幕間 異世界の常識
「良いかい? ヒロ。巫女姫様とメレカさんは常識が無いんだ。彼女達の基準を世間一般の基準と一緒にしないでくれ」
「…………」
「はい。その通りです。メレカは優秀故に人に求める基準も高く、そしてベル様も才能の溢れるお方なので、メレカの期待以上の結果を出します。そんな二人がずっと一緒にいるのですから、実は若干ですが常識が無いのです」
「…………マジかあ。でも、なんか納得。体力とか運動神経とか、二人とも自分達は大した事ないみたいな感じに言ってるけど、どう考えても大した事あるもんな。この王都に来てから、何となくそれは思ってたんだよ」
俺は今、王都フロアタムの都のとある喫茶店にいる。
セイと一緒に、激務に追われているウルベを息抜きにと誘って、男三人で机を囲んで食事しに来た。
今は注文を終えて、料理が来るのを待っている。
そして、ベルとメレカさん……と言うよりは、この異世界での常識について話していた。
おかげで、この世界に来てから俺が今まで学んだ常識が覆った。
「あれ? 因みに、ベルとナオが下着や肌着を殆ど着ないのは? ファッションだと聞いたんだが?」
「あれは才能とか関係なしの非常識だね。と言うかだ。ナオの暮らしている村は、ナオの母親が村長の息子の嫁に行ってから変わったんだよ」
「と、言うと?」
「姉さ……じゃなくてルシャさんは、元々男勝りの方なんだよ。趣味とかも女性と言うより男性で、その影響もあってか、薄着で宮殿内……では無くて、家の中をうろついていたくらいなんだ。そしてそれを色濃く引き継いだのがナオだ。まあ、ぼくもこれは父や兄や姉から聞いた話だけどね」
隠すつもりがあるのかないのか分からないウルベの説明。
セイに視線を向けると、完全にスルーを決め込んでいたので、俺も同じようにスルーする事にした。
驚くかと思ったが、セイはウルベの妹のチーワの婚約者なので、知っていたのかもしれない。
と言うか、血縁関係ってのは分かってたが、まさかウルベの姉だとはって感じで寧ろ俺が驚いた。
長老ダムルって人は何千年も生きていたらしく、この国が一夫多妻制らしくて、妻も多くいたのだとか。
それで、ナオの母親もその中の一人の妻との間の娘なのだろう。
実際長老ダムルは犬の獣人なのに、ナオの母親は猫の獣人だからな。
まあ、そこ等辺の血縁関係の血の繋がりの影響なんかは、ややこしいので気にしない様にしようと俺は思ってるから、そう言うもんだとだけ考える。
それはともかく、やはりベルとナオの薄着は普通では無かった様だ。
と言うか、王都に暮らす人達の生活が戻って、それを見ていて何となく察してはいたんだけどな。
「どーりでこの国の人達がまともな格好だと思ったよ」
「当然だ。巫女姫様やナオの様に薄着で都を歩く人間なんて、それこそ滅多にいないよ」
「そうですよね。自分もベル様のあの露出度多めの服装には困ってまして……。ベル様の正装の巫女装束なんて、それの最たるものじゃないですか。本当に目のやり場が……。メレカはあの調子ですし」
セイが本気で困った表情で肩を落とす。
随分と苦労している様だ。
と言うか、同意しかない。
「メレカさんっていつもしっかりしてるのに、変な所で抜けてるんだよなあ」
「そこがメレカさんの魅力だけどね」
「「…………」」
自信満々に答えたウルベに、俺とセイが揃ってジト目を向ける。
恋は盲目って聞くけど、まさにって感じだ。
「そう言えば、メレカさんがフウラン姉妹を連れて、サルガタナスの行方を追ってもう一週間以上も経つけど、連絡って来たのか?」
「あ、ああ。一応は……」
「おお。見つかったって?」
「いや、どうやら、妙な事をしている様なんだ」
「妙な事?」
訝しんで聞き返すと、それにはウルベでは無く、セイが答える。
「サーカスを公演している様ですよ」
「は? 今何て?」
「サーカスを公演している様ですよ」
いや、意味が分からん。
……待てよ?
そう言えば、サルガタナスってピエロの格好だったな……。
「って、いやいやいや。確かにサルガタナスはピエロみたいな格好だったけど、なんでサーカスなんだよ?」
「それはぼくも聞きたいよ。とにかく、メレカさんとフウとランはそれが事実か確認する為に、三人でそこに向かう予定らしい」
「……大丈夫なのか? 色んな意味で」
「本当にね。もう放っておいても良いなんて思ってしまうよ」
「いえ、流石にそれは不味くないですか? やはり自分がメレカ達の助っ人に向かうべきでは……」
「セイが心配する気持ちも分かるけど、君も君でやる事があるだろう? それに、メレカさんがいない今、巫女姫様の従者は君しかいないんだ。だから今は耐えてくれ」
「分かりました」
「まあ、三人だけって言っても、サーカスをしてるのか確認するだけなんだろ? だったら大丈夫だろ」
とは言っても、セイが心配するのも無理はない。
メレカさんとフウラン姉妹は三人だけで話を進めて、魔人サルガタナスとその一味を逃がすまいとフロアタムを出て行ったのだ。
と言うのも、サルガタナスの目撃情報が宮殿に飛び込んで来たのが原因だ。
フロアタムの復興作業中に、ある日届いたその情報。
情報によると、俺が最初に世話になった村のトランスファでの目撃情報だった。
俺はこの世界に来たばかりの妹の面倒を見なければならなかったし、ベルは宮殿の書物庫で調べ物をしていたし、ナオはそれを手伝っていた。
そう言う事もあり、メレカさんは長老ダムルの近衛騎士だったフウラン姉妹を連れて、サルガタナスとの決着をつける為に出て行ったのだ。
だから、確認するだけとか言いながら、それだけじゃ終わらない可能性は高い。
しかし、それが何でサーカスなんだ?
本当に意味が分からん。
「お待たせしました」
不意に声が駆けられて、その声に振り向いて顔を上げる。
どうやら注文した料理を持って来てくれたようだ。
俺は「ありがとう」と言って料理を置いてもらって、フォークとナイフを持って「いただきます」と食べようとした。
だが、ウルベとセイが何故か俺に注目していて、それが気になってフォークとナイフを持つ手を止める。
「なんだ?」
「いや、給仕にお礼を言うなんて、珍しいと思ってね」
「はい。初めて聞きました」
「そうなのか? 俺の世界じゃ普通……では無いか。やる人はやってるよ」
「へえ。でも、そう言う感謝を伝えると言うのはとても良いね。この国でも流行らせたい」
「そうですね。ベル様も好きそうです」
二人は好印象を持ってくれたみたいだが、逆に必要無いって意見もあるんだよなと思いながらも、わざわざ言わなくても良い事かと黙っておく。
そうして食事をして終える頃に、何やら煩い声が聞こえた。
「あー! お兄ちゃんだけズルい!」
「なんでニャー達を誘わないのにゃ!?」
「…………」
煩い声の正体は、俺の妹みゆとナオ。
二人は店内で大声を出して俺にだけ指をさし、周囲の客の注目を浴びていた。
恥ずかしいから勘弁してほしい。
二人は直ぐに俺達の許まで走って来て、みゆが俺の膝の上に、ナオが俺の隣に無理矢理座る。
そして、煩い二人に視線を向けていた店員に、みゆが「すいませーん」と声をかけた。
「ハンバーグセット下さい!」
「ニャーはこっちの木ウサギのステーキがいいにゃ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が注文を受け取って去って行くと、ウルベがナオにジト目を向けた。
「君ね、もう良い大人なんだから、もう少し落ち着いたらどうなんだ? と言うか、ぼく達は今大事な話をしているんだ。邪魔しないでくれるかい?」
「にゃー? ニャーは落ち着いてるにゃ。みゆみゆのお姉ちゃんだから、お手本になってるにゃ」
「うん。なおちゃん可愛い」
「……君に期待したぼくが馬鹿だった」
「うるべくんもお耳と尻尾が可愛いよ」
「――なあっ!?」
我が妹ながらに恐ろしい。
口説いてやがる。
そんなわけで、ウルベが顔を赤くして固まってしまった。
セイはそんなウルベを見て苦笑している。
いや、それよりだ。
「みゆとナオはベルと一緒に宮殿の書物庫で、あの事について調べてたんじゃないのか?」
「うーん、そうなんだけど……」
「なんだよ? 煮え切らないな」
「なおちゃんが火の魔法を使って、追い出されちゃったの」
「……は?」
「にゃー。本ばっかで途中で飽きて、気分転換に蒼炎魔法の練習をしてたにゃ」
「…………そっか」
駄目だこの子猫。
流石に書物庫で炎は駄目だろ。
「馬鹿なのか君は!? 前から馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、そこまで馬鹿だとは思わなかった!」
「にゃー!? ウルウルに言われたくないにゃ! ウルウルだって昨日姉様からの手紙に舞い上がって、復旧中の宮殿の屋根から落ちたにゃ!」
「それは今は関係無いだろ!」
「フシャーッ!」
「ガルルルッ!」
「ふ、二人とも落ち着いて下さい!」
ナオとウルベが威嚇し合い、セイが慌てて止めようとするも止まらない。
やはりこの二人を止めるには、メレカさんとミーナさんが必要なようだ。
「お兄ちゃん、止めないの?」
「妹よ。世の中には、触らぬ神に祟りなしと言う言葉があってだな」
「それ絶対使いどころ間違ってるよ。お兄ちゃんかっこ悪い」
「……ははは」
とりあえず、この後みんなで店員に怒られた。




