24話 地下迷路攻防戦 その2
※今回はナオとメレカとフウラン姉妹がメインの三人称視点のお話です。
「ヒイロ!?」
「ヒロ様!?」
話は少し遡り、ヒロが突然現れた落とし穴に落ちていった直後。
ナオとメレカがヒロの名を呼んで直ぐに、間髪入れずに牛頭の魔人マラクスが巨大な斧を横に振るい斬撃を飛ばした。
ナオとメレカはそれを避けて武器を構えた。
「ナオ、きっとヒロ様は心配せずとも、ご自身で窮地を乗り越えるわ。今は目の前の魔族を倒すわよ」
「わかったにゃ!」
ナオは返事をすると、姿勢を低くして足に魔力を溜める。
メレカは小杖にトリガーの様なものを水で作りだして、小杖をライフルを構える様に持つ。
フウラン姉妹は宙を飛んだ。
「「英雄様は我々にお任――っ!?」」
フウラン姉妹が、ヒロが落ちた穴に向かおうとしたその時、鈍く強い鈍器で殴られた様な衝撃が、フウラン姉妹の二人を襲った。
二人は横に吹っ飛び、そのまま壁に衝突。
二人が衝突した壁は崩れ落ちて、瓦礫と砂煙が通路に舞った。
そして、フウラン姉妹はそのまま瓦礫の上に倒れてしまった。
「フウ! ラン!」
「なん――にゃ!?」
ナオは振り向き、そして、目を見開いて驚いた。
「はあ~あー。アスタロト様ってば~、こーんなつまんないお仕事をウチに頼まないでほしいわよね~」
ナオとフウラン姉妹を襲った魔族の目がかち合う。
そして、ナオは尻尾の毛を逆立てて、その魔族を睨みつけた。
「ヴィーヴル! ママと皆の仇にゃ!」
そう。
フウラン姉妹を壁に打ち付けて現れた魔族は、魔人ヴィーヴル。
右目がダイヤの瞳、左目がガーネットの瞳、上半身は人の体。
背中からコウモリの様な翼を生やし、下半身は蛇の姿をしている全長十メートルもある魔人。
あの時、鉱石洞窟マリンバで出会った魔族の中でも格上の魔人だ。
「ん~と、あー思い出した。あの時のメス猫じゃない。それに」
ナオに睨まれた魔人ヴィーヴルは特に気にする事なくそう話すと、次にメレカに視線を移してニヤリと笑う。
「遺跡にいた魚人のメイド。へ~。生きてたの?」
「ヴィーヴル……っ」
メレカも魔人ヴィーヴルを睨みつけ、そして、小杖から無詠唱で魔法を放った。
放たれたのは水の銃弾。
貫通力の高い水の魔法バレットウォーターだ。
しかし、魔人ヴィーヴルはそれを尻尾で簡単に掃い、つまらなそうな視線をメレカに向けた。
「へ~。詠唱無しで魔法使えるんだ? でも残念。使えるようになって、日が浅いって感じ。威力が弱い……って、元々弱いんだっけ?」
「くっ。やはり、まだ実戦には向かないようですね」
魔人ヴィーヴルの言葉は的を得ていた。
メレカが詠唱をせずに実戦で魔法を使ったのは、これが初めての事だったのだ。
そもそも、魔法は呪文を詠唱する事で使う事が出来る力と言うのが、この世界の常識だ。
だからこそ、メレカもそれが当たり前と思っていた。
だが、メレカは魔族との戦いで何度も見て来た。
この世界に召喚された“英雄”ヒロの戦う姿を。
ヒロは呪文を詠唱せずに魔法を使っていた。
そしてメレカは気がついたのだ。
魔法を使用するのに、実は呪文の詠唱は必要ないのではないかと。
それからと言うもの、メレカは密かに無詠唱で魔法を使う事の練習をした。
そして、今回の実戦で試したのだ。
結局は出来たものの威力は弱く、上手くいったとは言えない結果ではあったが、メレカにとって十分満足出来る結果にはなった。
と言っても、状況が状況だけに喜ぶ気にはなれないが。
「俺もいる事を忘れるなよ!」
魔人マラクスが背後からメレカに向かって巨大な斧を振るう。
だが、それをナオがメレカの背後に回りこんで、魔爪で受け止めた。
刃と刃がぶつかり合う甲高い音が通路に鳴り響き、ナオは魔爪で巨大な斧を払いのける。
「姉様、姉様って魚人だったのかにゃ!?」
「今はそんな事はどうでも良いでしょう? 目の前の魔族に集中しなさい」
「わかってるにゃ!」
ナオは返事をして、魔人マラクスに向かって魔爪で斬りかかる。
メレカは魔人ヴィーヴルを警戒しながら、フウラン姉妹に視線を向けて無事を確認した。
すると、丁度その時、二人は頭を押さえて立ち上がった。
それを見て、無事である事に安心すると、目の前にいるヴィーヴルに視線を移した。
メレカとヴィーヴルの目がかち合い、そして、ヴィーヴルが姿を変えた。
「その姿は……っ!」
ヴィーヴルの姿は、あの時、伝道師エミール=ファノーを丸呑みした忌まわしき大蛇の姿。
メレカは怒りが込み上がるのを感じながらも気持ちを抑えて、魔力を小杖に集中する。
フウラン姉妹も立ち上がると直ぐに状況を把握。
魔人ヴィーヴルの底知れぬ威圧感を感じ取り、緊張した面持ちで剣を構えた。
場の空気が緊張で支配され、メレカとフウラン姉妹が魔人ヴィーヴルの動きに注意する。
しかし、そんな時だ。
魔人ヴィーヴルがハッとした様な表情をして、その途端に様子が豹変した。
「あれ? あれれれ? もしかして、この女どもがいるって事は、ウチのダーリンがここに来てるの!?」
ダーリン? と、メレカとフウラン姉妹が訝しみ、魔人ヴィーヴルは体をうねうねと動かしながら、頬を赤く染めた。
そして、魔人ヴィーヴルは期待に満ちた視線をヒロが落ちていった落とし穴に向けて、身を乗り出して覗き込む。
その姿は、まさに隙だらけ。
「バレットウォーター!」
「「ウィンドサークル!」」
ヴィーヴルが落とし穴を覗き込んだ瞬間に、その隙を逃すまいと、メレカとフウラン姉妹が魔法を放つ。
魔力を帯びた水の弾丸と、魔力を帯びた円を描く風の刃が、魔人ヴィーヴルを一斉に攻撃した。
しかし、魔人ヴィーヴルは放たれた魔法には見向きもせずに、「ダイヤモンドコクーン」と魔法を唱えて身を守った。
魔人ヴィーヴルが出したのは、魔力を纏ったダイヤの繭。
それが魔人ヴィーヴルを覆って、全ての攻撃を防いでしまった。
「ダーリン待っててねー♪ 貴方のヴィーヴルが今行くわ♪」
最早、魔人ヴィーヴルはメレカ達が眼中に無い。
嬉々として話すと、反撃する事も振り向く事も無く、頬を染めて落とし穴に飛び込んて行ってしまった。
「ヴィーヴル様!?」
魔人ヴィーヴルの予想外の行動に、魔人マラクスまでもが驚いて動きを止める。
その隙をナオは逃さない。
「クロウズファイア! 斬り裂くにゃ!」
炎が魔爪を包み込み、ナオがマラクスに斬りかかる。
魔人マラクスは咄嗟に斧でそれを受け止めて、後ろへ下がってナオから距離をとった。
「計画が滅茶苦茶だ! おい、お前等! ここで待ってろよ!? 今直ぐヴィーヴル様を連れ戻してくるからな!」
「にゃ?」
魔人マラクスが大声を上げて、回れ右して走り出す。
その姿にナオが呆気にとられてしまい、それを見送ってしまった。
そして、マラクスの姿が見えなくなると、ハッと我に返って頭を抱えた。
「逃げられたにゃー!」
「「何だったんでしょうね?」」
「存じませんが、ヴィーヴルの行動が気になりますね。ナオ、何か知ってる?」
メレカさんがフウラン姉妹からナオに視線を移して質問すると、ナオが尻尾を縦にゆっくりと振って考えて答える。
「にゃー。多分、ヒイロにゃ」
「ヒロ様?」
メレカが顔を顰め、フウラン姉妹がメレカを二人で挟む様に立って悪戯っぽく笑う。
「「英雄様の貞操が危ないですな~」」
「馬鹿な事を言ってないで先に進みますよ」
「ニャーはヴィーヴルを追いかけるにゃ」
ナオが落とし穴に飛び込もうと跳躍する。
しかし、メレカが跳躍したナオの腕を掴んで、それを止めた。
「姉様?」
「先にウルベ様とミーナを捜すわよ」
「……わかったにゃ」
「フウとランもそれで良いですか?」
「「勿論オッケ~。あの様子だと、ヴィーヴルが英雄様に危害を加える事は無さそうですしね~。あれは恋した雌の顔ですぜ旦那」」
フウラン姉妹の言葉に、メレカが額を押さえてため息を吐き出した。
「とにかく先を急ぎますよ」
「にゃー」
「「はいは~い」」
ナオとフウラン姉妹が返事をすると、早く見つけようと四人は走り出した。
先頭を走るのは、この隠し通路を知るフウラン姉妹。
そうして走って進んでいると、メレカが真剣な面持ちになって呟く。
「別れ道が多いですね。これも魔族の仕業でしょうか?」
「「違いますよ、メレカさん。ご存知の通り、ここは王族と、王族と深い関係者しか知らない通路です。でも、一直線の通路だと、今回の様に国家をあだ名す輩が侵入した時に大変じゃないですか~? それで、迷路のように入り組んでるんですよ」」
「にゃーも最初にウルウルと入った時は迷子になったにゃ」
「「分かりますよそれ~。道覚えるのが大変なんですよね~。でも、地下五十階まで行くと、後はフロアタムまで一直線。侵入者対策の迷路は、こっちだけなんですよね~」」
「そうですか」
と、メレカが呟いた瞬間、突然床に亀裂が……否、刀痕が走る。
「――っ!」
「――にゃっ!?」
床が崩れ、フウラン姉妹は咄嗟に宙を飛び、それを回避した。
だが、メレカとナオは崩れた床に飲みこまれてしまった。
フウラン姉妹は直ぐに二人の後を追おうと、崩れて開いた穴に向かおうとした。
しかし、それは何処からともなく放たれた矢によって妨害された。
「ラン!」
「うん!」
フウラン姉妹は剣を抜き、矢を掃い、矢が放たれた方へ向かって勢いよく飛ぶ。
そして、その先で、魔族を見つけた。
魔族は緑色の狩人風の服装で、弓を持っていた。
今の攻撃はこの魔族が放ったものなのは間違いない。
魔族を見つけると、フウラン姉妹は剣に魔力を集中する。
そして、フウが先行して魔族に斬りかかった。
「スラッシュ!」
「甘いですね。ウィンドカーテン」
フウの風の刃を魔族の魔法が防ぐ。
魔族が出したのは、魔力を帯びた緑色で透明な風のカーテン。
それがフウの放った風の刃を、ヒラリと進む方向をずらして防いだのだ。
進む方向をずらされた風の刃は魔族の横を通り過ぎて、壁に当たって、壁に傷跡を残して消失した。
「エアキャノン!」
続いて、ランが圧縮された空気の砲弾を飛ばした。
しかし、それも魔族が生み出した風のカーテンで方向を変えられ、壁に当たって大きな穴を開けて消失した。
「「それなら!」」
フウラン姉妹が左右に広がろうと飛ぶ。
しかし、ここでフウラン姉妹は途中で思いとどまり、後ろに下がって魔族との距離をおいた。
「姉さん」
「そうね」
二人は目を合わせて頷いた。
フウラン姉妹の二人が一度距離をおいた理由。
それは、この通路の狭さだ。
祭壇スネアで魔従ストラスと戦った時と違い、ここは通路で非常に狭い。
言うなれば、地下鉄の電車が通る通路よりも広さが無い様な場所。
そんな狭い通路では、この二人も流石に大きな動きが出来ないと言うわけだ。
二人が距離をおくと、魔族は弓を構えて口を開く。
「ストラスを倒した兎の獣人ですか。まあ、私の相手としては、まずまずといった所ですね。おっと、申し遅れましたが、私はオライ。貴女方を処分しに来ました」




