30話 二度ある事は三度ある
迫り来る猛毒の鱗粉に、急に飛び出すサルガタナスの罠。
王宮へと続く地下通路の一本道を走り、それ等から逃げ避けながら、俺はウルベを担いで走り続ける。
せめて猛毒の鱗粉だけでも追って来なければ、ウルベを地面に寝かせて戦う事が出来るが、そうじゃない以上は逃げ続けるしか出来無い状況。
くそっ。
このまま逃げ続けても、王宮に出て絶対状況が悪くなるよな。
どうにかしねえと。
とは言え、正直言ってどうにもならない。
打開策が見つからない。
だってのに、更に状況は悪化する。
「食らってやるぜ!」
「――っ!?」
猛毒の鱗粉から高速でライオンが飛び出し、その素早い動きで一瞬で俺の目の前に回りこみ、大口開けて俺の顔面目掛けて飛び込んで来やがった。
「っぶねえ!」
寸ででライオンの噛みつきを避け走り続ける。
「このノロマ! マレファル! お前は動きが速いのだけが取り柄なんだ! しっかり狙え!」
「す、すみません、サルガタナス様!」
こっちは必死で逃げてるってのに、サルガタナス達は呑気に会話しながら猛毒の鱗粉の中を追いかけて来ていやがる。
だけどそんな時だ。
「……ん…………んんっ。ここは……?」
ウルベが目を覚まし、声を上げた。
「――っウルベ! 起きたのか!?」
「あ、ああ。って、これはどう言う状況なんだ!?」
「とりあえず降ろすぞ! 走れるか!?」
「問題無い。降ろしてくれ」
ウルベを降ろして、漸く反撃が出来る状態になる。
と言っても、逃げるのはやめない。
ウルベと一緒に走りながら……と思ったら、ウルベが立ち止まって後ろに振り向いた。
「――ウルベ!?」
「状況は分からないが、アレを防ぐ」
ウルベが猛毒の鱗粉に向かって手をかざし、魔法陣を浮かび上がらせる。
「スティールウォール」
瞬間――魔法陣が茶色く淡い光りを放ち、同時に鉄の壁が床から上に伸びて現れた。
猛毒の鱗粉は鉄の壁で完全に遮断され、俺は驚きながら、罠に気を付けつつウルベに近づいた。
「すげえな」
「いや、あまり時間は稼げないだろう。手短に現状を聞かせてくれるかい?」
「そうだな」
そう言って頷くと、丁度その時に鉄で出来た壁が向こう側から叩かれたのか、大きな音を上げて少し押し出される様にでっぱりが出来る。
それを見て、俺は直ぐにウルベに状況を簡潔に説明した。
すると、丁度説明を終えた直後に鉄の壁が破壊されて、そこから猛毒の鱗粉が再び俺達に迫り出した。
更に面倒な事に、牛頭の魔人マラクスが目を覚ましてしまったらしく、猛毒の鱗粉の中からライオンと一緒に飛び出して現れた。
「ヒロ、あの毒が魔法だと言うなら、君の絆の魔法であれば効かないはずだ! ぼくに構わず戦ってくれ! ぼくは自分の身は自分で護れる! さっきみたいな失敗はしない!」
「絆の魔法で毒を……成る程な。やってやらあ!」
魔力を集中。
同時に、俺に向かってきたライオンにまず拳を振るう。
が、振るった直後に矢が目の前に接近していた事に気がついて、咄嗟にそれを避ける。
すると同時に、背後に回っていたマラクスに背中を殴られた。
「――っが」
かなりの威力のある攻撃だったが、毒に備えて全身を魔力でコーティングしていたおかげで、声を漏らす程度の激痛で治まる。
しかし、追い打ちをかける様に、ライオンが俺へ噛みつこうと迫って来た。
「ストーンシールド!」
ライオンに噛みつかれそうになる寸でのところで、ウルベが石の盾を魔法で出して、それをライオンに当てた。
おかげでライオンは石の盾を横腹に食らい、バランスを崩して、俺に噛みつく前に軌道が外れて空を噛む。
だが、安心は出来ない。
続いて、目の前にサルガタナスが接近した。
返り討ちにしてやる!
目の前に接近したサルガタナスに向かって、思いっきり拳を振るう。
「ヒロ! それは偽物だ! そこから離れろ!」
「――なっ」
ウルベの声に拳を止め、そして次の瞬間、破裂音と共にあらゆる方向から釘の様な鉄の針が飛んできた。
針を見て、俺は直ぐに理解した。
いつの間にかバスケットボールサイズの球体に囲まれていたのだ。
しかも今回は、目の前の偽物のサルガタナスまでが破裂して、鉄の針を飛ばしてきた。
破裂したら針を飛ばしてくるコレに、いい加減嫌気を覚えながら俺は全身を硬化させる。
「さっきの恨みだ!」
マラクスが急接近し、俺に向かって拳を振り上げる。
だが、こっちにとっては好都合だった。
「ありがてえ!」
「――っ!?」
俺は屈んでマラクスの腹に頭から突っ込んで、鉄の針から身を守る為の壁代わりにした。
「うぎゃああああああああ!!」
マラクスに鉄の針が命中し、俺は叫ぶマラクスをそのまま蹴り飛ばして、サルガタナスに返却。
すると、血管を額に浮かばせて「役に立たないね!」と、サルガタナスが返却してやったマラクスを殴って床に沈めた。
マラクスは再び気絶したのか、ピクリとも動かなくなった。
「スティールウェイブ」
不意にウルベの声が聞こえて振り向くと、ウルベを中心に鉄の波が周囲に広がっていき、それは俺の所までやって来た。
俺は慌ててそれをジャンプして躱して、ウルベの側で着地する。
「なあ、危なかったんだが?」
「君なら大丈夫だろうと思っていた。それに、今ので魔従マレファルを始末したよ」
「魔従マレファル……?」
言われて視線を向けると、ライオンが鉄の波に呑み込まれて、兎の尻尾だけ出して床に埋まっていた。
思わずその姿に笑いそうになるが、今はそれどころでも無い。
しかし、魔族は死ぬ時に爆発したり骨だけ残して溶けたりする特徴があるみたいだが、兎の尻尾が残ってるって事は、あのライオンはあんな状態でまだ生きてるって事なんだろう。
そう思うと、すげえな。と、感心してしまいそうだ。
「どいつもこいつも役に立たない連中だね!」
サルガタナスは怒ってるようだが、俺から言わせてもらえば、当然の結果だろって感じに思える。
何故なら、マラクスもライオンも元々気絶していた奴等だ。
目を覚まして直ぐに戦えとか、どう考えたって本領は発揮できないだろう。
実際、さっきのマラクスは気絶する前より動きも鈍かった。
病み上がりで運動しろって言ってるようなもんだ。
部下の扱い方が、完全にブラック企業のそれ。
まあ、魔族相手に同情なんてしないがな。
「こうなったら直接オイラが手を下してや――――っ何だいこれは!?」
それは突然だった。
サルガタナスが話している途中で、突然、空の見えないこの地下通路に雨が降り出した。
しかもそれは豪雨で、一瞬にして周囲に漂う猛毒の鱗粉が床に流れていく。
「先手必勝! ファングフレイムにゃ!」
「「エアキャノン!」」
瞬間――サルガタナスとオライが同時に魔法の攻撃を受けた。
サルガタナスは虎の顔をした炎を食らい、オライは圧縮された空気の砲弾を食らい、二人の魔族は数メートル吹っ飛んで壁に激突する。
「ヒイロ! 無事にゃー?」
「ナオ、油断しないで。敵は魔人よ。あの程度で倒せる相手では無いわ」
「「いえーい! さっきの借りを返してやったんだぜい!」」
「ナオ! それにメレカさんとフウとランも一緒か!」
そう。
サルガタナスとオライに攻撃をしたのは、ナオとフウラン姉妹。
二人は雨に驚いていたサルガタナスとオライに近づいて、不意打ちでゼロ距離から魔法を放ったのだ。
そして、雨を降らせて猛毒の鱗粉を止めたのはメレカさんだった。
不意打ちは見事に成功して、オライは壁にもたれかかる様に倒れて気絶した。
しかし、サルガタナスはそうはならなかった。
「もう本気で怒ったよ。よくもやってくれたね!」
壁に激突して倒れたサルガタナスが立ち上がり、殺気を全身から放ってナオに視線を向けて、右手で自分の頬に触れた。
すると次の瞬間、サルガタナスの姿が消えた。
「――っ消えた!? また消える系の力かよ!」
メレオンとグラシャ=ラボラスに続いて三人目。
二度ある事は三度あるって言う言葉はあるが、こんな厄介な力の三度目は勘弁願いたい。
「まずはお前だよ!」
サルガタナスの声が聞こえたと思った次の瞬間、ナオが吹っ飛んだ。
「――っ」
「ナオ!」
「「エアクッション」」
フウラン姉妹がナオの吹っ飛ぶ先に、空気のクッションを魔法で放って受け止めた。
それのおかげで床に転がる事なく、ナオは空気のクッションの上で咳き込んでお腹を押さえるにとどまった。
「ヒロ、魔力を見る目と言うので、奴の居場所は分からないか?」
「そうか! やってみる!」
ウルベのアドバイスで直ぐに魔力を視認する様に集中する。
すると、サルガタナスを纏う桁外れの魔力が確認できた。
サルガタナスは今度はメレカさんに向かっていて、俺は急いでサルガタナスの後を追う。
「メレカさん! そっちにサルガタナスが向かってる!」
俺が叫んで伝えると、メレカさんが手を前にかざして、魔法陣を目の前に浮かび上がらせた。
メレカさんの目は真剣で、どう見ても逃げずに立ち向かう目をしていた。
見えない相手に……って、あ。
そうか。
メレカさんは魔力を探知出来るから、だいたいの場所は分かるのか!?
「ウォーターフォール」
メレカさんが魔法を唱えた次の瞬間、メレカさんの目の前に滝が出来上がる。
それは終わる事なく溢れ続け、大量の水が下に流れていく滝そのもの。
流石と言うべきか、それは完璧なタイミングで、サルガタナスが滝に呑み込まれて動きが鈍くなる。
そしてその隙に、俺は一気にサルガタナスとの距離を詰めて、回り込んで思いっきり顔面を吹き飛ばすイメージで殴り飛ばした。
「ぐえっっ……!」
サルガタナスは俺の攻撃を受けると、後転するかの様に床を転がっていき、数十メートル先で仰向けに倒れた。
しかし、止めには届いていない。
かなり本気で殴り飛ばしたが、それは決定打には届いていなかった。
サルガタナスは俺が殴った左頬をさすりながら、消えていた姿を現して立ち上がり、口から血を垂らしながら俺を睨んだ。
「流石にオイラ一人で、英雄をいれてのこの人数は不利だね」
「だったらどうするんだ? 逃げるのか?」
「その通り逃げるんだよ」
「……マ?」
正直な所、挑発するつもりで言った“逃げるのか?”が肯定されるとは思わなくて、俺は驚いた。
今まで戦ってきた魔族は、絶対に逃げるなんて選択はしてこなかった。
まあ、勝てると思っているからと言うのもあるかもしれないが、ここまであっさりと引き際を見極める奴なんて初めてだった。
そして、そのあまりにも潔いサルガタナスの判断に油断した俺は、逃げる隙を与えてしまう。
サルガタナスは再び姿を消して、もの凄い速度で仲間の魔族二人と一匹を回収して、ヴィーヴルの様に穴を掘って逃げて行った。
それはもう本当に見事なまでに早く、気付いた時には、既に最後の一人を抱えて穴を掘り出した時だった。
おかげで止める事も出来ず、サルガタナスを逃がしてしまった。




