25話 地下迷路攻防戦 その3
※今回はフウラン姉妹の三人称視点のお話がメインです。
話は少し遡り、魔人ヴィーヴルがヒロを追いかけて穴に入った直後。
魔人ヴィーブルは魔人サルガタナスがヒロに攻撃を仕掛けているのを見つけて、サルガタナスを尻尾で巻き付き捕らえていた。
「ねえ? サルガタナスちゃ~ん。うちのダーリンを襲ってたみたいだけど、理由を聞かせてもらえる?」
「ヴィ、ヴィーヴル!? 何でお前が!? おいおい、オイラの部下マラクスと共闘するって話だっただろ!?」
「ねえ? うちは理由を聞いてるんだけど?」
魔人ヴィーヴルが魔人サルガタナスを睨みつけて、尻尾の巻き付く力を強める。
「……ぅっぐぁ……っ! ま、待ってくっ……れ……しゃ、喋る……っ!」
魔人ヴィーヴルは微笑し、巻き付く力を弱くした。
魔人サルガタナスは汗を大量に流しながら、肩で息をして言葉を続ける。
「あ、アイツは人間共の言い伝えに出てくる英雄だ。殺しても問題無いんだよ。オイラは魔族として、当然の事をしていたのさ。だから早く離してくれ。今オイラの人形に、アイツを見失わ――」
「理由になってないな~?」
「――何だって?」
「ねえ、サルガタナスちゃん。こんな所で死にたくないでしょう? だったら、今直ぐ部下を連れてお家に帰りなさい。もし、うちのダーリンに酷い事したら、部下もろとも食べてあげる」
魔人サルガタナスは顔を真っ青にさせて震えあがった。
そして、魔人ヴィーヴルは魔人サルガタナスを解放して、微笑して一言加える。
「分かった?」
「はい!」
魔人サルガタナスは返事をすると、大慌てで走り出した。
そして、それを魔人ヴィーヴルが見つめながら微笑して呟く。
「これで馬鹿な邪魔者はいなくなったわね。アスタロト様もここにはいないし、うふ。待っててね、ダーリン。今直ぐ貴方のヴィーヴルが会いに行くわ~♪」
◇
時は戻って所も変わってフウラン姉妹。
二人は魔人オライとの戦闘を開始していた。
ナオとメレカの姿は無い。
二人は突然崩れた床から落ちて、それ以降戻って来ていなかった。
勿論二人の事をフウラン姉妹は心配したが、その事に構っている余裕は無い。
魔人オライの扱う魔法は、フウラン姉妹と同じ風の魔法。
しかし、フウラン姉妹の使う風の魔法と比べて、一癖も二癖もある厄介な魔法だった。
「ポイズンスケールス」
「姉さん! また来た!」
「こんな狭い所で何発も使わないでほしいね!」
魔人オライが放った魔法は風属性上位【毒蛾魔法】だ。
本来の風属性上位であれば【嵐】もしくは【雷】となるが、魔族に至ってはそれが当てはまらない。
そして、この毒蛾魔法は、この狭い通路ではかなり脅威なものだった。
魔人オライが放った魔法ポイズンスケールスは、まさにその脅威を存分に発揮していた。
魔人オライを中心にして地面に紫の色をした魔法陣が展開され、その魔法陣方猛毒の鱗粉が通路に放出さていく。
放出される猛毒の鱗粉の速度は異常で、まるで台風の様に勢いよく通路に充満していった。
フウラン姉妹は猛毒の鱗粉を吸わない様に、魔人オライから離れて距離をとる。
だが、最悪の事態が起こった。
「ラン!?」
ほんの少し、そう、ほんの少しだけランは逃げ遅れてしまった。
ランは距離を置く時に、鱗粉を吸ってしまい、距離をとっている途中で血反吐を吐いて倒れてしまった。
フウは急いでランに近づき、迫る猛毒の鱗粉から逃れる為に、気絶してしまったランを担いで急いで飛翔する。
「まずは一羽と言った所でしょうか?」
魔人オライが弓を構えて、逃げるフウを捉える。
「ついでにもう一羽も仕留めておきましょう」
魔人オライの構えた弓から矢が放たれる。
状況は最悪だった。
フウはランを担いでいる為、その矢を剣で斬り払う余裕が無かった。
しかも矢の速度はもの凄く速く、一瞬でフウの許まで飛翔する。
「させ……な――ゲホッゲホッ」
矢がフウを射抜こうと直ぐそこまで飛来した直前だった。
ランが目を覚まし、血反吐を吐きながらも、向かって来る矢に向けて手をかざして魔法陣を展開。
「エアアアッキャノン!」
瞬間――魔法陣から空気の砲弾が発射され、矢を吹き飛ばし、そのまま勢いよく魔人オライ目掛けて飛翔した。
「私の魔法を受けて生きているとは、中々面白いですね」
魔人オライが空気の砲弾を片手で掃い、再び弓を構えた。
「ラン、無理しないで!」
「姉さん、ごめん。でも、今はそんな事を言ってる場合じゃない」
魔人オライが矢を放つ。
しかも、今度は先程とは違い、矢には紫色の毒の鱗粉が纏わりついていた。
更に、最悪な事にそれは一本では済まされない。
魔人オライが放った矢は数えきれない程の量で、通路を塞ぐ様にして放たれた。
まるで壁が押し寄せてくる様な感覚に襲われ、フウラン姉妹は逃げ場を失う。
それを見て、フウラン姉妹は通路の壁に向けて魔法陣を展開し、全力で魔法を放つ。
「「ウィンドサークル!」」
円形の風の刃が壁を斬り裂き、もう一つの通路が現れた。
そして、フウがランを担いだまま、急いで現れた通路に飛び込む。
次の瞬間、フウラン姉妹が先程まで立っていた場所を、大量の矢が通り過ぎる。
「ゲホッゲホッ……」
「ラン!」
血反吐を吐くランを床に降ろし、フウは屈んでランの手を握った。
「姉さん……。私の事はいいから……ゲホッゲホッ」
ランの容体は悪化する一方だった。
気がつけば、指先や頬が少しずつ紫色に変色している。
そんなランの姿に、フウは焦る気持ちを抑えながら立ち上がった。
「ラン、絶対助けてあげるから」
「姉……さん…………」
フウは魔人オライがいる通路に戻り、体勢を低くして剣を構える。
魔人オライは先程と同じ場所で弓を構えて、出て来たフウを見てニヤリと笑った。
「ポイズンスケールス」
次の瞬間、またしても毒の鱗粉が周囲に撒かれ、通路には猛毒が蔓延する。
しかし、フウは逃げるどころか、猛毒の鱗粉に囲まれた魔人オライに向かって飛翔した。
「全力でいく!」
「――っ!?」
魔人オライはフウの行動に驚いた。
何故なら、猛毒の鱗粉に囲まれている自分に向かって、フウが飛び込んで来たからだ。
驚き狼狽えた魔人オライは隙を生みだし、フウはその隙を逃さない。
「ディスターバンスカット!」
フウの剣が魔力を持つ風を纏い、フウはそれを風の刃にして、魔人オライに向かって連続で放つ。
「ちっ」
魔人オライは舌打ちをして、フウが放った風の刃を避ける動作に入った。
だが、それはフウの計算通りの行動だった。
フウは飛ぶ速度を加速して、魔人オライが避けた先に先回りした。
計算通りの流れに、フウは「いける!」と心の中で勝利を確信した。
そして、フウの間合いに魔人オライが入り、胴体を狙って剣を振るう。
「スラ――」
「――しまった!?」
「――げほっ……っ」
それは、ほんの僅かな差だった。
フウの剣は魔人オライの胴体に届いていた。
しかし、フウの体が猛毒の侵食に耐えきれなくなってしまい、斬るまでには至らなかったのだ。
だが、それは当然だと言えるだろう。
魔人オライに近づき魔法の呪文を唱えた時点で、フウは大量の猛毒を吸っていた。
今まで動けていたのは、ランが猛毒で死んでしまう前に、何としてでも魔人オライを倒すという確固たる意志があったからだ。
フウは血反吐を吐いてその場で止まり、床に膝をつく。
意識は朦朧として、全身の力が入らない。
「どうやら、私の勝ちの様ですね」
魔人オライがフウを蹴り飛ばし、フウは床を転がって、力無く倒れて気絶してしまった。
「念の為、近づくのはやめておきましょう。このまま死ぬ様子を眺め――」
「オライ」
不意に背後から名前を呼ばれて、魔人オライはその声に驚き振り向いた。
「――っ! サルガタナス様!?」
背後に立っていたのは、顔を真っ青にさせた魔人サルガタナス。
魔人オライからすれば、英雄であるヒロを始末しに行っている筈の自分の上官。
その魔人サルガタナスが何故かここにいて、しかも顔を青ざめさせて、こっちに歩いて来ている。
その様子に、魔人オライは只ならぬものを感じて、緊張で額に汗を流した。
「ど、どうなされたのですか? サルガタナス様は穴に落ちた英雄を――」
「状況が変わったんだよ! 今直ぐ他の連中も連れて王宮に戻るよ! それと、そこでくたばりかけている獣人の毒を解除しろ!」
「な、何があったというのですか!?」
本来であれば、自分の上官にあたる魔人サルガタナスの命令に口出しなど許されない行為。
しかし、魔人オライは魔人サルガタナスの言葉にあまりにも驚いてしまい、思わず聞き返してしまった。
しかし、魔人サルガタナスも焦っているから気にしない。
歯をギリギリと歯軋りで軋ませて、魔人オライの質問に答える。
「ヴィーヴルだよ! 英雄があの女のお気に入りみたいなんだ! あの女を怒らせたら危険だ! オイラ達なんて直ぐに食われちまう!」
「ヴィ、ヴィーヴル様が…………」
「いいから早くしろ! もし英雄の仲間を殺したりなんかしてみろ! あの女のお気に入りの仲間だぞ!? 今度はオイラ達が殺される!」
「しょ、承知いたしました!」
魔人オライはフウと、離れた場所で猛毒の侵食が本格化してしまっているランの毒を解除した。
そして、魔人サルガタナスと魔人オライは、魔人マラクスの捜索を開始するのであった。
◇
「姉さん! 姉さん!」
「ラン……?」
フウはゆっくりと瞼を開けて目を覚ます。
目の前に映るのは、自分より先に猛毒に侵されてしまった妹のラン。
猛毒に侵され、紫色に染まりだしていた筈のランの顔はすっかりよくなっていて、フウは驚いた。
でも、それだけじゃない。
フウ自身も猛毒を受けたにもかかわらず、全く苦しくも体が重くもなく、寧ろ体は絶好調で体が軽くすら感じていた。
「良かった!」
ランがフウを抱きしめて涙を流す。
フウはランを抱きしめ返して、ランの頭を優しく撫でた。
そして、フウはいつもの口調に戻ってランに訊ねる。
「ねえ、ラン。何があったか分かるか~い?」
「何がって、姉さんが魔人を倒して私を助けてくれたんでしょ?」
「え?」
「え?」
「「え?」」
二人は同時に声を上げて、頭にクエスチョンマークを浮かべて左右対称に首を傾げた。




