18話 王族達の裏事情
ウルベ達との王都フロアタム奪還に向けた作戦会議をし終える頃、小屋の扉が突然開かれる。
俺達がそれに驚いて視線を向けると、ナオが勢いよく中に入って来た。
「見つけたにゃ!」
「ナオ!? 驚かすなよ」
「にゃ?」
ナオが俺に飛びついて首を傾げると、俺と俺に抱き付くナオにウルベが冷ややかな目を向ける。
「誰かと思ったらナオか。相変わらずみたいだね」
ウルベが呆れた様に喋ると、ナオがウルベに視線を向けた。
「ウルウル、久しぶりだにゃ。相変わらず生意気そうな顔だにゃ」
「生意気なのは君の方だろ? 自分の立場をわきまえなよ」
ナオとウルベが睨み合い、ナオが俺から離れる。
「にゃー!? 本当に可愛くないにゃ!」
「君に言われたくないね!」
「フシャーッ!」
「ガルルルッ!」
ナオとウルベが威嚇し合う。
すると、二人の背後にメレカさんとミーナさんが立ち、二人の後頭部に軽く手刀を入れた。
「にゃーっ!」
「きゃんっ!」
ナオとウルベが半ベソをかきながら後頭部をさすって、メレカさんとミーナさんを見上げた。
「ナオ、遊びに来たのなら家に帰りなさい」
「坊ちゃん、ここへは遠足に来たのではありませんわよ」
メレカさんとミーナさんがニッコリと微笑む。
それを見て、ナオとウルベが顔を青ざめさせて、プルプルと震えだした。
二人の威圧感に俺まで震えそうになったが、そこでベルが頬を膨らませる。
「もう。メレカもミーナも、二人が可哀想でしょ?」
そう言ってベルが四人の中に入って行く。
ベルがメレカさん達と話し始めたので、俺はその様子を見ながらセイに話しかける。
「なあ、いつもこんな感じなのか?」
「申し訳ございません。私は五人の関係を知らないので……。しかし、ベル様とメレカはいつも通りです。それに、ウルベ殿下もベル様と同じく、誰にでも友の様に接する方ですよ」
「成る程ね」
俺は俺でセイと話をしていると、ウルベが気になる事をベルに話しだした。
「そうだ。伝えなければならない事があったのを思いだしたよ。巫女姫様、君の魔力が入った魔石とメレカさんからの預かり物が、まだ王宮の倉庫に保管されているよ。魔族達には見つかっていない筈だ」
「え? 本当?」
ウルベがこくりと頷く。
俺はそれを聞いて、側にいたフウラン姉妹に話しかける。
「ベルの魔力が入った魔石と、メレカさんの預かり物って何だ?」
俺が質問すると、フウラン姉妹は左右対称にポーズをとって答える。
「「おやおや、お兄さん。それを知らないとは驚きですな~。ならば答えてしんぜましょ~」」
「お、おう」
困惑しながら頷くと、フウラン姉妹は左右対称に魔石を取り出して、左右対称にポーズをとりながら俺に魔石を見せた。
「「これは魔力や魔法を注ぐ事が出来る魔石です。この魔石を使えば、魔力であれば魔力の回復を、魔法であれば誰でもその魔法が使える優れものですぞ」」
「へ~。そんな便利な魔石もあるのか」
「「その通りです」」
フウラン姉妹が左右対称にドヤ顔でポーズをとる。
するとそこで、メレカさんが俺に近づいて話しかけてきた。
「以前、姫様が王都フロアタムへご訪問された時に、長老ダムル様へ記念品として差し上げたのです。姫様の光の魔力は、それはもう高価で価値のある物なので」
「成る程な。それで、メレカさんからの預かり物ってのは何なんだ?」
質問すると、メレカさんが少し顔を俯かせて少しの間だけ目をつぶって、俺と目を合わせた。
目を開たけたメレカさんの顔は、少しだけ悲しい表情をしていた。
「魔銃。私が昔使っていた魔道具です」
「魔銃……? 魔法を使う時に触媒にして使う魔爪みたいなもんか?」
質問すると、いつの間にかこっちに来ていたベルが、メレカさんの隣に立って説明を始める。
「うん。それでね、魔銃はメレカの大切な物だったんだけど、メレカが私の側にいるには不要だって言って捨てようとしちゃったの。だから、そんなのダメだって私が言って、私達の国と仲の良いベードラの王様の長老様に預けたんだよ」
「へえ」
なんか、色々事情がありそうな話だな。
根掘り葉掘り聞き出そうとするのは、流石に失礼だし詮索は止めておくか。
「「メレカさんが魔銃を持つとめちゃ強なんですよ。下手すると私達でも敵いません」」
「え? そんなに強いのか?」
フウラン姉妹が左右対称にポーズをとりながら言った言葉に、俺は思わず聞き返す。
すると、ウルベが若干興奮気味に声を上げる。
「そうさ。メレカさんはその美貌だけでなく、魔銃を使わせたら右に出る者がいない程の強さを持っているんだ。ぼくはメレカさん程の美と武を兼ね備えた人は他に見た事が無い!」
「坊ちゃん、落ち着いて下さいませ」
「あ、ああ。すまない」
「姉様って、そんなに凄かったにゃ?」
「昔の話よ。それに、美は私よりも、姫様の方が上。いいえ、寧ろ姫様の右に出る者など、この世に存在しないわ」
「め、メレカ? 皆の前で言われると恥ずかしいからやめて?」
「何を仰いますか。当然の事を言っているのですから、恥ずかしがる事はありません」
メレカさんって、ベルの事になると変なスイッチ入るよな。
メレカさんがベルについて滅茶苦茶早口で喋り出して、俺はそんなメレカさんに顔を真っ赤にさせて止めようとしているベルの姿を眺める。
すると、ウルベとナオがコソコソと二人で話しだしたので、少し気になって聞き耳を立てた。
「君はいつの間にメレカさんと親しい仲になっていたんだ? そもそも、君とメレカさんが知り合いだなんて、ぼくは知らなかったぞ」
そう言えば、ナオとウルベが認識あるのも驚きだよな。
あまりにも自然に話すから、あまり気にならなかったけど。
「にゃ? 姉様とは最近会った仲だにゃ」
「そうだったのか? 君も、結局はぼくと同じ王族ってやつなのかもね」
な、何?
「にゃ。ウルウル、それは内緒だって言われてるにゃ。こんな所で喋るにゃ」
「あ、ああ。そうだったね。すまない」
おいおい。
俺はもしかして、聞いちゃいけない事を聞いちまったのか?
周囲を見回す。
どうやら、聞いているのは俺だけで、他の皆は気が付いていない様だった。
と言うか、メレカさんが未だに白熱トークをしているので、皆はそっちに気を取られている様子だった。
メレカさんんナイスと思いながら、俺はホッと胸をなで下ろして考える。
ナオが王族……?
でも、それならウルベと顔見知りってのも納得出来る。
って事は、ナオの両親か、その先祖の誰かが王都から離れて暮らし出したって事だよな。
国を追われたのか、それとも他に何かあったのかは知らないが、何だか色々と事情がありそうだ。
その証拠に、その事実を隠してるみたいだし、絶対に公の場で言えない事なのは間違いないよな。
よし、聞かなかった事にしよう。
俺は嫌な汗を流しながら、そう結論付けた。
すると、メレカさんの暴走が漸く止まったのか、ベルが俺の側に来た。
「ヒロくん、お願いがあるんだけど良いかな?」
「ん? ああ。何でも言ってくれ」
「ありがとう」
ベルが嬉しそうに微笑んで、俺は不意にドキッとする。
「さっき話に出た私の魔力が入ってる魔石を、持って来てほしいの」
「あ~。そうか。それがあればベルも魔法をだいぶ使えるようになるんだろ?」
「うん。だから、お願い」
「いいぞ。取って来るよ」
「ありがとう。後、もう一つお願いがあるの」
「もう一つ?」
「うん。実は、こっちの方が重要なんだ」
ベルはそう呟くと、セイに視線を一瞬だけ向けて、真剣な面持ちで俺に視線を戻した。
「チーワって名前の女の子を絶対に助けてほしいの」
「チーワ……?」
「うん、お願い!」
「よし。分かった」
「ありがとう!」
ベルがお礼を言いながら俺の手を取り、ベルの思わぬ行動に俺の心臓は鼓動が早くなる。
顔に熱が上っていくのを感じながら、声を裏返して「お、おう」と返事をした。
自分の裏返った声に“かっこ悪い”と恥ずかしくなり、更に顔が熱くなる。
すると、それを見ていたメレカさんが、俺に冷ややかな視線を向けた。
「ヒロ様、嘆かわしいですね」
何も言い返せねえ……。
◇
作戦会議が終わり準備を整えた俺達は、王都フロアタムへ向かって魔車に乗り込んだ。
魔車を運転するのはフウラン姉妹。
理由は、この双子の姉妹の魔法が風の属性だからだ。
王都までは、本来なら休憩を殆ど取らずに行っても、三日以上かかる場所にあるらしい。
だけど、フウラン姉妹が運転する事で魔車を宙に浮かせて飛べるので、休憩を取っても一日あれば辿り着くのだ。
そうして、王都へ向かっている途中、ナオとウルベが伝道師クンエイの弟子だったと聞いた。
「へ~。伝道師クンエイの下で、ナオはウルベと一緒に修行していたのか」
「にゃー」
「ぼくはナオより二つ年が下だから、ナオより弟子入りしたのが少し遅かったけどね」
「今はこんなんだけど、ウルウルも昔は可愛かったにゃ」
「おい、ナオ。あまりぼくに対して失礼な事を言わないでくれるかな? 君はただのド田舎村民で、ぼくはこの国の王族なんだぞ?」
「ウルウルは相変わらずだにゃ。ニャーは姉弟子だから、ウルウルより偉いにゃ」
「ふん。いつまで姉弟子気分で優越感に浸ってる気だい? これだから、君はいつまで経ってもお子様なんだよ」
向かい合って座っていたナオとウルベが、それぞれ席を立って顔を近づけて睨み合う。
「フシャーッ!」
「ガルルルッ!」
二人が睨み合って威嚇を始めると、二人の背後に二つの影が……。
「ナオ」
「坊ちゃん」
ナオとウルベは、二人に手刀をかざして笑顔を向けるメレカさんとミーナさんを見て、顔を真っ青にさせて怯えた。
「にゃーっ!」
「きゃんっ!」
仲良いな。
なんて事を思いながら苦笑していると、メレカさんが咳払いを一つして、真剣な面持ちで話し始める。
「では、今の内に作戦のおさらいをします。今、我々が向かっているのは王都フロアタムですが、正確には王都フロアタムから南西に少し離れた場所にある“祭壇スネア”です」
「祭壇スネア……。一応町だった場所なんだよな?」
「そうですわね。英雄殿にも分かりやすく説明をいたしますと、祭壇スネアとは、昔この地域で日照りが続いて雨が降らなかった時期に、雨乞いの儀式に使っていた祭壇のある町ですわ。“雨乞いの都”と呼ばれていた場所ですの」
「祭壇スネアには、王族しか知らない秘密の地下通路、抜け道がある。その抜け道は王都フロアタムの王宮内に繋がっている」
「昔はウルウルと一緒に、よく使ってたにゃ」
「そうだな。君がぼくを無理矢理連れ回すから、それでよく叱られた」
「良い思いでだにゃ~」
「どこがだ!」
本当にこの二人仲良いな。
何て言うか、凄い微笑ましい。
二人を微笑ましく眺めていると、メレカさんが俺をジト目で見て呟く。
「ヒロ様のそのニヤニヤしただらしのない顔を見て思い出しましたが、そのだらしのない顔を、姫様にあまり見せないでいただけますか?」
「い、いや。そうは言われてもだな。メレカさんが俺にしっかりしてほしいと言うのは分かってるけど、俺はつい先日までただの高校せ……一般人だったわけで、そんな直ぐには」
「そうですわよ。メレカは気にしすぎですわ。英雄殿だって立派な殿方。クラライト王国が誇る世界一の美少女と名高い巫女姫様を前に、だらしのない顔をするのは仕方のない事ですの」
「ミーナ、貴女はそれでもウルベ様の側近なの? 姫様が美しいのは仕方がない事だけれど、それとこれとは別の話よ。貴女だって、ウルベ様が女性にだらしのない顔を見せたら気になるでしょう?」
「あ、あの、メレカさん? ぼくはそんな事……」
「まあ! 貴女がそれを言いますの!? 全く、鈍感もここまで来ると呆れてしまいますわ!」
「ミーナ待て。早まるな。それ以上言ってはいけない」
ウルベがメレカさんとミーナさんに囲まれて、かなりピンチな事になってしまった。
俺は滝の様に汗を流すウルベを見かねて、仕方がないので俺の……と言うよりは、ベルの話題に戻す。
「まあまあ。二人共落ち着けって。俺だって分かってるよ。ベルにはセイがいるし、今後の事を考えると二人の為にも俺がしっかりしないと、変な誤解が生まれるからな」
俺がそう言うと、まるで時が止まったかのように、皆がシーンと静まり返って俺を見る。
その様子に、俺は口を滑らせたかもしれないと焦って、変な汗が湧いてきた。
「え、えっと、今のは喋ったらヤバい事だったか?」
そこまで言って、俺は気が付く。
よく考えてもみれば、一国のお姫様とその護衛の騎士の恋物語だなんて完全にタブー。
話を逸らす為とはいえ、話題にする様な内容じゃなかったのだ。
「ヒロ様、本当に貴方って人は……」
メレカさんが俺に哀れむ様な視線を向ける。
「ヒイロは馬鹿だにゃ~」
ナオが呆れた様に呟き、俺に残念な者を見る様な視線を向けた。
すると、ウルベが俺の肩に手を置いて、眉根を下げながら話し出す。
「君が何か勘違いをしている様だから、ぼくの妹と巫女姫様の為にも言っておくよ。あの二人はそういう関係じゃない。そもそも、巫女姫様の騎士には婚約者がいるんだ。と言っても、その婚約者はぼくの妹のチーワで、まだ結婚するには若すぎるけどね」
「え?」
驚いてメレカさんに顔を向けると、メレカさんはもの凄く哀れんだ視線を俺に向けて、結構大きめなため息を吐き出した。
「あれ? 俺の勘違い?」
「その様ですね。そもそも、姫様にとってセイは弟の様な存在です。恋愛感情なんて生まれるわけが無いでしょう? 今の話、絶対に姫様には仰らないで下さいね?」
「あ、はい。って、ちょっと待て。ウルベの妹のチーワ? それって!?」
「ウルベ様の妹君チーワ様は、まだご年齢が七歳と幼いお方ですわ。ですが、巫女姫様の騎士を大変よくお気に召してまして、五歳の時に将来妻になりたいとダムル様の前で断言したのですわ」
「あの時は本当に驚いたよ。父さん……王も流石に驚いていたけれど、巫女姫様の騎士ならばと、大変喜んでね。それで、この話をクラライトに報告したら、セイが“お受けします”と返事を返したのさ」
「マジかあ……」
でも、そう言う事か。
ベルが真剣に話していたチーワって子はウルベの妹で、セイの婚約者だったのか。
確かに重要だ。
それにしても……。
「何かすげえな。でも、今7歳って事は、まだ結婚出来る年まで10年位もあるのか」
驚きながら呟くと、ナオが俺の膝の上に向かい合って座る。
「違うにゃ。ニャー達獣人は十歳で成人だから、後三年だにゃ」
「っ! ……そうか」
俺は驚きすぎて、最早それしか言えなくなってしまった。
そして甦る過去の記憶。
ナオは11歳で、つまり成人だ。
……あれ?
一緒に風呂に入ったりしてたよな?
アレはかなりアウトなんじゃないか……?
俺は静かにナオの両脇を掴んで、膝の上から持ち上げて、そっと椅子に座らせる。
ナオが首を傾げて俺を見たけど、俺はナオから視線を逸らしてメレカさんに視線を向けた。
「でも、そうなると悪い事を言っちまったよな、俺」
「悪い事? どうしてそう思われたのですか?」
「だってさ。婚約者の女の子が、魔族のいる王都にいるんだろ? 本当は、セイだって助けに行きたかったんじゃないかなって思ってさ」
俺がそう言うと、メレカさんは悲しそうな表情を浮かべた。
「そうですね。セイは姫様の事を優先して、自分の感情を押し殺していたようにも見えました。しかし、それが騎士としてセイに出来る精一杯の事だったと、私は感じました」
その言葉に、俺は改めて心に決める。
王都フロアタムを絶対に奪還する。
そして、ウルベの家族を、そこで暮らす人達を助けて見せる!




