14話 分の悪い賭け
※最初は三人称視点、◇から主人公視点でお話が進みます。
「姫様」
「あっ、メレカ。それにナオちゃんも」
「にゃー」
ベルがセイの頭を膝に乗せ回復していると、メレカがナオを連れてやって来た。
マンティコアとの戦いを終えて気を失っていたナオだったが、メレカの治療により回復した様だ。
とは言え、既に魔力はカツカツで、体力的にもそこまで疲れがとれていない様子だ。
ベルがナオの無事に安堵していると、メレカがセイの姿を見て驚いた。
それもそうだろう。
セイは気絶こそしていたが、その表情は安らかで生気が感じられていた。
あれだけの事があって、更には魔族に操られていたと言うのに、五体満足で結果的には無事だったのだ。
「遠目には見ていましたが、これをヒロ様が?」
「うん、凄いよね」
ベルが頬を染めて嬉しそうに微笑む。
メレカもベルのその微笑みを見て、柔らかく微笑んだ。
「ええ。とても……」
「クラライト王国の騎士の鎧をここまで壊すって、ヒイロ滅茶苦茶凄いにゃ」
ナオは一人だけ違う方向で驚いて、セイが身に着けていた鎧のなれの果てを凝視した。
実際、ナオが驚くのは無理ない事。
この世界で最大国家であるクラライト王国の騎士が身に着ける鎧は、恐ろしく強度の高い物質で作られている。
特にベルの近衛騎士の鎧は、国の中でも一番重要な人物を護る為に、強度を更に増した物。
普通であれば、そう簡単に傷をつける事さえできない物だ。
しかし、それが今ではこの通りで見る影もなく、殆どの部分が砕け散って穴どころか無い状態。
もう廃棄処分が決まった様なものだった。
「あはは。そっちもそうだね」
ベルはナオの言葉に苦笑して、直ぐに真剣な面持ちをメレカに向けた。
「ねえ、メレカ。お願いがあるんだけど」
「承知しています。姫様、後の回復は私にお任せ下さい」
「うん、ありがとう」
ベルが回復を止め、メレカにセイを渡す。
そして、メレカがセイの回復をしようとしたその時だ。
デルピュネーが「ごめんなさいね~」と、ベル達の目の前にやって来た。
「ちょっと良いかしら~?」
「ピュネちゃん?」
「どうされましたか?」
デルピュネーはベルとメレカの二人を交互に見た後に、ニッコリと笑む。
「申し訳ないのだけど、ベルちゃんも一緒にヒロさんの戦いを見守っていてほしいの~」
その言葉に、ベルとメレカさんは驚いた。
それにはナオも「にゃー?」と首を傾げて質問する。
「どうしてにゃ? ヒイロ結構苦戦中みたいだから、助けに行った方が良いにゃ」
ナオの言った事は間違ってはいなかった。
ベルがメレカにセイの回復を任せたのは、ヒロが苦戦している様子を見たからだ。
そして、メレカもそれが分かっていたからこそ、回復の交代をした。
「そうね~。あの程度の魔人に一人で勝てないなら、この先やっていけないからかしら~」
「あの程度の」
「魔人……ですか?」
「にゃー?」
あの程度の魔人と言う言葉に、三人は驚いた。
それもそうだろう。
今ヒロと戦っているグラシャ=ラボラスは、相当に強い。
三人が今まで戦ってきた魔族達の中で考えても、ネビロスの次に強い実力はあった。
……いいや。
魔力だけで考えれば、魔力が移って当然の事ではあるが、あの時に戦ったネビロスより強いと言える。
操られていた状態とは言えブールノとセイ、それからマンティコアよりも強い。
それ程に強いグラシャ=ラボラスを、あの程度の魔人と言い放ったのだ。
驚くのも無理はないだろう。
「そうね~。邪神の側近の中には【魔軍三将】がいて、その内の一人が魔人アスタロトなの」
「魔人アスタロトって、マリンバでヒロくんとナオちゃんが会ったっていう?」
「にゃー。どうりでヤバい気配だったわけだにゃ。邪神の側近の一人なら納得だにゃ」
ベルとナオが交互に喋ると、デルピュネーが「それでね~」と話を続ける。
「アスタロトの部下の一人がネビロスちゃんで、そのネビロスちゃんの部下がグラシャ=ラボラスよ」
「それだけ聞くと、確かに言われた事も理解出来ますが……」
「にゃー? よくわからないにゃ」
ナオが頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾ける。
すると、ベルが考える様に話しながら首を傾げる。
「えーと、分かり易く言うと……。国王が邪神で、騎士団長がアスタロトで、騎士がネビロスで、最後に騎士見習いがグラシャ=ラボラスって事になるのかな?」
「にゃー。それならわかるにゃ。なるほどにゃー。にゃ?」
ナオが更に首を傾げる。
「それだと下っ端でたいした事なさそうに聞こえるけど、魔族全体で見たらどの位の立場にゃ?」
「そうね~。魔軍三将以外の系列の邪神の配下もいるから、それを踏まえて魔族の関係上を考えたとしても、邪神の配下の中でも上位の立場ね~。少なくとも、何かしらの作戦があれば、他の魔族の指揮を任される立場よ~」
デルピュネーの言葉に、三人は驚き息を呑む。
「それって結構凄いんじゃ?」
「うふふ。確かに凄いかもしれないわ~。でもね、ベルちゃん。所詮は、たかが幹部の一人なのよ~。邪神を倒そうとしているのに、幹部程度に勝てない様では駄目なんです。ですので、今は彼を信じて待ちましょう?」
「たかが幹部の一人……。うん、分かった」
ベルは頷くと、手で拳を作り、それを胸に当てて感情を抑えた。
そして、ヒロを信じて見守ると決めた。
「ヒロくん……」
◇
結構やられたな……。
グラシャラボラスの魔法の猛攻を何とか耐え抜いたものの、かなり深手を負ってしまった。
体中が傷だらけだ。
そして、最初に受けた真っ二つになった時の傷口も、随分開いてきたように感じる。
あまりにも酷い痛みで、その内また真っ二つになるんじゃないかとさえ思えてきていた。
この傷、本当に大丈夫か?
まさか戦いの最中にパカッと全部開いたりしないよな?
そこまで考えると、ゾッとして血の気が引いていく。
と、そこでグラシャラボラスが声を上げて、意識をそっちに引っ張られる。
「おーい。英雄様よ~?」
「ん?」
「格下とは言ったがよ。正直言って、俺様はテメーを高く評価してんだぜ」
グラシャラボラスが人差し指を肩より上に上げて、クルクルと回し出す。
俺はその意味不明な行動に、何か嫌な予感めいたものを感じた。
「俺様の部下のメレオンを殺ったのも、てめえだろ? この森に送った後に、連絡が途絶えた俺様の部下だ。アイツはおかしな奴だが、俺様の部下の中でも優秀な方なんだよ」
次第にクルクルと回す指に、膨大な魔力が集束していく。
それを見て、俺は“不味いな”と考える。
「それに騎士にかけていた魔法を解きやがった。最初は俺様も頭にきて血が上っちまったが、あんな芸当は普通出来やしねえ。あれはな、本来は二度と元に戻れねえ魔法なんだわ。術者を殺しても、操られた奴も術者共々あの世行きの魔法なんだよ。それを、てめえはアッサリ解除しやがったんだ」
「それで? 何が言いたい?」
「焦るな焦るな。まだ話は終わってねーよ」
グラシャラボラスがニヤリと笑う。
俺は腹回りが痛くて顔を引きつらせたい。
まあ、そんな事したらグラシャラボラスが調子に乗って、ウザそうだからやらないけどな。
「あの方、ネビロス様を倒したのがまぐれだってのは分かるが、それでもすげえ事だ。魔力を失っても、あの方の凄さは俺様が一番よく知ってんだよ。本当に凄い方だった。セイとかいう騎士を生かしたまま利用する事や、今回のフロアタムでの作戦を考えたのも、あの方の功績だ。力でも頭脳でも、あの方はまさに最高に尊敬できる方だったんだ」
グラシャラボラスの表情が見る見る怒気を帯びて、こちらに殺気を向ける。
「そんなあの方の計画を狂わせて、簡単に死ねると思うんじゃねーぜ? 糞英雄様よ~」
「――っ!」
その時、異変が起きた。
ピュネちゃんのおかげで見えるようになった周囲に浮く黒い靄までもが、グラシャラボラスの指に集束し始めたのだ。
そして、指先には魔法陣が浮かび上がり、淡く黒い光を放つ。
思ってた以上にヤバいんじゃないかこれ!?
嫌な予感が革新へと変わり、それと同時にグラシャラボラスが指を俺に向けた。
「逃げられねーぜっ! ケージソウル!」
次の瞬間、グラシャラボラスの指先の魔法陣から、紫色をした触手の様なものが飛び出した。
そしてそれは、俺を閉じ込める様に、檻の姿へと変わった。
「苦しめや英雄っ! ぎゃははははっ!」
「――ぐ……ぁあっっ…………!」
それは、檻へと変わった途端に猛威を振るった。
檻の内側から黒い靄が発生し、靄が俺の全身にまとわりついた。
すると、全身を何かで縛り付けられる様な苦痛が始まる。
心臓を握られる様な圧迫感までもを与えてきた。
俺は堪らず膝をつき、蹲ってしまう。
……苦しい。
縛られてるみたいで上手く動けないし、息もまともに出来ない。
何とか魔力を集中して、この状況を打破しないとマジでヤバいぞ。
しかし、魔力を集中しようとする事が出来ない。
腹回りの痛みが本気で限界なのだ。
痛みに耐えるのがやっとの状態で、まともに動けやしない。
どうする?
どうすれば良い!?
俺は耐えながら、必死に何か良い方法はないかと考えた。
だが、何も思いつかない。
ついには前のめりに倒れて、頭を地につける。
「ぎゃははははっ! 良いね良いね! もう限界ってか~? 当然の結果だー! そうでなくっちゃあ面白くねーよなあっ!?」
あの野郎……あの笑いかたどうにかなんねえのか?
何か、だんだんとイラついてきたな。
「英雄様よ~。苦しいだろっ!? これこそが魂を操る魔法! これこそがネビロス様の力だ!」
自分の主人に対する忠誠心は見事だ。
だけど、とにかく煩い。
靄のせいで頭も締め付けられる様に痛く、それに加えてグラシャラボラスの笑い声。
ただでさえ痛い頭が、更に痛くなる思いだった。
「さあ、最後の仕上げだぜ! そのまま死ぬのを待つのも良いが、テメーは直接止めをささねーと、俺様の気がすまねーからなあっ!」
何とか上半身だけを手や腕を使って起こして顔を上げ、グラシャラボラスを見ると、自身の目の前に魔法陣を浮かび上がらせていた。
「何度かてめえにも見せた、この魔法だけどよ。こいつぁ~一転に魔力を集中させりゃ、相当な威力が出るわけよぉ」
状況は最悪だ。
グラシャラボラスとの距離は遠く、更には檻から出ようにも、腹回りの激痛と心臓に襲いくる圧迫感で立つ事もままならない。
出来るのはせいぜい、この止まない縛り付けられるような感覚に耐える事だ。
くそ。
根性見せろよ、俺!
立ち上がろうとしても、やはり出来ない。
上半身を起こした時の様に、手や腕を動かすだけで精一杯だった。
と言うか、この状況だからこそだろうが、回復されていた時みたいに下半身に力が入らないのだ。
仮に奴のあの攻撃を防げたとしても、このままだと本格的に不味い。
「串刺しどころか、テメーの髪の毛一本すら残さず消し飛ばしてやるぜえっ! ぎゃははははっ!」
何かないのか?
遠距離用の魔法なんて出来ないし、何か良い方法――
その時、上半身を支えていた手に、指に力を入れて地面に爪跡をつけた時だった。
硬い何かが俺の手に触れていたのに気付き、俺はそれを見た。
――木の……実?
迷いの森のそこ等中で生っている木の実。
皮はとても硬く、ナイフを使わないと取れない程。
グラシャラボラスの魔法が散々飛び交った時に、木々が破壊されてしまった為に、その木の実も地面に転がっていたのだ。
そしてその時、木の実を見た俺は、一つの考えを思いつく。
いやいや、待て待て。
冷静になれよ、俺。
流石にこの土壇場で思いつきで行動は不味いだろ!
それに、こんなの部の悪い賭けだ!
上手くいくかなんて分からない!
「消し飛べやあっ! スティングダークネスッ!」
グラシャラボラスの魔法が放たれる。
その魔法はグラシャラボラスが宣言した通りに恐ろしい威力で、周囲の生い茂る草木だけでなく、地面までもを抉りながら向かってくる。
目に見えて明白だが、当たれば確実にただではすまないのが分かる。
――迷ってる場合じゃない!
木の実を手に取ると、手に、腕に、体の動かせる全てに集中して、グラシャラボラス目掛けて思いっきり投げる。
「ぅうっっらあああっっ!」
瞬間――木の実は一直線にグラシャラボラスへ向かって飛んでいき、グラシャラボラスが放った魔法と接触して、その真ん中を突き破った。
そして、木の実は速度を落とす事なくそのまま進み、グラシャラボラスの腹へと命中して大穴を開けた。
「――っはあ?」
グラシャラボラスは一瞬何が起こったのか分からず、間の抜けた声を出した。
そして、確認するように、己の胴体に視線を向ける。
「あああぁぁぁぁっぁあああああぁっぁぁぁぁっ!?」
グラシャラボラスは己の胴体に直径十五センチはある大きな風穴を見て叫ぶ。
同時に俺を閉じ込めていた檻の魔法が解け、俺を襲っていた全身を縛る感覚も解かれた。
すると、さっきまで無くなっていた下半身の感覚も戻ってくれた。
「何とか……なったみたいだな」
「ごふっ。……ざっけんな! 何でだあ!? 何が起きたー!? てめえはっあぁっ、接近でしかっ戦えねーはずだろうがよお!?」
風穴の空いた所を中心に、全身にヒビ割れを起こしながら、グラシャラボラスが血反吐を吐きながら叫ぶ。
俺は木の実を拾って立ち上がる。
そして、木の実をグラシャラボラスに見せてやった。
「これだ」
「――はあ?」
ヒビの隙間から黒紫色の光を発しながら、グラシャラボラスが顔を歪めて怒りをあらわにした。
「ふざっけんなよ、てめえええ! そんな物で、俺様がああああぁっぁぁぁぁぁっぁっっっ――――」
次の瞬間、グラシャラボラスの肉体が爆散する。
それを見届けた俺は、深く息を吐いて、木の実を地面に放り投げた。
「ったく、性悪でムカつく所だけじゃなく、死に様までネビロスと似てるとか、ホント良い主従関係だよ、お前――らっ!」
あっ、やっぱりヤバい。
真っ二つになってた所の傷が、さっきの檻のやつのせいで更に悪化してる。
うげっ。
……痛いだけじゃ無くて気持ち悪くなってきた。
気持ち内臓とびでそうなんだけど?
はは、これ大丈夫か?
こうして、俺は悪化した傷口を抑えながら、ふらついた足取りでベル達の許へと向かって歩きだした。
【魔族紹介】
グラシャ=ラボラス
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型
魔法 : 闇属性
迷いの森にベルの近衛騎士と伝道師を連れて侵入した魔人で、魔人ネビロスの配下。
邪神の力でネビロスの力を引き継いでいて、魂を操る事が可能。
しかし、ネビロス程の才能は無く、生きた人間の魂を操るのが下手。
その為、生きた人間を操る時はその人間に集中する必要があり、操りながら自身も戦うと言った事が出来ない。
笑い方が一々煩いのもあって、自分と同じネビロスの配下である魔人イポスから実は嫌われている。




