11話 私は胸を張って貴方の隣で立っていたい
※今回はベル視点のお話になります。
「お願い! そこをどいて!? セイくん!」
「申し訳ございません。ベル様。貴女の騎士でありながら、大変恐縮なのですが、それは聞き入れられません」
無駄だと思いながらも叫んだ私の声に、セイくんが答えたその瞬間、心臓が張り裂けそうなくらい苦しくなった。
「――えっ!? セイくん……なの?」
「はい」
こんな時だと言うのに、一瞬、頭が真っ白になる。
魂を操られたセイくんから発せられた言葉は、私の心を大きく揺れ動かすには十分だった。
信じられなかった。
彼が、セイくんが言った言葉から感情が感じられたのだ。
私は動揺から、一歩、また一歩と後ろへ下がる。
無表情だったセイくんが私を悲しい目で見つめ、それが、私の動揺を更に大きくさせた。
駄目だ!
しっかりしろ私!
首を横に振って動揺を抑えようとした。
今は動揺している場合でも無いし、これは好機とも言える状況。
表情が、言葉が、セイくんが生きているという確固たる証となるかは分からない。
だけど、私は思い出す。
この、ウッドブロック大森林の暴獣の巣へ入った時に、ネビロスが操っていた暴獣には表情があった。
そして、セイくんと同じ様に操られているブールノは表情が変わる事も、言葉を発する事も無い。
私はナオちゃんをチラリと見る。
マンティコアを相手に、かなり危険な状況になっているのが分かる。
「ナオちゃん……ごめん」
小さく呟いてナオちゃんに謝罪した。
本当は、ナオちゃんを助けに行きたい。
だけど、相手がセイくんであれば、私にはそれをするだけの余裕も実力もない。
ううん、違う。
それは言い訳だ。
私は目の前にいるセイくんを助けたかった。
一国の王女である私が、まだ幼いナオちゃんの事を放り出して、感情のままに行動するなんてあってはならない事。
だけど、それでもセイくんを助けたいと願ってしまった。
ナオちゃんに視線を向ければ、本当にギリギリなのは分かった。
だけど、マンティコアを前にその目は強い意志の様なものを感じた。
あの目は不利な状況でも、決して諦めない心を持った目だ。
それを見て、一瞬だけ目を閉じる。
大丈夫。
きっとナオちゃんなら、私の助けなんかなくても大丈夫。
それが卑怯な言い訳だと分かっていても、私は自分にそう言い聞かせた。
「ベル様、お覚悟を」
目を開けたその時、私との距離を一瞬で詰めていたセイくんが剣を振り上げた。
「――ブレイドライト!」
瞬時に光の刃を魔法で出して、振り上げられた剣を受け止めた。
それから直ぐに距離をとろうと思ったけど、次から次へと繰り出される攻撃を受けて、私は余裕なくそれを防ぐ事しか出来ない。
それでも、私はセイくんを助ける事だけを考え続けた。
助けるにはどうすれば良いの?
どうやって、セイくんを魂の魔法の呪縛から解き放てるの?
とにかく考え――
「――っきゃああ!」
セイくんの猛攻は激しくて、私は力任せに押し飛ばされた。
「く……ぅっ。ライトニードル!」
押し飛ばされた私は宙を舞って、でも、それでもセイくんに向かって魔法を放った。
そして、更に魔法を続ける。
「ミラージライト」
光が屈折して、私の姿を隠し蜃気楼を映し出す。
セイくんはさっき私が放ったライトニードルを切り払うと、剣先に魔力を集中させて魔法陣を浮かび上がらせて、構えをとった。
――この構えっ!
「ストームバレット」
次の瞬間、魔法陣から無数の風の弾丸が放たれる。
それは、まるで嵐の様に無差別に周辺にある物を襲い、私が作り出した蜃気楼は一瞬で消えた。
「ウォールライト!」
咄嗟に魔法で身を守る。
そして、私の予想は確信に変わろうとしていた。
セイくんは十八番で使う“ブレイドウインド”を、無詠唱で放つ事が出来る。
魔法を無詠唱で使える者は珍しく、無詠唱での魔法の使用と言うのは、それ程に難しい事なのだ。
それどころか、下手にそれをしてしまえば威力は格段に落ちてしまう。
だから、それが出来ると知らない人がいる程、世間ではあまり知られていない。
だと言うのに、魂を操られた状態のセイくんが、それをいとも簡単に使っている。
そして、セイくんは上位魔法を使える数少ない実力者でもあった。
今使用した魔法“ストームバレット”は、風の属性に光の属性を含んだ上位の【嵐魔法】。
光と闇は交わらない。
それが世界の理であり、世界の真理だ。
魂を操れるとは言え、闇魔法で光魔法を操れるはずがないのだ。
思わず口角が少し上がる。
生きているのは、もう決まったも同然だった。
そして、セイくんの戦い方が、何から何まで私の知ってるセイくんそのもの。
知っているなら、戦う方法はいくらでもある。
何故なら私はずっと彼を見て来たのだから。
一度、深呼吸をして心を落ち着かせる。
例え相手の戦い方を知り尽くしているとはいえ、その相手は実力者であるセイくんだ。
決して気を抜いてはいけない。
だけどその時、セイくんがいる方向とは別の方向から、強い殺気を感じた。
「ぎゃははははっ。みーこーひぃめさーんよー。あれあれ~? 随分と苦戦してるみたいじゃねえかー?」
不意にグラシャ=ラボラスの声が聞こえて振り向く。
すると、ブールノが剣を構えて、私に向かって走っている姿を見つけた。
「――ブールノ!?」
こっちに向かって来ているブールノの存在に驚いていると、その隙を逃すまいと、セイくんがブレイドウインドをこちらへ飛ばした。
「――っウォールライト!」
咄嗟に光の壁を作り出し、先に私に接近していたブールノの攻撃を受け止める。
そして、直後にセイくんの魔法を避けて、この場から離れようとした。
でも、出来ない。
いつの間にか接近していたセイくんから、横腹に蹴りを食らってしまったのだ。
「――く……ぅっ…………っ! っライトニードル」
一瞬目の前がぐらついたけど、間髪入れずに魔法を放つ。
でも、それは直ぐにセイくんに剣で薙ぎ払われてしまい、薙ぎ払った斬撃がそのまま風の刃を生み出して私を襲った。
だけど、私は寸でで風の刃を避ける事が出来た。
なんとかここを――――っ!
風の刃を避けた直後、ブールノが私に向かって剣を振るった。
休む暇を与えようとしない攻撃に私は焦りながらも、なんとか魔法を唱える。
「――ブレイドライト!」
杖に光の刃を纏わせてブールノの剣を受け止める事は出来た。
でも、状況は決して良くなかった。
剣を受け止めると、今度はそのまま押し込まれ、ブールノの力でジリジリと追い込まれていく。
でも、それならと、私は直ぐに魔法を使う。
「ライトニードル」
ブールノが魔法を避ける隙を狙って、この場から逃げて距離をとる――はずだった。
それなのに、ブールノは魔法を避けないで、私の放った魔法を左肩に受けてしまった。
「――っ!」
驚く私に、背後から接近するセイくんの斬撃が襲う。
「――ウォールライト!」
寸での所で魔法で防いだけど、ズシリと体重の乗った斬撃で、私は魔法ごと地面に叩きつけられてしまった。
「くぅ……っ」
地面に叩きつけられた直後、ブールノの一突きが私を襲う。
咄嗟にそれを横に転がって避けようとしたけど、避けきれずに左足に受けてしまった。
「あぁっ……くっ! マジック……ボールッ」
痛みに耐えながらも、その場を離れる為に魔法を放って、その反動で距離をとった。
そして、漸く距離をとる事に成功した。
だけど、移動手段に魔法の反動を利用した結果、私は地面を転がってその衝撃を全身に受けた。
「はあ……はあ……」
ヨロヨロと立ち上がる私を見て、グラシャ=ラボラスが下品に笑う。
「ぎゃははははっ。なんだよ、巫女姫さんよお! アンタおもしれえなっ! 死人のブールノがそんなもん避けるわけねえだろ? 殺すつもりでやらねえと駄目じゃねえか! って、もう死んでるか! ぎゃははははっ」
許せない!
グラシャ=ラボラスを睨みつけ、左足を引きずりながら走り出す。
許せない!
ブールノが私に接近する。
それを見て、私は一歩下がった。
「ライトニ……ブレイドラ――きゃあっ」
攻撃を躊躇ってしまい、ブールノの斬撃を胸の間、みぞおちからおへその横に向かって受けてしまった。
それでも、私は運が良かった。
先に一歩下がったおかげで致命傷を免れたのだ。
でも、致命傷が避けられたと言うだけで、無傷と言うわけでも、軽症と言うわけでも無い。
斬られた傷はかなり深く、痛みで意識が持っていかれそうになる。
「――っぅ」
「マジでおもしれえ女だなー! 巫女姫さんよ~! ぎゃははははっ!」
グラシャ=ラボラスを睨みつけると、グラシャ=ラボラスは笑いながら両手を上げた。
「おー怖い怖い。そんなに睨むなよ? 巫女姫様~。俺って心が繊細だからさー。睨まれちゃうと、怖くて泣いちゃう。ぎゃははははっ!」
グラシャ=ラボラスは一頻り笑うと、冷徹な目で私に視線を向けて目を合わせる。
そして、底冷えする様な口調で告げる。
「殺れ」
言葉と同時に、ブールノが私に剣を振るう。
「ブレイドライト!」
ブールノの攻撃を咄嗟に受け止めようとしたけど、ブールノは剣を振るうのを途中で止めた。
まさか途中で攻撃が止まるとは思わず、私は驚いた。
でも、驚いて油断した私は、ブールノに斬られた所を蹴られて吹っ飛んだ。
「く……っぅ!」
蹴り飛ばされた私は、傷の痛みに耐えるのが精一杯で受け身をとる事も出来ず、数十メートル先の草木が生い茂る場所へと突っ込んだ。
蹴り飛ばされた先に草木が沢山あって、運が良かったと言うしかない。
受け身をとる余裕が無かったのに、私は草木のクッションのおかげで、地面に転がる事も無くダメージも最小限に抑えられた。
ただ、傷を蹴られてしまった事で、傷からとんでもない痛みと熱さを感じる。
意識も朦朧としてきて、気を抜いたら気を失ってしまいそうだった。
「はあ……はあ……。しっかり……しなきゃ」
顔を横に乱暴に振って、意識をハッキリとさせる。
それから、木の幹に捕まって立ち上がり、小さな声で「ミラージライト」と魔法を使う。
そして、魔法で身を隠して考える。
こんな時だと言うのに、私はまだ踏ん切りがつかないでいた。
セイくんの事もそうだけど、ブールノについてもそうだ。
伝道師であるブールノは、よく私が住んでいたお城に遊びに来ていた。
その度にメレカを食事に誘っては、いつもあしらわれていた。
そんなブールノだけど、誰にでも優しく素敵な人で、私もよく可愛がられていた。
だから、私はセイくんだけじゃなく、ブールノとも戦いたくはなかったし、今の姿のブールノは見たくなかった。
でも、私だって分かってる。
今はそんな事を言ってる場合じゃない事。
だから、私は目を閉じながら深く息を吐き、気持ちを切り替えようとした。
「おいおいおいおいっ! 巫女姫隠れやがったぞ? ちっ。めんどくせーなあっおい!」
グラシャ=ラボラスの苛ついた様な言葉が聞こえてきた。
だけど、私は気にせず、身を隠したまま考え続けた。
ブールノは流石は伝道師と言うだけあって、とっても強い。
だけど、魔法を使ってこない。
ナオちゃんがブールノに負わせた傷、そして焼けた痕。
それ等の影響か、本来のブールノの動きと比べると随分と鈍く感じる。
寧ろ、立っているのが信じられない程に、ブールノの体は酷いありさまだった。
問題はセイくんの方だ。
操られているからか本来の実力を全然出せていないけど、ただ単純にまだ手加減されているとしたら、正直言ってこれ以上は私じゃどうにも出来ない。
でも、グラシャ=ラボラスを倒す為には、先にセイくんを無力化する為に攻撃をして勝たなきゃ駄目だ。
だから、決めるとしたら次で決めないと、救いだすどころか、グラシャ=ラボラスを倒す事だって出来ない。
グラシャ=ラボラスに視線を向けると、自分からは戦う気が無いみたいで、二人からかなり距離をとって煩く喋っているだけだった。
このまま出て行っても、きっと簡単に魔法を解かれて、攻撃しても直ぐに反撃されちゃうよね?
それに、私は本当にあの二人を攻撃出来るのかな……?
ブールノが魔法を避けなかった姿が、私の頭から離れない。
きっと、結局のところ、私は本気を出すつもりで甘えていたんだろう。
致命傷にはならないと。
避けてくれると。
そして、傷つけてしまった事に恐怖を覚えてしまったんだ。
何で私は、こんなにも……弱いんだろう?
それは力が強い弱いとかでは無く、自分を保つ為に必要な精神の問題だった。
段々と悪い方へと考えがいってしまう。
あの日、封印の儀式を失敗してから、私の思考は後ろ向きになりやすくなっていた。
ヒロくんのおかげで、だいぶ昔の様に前向きに考えられるようになったけど、やっぱり気が付くと悪い方へと考えてしまう。
ダメだダメだ!
もっとしっかりしないと!
首を横に振って、セイくんとブールノを確認する。
その時、私の目にヒロくんの姿が映った。
「――っ!? うそ……何で?」
思わず声が出てしまった。
そして、目頭が熱くなるのを感じた。
今まで私は何を迷っていたのだろう?
今まで私は何を悩んでいたのだろう?
今まで私は何に不安になっていたのだろう?
今まで私は何を恐れていたのだろう?
ああ……駄目だなぁ、私。
これじゃあ、本当に何も変わってないじゃない。
ヒロくんを見て、何故だか自然と笑みが零れた。
顔色がまだ悪いヒロくんは、セイくんやブールノに立ち向かおうとして、メレカに押さえられていた。
傷がまだ癒えていないのに。
そのせいで、無理に動こうとして、斬られた傷口から血が少し吹き出していた。
その姿はネビロスと戦った時の姿そのもので、とてもかっこいい、私の大好きな“英雄”だった。
その姿がとても頼もしくて、私はそんなヒロくんの隣に、胸を張って立ちたいと思った。
私は封印の巫女。
英雄と共に、邪神を封印する存在。
私がしっかりしないでどうするの?
ナオちゃんに視線を向けると、ナオちゃんはマンティコアを倒していた。
そして、その場に倒れてしまっていた。
ごめんね、ナオちゃん。
私が弱いせいで、いっぱい無理させちゃったね。
でも、だから、だからこそ、私はもう迷わない!
光の魔法で生み出した蜃気楼、私の幻の姿をグラシャ=ラボラスの見える位置に晒す。
すると、それを待っていたかの様に、幻にブールノが接近する。
「よーやくお出ましってかあ!? 殺れっ! ブールノッ!」
もう自分の都合ばかりを考えない!
もう立ち止まらない!
グラシャ=ラボラスの声が響く中、私は杖を構えて光の弓を生み出して詠唱を始めていた。
そして次の瞬間、ブールノの剣が幻を狙って空を斬る。
「――っ残像!? いや、幻か!? どこにいやがる!?」
だって、だって私は――
グラシャ=ラボラスが叫んだ直後、私は彼等を捉えた。
「――封印の巫女なんだから! シャイニングッ――」
グラシャ=ラボラスが私の位置を認識するけど、もう遅い。
魔法の射線上に、セイくんとブールノ、そしてグラシャ=ラボラスを捉えている。
ごめんね、セイくん。
ごめんね、ブールノ。
許してくれなくて良い。
呪ったって構わない。
せめて、貴方達が安らぎに満たされる事を、切に願うよ。
「――アロオオオオオオオッッッ!!」
「この糞巫女があああっっ!」
瞬間――光の矢が一直線に光速で突き進み、一番近くにいたブルーノを初めとして、周囲の草木や地面を巻き込み抉りながら、セイくんとグラシャ=ラボラスの全身を呑みこむ様にして直撃した。
グラシャ=ラボラスを仕留めたって、セイくんやブールノが操られられなくなるなんて保証はどこにもない。
最悪、仕留め損なって、状況が悪化してしまうかもしれない。
だから、私は二人を巻き込んだ。
助けると言う目的を捨てて、犠牲にしたのだ。
後悔はしてる。
でも、これで良かったんだ……。
「はあ……はあ……」
魔石の魔力をかなり消費しちゃった。
でも、これで――
勝ったと思ったその時、目の前にスゥッとブールノが現れた。
「――っ!」
不意を突かれて驚き身構えたけど、ブールノの姿を見て、そしてその表情を見て、私の驚きは別の驚きへと変わった。
「……ブールノなの?」
そこに立っていたのは、薄っすらと体が透き通った魂だけとなったブールノだった。
そして、私がよく知っている伝道師のブールノ。
どこか軽い感じの雰囲気で、微笑んだ顔はとても優しい顔。
驚いている私にブールノはゆっくりと会釈をして、顔を上げた。
「巫女様、面倒をかけたね」
私は自分の頬に涙が伝ったのを感じた。
優しく微笑むブールノと、その言葉の意味を理解して、涙が流れたのだ。
「ううん。こんな事しか出来なくて、でも、せめてどうか安らかに……」
申し訳なさと不甲斐無さでいっぱいになりながらも、私は涙を流しながら笑顔で答えた。
すると、ブールノは穏やかな顔で優しく私に微笑んで、消えていった。
最後に「ありがとう」と言葉を残して。




