幕間 獣人王子の困惑
※今回はウルベ視点のお話です。
「ウルベ様、こちらが先日起こった事件の資料になりますわ」
「ありがとう。そこに置いてくれ……いや。先に読ませてもらうよ」
「はい。では」
ぼくは獣人国家ベードラの国王“長老ダムル”の息子ウルベ=アーフだ。
異世界から召喚された英雄ヒロの活躍で、この国が救われたのが先日の事。
亡くなった父達家族や民達の葬儀を終えて、今は僕が国の中心となって、王都の復旧や復興などの激務に追われている。
ぼくの妹のチーワや、近衛騎士であるミーナ=イーナと父の近衛騎士だったフウ=フーラとラン=フーラにも雑務を手伝ってもらってはいるが、それでもやはり人手は足りない。
そして、今ミーナが持って来てくれたこの資料の内容も、妙な内容で手に余る。
ミーナから資料を受け取り、目を通すと、ため息を吐き出したくなった。
「鳥人達の集落での窃盗事件に、風抜けの町カスタネットでの謎の爆破事件に、その周辺にあるチョコの実林での騒動。これが全部魔族達の仕業……か」
「いずれも解決しているとの報告を得ていますが、問題はチョコの実林の騒動ですわね」
ミーナの言葉を聞きながら、もう一度資料に目を通して、またため息を吐き出したくなった。
「魔従ゴブリンの群れが何故人々と仲良くなってるんだ?」
「さあ? 元々は人を襲っていた様ですが、そこに書いてある通り、邪神の命令を背いて共存の道を歩む事に決めたようですわ」
「……危険性はあると思うかい?」
「無い……とは、言いきれませんわ。魔従ゴブリンは数が多い魔従。必ずしも全てのゴブリンが、共存するわけでは無いのではないでしょうか? わたくしの考えすぎかもしれませんけど……」
「いや、ミーナの意見にぼくも同意だよ。問題は、ぼく達にとって彼等の見分けがあまりつかない事だろうね。共存をしようと考えている彼等と、そうでない彼等の見分けがつけ辛い。何か策を考えなければ、必ずどこかで綻びが……事件が起きる」
「では、対策方法はわたくしが練っておきますわ」
「ありがとう。期待しているよ」
「はい。必ずご期待に応えてみせますわ」
とは言っても、ミーナも苦労するはずだ。
それに、ぼくは共存をすると言っている魔従ゴブリンを信用していない。
これも邪神の作戦かもしれないし、警戒しておく必要がある。
「ところで、話は変わりますが今年の“おにごっこ”の事ですが、本当に開催するのですか?」
「ああ。毎年行っている我が国の行事だし、こんな時だからこそ開催して、民に笑顔を取り戻したいんだ」
「ウルベ様……。では、そちらは予定通りに、フウとランに準備を進める様に話しておきますわ」
「頼む。さて、仕事もひと段落ついた事だし、メレカさんに会いに行こう!」
「……坊ちゃん。メレカに会いに行くのは構いませんが、くれぐれも粗相の無い様にお願いしますわ。今この国の実質上のトップなのですから、民に恥の無い王としての振る舞いを――」
「うるべくーん! いるー?」
ミーナの面倒臭い説教が始まったと思ったら、扉の向こうからヒロの妹のみゆがぼくの許に訪ねて来た。
おかげで説教が中断され、ぼくは快くみゆを中に招き入れる。
だけど、みゆがぼくの許に来た理由に、ぼくは頭を抱える事になってしまった。
「なんかよく分かんないけど、町のみんなが喧嘩を始めちゃったから、なおちゃんがうるべくんを連れて来てだって」
「なんだって……?」
町と言うのは王都の事だろう。
いや、それよりも、何が起きたんだと直ぐに向かう事にした。
みゆの案内で現場まで駆けつけると、思っていた以上に大変な事になっていた。
何が起きたのか知らないが、髪が黒く染まった者と、そうで無い者が争っていた。
そしてそれをナオが懸命に止めている。
「皆、落ち着いてくれ!」
大声を上げて側まで行くと、ぼくに気づいた者から順に静かになってくれた。
父の威厳には遠く及ばないながらも、こうしてぼくと知って皆が落ち着いてくれた事に感謝し、ぼくは中心にいたナオに近づいた。
「ナオ、何があったんだ?」
ナオにはそう尋ねたが、実は何となくだけど予想出来ていた。
髪が黒く染まっているのは、邪神に魔力を奪われてしまった証拠。
魔力を取られた者と、そうで無い者で争いをしているのであれば、だいたいの見当がつく。
魔族は邪神に魔力を盗られた王族や兵士や騎士だけでなく、同じく魔力を奪われた民を呪いで操っていた。
呪いが解けた後に王都で戦っていたナオの母……ルシャ姉さんから聞いた話では、操られた兵士や騎士や民の大半が王都を徘徊していたと言っていた。
王宮と宮殿にいた兵士と騎士が、全くと言って良い程にいなかった事を考えれば納得出来る話だ。
今問題なのは、民も操られていたと言う事だ。
そして、髪が黒くなった彼等は、操られていた民なんだ。
つまりこれは、操られてしまった者とそうで無い者の争い。
十中八九、それが発端で生まれた争いだ。
大方、まだ操られているのだろうと言う話になったのだろう。
何故なら、魔力を盗られた者の殆どが殺されて、生き残っていた者の方が珍しい。
割合で言えば百人に一人しか助からなかったと言える程に。
つまり、ここに生存している彼等は、運良く奇跡的に助かった僅かな者たちなのだ。
だからこそ疑われ、争いが起きたんだ。
「塩焼きと味噌煮のどちらが優れているかの争いにゃ」
「…………なんだって?」
「塩焼きと味噌煮のどちらが優れているかの争いにゃ」
「…………」
ナオの顔は真剣そのもの。
決して冗談を言っている顔には見えない。
ぼくはぼくが予想していた事と全くの別件に耳を疑い、そして困惑せずにはいられなかった。
「これにゃ」
そう言って、ナオがぼくの目の前に異文化の料理を出した。
片方は塩をかけて焼いたらしいドーギョと言う名の魚。
もう片方は、茶色っぽいタレ? がべったりと塗りたくられているドーギョ。
ぼくは更に困惑した。
「こ、これは君の村の村長……君のお爺さんが他国で学んで村に取り入れた食文化の料理かい?」
「全然違うにゃ。両方ともヒイロが今朝みんなに作ってくれたにゃ」
「な、なるほど。なら、異世界の料理か。と言うか、そもそも“ミソ”って言うのをぼくは知らないんだが?」
「味噌はお爺ちゃんが他国から学んだものにゃ。でも、味噌は味噌汁に使うにゃ」
「みそしる……? そ、そうか……って、いや。そんな事より、これがどうして争いの火種に?」
ぼくが困惑しながらナオに尋ねると、今まで黙ってぼく達の話を聞いていた民達の内の一人、髪の毛が黒く染まった者が一歩前に出た。
「聞いて下さいよ、坊ちゃん! こいつ等、この味噌煮の美味さが分かってないんです! 味が濃いとか言いやがったんだ!」
「味が……濃い…………?」
これだけべったりとタレが付いているのだから、濃いのは当たり前だろう。
しかしそれよりも、そんな事で怒っているのかと、ぼくは更に困惑した。
「何言ってやがる! お前等だって、塩焼きは味が薄くて食った気がしねえって言ってたじゃねえか!」
今度は髪が染まっていない者が声を上げた。
塩をどの程度使ったかは知らないが、足りないなら足せば良いと僕は思った。
そしてまた、そんな事で怒っているのかと、ぼくは更に困惑した。
困惑のあまりミーナに視線を向けると、みゆと一緒に塩焼きと味噌煮を食べていた。
「ウルウル、どうにかするにゃ」
「どうにかするって言われても、そんなの人それぞれの好みの問題じゃないか。何をどうすれば良いんだ?」
「ウルウルが美味しいのがどっちか決めるにゃ! ニャーはどっちも好きだから決められないにゃ!」
「まさか、その為にぼくを呼んだのか?」
「当たり前にゃ!」
「君ね、ぼくの立場を分かってるのか?」
「ニャーの弟弟子にゃ。ニャーはクンエイ爺ちゃんの姉弟子だから、ウルウルよりニャーの方が偉いにゃ」
「いつまでその話を持ち出す気なんだ? 良いかい? ぼくはこの国の民を、亡き父の代わりにチーワと一緒に支えていかなければならないんだ! つまり、忙しいんだ!」
「だったこれも解決するにゃ。そのくらいはやるにゃ。これだからウルウルはお子様にゃ」
「いつまでもお子様な君に言われたくないね!」
「フシャーッ!」
「ガルルルッ!」
ぼくはナオと睨んで威嚇し合い、そして、その直後に頭に鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「にゃーっ!」
「きゃんっ!」
ぼくとナオは同時に小さな悲鳴を上げて、背後へと振り向く。
するとそこには怖い顔したミーナが、そして、ナオの後ろにはメレカさんが立っていた。
「民の前で恥ずかしい事はお止め下さいですわ」
「そ、それは……」
「ナオ、貴女は商店街の手伝いに行っている筈よね?」
「でも、塩焼きと味噌煮がニャーを……」
ミーナとメレカさんの目が恐ろしく光り、ナオは一目散に駆け出して逃げて行った。
ぼくは逃げるわけにも行かず、弁明を試みようとした。
だけど、そんな時だ。
みゆがぼくの目の前に立って、両手を広げた。
「直ぐ暴力したら駄目なんだよ! ちゃんとお口があるでしょ?」
「み、みゆ様……」
「ですが、わたくし達は――」
「言い訳しないの!」
「「ごめんなさい」ですわ」
つ、強い……。
流石は英雄の妹だけあると言うべきか、あの怒ると怖いミーナとメレカさんを言い負かしてしまった。
なんて頼もしいんだろう。
「うるべくんも反省してね!」
「あ、うん。反省するよ」
ぼくがみゆに怒られると、周囲でぼく達を見ていた民達が騒めき出す。
「す、すげえ。流石は英雄様の妹君だ」
「可愛い。私もあんな妹がほしい」
「結婚を申し込もうかな?」
「やめろ! みゆ様は皆のアイドルだ!」
「それ以前にみゆ様はヒューマンでしょ? まだ結婚出来る年齢じゃないわ」
…………ぼくが来た意味って、あったんだろうか?
最早最初の争いは無くなり、塩焼きと味噌煮のどちらが美味しいかなんて言う者は一人もいなくなっていた。
しかし、ぼくは困惑する。
みゆを囲って、民達が盛り上がっていたからだ。
そして、最後に出たみゆの言葉で、事件は終息する。
「塩焼きと味噌煮? わたしはお魚よりハンバーグが好き!」
話が完全にズレていたけど、そのおかげで争いは完全に無くなり、暫らくの間は民達の間でハンバーグが流行ったのだとか……。
本当に何だったんだろう?
因みに、ぼくも塩焼きと味噌煮と言うのを頂いたけど、どちらも美味しかった。
ヒロ曰く「疲れてる時は濃い味付けの物が美味く感じるよな」だ。
そのおかげで気がついた事だけど、魔力を取られて髪が黒く染まった者達は、魔法が全く使えない。
つまり、邪神によって魔力を全て奪われているんだ。
封印の巫女である彼女が多少なりとも魔法が使えるのは、元々が膨大な魔力を持っていた事で、全てを取られる事が無かった結果だとぼくは考えている。
だから、巫女以外の者、民達が魔力を全て奪われたのは普通なんだ。
そして、魔法が使えないから使える者と比べて肉体を使う頻度も上がり、体力の消耗が激しい。
好みの問題は度外視にしての考えだけど、その結果、薄味の塩焼きより濃い味付けの味噌煮の方が美味しく感じたのだろう。
これが分かった事によって、ぼくはチーワとミーナに相談し、魔力を奪われた民の生活が少しでも楽になる様に、様々な事を取り入れ学ぶ事にした。
父が愛したこの国を、父が治めていた時よりも良い国になる様にと。
【食べ物説明】
ドーギョ
フロアタム周辺に生息する土の中を泳ぐ魚で、食べれる。
味はサバに似ていて、トマトと一緒に煮て食べるのが主流な食べ物。




