31話 侵入
「嘘だろ? マジで逃げやがった……」
魔人サルガタナスのまさかの敵前逃亡に驚き、呆気にとられた俺は、その姿が見えなくなると思わず呟いた。
すると、メレカさんも小さく「ふう」と息を吐き出して、俺の言葉に続く。
「どうやらその様ですね。サルガタナスの魔力が遠ざかって、魔力探知の範囲外に行きました」
「にゃー。お腹痛いにゃー」
「君は油断しすぎだ、ナオ」
「「そうは言ってもウルベ様~。無理ないですよう。あの変な格好の魔族、姿が見えなかったんですよ~? 私達もまともに動けませんでしたし~」」
「それでもだ。それより、ミーナは一緒じゃないのか?」
「「あれ? ミーナさんってウルベ様と一緒にいると思ってました。別行動したんですか?」」
「いや、ミーナとは地下迷路に入って、直ぐに魔族の罠にハマって別れてしまったんだ。でも、それなら何でミーナはまだ来てないんだ? ミーナなら一人でも地下迷路を抜けられる筈なのに……」
「にゃー? そう言えば、ニャーは姉様と魔力探知でフウフウとランランを見つけて結構前に合流したけど、ミナミナの魔力は探知できなかったにゃ」
「本当か!?」
「はい。と言いましても、地下迷路に張り巡らされていた罠に魔力が宿っていた為、上手く探知出来る状態ではありませんでした。実際にウルベ様とヒロ様の魔力は近づくまで分かりませんでしたし、恐らくミーナもそれで分からないだけだと思いますが……」
メレカさんがウルベの質問に答えると、流石に状況が状況だからかウルベもあがって緊張するなんて事も無く、真剣な面持ちで「そうですか」と呟いた。
そして、真剣な面持ちのまま俺に顔を向けて、目をかち合わせる。
「……ヒロ、ミーナを置いて先に進もう」
「いいのか?」
「サルガタナスにぼく達の存在が知られて逃げられたんだ。早く行動しないと、ここに魔族が押し寄せてくるかもしれないからね」
「「ウルベ様の意見に賛成でーす」」
「私も同意です。ミーナの事は気になりますが、今は先に進むべきです」
「それがいいにゃ。さっさと王宮に行って、魔族を倒すにゃ」
「……分かった。ウルベの言う通り、先に進もう」
ミーナさんの事は気になったが、この中で誰よりも心配だろうウルベの提案に賛成する事にした。
それに、ヴィーヴルやサルガタナス一味の様子から考えると、ミーナさんに何かあったと言う風には思えない。
不安ではあるが、無事だと信じる事にした。
◇
それなりに長い通路を歩き続けると、漸くそれが終わり、階段の目の前までやって来た。
一応王宮に着いた後の事は、予めここに来る前に話し合いはしてある。
しかし、やはりと言うべきか、結構な長さのある階段。
それを見て、これを今から登るのかと、俺は少しだけ肩を落とした。
だが、どうやら俺の心配は取り越し苦労だった様だ。
「フウ、ラン、頼む」
ウルベがフウラン姉妹にそう言うと、フウラン姉妹が風の魔法を発動して、俺達の体が宙に浮かぶ。
「おわっ! 浮いた!」
「「へいへーい。兄ちゃん、舌だけ噛まない様に気を付けな~」」
フウラン姉妹が左右対称にポーズをとってドヤ顔になり、次の瞬間、俺達は勢いよく階段の上を飛翔した。
その速度は凄まじく、まるで自分が鳥になったかの様な錯覚を覚える程。
そして、あっという間に上まで到着して、勢いあまって階段の上を塞いでいた天井の扉をぶち破った。
「――っいった! って、おい! 流石にこの侵入の仕方は不味いだろ!」
「「ありゃりゃ。調子に乗っちまったぜい。めんごー」」
「三人とも静かに」
続けて飛び出したメレカさんに手で口を押さえられ、ついでに頭を掴まれて下に押されてしゃがまされる。
すると、それと同時に扉が開く音が聞こえた。
「…………」
俺はメレカさんに口を手で押さえられながら、周囲を確認する。
飛び出した先は大きな寝室の中だったようで、俺が今いるのは、その寝室にある大きなベッドの横だった。
そうして確認していると、扉が閉まる音が聞こえて、そこで漸くメレカさんが俺の口から手を離した。
「出たのがベッドで見えなくなっている場所で助かりましたね」
「そうだな。っつうか、ありがとな」
「いえ。それより……」
メレカさんが別の場所に隠れていたらしいフウラン姉妹を睨む。
すると、フウラン姉妹は流石に反省したのか、無言で謝罪のポーズをしていた。
勿論左右対称で。
「さっきの人は操られてたにゃ?」
ナオが俺の背後から顔を出して尋ねると、それにはその後ろに立っていたウルベが答える。
「ああ。奴等に彼が操られる所を見た事がある。恐らく見回りをしている様だけど……」
「「もしかして、地下通路の出入口の場所が知られてないんですかね~?」」
「いや。王族が操られている以上それは無いだろうね。どちらかと言うと、知っているからこそ見回りに来たと考えるべきだ」
「どっちにしろ、まだここに来たってのはバレてないんだろ? だったら、さっさとここを出て二手に別れようぜ」
「そうだね。皆、各自気を付けてくれ」
「「ラジャーで~す」」
「それじゃあ先に行って来るにゃ」
ナオとフウラン姉妹はそれぞれ返事をすると、扉から……では無く、窓を開けて出て行った。
その様子に俺は呆気にとられて見送ると、メレカさんに「ヒロ様」と声をかけられる。
「王宮内に邪神がいます」
「――っ! マジか……?」
「はい。この邪悪な魔力は間違いありません。あの日、封印の儀式の間で復活した邪神のものです」
「って事は、ウルベの言う通り、ここには邪神がいるって事だな」
「ヒロ、予定通り君はメレカさんを連れて邪神の許に向かってくれ。ぼくはメレカさんの魔銃を取りに行って来る」
「あ、ああ、その事なんだが、実は――」
「ヒロ様? どう言う事ですか?」
ウルベの話を聞いて、メレカさんが俺を鋭い目つきで睨む。
そのあまりにも怖い視線に、俺は思わず口を噤んだ。
ウルベもウルベで、メレカさんの鋭い眼光に当てられたのか、尻尾を垂れ下げて顔を青ざめさせてしまっていた。
メレカさん目力ヤベえ。
相変わらず怖すぎだろ。
「ヒロ様?」
「え、えっとだな。俺としては、メレカさんとウルベの二人で魔銃を取りに行ってほしいなあなんて思っていたわけで」
「却下です」
「いやでも、ほら? 危ないだろ?」
「でしたら、尚の事却下です。三人で取りに行きます。異論は認めません」
「だ、だけどだな。今は一刻の猶予も無い状況かもしれないだろ? もし魔銃を取りに行ってる間に、それがバレて捕まってるウルベの家族が人質になりでもしたら大変だろ?」
「何を馬鹿な事を言ってるのですか? もうその段階は終わっています。魔族に我々の行動を知られようと知られなかろうと、魂を操られている以上関係ありません」
「ま、待って下さい、メレカさん。それにヒロも話が違うじゃないか。邪神がいる以上、少なくとも邪神を足止めする役目が必要です。だから、ぼくはそれをメレカさんとヒロに任せるつもりです」
「お言葉ですが、ウルベ様をお一人で行動させて、危険にさらす事は出来ません。貴方はこの国を背負う王族の一人です。ご自分のお立場をご理解していらっしゃらないのですか? 本来であればウルベ様も姫様と一緒にタンバリンで残るべきだったのですよ? 今回はフロアタムを救う目的の為、ウルベ様のお力が必要だったから同行に目をつぶったのです」
「そ、それは……」
「お二人の仰りたい事はよく分かりました。ですが、両方とも却下です。ウルベ様がお一人で行動されるのも許可出来ませんし、ヒロ様をお一人で死地に向かわせるわけにもいきません」
「死地って……。いや、まあ、そうだろうけどさあ。俺を信じてくれよ」
「自己犠牲をしようとしている人間をどう信じろと?」
「う……っ」
ぐうの音も出ねえ。
因みに、ウルベは俺より先に言い負かされてしまったせいで凹んでいる。
尻尾だけでなく耳も垂れていた。
「差し出がましくも無礼な言葉の数々をお許しください。ですが、ここは三人で協力するべき時です」
「まあ、最初はその予定だったし、予定通りにするか。ウルベもそれで良いよな?」
「ヒロ……。ああ、そうだね。三人で行こう」
「ヒロ様、ウルベ様、ありがとうございます」
「よし。そうと決まったら、さっさと行こうぜ。ウルベ、案内を頼む」
「ああ。分かった」
「では、私は周囲の魔力の動きを警戒します。状況によっては余計な戦闘を避けましょう」
「はい。メレカさん、お願いします」
少しもめてしまったが、何はともあれ俺達も作戦開始だ。
ウルベの道案内と、メレカさんの魔力探知。
俺は念の為に魔力の流れを目で見ながら進んで行く。
そして、これが意外にも良い方向に進んでいった。
正直、メレカさんには感謝しないとだ。
途中で何度か見張りがいたが、それはメレカさんの魔力探知で先に発見できて隠れる事が出来たし、俺も幾つか王宮に張り巡らされた罠を発見した。
罠は魔力の感じからすると、恐らくサルガタナスの仕掛けたものだ。
メレカさんが言うには、この王宮内にサルガタナスの魔力は感じられないみたいだが、罠だけは残して行きやがった様だ。
と言っても、罠の数自体はそれほど多くなく、仕掛けられた場所を魔力の流れを見れば問題無かった。
そうして遠回りしながらも進んで行き、俺達はメレカさんの魔銃が保管されている宝物庫へとやって来た。




