41話 王族として、父として
※今回は三人称視点のお話です。
魔人ネビロスが血管を額に浮かばせて、メレカに向かって走り出す。
メレカも魔銃を再び水の刃を持つ剣の形に変え、向かって来る魔人ネビロスを迎え撃つ。
そしてそんな中、ウルベは結界が割れたのと同時に、父である長老ダムルの許へ駆けだしていた。
「父さん! 父さんしっかり!」
「…………っぅ。く……っ。う、ウルベか…………」
「父さん! 良かった。はい、ウルベです。助けに戻ってきました」
「そうか……。無事で……良かった」
長老ダムルは随分と衰弱していたが、命に別状はない様でウルベは安心した。
しかし、今はまさに戦闘の真っ只中。
魔人ボフリに憑依している魔人ネビロスとメレカが戦っている。
ウルベは父の無事を確認すると、直ぐにメレカのサポートをしようと、普段は腰に提げている魔道具の一つである魔道書を開いた。
「ヒロ様が言っていた通り単純な頭で助かるわ」
「調子に乗るなよ!」
挑発を続けるメレカに対して、魔人ネビロスは激怒し、動きが益々単調になる。
魔人ネビロスの魔力は、以前の時と比べて魔力も高く動きも速かった。
だが、そのおかげで、メレカでも十分に戦える程になっていた。
しかし、それでも流石にギリギリなのは変わらない。
掠り程度だが何度も攻撃が命中し、少しずつだがダメージが蓄積されていた。
「ストーンカーペット!」
ウルベが魔法陣をこの部屋の床一面に展開し、魔法を唱えた。
すると次の瞬間、床には石の絨毯が現れる。
そしてそれは、魔人ネビロスの足に付着し、魔人ネビロスの足を固定した。
「――っ」
自分の立つ床が石の絨毯に姿を変え、己の足を固定されて、魔人ネビロスは驚きを見せ隙を生んだ。
そして、その隙をメレカは捉えて逃さない。
魔銃を元のライフル状の物へと戻し、銃口を魔人ネビロスの額に当てて、即座に文字通り零距離での水の弾丸を発砲した。
「がは……っ!」
零距離から撃たれた魔人ネビロスは、もちろんそれを避ける事が出来ずに脳を撃ち抜かれる。
そして、撃ち抜かれた額を中心に亀裂が走り、その亀裂から黒紫の光が溢れだす。
「この俺が……こんな格下に負け…………っ」
次の瞬間、魔人ネビロスは爆発して絶命した。
あまりにも呆気ない最後だったが、間違いなくメレカとウルベは勝利した。
しかし、これで終わりでは無い。
「――いるっ?」
メレカは魔力を探知出来るからこそ、部屋の中を漂う微かな魔力の塊に気がついた。
「ウルベ様、気を付けて下さい! 恐らくネビロスの魂が部屋の中に残留しています!」
「――何だって!?」
元々メレカは、魔人ネビロスをただ殺すだけでは、倒しきれないのではないかと考えていた。
何故なら、一度ヒロが殺していて、その上で復活したからだ。
邪神の力と言うのも考えたには考えたが、それなら他の魔族が復活してもおかしくは無い。
しかし、そんな事は五千年前の邪神との戦いが書かれた書物にも、予言にも残されていない。
初めて聞いた例外中の例外だった。
勿論ただ単純に書き残されても伝えられてもいない事かもしれないが、死んだ魔族が復活するなどと言う恐ろしい力が、何も残されずにいるとはどうしても思えなかった。
実際にメレカの考えは正しい方向へと向かい、その結果、魔人ネビロスを殺した後も警戒を怠らなかった。
そして、魔人ネビロスの魂が纏う魔力に気がついたのだ。
メレカは次に自分かウルベ、もしくは長老ダムルが憑依されると考えた。
しかし、その考えは幸いにも外れる。
「メレカさん! ネビロスの魂の位置は分かりますか!?」
ウルベが長老ダムルを護る為に側で立ち、周囲に警戒しながらメレカに尋ねた。
すると、メレカが魔銃の銃口を下に向けて、信じられないとでも言いたげな表情で呟く。
「……消えた?」
「消えた? どう言う事ですか?」
「分かりません。ですが、ネビロスの魂がこの部屋から出て行きました……」
「新しい魔族の体に憑依する為に何処かに行ったんでしょうか?」
「そう……なのでしょうか…………」
メレカがウルベの質問にそう呟いた次の瞬間、メレカとウルベに強烈な殺気が纏わりついた。
その殺気に反応して、二人は直ぐ殺気が放たれている方へ体を向けて、それぞれの武器を構える。
すると同時に、この部屋に魔人ベレトがゆっくりと歩きながら入って来た。
「いやはや、ネビロスにも困ったものである。まさかこんな小物どもに後れを取って殺されるとは。流石の吾輩も、この体たらくは予想外だった」
「ベレト……っ」
メレカは魔人ベレトに銃口を向ける。
しかし、発砲はしない。
いや、出来ない。
恐ろしく隙が無いのだ。
しかもそれだけでなく、魔銃を撃った瞬間に首を刈られる錯覚さえ感じていた。
しかしその時、長老ダムルがウルベの前にフラフラとした足取りで立った。
「逃げ……なさい…………」
長老ダムルは両腕を広げて二人に告げた。
だが、ウルベはそれを「出来ません!」と首を横に振って拒んだ。
そして魔道書のページを捲り、目の前に魔法陣を展開する。
「ストーンハンド!」
次の瞬間、石の絨毯から無数の石の手が出現して、それが魔人ベレトに向かって伸び襲う。
しかし、魔人ベレトはニヤリと笑みを浮かべて、リラックスした様子で燃え続ける尻尾を揺らめかせ、避けようともせずに右手の爪を天井に向けた。
「メタルクロウ」
魔人ベレトが魔法を唱えると、天井に向けていた爪を魔法陣が下から上へと通り過ぎ、通り過ぎた部位から鋼が爪を覆いだす。
それは、爪を覆い上乗せされた刃の爪。
長さ五十センチにも及ぶ凶器となって、ギラリと光る。
そして次の瞬間、魔人ベレトがそれを振るい、ウルベの放った魔法が全て切り刻まれてしまった。
切り刻まれた石の手が石の絨毯に落ちていく中、魔人ベレトは更に左手の爪にも同じ様に鋼の刃を作りだす。
「良い素材だ。利用させてもらおう」
魔人ベレトはそう言うと、今度は自分の足元の石の絨毯を斬り、蹴り上げる。
そして、宙に舞った石の絨毯に向かって跳躍。
「――っウォーターフォール!」
瞬間――メレカが目の前に滝を生み出し、それを突き破って魔人ベレトがメレカの喉元に鋼の爪を突き出した。
魔人ベレトは宙を舞った石の絨毯を踏み台にして、クラウチングスタートの要領で、メレカに向かって超スピードで跳躍したのだ。
しかし、メレカはそれを瞬時に見破り、防ぐ為に魔法で滝を生み出した。
結果としてメレカは魔人ベレトの攻撃を躱す事が出来た。
魔人ベレトが滝を突き破る際に生じたほんの少しの遅延で、なんとかそれを躱す余裕を生み出して、メレカは魔銃で自分の喉元を護りながらそれを寸でで躱したのだ。
「――メレカさん!」
「私の事は構わず長老様をお連――――っくぅ!」
魔人ベレトの攻撃は終わっていない。
メレカが寸でで避けた直後。
自分の名を呼んだウルベに叫んだと同時に、魔人ベレトの追い打ちから繰り出された爪撃を魔銃を盾にするように構えて、ギリギリそれを受け止めて弾き飛ばされる。
そして、数メートル先にあった部屋の壁に衝突して、壁をぶち破って廊下に転がり気を失う。
「吾輩を前に他の者に気を取られるとは、吾輩も甘く見られたものである。さて……」
メレカが気を失い、動揺するウルベに魔人ベレトが視線を向ける。
しかし、既にそこにはウルベの姿が無かった。
魔人ベレトが視線を向けるより先に、長老ダムルがウルベの手を掴み、中庭側にある壁穴に向かって走り出していたのだ。
「――父さん!? メレカさんが!」
「分かっている。だが、お前をここで死なすわけにはいかん! もうこの国に残されている王族は、儂とお前だけなのだ!」
「――っ!? 兄さんや姉さん達は……? ブルド兄さんやチーワはどうなったのですか!?」
「ブルドは殺され、チーワもアムドゥスキアスに連れて行かれた。恐らくもう……」
「そんな……」
「おいおい。吾輩から逃げられるとでも思っているのか?」
「「――っ!」」
ウルベと長老ダムルが中庭に出た直後、魔人ベレトが目の前に回り込んで立ちふさがる。
そして、その長い鋼の爪は、メレカの右足を突き刺していた。
魔人ベレトはメレカの右足、太ももを鋼の爪で突き刺して、そのままメレカを地面に引きずって現れたのだ。
「メレカさん!」
「こいつをお前達の目の前で殺そうと思っていたら、その間に逃げだすとは。ついうっかり殺さずに連れて来てしまったではないか」
「メレカさんを離せ!」
「不本意ながら望み通りにしてやろう」
魔人ベレトはそう言うと、メレカの足に突き刺した鋼の爪を勢いよく引いた。
結果、メレカの右足のふとももは突き刺されていたその部分から外側に向かって斬り裂かれ、メレカは痛みで目を覚まして悲鳴をあげる。
「あああああああああああっっっ!!」
「おや? 犬が無情な判断を吾輩に下すから、魚が痛い痛いと悲鳴を上げたではないか。可哀想に」
「貴様ああああああ!」
ウルベは長老ダムルが掴んだ手を無理矢理払い解き、魔道書のページを捲りながら、魔人ベレトに向かって走り出した。
そして、ウルベの目の前に魔法陣が展開され、ウルベが走りながらそれに右手で触れる。
「スティールハンマー!」
魔法陣から一メートル程の大きさを持つ鋼鉄の槌が飛び出して、ウルベはそれを掴み取って、魔人ベレトに向かって振るった。
しかし、魔人ベレトはそれをいとも簡単に鋼の爪で斬り裂いた。
「――――っ!?」
「愚かである」
次の瞬間、ウルベは鋼鉄の槌を持っていた右手から肘の間を切断され、蹴られて後方に吹っ飛んで転がった。
「うあああああああああああっっっ!」
ウルベは数十メートル転がって、停止した先で倒れながら、切り落とされた事で血が大量に流れ出している腕を押さえながら叫んだ。
「ウルベエエエエエ!」
「にゃっはっはっ! 実に脆い。そして判断も甘い。吾輩の鋼の爪と、お前の鉄の槌が同じ硬さなわけがないであろう」
長老ダムルがウルベに駆け寄り、魔人ベレトはウルベに向かってゆっくりと歩く。
「馬鹿者! 何故立ち向かったのだ!?」
「父さん! いや、国王! 貴方はこの国の長老、王だ! 民を護るのが王の勤めでしょう!? 確かにメレカさんは我が国の民じゃない! だけど! だからこそだ! メレカさんが関係の無い国のぼく等の為に体を張って護ってくれているのに、ぼく等がそれに応えないでどうすると言うのですか!? 全ての民を護る為に王が存在するのだと、いつも父さんが言っていたではありませんか!」
「しかし、儂は王の前にお前の父なのだ。息子であるお前を死なせたくは――」
「ふざけないで下さい! それなら父として、ぼくを正しい道へと導くべきだ! ぼく達の国は、このままでは民どころか手を差し伸べてくれた者すらをも見殺しにして滅ぶ惨めな国になる! ぼくはそんなのは嫌だ!」
ウルベは長老ダムルに叫ぶと、魔法で鉄を出現させて、切断された右腕の血を無理矢理止めて立ち上がる。
痛みが無いわけでは無い。
だが、ここで痛みに負け、泣き叫ぶだけで終わるわけにはいかなかった。
「兄さんや姉さんやチーワが死んだと言うのなら尚更だ。ぼくはこの国の王子として、最後まで王族の誇りを持って戦う!」
こんな絶体絶命な状況でも、ウルベの目は死んでいない。
寧ろ燃えたぎっていた。
その様子を見て、長老ダムルはもう言い返す事は出来なかった。
そして、右足を斬られ倒れていたメレカも、諦めてはいなかった。
「バレットウォーター!」
メレカは右足を斬られた為に立ち上がる事は出来なかった。
魔銃も先程気を失った通路に落としていて持っていない。
しかし、隠し持っている小杖を取り出して、魔人ベレトに向かって魔法を唱えた。
「スティールウェイブ!」
ウルベも無くなった右手の代わりを血を止めた右腕の鉄で補う様にして魔道書のページを捲り、魔人ベレトに向かって魔法を唱えた。
しかし、魔人ベレトは余裕の笑みを見せる。
「にゃっはっはっ! その心意気、ネビロスに見習わしてやりたいくらいである」
次の瞬間、メレカの魔法とウルベの魔法が同時に鋼の爪で斬り裂かれ、その直後にメレカの体が貫かれた。
「――――ごふっ」
メレカは血を吐き出して、それでも尚、魔人ベレトに小杖の先端を向けて魔法陣を展開する。
「まだ抵抗するか。気にいった。魚……いや、メレカといったな? お前を邪神様の所に連れて行き、魔族にしてやろう」
「ショットウォ―――っ!」
次の瞬間、メレカはベレトに蹴られ、そのまま再び気を失った。
ウルベが遅れて駆け出して、魔人ベレトが視線を向ける。
「犬は……いらないな」
「――っ!」
魔人ベレトは一瞬でウルベの背後に回り込み、ウルベの背中を殺すつもりで鋼の爪を振るった。
しかし、それはウルベの背中を斬り裂く事は無かった。
何故なら、その代わりが目の前に飛び出したからだ。
「――っ余計な事を!」
「――っ父さん!?」
「……がはっ。ウルベ……本当に…………たくましくなった……な」
魔人ベレトの鋼の爪は、ウルベでは無く長老ダムルを斬り裂いていた。
長老ダムルがウルベの背中を押して、身代わりになったのだ。
長老ダムルの体は斬り裂かれ、胴体が四つに分かれる。
それぞれ斬り裂かれ分かれた体は宙を舞い、地面に落ちた。
ウルベはその場で立ち止まり、地面に転がった長老ダムルと目を合わせ、動揺のあまり足の力を失って力無く膝から崩れた。
「父さん……っ。何で!?」
「すまない……ウルベ。お前の……言う通りだよ。……それでも、儂は…………お前に……お前……に、生きていて……ほし……い…………」
長老ダムルは最後にそう告げて息を引き取った。
「嘘だ! 嘘だ! こんな! 父さん! わああああああああああああっっっ!」




