2話 間違えた選択
王都フロアタムに戻って来くると、宮殿の前にウルベとチーワが立っていた。
ウルベとチーワの姿を見たフウラン姉妹が魔車を停めて、俺達も魔車から出ると、ウルベからよくない情報を聞かされる事になった。
「セイくんが一人でクラライトに直行したの?」
「ああ。フウとランが君達の許に向かった後に、クラライトから使者が戻って来たんだ。それで使者から受け取った知らせを見て、飛び出して行ってしまったんだ」
予定では、クラライトに送った使者が戻って来たら、使者に持たせた手紙の返事を貰う事になっていた。
そして、その内容を確認してから、セイが俺達を追う。
俺達も本来であれば既に東の国へ向かっているから、セイが途中で俺達と合流して、クラライトに向かう経由で一緒に東の国に行く予定だった。
だが、何があったのか、一人で先に行ってしまったようだ。
「ウルウル、返事はなんて書いてあったのにゃ?」
「海底国家バセットホルンと戦争になるかもしれないと書いてあった」
「「「――――っ!?」」」
「原因は不明だけど、彼はそれを確認し、出来る事であれば止める為に先に向かったんだ」
「もしかして、メレカが呼び戻されるのってこれが理由なのかな? もしそうなら、メレカが――」
「姫様」
「――っ。うん、そうだよね」
……?
ベルが何かを言おうとして、珍しくメレカさんにそれを止められた。
普段だったら考えられない光景に、俺は目と耳を疑った。
「そう言えば、ニャー達は手紙を見てないけど、何て書いてあったのにゃ?」
「戦争になるかもしれないと言う様な事は書いてなかったわ」
ナオの質問にメレカさんは答えて、顔の表情を曇らせた。
ただ、そのメレカさんの答えに俺は妙な引っ掛かりを感じた。
“と言う様な”って事は、戦争になるかもしれないって事以外の事が、書いてあったのかもしれないな。
メレカさんが言わないで伏せてる事を考えると、よくない事みたいだけど……。
さっきベルが何か言いかけたけど、それと関係あるのか?
フウラン姉妹が持って来た手紙を読んでから、ずっと顔色が優れないメレカさんは、戦争と聞いてから更にそれを強めていた。
そんなメレカさんを見て何か嫌な予感を感じて考えていると、チーワが真剣な面持ちでベルの前に出た。
「ベル王女にセイ様からの伝言を預かっています」
「私に?」
「はい。クラライト王国とバセットホルンの関係がとても危険な今、下手に動けばその抗争に巻き込まれてしまいます。それに、魔族の動きも気になります。ですので、セイ様が戻られるまでは、ここフロアタムに滞在していてほしいと」
「…………」
チーワの言葉を聞き、ベルも真剣な面持ちで考えを巡らせ始める。
すると、みゆが心配そうに俺の手を握って、俺の顔を見上げた。
「お兄ちゃん、戦争になるのかな?」
「魔族をどうにかしなきゃいけないって時に、戦争なんて馬鹿げた事にはならない。と言いたいが、どうだろうな。俺にも分からないよ」
「……皆仲良くすればいいのにね」
「そうだな」
「みゆの言う通りだ。何でこんな時に戦争なんて……」
ウルベもこの事態に顔を顰め、手で拳を作ってそれを強く握った。
すると、ナオが一人、明るい顔して「にゃー」と手をあげた。
そんなナオに皆が注目し、ナオはそれを発言の許可がおりたと解釈して、胸を張って言葉を続ける。
「姉様にナオがついて行くにゃ!」
「……は? ナオ、こんな時に何言いだすんだよ?」
「姉様について行って、女王様に謁見して姉様と一緒に説得して来るにゃ」
「君は本当に馬鹿だな。メレカさんには申し訳ないけど、バセットホルンの女王はとんでもない他種族嫌いの独裁者なんだぞ? 君みたいな礼儀知らずの獣人が何を言っても、聞いてくれるわけがないだろ? それどころか、謁見すら出来ないに決まってる」
「にゃー? ウルウルは分かってないにゃ~。ニャーのお爺ちゃんは、ウルウルのパパの長老ダムルだにゃ。ウルウルとチワチワがこの国から今は出られないから、ニャーが代わりにこの国の王族の代表として会いに行けば良いにゃ」
「――なっ!?」
ウルベが驚愕し、目を見開いた。
いや、ウルベだけじゃない。
ナオの言葉には、俺を含むここにいる全員が度肝を抜かれて驚かずにはいられなかった。
ナオが王族の血を引いている事は黙秘されている事で、大衆の面前で言って良い事では無い。
それを、こんな誰が聞いているかも分からない宮殿の前、つまり一般の道で言い放ったのだ。
しかも、それはクラライトの王女であるベルですら知らない事だった。
マジで禁句中の禁句を暴露するナオに驚かない筈もないし、知らなかったベルやメレカさんも驚かない筈がないのだ。
察しが良いみゆだけは、流石と言うかなんと言うか、俺達と違って「やっぱり」なんて事を言いたげな顔をしていたが……。
「き、君は――――っ。いや、もう言ってしまったものは仕方が無い。それに、君の言う通りだ。それなら、バセットホルンの女王も無下には出来ないだろう」
「それなら決まりにゃ。あ、それから、ママには言わないでほしいにゃ」
「それは分かってる。ルシャ姉さんは王族との縁を自分から切った人だからね。もしこの事を知って自分が行くなんて言いだして行ってしまえば、バセットホルンの女王が縁を切っていると知っていた場合、君が行くよりも面倒な事になりそうだ」
ナオとウルベが二人だけで話を続けていく中、メレカさんは顔を曇らすだけで、何も言わずに二人の会話を聞いていた。
俺はてっきり止めると思っていたけど、それはしなさそうだった。
しかし、ナオの母親が縁切りしてるのだから、その娘のナオが行って本当に大丈夫なのだろうか?
正直言って心配だ。
「「ウルベ様~。お話は宮殿の中でしませんか? ちょっと人が集まって来ちゃってますよう」」
「っ。ああ、そうだね。この話の続きは中でしよう」
フウラン姉妹が言う様に、周囲を見回したら、通行人たちが立ち止まって俺達を見ていた。
未だに復旧作業をやっていて、その中心が宮殿でされているのもあり、宮殿の前はそれなりに人通りが多かったりする。
そんな事もあり、俺達は非情に目立っている。
この国の王子と王女、そしてクラライトの王女がいるのだから、見るなと言う方が無理があるのだ。
ここにいるのは、注目を集めて当然な人物達の集まりなわけだ。
そう言うわけで、話の続きを宮殿内でする事になり、俺達は宮殿の中へと入って行った。
◇
一通りの話を終えて、俺とベルは王都で待機と言う結果になった。
やはり、英雄だろうと女王の逆鱗に触れる可能性が高いので、とくに俺とベルはバセットホルンに行かない方が良いらしい。
クラライトもセイが帰って来るまで行かない方が良いとなったので、一先ず東の国に行くのも時期が悪いだろうと言う考えに至った。
俺とベルが待機になったので、勿論みゆも俺と一緒に王都でお留守番だ。
ナオだけは、この国の代表としてメレカさんについて行く事になった。
ナオは随分とやる気だが、正直不安しかない。
失礼な事をして逆鱗に触れなければいいが……。
そして、メレカさんとナオは直ぐに宮殿を出る事になった。
「それではヒロ様、姫様の事を、今後ともよろしくお願い致します」
「おう。任せてくれ」
「ヒイロー! ニャーがいなくて寂しいかもしれないけど、我慢するんだにゃ!」
「――ってえ。こら、ナオ。危ないだろ」
メレカさんの言葉に何か変な違和感の様なものを感じたが、その直後にナオが勢いよく抱き付いて来て転び、それを気にするどころでは無くなってしまった。
「メレカ、ナオちゃん、気を付けてね」
「めれかお姉ちゃんとなおちゃんまたねー」
「メレカさん、気をつけて行って来て下さい。ナオ、メレカさんの事を頼んだぞ」
ベルとみゆとウルベがメレカさんとナオに別れの挨拶を言い、二人はそれぞれに言葉を交わしていく。
チーワとフウラン姉妹とミーナさんはこの場にはいない。
四人は復旧作業で忙しく、見送りに来る余裕が無いからだ。
ウルベも本当はここに来れる程の暇が無いけど、それはミーナさんがウルベの仕事を代わりに引き受けてくれたので時間がとれたと言った感じだ。
そうして別れの挨拶を交わすと、メレカさんとナオは魔車に乗り込んで出発して行った。
それを見送ると、ウルベは急いで仕事に戻って行った。
それにしてもだが、ウルベも今や大変な立場だ。
王族唯一の生き残りがウルベとチーワの二人だけで、しかも二人とも未成年。
そんな中で二人で力を合わせて、民達を導いていってるのだ。
本当に立派だ。
まあ、陰の功労者であるミーナさんが裏で頑張りまくっているわけだが。
そう言えば、最近はミーナさんに会ってないな。
なんて事を考えている時だった。
ウルベと入れ替わる様にして、そのミーナさんが俺達の前にやって来た。
「ごきげんよう。坊ちゃんは……失礼。ウルベ様は一緒ではありませんでしたか?」
「さっきまで一緒にメレカとナオちゃんを見送ってたよ。それでさっき戻って行った所だけど……?」
「左様ですか。ありがとうございます。では、わたくしはこれで……あ。そうですわ」
ミーナさんが直ぐに立ち去ろうとして、何かを思い出したような表情を見せ、俺達に再び視線を向ける。
「巫女姫様や英雄殿は暫らくの間ここに滞在すると聞き及んでおりますが、お時間があるようでしたら、一つ頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「頼み事?」
「俺は構わないぞ」
「ありがとうございます。実は、お二方……と言うよりは、みゆ様に風抜けの町に行って頂きたいのですわ」
「風抜けの町に……?」
「あ、そっか。風の抜けの町カスタネット。楽器魔法があるかもしれないんだ」
「へえ、風抜けの町カスタネットでカスタネットか……成る程な。それなら、丁度時間もあるし行ってみるか」
「二つ目ゲットだね、お兄ちゃん」
「そうだな。それで風抜けの町カスタネットって、ここから近いのか?」
「結構距離があった筈だよ。それに山越えもしなきゃかも」
「はい。巫女姫様の仰る通りですわ。ですが、そこはご心配には及びませんわ。フウとランに魔車の運転をさせますので、本日のディナーを召し上がって頂いてから出発しても、明日の朝には到着しますの」
「へえ……って、そうか。もうこんな時間か」
腕時計で時間を確認すると、既に十九時を回っていた。
「それじゃあ、飯食ってから行くか」
「そうだね。フウとランも行く前にゆっくりしておきたいだろうし、そうしよう」
「今日のご飯は何かな~」
「う~ん、なんだろうね~? 楽しみだね」
「うん。楽しみー。ここのご飯とっても美味しいんだもん」
みゆがベルの手を掴んで握り、引っ張って進んで行く。
俺はそれを見ながら、ミーナさんに話しかける。
「ミーナさん、メレカさん宛に届けられた手紙の内容って分かるか? 何となくでも良いんだけど」
本当は本人から聞くべき事だが、それでも俺はミーナさんに尋ねてみた。
メレカさんの様子は明らかにおかしかったし、メレカさんの表情を見て何か嫌な予感がしていたからだ。
しかし、ミーナさんは首を横に振った。
やはり分からないらしい。
ただ、首を横に振っただけでは終わらなかった。
ミーナさんは少し間を置いてから、真剣な面持ちで俺と目を合わせる。
「英雄殿はメレカの本名を存じてますの?」
「メレカさんの本名……? メレカ=スーって聞いたけど?」
「やはり……」
ミーナさんは少しだけ俯いて何かを考えると、顔を上げて、再び俺と目を合わす。
「恐らく……いえ。バセットホルンの事を知れば、いずれは分かる事かと存じますので、メレカの事をご説明させて頂きますわ」
ミーナさんの声と真剣な顔に、これはメレカさんが秘密にしている事だと直ぐに気がついた。
本人がいないのに、秘密を聞いて良いのかと疑問に思い、罪悪感を感じた。
「ちょっと待った。それって、他の誰かからじゃなくて、本人から聞いた方が良い事じゃないか?」
自分から尋ねておいて、何言ってるんだ? とは思う。
だが、俺が知りたかったのは、あくまでも手紙の内容で、メレカさんの秘密に触れる様な事じゃない。
だから、やっぱりそれは聞くべきではないと俺は思い、念の為に聞き返した。
「……確かに、英雄殿の仰る通りですわ。わたくしが今話そうとしている行為は、褒められる様な行為ではありませんの」
「だったら――」
「それでも、今後の事を考えれば、知って頂くべきだと判断しましたわ」
ミーナさんの顔は真剣そのもので、強い意志が感じられる。
だが、やはり本人がいない場所で聞くべきでは無いと俺は考えた。
「ごめん。やっぱ聞けない」
「…………仕方がありませんわね。ですが、メレカの友人として、これだけは言っておきますわ」
ミーナさんが俺から視線を逸らし、とても悲しそうな声で言葉を続ける。
「恐らく、メレカが帰って来る事は……二度とありませんわ」
「――っ!?」
どう言う事なのかと聞きたかったが、それは出来なかった。
ミーナさんの話を拒んで突き放したのは、誰でも無い俺自身だったからだ。
ミーナさんは俺に頭を下げ、この場を去って行った。
俺はミーナさんが去って行くのを見る事しか出来なくて、自分の判断が正しかったのか疑問に思い、後悔した。
そして…………俺の嫌な予感は数日後、最悪の結果で的中する。
俺とベルとみゆとフウラン姉妹で風抜けの町カスタネットに行き、楽器魔法カスタネットを数日かけて手に入れて戻って来て直ぐに、ウルベの口からそれが知らされた。
それは、ミーナさんの話を聞かなかい選択をした俺の後悔を増幅させ、俺は自分を憎んだ。
俺は選択を間違えたのだ。
後悔したってもう遅い。
話を聞き、直ぐにでもメレカさんを追いかけるべきだった。
ウルベの口から発せられる言葉はあまりにも残酷で、それを言わせてしまった原因の一端が自分にもあるのだと、俺は酷く胸を締め付けられる思いになった。
「メレカさんが……一ヶ月後に処刑される事になった…………っ」
メレカさんは、殺される為に自ら国に帰ったのだ。




