
俺達が彷徨っているのは、俺が目覚めた孤島だ。
ナオがこの島に来る時に聞いた話によると、この孤島の中心には湖があるらしく、その湖の中に水の精霊達が暮らす住処があるらしい。
そして、ナオは供物なのだとか。
何故罪人扱いのナオが供物なのか?
なんて思ったが、ようは“生贄”を聞きの良い“供物”に言い換えただけだろう。
メレカさんも“生贄”を“処刑”と言い換えられている様だし、どうも魚人の女王様ってのは保身の為なのかは知らないが、聞こえの良い言葉に言い換えるのが好きな様だ。
とは言っても、水の精霊が猫の獣人のナオを生贄に捧げられても困るので、ナオはこの通り無事なわけだ。
そもそも、供物として島に放り出されたのに、ナオは水の精霊に未だに会ってすらいないのだと言う。
「「湖ありましたよ~!」」
空を飛んで位置を確認していたフウラン姉妹の大声が不意に聞こえて見上げると、フウラン姉妹は湖があったらしい方角に向けて指をさしていた。
「そのまま案内頼んでいいか!?」
「「りょか~いですん!」」
聞こえる様に俺も大声で案内を頼むと、フウラン姉妹の了承を得たので、そのまま案内をしてもらう事になった。
しかし、不思議な島だ。
実は、フウラン姉妹に空を飛んでもらったのは、本気でここを彷徨っていたからだ。
同じ所をぐるぐる迷う……と言うのでは無かったが、例えるなら、島の端から島の端までを真ん中を通らずに何度も往復させられていた感じだ。
しかも真っ直ぐ歩いてそれなので、マジで意味が分からなかった。
そう言うのもあって、フウラン姉妹に空を飛んでもらって、どの辺りを歩いているのかを確認してもらっていたのだ。
「ヒイロヒイロ、二人が消えたにゃ」
「……は?」
二人を見上げていたナオの言葉に驚いて見上げると、確かにさっきまでいたフウラン姉妹の姿が無くなっていた。
そしてそれと同時に、代わりに遠くの方から「ヒロ様ー! ナオ様ー!」と、フウラン姉妹の大きな声が聞こえて来た。
「にゃー? 先の方から聞こえてくるにゃ」
ナオが驚きながら喋った直後、突然目の前にフウが現れて、俺は低空飛行しているフウに突進される。
「――っぐあ」
「――ひゃうっ」
「ヒイロ!」
「姉さん!?」
俺とフウがぶつかった拍子で同時に悲鳴を上げ、隣にいたナオと、いつの間にか頭上にいたランが驚いて声を上げた。
フウは結構なスピードを出していたようで、俺はバランスを崩して地面に倒れて、フウも俺を押し倒す様に上に倒れた。
「っつう。ふ、フウ? 大丈夫か?」
「――ひゃ、ひゃい! 大丈夫なんだぜ!」
「……?」
顔からぶつかって来たから、よほど強く打ったのだろう。
いつもの調子の様な、そうで無いような感じで顔を赤くさせたフウが、慌てて俺の上からどいて立ち上がる。
すると、立ち上がったフウの目の前に……と言うか俺を挟んで、ランが慌てた様子で地面に降り立った。
「姉さん怪我は無い?」
「だ、大丈夫だ妹よ。お姉ちゃんは元気だぜい」
「…………」
何故か一瞬ランに睨まれたような気がしたけど、気のせいだろう。
ランは俺を飛び越えて、フウの顔に自分の顔を近づけて、心配そうに「すりむいてない?」とフウの顔を確認している。
「ヒイロ、ニャーは分かってしまったにゃ」
「分かった……って、何が――――あ、そうか!」
「ヒイロも分かったのにゃ?」
「ああ。さっきフウとぶつかったおかげで、俺も漸く気がついたよ」
「流石はヒイロにゃ」
急に何が分かったんだと思ったけど、ナオの言いたい事は直ぐに分かった。
つまり、何故フウが突然俺の目の前に現れてぶつかったかだ。
俺とナオは頷き合い、そして、同時に声を上げる。
「この先は結界で空間を歪められてる!」
「フウフウもヒイロが好きなのにゃ!」
俺とナオが同時に喋った言葉は全くの別物だった。
「は? 好き?」
「ナオ様それは……っ!」
ナオの素っ頓狂な発言にフウが顔を更に真っ赤にさせて慌て、ランが顔を真っ青にさせて死んだ魚の目で俺を見る。
俺はクエスチョンマークを頭に浮かべて、同時にナオが俺と目を合わせたまま首を傾げた。
「にゃー? 結界にゃ?」
「お、おう……」
俺は冷や汗を流しながら答えて、ナオの言う“好き”について冷静に考える。
その結果、無事解決した。
突然の事で驚いてしまったが、俺にはフウの気持ちが分かる。
フウの好きは、どう考えても友人としての好きなのだ。
風抜けの町カスタネットで色々あったから、深夜にお礼として差し入れを持って来てくれたくらいには、俺とフウの友情が芽生えたのだ。
実際あの時の事がきっかけで、俺はフウと仲良くなったと思ってる。
しかし、それでもあれだ。
ランの目がマジで怖い。
何処かで見た様な……そう、あれはメレカさんの目だ。
メレカさんからたまに向けられる怖い視線をランから感じる。
そしてそんな中、フウが真っ赤な顔のままナオに近づいて、ナオの肩を掴んで前後に強く揺らした。
「何言ってるんですかああああああ!? ナオ様のあほおおおおお!!」
「んにゃああああああ!? な、なんにゃああ!?」




