46話 魂の帰る場所
話は少し遡り、フロアタム王宮にある玉座。
俺達の知らない所で、とある事件が起ころうとしていた。
「やはり崩れたか」
邪神が呟き、己の左手を胸の前まで上げて見る。
邪神の左手は崩れ、床に崩れた邪神の左手だったものがボトリと落ちる。
「難儀なものだな。五千年の時と言うのは」
左手を拾い上げ、邪神は玉座の横に置いていた魔石を一つ取り、それから魔力を吸収する。
そして、そこへネビロスの魂がやって来る。
「ネビロスか。情けない。が、まあ良かろう。憑依した体との相性が悪かった様だしな。次の肉体を与えてやろう」
邪神はそう言って、吸収し終わった魔石を握りつぶし、更に一つ魔石を手に取る。
するとその時だ。
ネビロスの魂が邪神に近づき、左手が崩れ落ちた左腕から、邪神の体内に入った。
そして次の瞬間、邪神が目を見開き、そして、首を押さえる。
「が……っ。前世の記憶を取り戻……せば、いずれはこうなると予想していた…………ぞ。やはり、貴様は――――――ははは、はははははははは!!」
邪神が突然笑いだし、玉座から立ち上がった。
そして、喜びに満ちた笑みを浮かべ、自らの右手を目の前に上げ見つめる。
「取ったぞ! 邪神の体! 今日からは俺が邪神だ! はっはっはっはっはっ!」
「やれやれ。まさか本当に邪神様の体を乗っ取るとはなあ。ネビロス」
不意に話しかけられ、邪神……いいや、ネビロスが振り向く。
するとそこには、魔人アスタロトが立っていた。
アスタロトは邪神がネビロスに体を乗っ取られたと言うのに、とくに驚く事も無く、いつもの調子でネビロスに視線を向けていた。
ネビロスとアスタロトの目はかち合い、ネビロスがニヤリとした笑みを浮かべる。
「貴様には感謝しているよ、アスタロト。おかげでこうして邪神の体を乗っ取る事が出来た」
「それは良かった。して、これからどうするつもりで?」
「そうだな。せっかく俺が邪神になったんだ。今までの邪神の様なやり方は古い。俺の考えたやり方で、この世界を混沌に落としてやるさ。まずはバセットホルンだな。奴等魚は利用価値がある。作戦は追って連絡する」
「では、その様に」
アスタロトが一礼し、この場を立ち去ろうとする。
すると、ネビロスがアスタロトに「待て」と言って止めた。
アスタロトが振り向くと、ネビロスがニヤリと笑みを見せる。
「ついでにこの国にいる魔族どもを全員連れて行け。こんな獣臭い国はいらん。それから、サルガタナスだが、あいつは見つけたら殺せ。捜す必要は無いが、あの無能は俺の配下には必要無い」
「ほっほっほっ。爺使いが荒いな、ネビロス」
「気に入らないか?」
「いいや。気に入らぬなら、最初からお前に協力などせんさ」
「だろうな」
ネビロスがニヤリと笑みを浮かべて、アスタロトが今度こそこの場を去る。
「しかし、この体。妙に馴染む。くくくくっ。やっぱり俺こそが神の器だったと言う事か。あんな低俗な魔人の器では、本来の力を発揮出来ないわけだ。ああ、最高に気分が良い! 前世ではあいつのせいで俺の人生は散々だった。あいつの父親なんかが死んだせいで、あいつの父親の死とは全く無関係だったのにもかかわらず、それが原因でどれだけ俺が惨めな思いをしたことか。でも、それも終わりだ」
ネビロスが床に魔法陣を浮かび上がらせ、それが黒く光る柱を生み出す。
「この異世界を支配して、いずれはあの世界に行き、俺を自殺に追い詰めた連中ども諸共地球の人間全員を殺しにしてやる。後悔させてやるさ。あんな世界滅べば良い! 俺があの腐った世界を浄化してやるのさ。なあ? そうだろう? 聖英雄。俺の人生を台無しにした元凶。俺の元クラスメイト。貴様には絶望を味わわせてやるよ」
ネビロスはそう呟くと、黒く光る柱の中に入って行き、玉座の間から姿を消した。
こうして、俺達の知らない間に、物事は大きく変わった。
邪神の体はネビロスに乗っ取られ、魔族達のパワーバランスが崩れる。
そして、ネビロスが新たな邪神となる事で、魔族達の動きも大きく変わる。
だが、この時の俺達に、それを知る由は無かった。
◇
「音……?」
「うん。ずっとするよ、変な音。シャンシャンしてる」
「しゃんしゃん……」
時は戻って場所も変わって現在、ここは切り株の村タンバリン。
俺は今、フウラン姉妹に連れられてタンバリンに戻って来て、妹のみゆに「来た時からずっと音が鳴ってる」と聞かされたところだ。
尚、みゆはそんな音が鳴る中、ぐっすりと眠っていたらしい。
よく考えても見れば、みゆは俺の失踪事件でずっと寝ていなかったから、かなり眠気が凄かった様だ。
因みにみゆとフウラン姉妹の自己紹介は終わっている。
と言うか、ここに来るまでにフウラン姉妹にみゆの事を伝えておいた。
それから、ベルにフロアタムでの事を簡単に説明してある。
と言っても、害灰が消えていたから、ベルもフロアタムを奪還した事は察していたようだが。
さて、それはともかくとして、音とは? って感じである。
「ベルとフウラン姉妹は聞こえるか? 因みに俺は全く聞こえん」
「私も聞こえないの。でも、みゆちゃんはずっと聞こえるって言ってるよ」
「「私達も聞こえませんな~。何なんですかね?」」
「不思議だね~?」
「不思議だねって、あのな。って、みゆは昨日から寝てなかったんだろ? まだ疲れが溜まってるんじゃないか? それで幻聴が聞こえるとかさ」
「うん、ちょっと心配になっちゃうよね」
「えー。お兄ちゃんもべるお姉ちゃんも心配いらないよお。さっきまで寝てたもん。もう元気だよー」
「でもぉ……」
「「それにしても、巫女様とみゆちゃん凄い仲良しさんですね~」」
フウラン姉妹がそう言って、ベルとみゆをニコニコと見つめる。
確かにフウラン姉妹の言う通りで、既に二人は仲良しと言える雰囲気だった。
と言うか、みゆがベルにべったりとくっついて座っている。
「うん。べるお姉ちゃん大好き」
「えへへ。お話してたら凄く仲良しになれたの」
「良かったなあ、みゆ」
そう言ってみゆの頭を撫でると、みゆが嬉しそうに「うん」と頷いてニコニコと笑顔になった。
「「それじゃあ、フロアタムに戻りますか~」」
「あ、俺は先にピュネちゃんに報告に行くよ。宝鐘も貰わないとけいないしさ」
「それなら私も行くね。多分私がいないと取れないだろうし、巫女として、それくらいはちゃんと役目を勤めないとだもん」
「まあ、そうだよな。みゆはもう少しここで待ってるか?」
「わたしはふうお姉ちゃんとらんお姉ちゃんと一緒に、フロアタムって言う所に行きたい」
「マ……?」
「だってここ、ずっと音がするもん」
「ああ……。まあ、嫌だよな。二人とも、頼んでいいか?」
「「お任せあれ! 我等が英雄様の妹君を、宮殿までお届けしますぜ」」
フウラン姉妹が左右対称にポーズをとる。
それを見て、みゆは目をキラキラと輝かせた。
大丈夫そうだな。
と言うわけで、俺はフウラン姉妹にみゆを任せて、ベルと二人でピュネちゃんが待つ迷いの森のオンボロ小屋に行く事にした。
◇
「ごめん、ベル! 魔人ベレトを倒すのに俺だけの力じゃどうにもならなくて、ベルに持って帰る筈だった魔石の力を全部使っちまった!」
「え? 使ったって……ヒロくんが?」
「あ、ああ。絆の魔法でベルの魔力と同調して、光の属性を攻撃に付与したんだよ。でも、俺の実力不足で加減が出来なくて、魔石に入ってた魔力を全部使っちまったんだよ……。本当にごめん!」
オンボロ小屋に向かう途中、俺はベルに魔石の事を話して謝った。
だけど、ベルはと言うと全然気にしない様子で、それどころか何故か喜ばれる。
「私の……えへへ。なんだか嬉しいな。ありがとう、ヒロくん」
「え? で、でも、今のベルにとって、あの魔石は必要な物だったんだぞ? それを――」
「気にしないで。魔石とは言え、私の力がヒロくんの役に立てた事が嬉しいの」
「ベル……。ありがとう! 本当にあの魔石が無かったら、俺、絶対あいつに負けてた。ベルのおかげだよ」
「えへへ。そんな風に言われると、何だか照れちゃうね」
良かった。
素直にそう思った。
正直、凄い怒られるのを覚悟していて、いつ言いだそうか迷っていた。
それでも道中に言う事にしたのは、こう言う事は先延ばしにした方が、絶対に不味いと思ったからだ。
でも、そんな心配は全然いらなくて、寧ろ喜んでくれるなんてと、こっちが嬉しくなる。
本当にベルには感謝しかない。
そうしてその後は何の憂いも無く、ベルと一緒に、タンバリンを出てからの事を話して歩く。
祭壇スネアでの事に、地下迷路や地下通路での事。
それから王宮で、邪神の力で元の世界に一度戻った事。
だけど、こっちに戻って来る時に支払った俺の寿命の事は言わなかった。
きっとベルの事だから、それを言ったら絶対に悲しむ。
俺が勝手にやった事で、ベルに悲しい思いをさせたくなかった。
ベルは天使の存在に驚いていて、そっちに気を取られて寿命の事を何も言ってこなかったから、そこは正直助かった。
それからは、フロアタムにセイに連れて行ってもらった後の、魔人ベレトとの戦いの事を話した。
長老ダムルが既に死んでいた事を話すと、ベルはその時だけは、顔を俯かせて悲しい表情を見せていた。
そうして話しながら歩き、すっかり空も暗くなる頃に、俺とベルはピュネちゃんが待つオンボロ小屋に辿り着いた。
相変わらず屋根の上にある宝鐘は、星の光を浴びて輝いている。
「待ってましたよ~」
オンボロ小屋の目の前には、ピュネちゃんがのほほん顔で俺達を待っていた。
ベルはピュネちゃんの姿を見ると、小走りでピュネちゃんに近づいて抱きしめる。
俺はそんなベルを見ながら、のんびりした足取りで二人に近づいた。
「わざわざ小屋の外で待ってたのか?」
「うふふ。森の中に入って来たのが分かったので、早く二人に会いたくなっちゃいました~」
「ピュネちゃん」
ベルが感動して、また抱き付く。
女の子ってスキンシップ激しいなあ。なんて思いながら、俺はそれを微笑ましく眺める。
すると、そんな俺にピュネちゃんが微笑みながら話しかけてきた。
「ヒロさんは、何でこの森に魂が彷徨っているか、知っていますか?」
「え? それは宝鐘の音を聞いてじゃ……?」
「そうですね~。確かにそれもありますが、もっと別の理由があるんですよ」
「別の理由?」
俺は目を瞬きさせて、ベルに視線を向ける。
すると、ベルも知ら無かったようで、俺と同じ様に目を瞬かせて俺と目を合わせた。
「今日は綺麗な満月の夜ですね~」
「……?」
別の理由は? と思ったが、ピュネちゃんは説明する気が無いのか話題を変えて、俺もベルもそれ以上は聞かなかった。
そして、ピュネちゃんはのほほんとした顔でベルに視線を向けた。
「それでは、ベルちゃん。宝鐘を取っちゃってください」
「う、うん」
ベルが緊張した面持ちで頷いて、オンボロ小屋の屋根の上にジャンプした。
そして、宝鐘の前に立つと杖を構えて魔法の詠唱を始めて、宝鐘を中心にして大きな魔法陣が浮かび上がった。
俺がそれを見上げて眺めていると、ピュネちゃんが俺の隣に立って、ゆっくりと口を開いた。
「この迷いの森に魂が集まるのは、ここが“魂の帰路”だからです」
「魂の……帰路?」
「はい。この世界で死んだ者達の魂が集まる場所。そして、天に向かう通過点。それがここなんです」
「……だから、伝道師クンエイの魂がいたのか」
「その通りです。そして、今日は満月の夜。後少ししたら、素敵なものが見れますよ」
「素敵なもの……?」
驚いてピュネちゃんに視線を移すと、ピュネちゃんは「楽しみですね~」と微笑んだ。
満月の夜に素敵なもの……か。
っつうか今更だけど、この世界のアレも月って言うんだな。
なんて事を考えていた時だった。
魔法陣が輝いて、俺はそれに視線が釘づけになる。
宝鐘は宙に浮かび上がり、ベルの許までゆっくりと近づいて行く。
そして、ベルの胸の辺りに、宝鐘が入って行った。
宝鐘がベルの中に入ると、ベルの詠唱も丁度終わり、魔法陣も光の粒子となって消えていく。
ベルは屋根の上から俺に視線を向けて、大きく手を降った。
するとその時だ。
突然ベルの背後が光り、それは天へと向かって伸びていき、どこまでも続く光の柱へと姿を変えた。
俺は驚きながらも最初それを見て、さっきの続きだと思ったが、全くの別物だと直ぐに分かった。
ベルも俺と同じように驚いて、俺の側にやって来たからだ。
「な、何が起きてるの?」
「分からないけど……あ。もしかして」
ピュネちゃんに視線を向けると、ピュネちゃんは頷いた。
そして次の瞬間、天に伸びる光の柱が更に輝きを放ち、薄っすらと見える青白い光の塊が集まっていく。
「……魂の帰路」
俺は呟き、その幻想的で不思議な現象を眺めた。
青白い光の塊、それは、死んだ者の魂の光。
沢山の魂がこの場に現れて、それは光の柱に集まっていき、次々と光の柱の中を昇っていく。
不意に、俺の隣に立つベルが、光の柱を見上げながら涙を零した。
その涙に気づきベルの視線の先を追うと、そこには伝道師のクンエイとブールノ、そしてもう一人、知らない女性がベルを見ていた。
三人とも青白い薄っすらとした半透明の姿で、ベルに微笑んでいた。
「クンエイ、ブールノ、エミー……。私三人の分も頑張るからね」
ベルが呟き、そして、三人の魂は光の柱を昇っていった。
俺は何も言わず、ベルの隣で三人を見送った。
俺には三人との面識なんて全然無い。
それでも、俺はあの三人の伝道師たちの様に、命を賭けてベルを護ると三人に誓う。
オンボロ小屋の中心で、光り輝く柱に集う魂が天に昇る。
きっと、この中には魔族に殺された人の魂が沢山あるのだろう。
俺はこの光景を忘れない。
必ず魔族の長、邪神を封印してこの世界を救う。
俺の隣で沢山の涙を流し続け、魂を見送るベルの為に。
第2章終了
次回から幕間が何話か入って、その後に第3章です。
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