幕間 鬼ごっこ大会
「鬼ごっこ大会……?」
王都フロアタムを取り戻してから数日後。
長老ダムルの葬儀が終わり、都の復旧作業が始まる頃に、俺は一枚の紙を見て驚いた。
「おや? ヒロも鬼ごっこ大会に興味があるのかい?」
「……興味っつうか」
「わあ! 楽しそー!」
ウルベの質問に冷や汗を流しながら呟くと、俺の隣でみゆが目をキラキラ光らせる。
すると、更にその隣から、ベルが顔を覗かせてニコニコ微笑んだ。
「ちゃんと今年もやるんだね」
「勿論だよ。寧ろ、こういう時だからこそやるべきだと思うんだ!」
「うんうん。きっと皆元気になるよ」
「……どう言う事?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる俺に、ウルベが胸の前で拳を作った。
「この国では、年に一度の“鬼ごっこ大会”を開催してるんだよ。優秀な結果を出した者には、我がフロアタムの騎士として採用する事を約束しているんだ。と言っても、これは内緒で裏の事情だけどね。表向きは景品を用意して、誰でも参加出来る催しなのさ」
「鬼ごっこ大会で騎士……? って言うか、そんな大事なもんを裏で決める大会なのに、誰でも参加可能なのか?」
「ああ、勿論さ。気楽に参加できた方が、実力を隠した者も参加しやすいだろ? それに、その為の景品だ。そして、この大会は毎年恒例で盛り上がるんだ。だからこそ、我が国を今一度活気ある国にする為に、鬼ごっこ大会が必要なのさ」
「おおー」
みゆがパチパチと手を叩き、ベルがみゆと一緒に手を叩く。
俺はと言うと、何とも言えない気持ちになっていた。
鬼ごっこ大会なんかで、大事な騎士を決めて良いのかって気分だ。
「ヒロと巫女姫様は、ぼくの父が光の柱を昇っていくのを見たのだろう?」
「え? あ、ああ。そうだな」
「うん。長老様が行かれるのを見送ったよ」
何となく気まずい話題を急に振られて、俺は少し動揺して返事をして、ベルも少しだけ顔を曇らせて答えた。
すると、質問したウルベが目を閉じて頷いて…………いや、頷きすぎだろ?
延々と頷き続けている。
と思ったら、ピタッと頷くのを止めて、目を開いた。
「きっとぼくの父も、二人に感謝しているだろう。そして、今年も鬼ごっこ大会の成功をお願いしたに違いない」
それはないだろう。と、言いたいが、流石に言い辛い。
長老ダムルの葬儀や告別式で、あんなに涙を流していたウルベを知っているので余計に言い辛い。
と、言うかだ。
俺も同じように父親を亡くしている経験があるからこそ思うのだが、強すぎないか? この子。
普通こんな直ぐ切り替えられねえよ。
ただ、悲しさを紛らわせてるだけかもだし、俺もウルベの案につきあうか。
「まあ、そう言うわけだから鬼ごっこ大会を今年も成功させて、王都を盛り上げようと思う!」
「うるべくん頑張れー」
「私も協力するよ!」
力強く宣言したウルベを、みゆとベルが拍手で盛り上げ、俺も一緒に拍手した。
◇
鬼ごっこ大会。
それは、血で血を洗う、血肉湧き踊る戦士たちの戦いの舞台。
ここ、王都フロアタムで開催される鬼ごっこ大会は、俺の知る鬼ごっことは随分と違うものだった。
ルールは簡単。
皆で腕章を装着して、奪い合いながら取られない様に逃げ延びよう。と言うもの。
そんなわけで、腕章を奪い合いながら戦う、鬼ごっことは? な感じの、言ってしまえば“腕章取り合い合戦”だ。
結局最後に一番多くの腕章を持っている奴の勝ちなので、ある程度集まったら逃げの一手になるらしいから、そっからが鬼ごっこ本番なのかもしれない。
そしてその大会に、何故か俺も参加させられる事になった。
はい。
今、鬼ごっこ大会のステージに立ってます。
「って、何で俺まで参加なんだよ!?」
「楽しいですよ? 鬼ごっこ大会。自分もリハビリを兼ねて参加させて頂くので、是非、英雄様の戦いを間近で学ばせて頂きます」
「いやいやいや。セイってあれだろ? 上位魔法とか使えちゃうんだろ? 俺が教えれる様な事なんて無いぞ?」
「またまたご謙遜を。そんな事を言ったって、英雄様が凄いのはベル様からも聞いていますし、分かっていますから」
「俺が凄い? ははは」
魔族と戦うと、毎回と言って良い程に重症になる俺が凄いわけないだろ。
ベルが絶対誇張して教えたに違いない。
とは言え、褒められて嫌な気分では無いので、この話は掘り下げないでおく。
「お兄ちゃん頑張ってー!」
みゆの声援が聞こえて振り向くと、楽しそうに手を降っていたので、とりあえず手を降り返しておく。
すると、丁度その時、大会開催のゴングが鳴った。
「一先ずは別行動します。では」
セイがそう言って飛んでいく。
それを見て、風魔法ってマジで便利な。なんて事を考えながら、俺も走り出した。
さて、鬼ごっこ大会のステージについて説明しよう。
鬼ごっこ大会は、ここ王都フロアタムの中心街で行われている。
元々は王都全域でするらしいが、今回は復旧作業の関係から、範囲が狭まって中心街のみとなったわけだ。
しかし、それでも広い。
中心街の端っこから端っこまでの距離を言うと、だいたい三キロ程度ある。
それから、今回の参加人数は俺を含めて約二百人だ。
いつもはこの十倍以上の人数が軽く集まるらしいが、状況が状況なだけに、それは仕方ないだろう。
そして、制限時間は二時間。
本来はもっと長いらしいが、規模的にはこれでも十分長いくらいだ。
「へっへっへっ。こいつぁ、とんだカモが迷い込んだもんだぜ」
「なんだあ? そのひょろっこい体は? おい、兄ちゃん。鬼ごっこ大会に興味本位で参加しちゃったのかあ?」
適当に走っていると、俺の目の前に二人組の獣人が現れた。
耳の形や尻尾などの特徴を見るに、恐らくカバの獣人と……なんだろう? 分からん。
とりあえず尻尾の先が黒くてフサフサしている。
「「俺達ハイエナカバー兄弟に出会っちまった事を後悔するんだな!」」
ハイエナらしい。
っつうかハイエナカバーってなんだよ。
と言うわけで、適当に殴って腕章をそれぞれから頂いておいた。
三十分後。
中心街の商店街通りにやって来た俺は、とりあえず出店の側に置いてあった樽の上に座って、水分補給がてらにレモン水を飲んでいた。
因みに腕章は自分のを合わせて七個ある。
あの後も何度か襲われて、全部返り討ちにした。
「でもまあ、疲れたよなあ」
呟いて、レモン水を一口。
このレモン水はそこの出店で買ったものだ。
「あと一時間と三十分か。やっぱ長いよな……」
「あー! ヒイロ発見にゃー!」
「っん。ナオ?」
突然ナオの声が聞こえて振り向くと、ナオが俺に指をさしていた。
そして、左手には大量の腕章が。
まさか……。
何やら嫌な予感がして、レモン水を一気に飲み干す。
「ここで会ったが二時間ぶりにゃ! ヒイロの腕章をいただくにゃ!」
「ナオも参加してたのかよ」
「なおちゃん、お兄ちゃんなんかやっつけちゃえー!」
みゆの声が聞こえて視線を向ければ、大会前は頑張れと言っていた我が妹が寝返って、ナオを応援している。
おかげで、妹に捨てられた気持ちになり、ドッと疲れを感じた気がした。
「覚悟するにゃー!」
「――っいきなりかよ!」
ナオがこっちに向かって駆けだして、俺は慌ててレモン水が今さっきまで入っていた容器ごと手を前に出す。
すると次の瞬間、ナオがビクッと反応して、急ブレーキして建物の影に隠れて顔だけ出す。
「レモンの匂いがするにゃ! ヒイロ卑怯にゃ!」
「ナオ、お前……レモン駄目なのか?」
「納豆と同じくらい嫌いにゃ!」
「…………ハッハッハッハッ。オロカモノメ。コノオレガ、インドウヲワタシテヤルゾー」
「ぐにゅにゅにゅにゅ。ヒイロ、なんて卑怯な奴なのにゃ!」
「お兄ちゃんサイテー! ロリコン!」
「ガッハッハッ! ナントデモイウガイイワー! サーテ、ドウリョウリシテヤロウカー」
「にゃー! レモンの臭いをニャーに近づけるにゃー!」
「変態! 痴漢! お兄ちゃんのあほー!」
みゆの野次を笑い飛ばし、怯えるナオにじりじりと近づいて行く。
するとそんな時だ。
俺の背後に一つの影が……。
「ヒロ様、何をしていらっしゃるのですか?」
「――っ!? め、メレカさん!?」
そう。
俺の背後に立っていたのは、腕章をつけていたメレカさんだった。
メレカさんはとても素敵な笑顔を俺に向けて、俺の背後に立っていた。
但し、目が笑ってない。
滅茶苦茶怖い。
威圧感が半端ない。
と言うか、参加していらっしゃたのですね、ははは。
「こ、これはだな。可愛い妹とナオに合わせて、少しからかっていただけで……」
「そうですか。可愛いみゆ様と可愛いナオにイタズラしていたのですね」
「なんか違う! それだと俺が二人に卑猥な事しようとしてるみたいなんだけど!?」
「何も違わないでしょう?」
「ひっ」
誰か助けて下さい。
俺は無実です。
こうして、俺はこの後メレカさんからの理不尽な制裁を受け、俺の鬼ごっこ大会の幕を閉じた。
因みに、優勝はナオだった。
と言っても、俺がメレカさんに制裁を受けている間に逃げて、そのまま逃げ切った結果だ。
鬼ごっこ大会らしく、ナオは一時間以上も逃げて、腕章をいっぱい持っていて優勝した感じだ。
「ナオ、優勝者は王国騎士になる権利を与えられるけど、君はどうする?」
「それは辞退するにゃ。今はヒイロと魔族退治中にゃ。それにニャーが目指すのは騎士じゃなくて兵士にゃ」
「そうだね。君ならそう言うだろうと思っていたよ。だから、代わりと言っては何だけど、君の好物の料理を用意させたよ」
「にゃー♪ やったにゃー!」
そんなわけで、ナオは騎士の話を辞退して、美味しい料理にありつけたのだった。




