8話 猫耳娘と伝道師の戦い
※今回は三人称視点でお話が進行します。
迷いの森の最深部にあるボロ小屋の周辺から、爪と剣がぶつかり合う音が鳴り響く。
それはまるで金属がぶつかり合う様で、片方が獣人の爪だとは誰も想像できないだろう。
そしてその音を暴獣マンティコアが耳を澄ませて聞いていた。
マンティコアは喉を唸らせながら暫らくそれを聞くと、殺気を漂わせて音の鳴る方へゆっくりと歩みを始めた。
◇
迷いの森に爪と剣がぶつかり合う音が何度も何度も鳴り響く。
右、左、また右へ。と、ナオは魔力で爪に炎を纏って強度を上げて、ブールノから繰り出される剣戟を防いでいた。
「にゃーっ! このままだと攻撃すら出来ないにゃ!」
ブールノの猛攻は止まる所を知らない。
もの凄い速度で繰り出される斬撃は、ナオに反撃する暇を与えなかった。
ナオも負けじとほんの少しの隙を狙うも、誘導させられたかの様に、いとも簡単にブールノの反撃に繋がってしまっていた。
(厄介だにゃ。ブールノ様の魔法は水魔法。ニャーの魔法は水属性と相性が悪い火の魔法だにゃ。だから、使われる前に何とかしたいのに、さっきから劣勢続きだにゃ)
ナオが弱気になるのも仕方がない事ではあった。
魔法には、相性というものがある。
火は水に水は火に、お互いがお互いを弱点とし得るのだ。
火と水の魔力がぶつかり合うという事は、即ちより強い魔力を持つ方が大差で勝つという事でもあった。
そして、ナオが相手にしているのは伝道師ブールノ。
海底国家バセットホルンの代表者であり、最も魔力と実力のある強者だ。
その強さは、本来であればナオなど一分もかからず倒してしまえる程。
何度も爪と剣がぶつかり合うと、ブールノの動きに変化がおきた。
ブールノの周囲に幾つかの魔力を帯びた水の塊が浮かび、それが形を槍に変えた。
そして次の瞬間、水の槍はナオに矛先を向けて、一斉にナオを襲った。
「――っ。流石に捌ききれないにゃっ!」
ナオは堪らず背後へ跳躍して回避する。
しかし、水の槍がナオを追撃して逃がそうとしない。
「クロウズファイア!」
ナオは跳躍しながら爪を炎で包み込み、それ等を切り裂――――けれない!
炎はかき消されて、更には水の槍の威力に負けて爪が折れてしまった。
そして、そのまま水の槍がナオを襲う。
ナオは腕や腹に水の槍が刺さり、受け身もとれずに地面に転がった。
「――ぁっにゃ」
それなりのダメージを受けたナオだったが、直ぐに立ち上がる。
とは言え、余裕があるわけでは無く、額にほんのりと汗を滲ませていた。
「にゃー。本当に相性最悪にゃ」
(ベルっち、ごめんにゃ。騎士の方まで相手する余裕がないにゃ)
ナオは心の中でベルに謝罪し、ブールノとの距離を見る。
ブールノは追い打ちをかける為に剣を構えてナオに向かって走って来ていたが、距離はまだ十メートル程はある。
「この距離ならっ! 姉様直伝バレットファイアッ!」
ナオが指先をブールノに向けて、魔力を帯びた炎の弾丸を放った。
しかし、ブールノはそれを剣で弾き、そのまま剣に魔力を溜めて水を纏わせた。
そして次の瞬間、ブールノは剣を振るい、纏っていた水が刃へと姿を変えてナオ目掛けて飛翔する。
「――にゃあっ!」
寸での所でナオが避け、水の刃は避けた先にある木々数十メートル分を全て切り倒していった。
攻撃を避けたナオは爪を伸ばそうとして、あまり伸びない自分の爪を見て顔を渋らせる。
「にゃーっ。さっき折られたせいで、これじゃまともに戦えな――――っいにゃあっ!」
いつの間にか目の前まで接近していたブールノが剣を振るって、ナオは慌ててそれを避ける。
そして、ギリギリで攻撃を避けて、ナオは後ろに跳躍してブールノから距離をとった。
「今のは危なかったにゃ」
ナオが呟く間にも、ブールノの動きは止まらない。
ブールノは再び剣を振るって水の刃を飛ばし、ナオに向かって駆けだしている。
(しつこいにゃ! せめて何か武器があれば、ニャーだって――――武器にゃ?)
「にゃーっ! あったにゃ! 武器あったにゃあっ!」
今まで武器を使わず自分の爪を武器にして戦っていたので、メレカから魔爪を貰っていた事を、ナオはすっかり忘れてしまっていたのだ。
ナオは急いで腰に下げた魔爪を装着して、早速それを使って反撃に出る。
「クロウズファイア! 切り裂くにゃーっ!」
魔爪を触媒に魔法を発動。
炎が魔爪を包み込み、ナオは飛んでくる水の刃を切り裂いた。
「にゃー。やっぱり魔爪は凄いにゃー」
その切れ味にナオは喜んでいるが、今はまだ戦いの真っ只中。
次の瞬間、ブールノがナオを間合いに入れて剣を振るった。
「にゃー!」
ナオが炎に包まれた魔爪で剣を受け止め、そこから、二人の攻防が始まった。
再び繰り返される金属がぶつかり合う音の数々。
そして、幾度か魔爪と剣がぶつかり合うと、ブールノの周囲に幾つもの魔法陣が浮かび上がり、魔力を帯びた水の塊が幾つも出現する。
ナオは直ぐに警戒して距離をとり、魔爪の爪先を真っ直ぐと水の塊に向けた。
「姉様直伝バレットファイアッ! 撃ちぬくにゃ!」
魔爪の全ての爪の先端から、炎の弾丸が水の塊めがけて放たれる。
それと同時に水の塊は槍へ変わって放たれて、ナオの放った炎の弾丸とぶつかり合って相殺された。
しかし、まだ終わらない。
魔爪に炎が集束され、ナオがブールノへと飛び込む。
「いっくにゃあっっ! ファング――」
ブールノが瞬時に反応し、剣を振るう。
そして次の瞬間――
「――フレイムッ!」
虎の顔を模した炎とブールノの剣がぶつかり合い、甲高い金属音を響かせながら、それを中心に熱風が巻き起こった。
炎は爆散し、火の粉が周囲に飛び散る。
結果は互角。
しかし、ブールノはナオの攻撃を防ぐと、そのままナオを振り払った。
「にゃー。ブールノ様はやっぱり強いにゃ」
流石は伝道師といった所であろう。
ブールノはグラシャ=ラボラスに操られた死人とは思えない程に強かった。
鋭く正確な動きに、魔爪を装備してパワーアップしたナオと互角以上の力。
しかし、ナオは余裕の笑みを見せ、尻尾もまだ垂れてはいない。
「丁度良いにゃ。魔爪がある今なら、ぶっつけ本番でとっておきを使えそうにゃ」
とっておき。
それはナオが現時点で使える最強の魔法である。
今まで自らの爪を触媒にして魔法を使用していた為に、爪がその魔力に耐えられず、実戦では使った事が無かった魔法だ。
ナオは後ろに跳躍すると、魔力を魔爪に集中する。
(でも、とっておきを使う為には、時間が必要だにゃ。時間稼ぎするにゃ)
「走れっ! クロウズファイア“ランニング”」
とっておきの為の魔力を温存しつつ、ナオは魔法を放った。
魔爪で空を斬り、その直線上に炎を纏った五本の爪撃を放つ魔法。
まるで爪が宙を駆け抜ける様に、ブールノへ向かって一直線に飛翔する。
しかし、ブールノはいとも簡単にそれを剣で全て弾いてしまった。
だが、ナオの攻撃もそれだけでは終わらない。
「どんどん行くにゃー!」
ナオは更に魔爪にとっておきとは別の魔力を使い、周囲に幾つもの魔法陣を展開して魔法を発動させる。
「舞い踊るにゃ! フレイムダンス“カーニバル”!」
次の瞬間、幾つもある魔法陣から、とてつもない量の火の玉が出現する。
そしてそれは、ブールノに狙いを定めて、舞い踊る様に飛翔した。
今まで全て剣で受けてきたブールノだったが、流石に火の玉の量が多く、捌ききれずに何発か命中し始めた。
ブールノが火の玉に気を取られている間に、ナオは更に大量の魔力を魔爪へと集中させる。
「フレイムダンスに、気を取られている今がチャンスだにゃ」
ナオの周囲が熱を帯び、火の粉が舞う。
(後少し……後少しにゃ……)
膨大な火の魔力に呼応され、火の粉はやがて炎となり、ナオを中心に炎が円を描く様にクルクルと燃え上がる。
「炎よ! ニャーの魔力を以って、敵を焼き尽くすにゃ!」
ナオの目の前に魔法陣が浮かび上がり、未だに火の玉に気を取られているブールノの周囲に、炎の粉塵が舞った。
「イクスプロウシヴ――」
ナオの目の前の魔法陣が光を放ち、炎の粉塵がブールノに勢いよく引き寄せられる。
「――フレイムーッ!」
瞬間――ブールノに引き寄せられた炎の粉塵が、もの凄い威力の爆発を引き起こした。
ブールノを中心に辺り一面が爆炎に包まれ、爆風で火の粉が舞い、周囲の木々に燃え移る。
「はぁ……はぁ……」
ナオは息を切らし、かなりの疲労感を感じていた。
「にゃー……。思っていた以上に、体力の消費が激しいにゃ。でも」
ナオは体力だけでなく、魔力も残り僅かになっている事を感じていた。
それもそのはずだろう。
ナオの放った魔法はかなり高度な魔法の一つ。
この魔法は本来ならば、上位魔法を使える者にしか使えない程の魔法で、魔力の消費もそれ相応。
魔法の才能や魔力を操るセンスの高いナオだからこそ、上位魔法を使うまでの実力が満たなくとも、使用が出来たのだ。
額から流れた汗を腕で拭い、ブールノに視線を向ける。
ブールノの姿は未だに爆炎に包まれていて、よく見えてはいないが、倒れていると言うのはナオにも分かった。
「何とか倒せたにゃ。流石にこの爆発なら――」
「へ~。やるじゃねーかまな板娘~」
ナオの目の前に、高みの見物を決め込んでいた魔人グラシャ=ラボラスが姿を見せる。
「何にゃ? やっと戦う気になったかにゃ?」
「良いもん見せてくれた礼に、一つ良い事を教えてやりに来ただけだぜ」
「にゃ?」
「まな板娘、確かにてめえは強い。そいつは認めてやるよ。だけどさー。まな板娘、てめえは一つ勘違いをしてるなあ」
「勘違いにゃ?」
「てめえが戦ってる相手は伝道師様だぜー? しかも、あれは既に死んでるんだ。あの程度で倒せたと思ってるのか? 油断はよくねえぜ~! ぎゃはははは……」
「にゃ――――」
次の瞬間、爆炎の中からブルーノが飛び出し、ナオに斬撃を浴びせる。
「――――っ!!」
ナオは咄嗟に魔爪で防ぎ、致命傷は免れたが、連撃で横腹に蹴りを食らって吹っ飛ばされてしまった。
「――ゃっ」
ナオは数メートル転がった後、体制を整えて勢いを消して踏み止まる。
「今のはヤバかったにゃ――――っ!?」
言葉を口にしながらブールノを見たナオは驚いた。
ブールノは先程のナオの魔法で体の一部が焼け落ちていて、肌も何か所か溶けて爛れていた。
そんな状態だと言うのに痛みなどの感情も見せずに、無表情でただ剣を構えていたのだ。
まるで、何事も無かったかのように。
「あっれー? 今更驚いちゃったのかな~? まな板娘ちゃんはおっ子様だから怖くなっちゃったかーい?」
グラシャ=ラボラスが愉快そう笑みを浮かべる。
「面白いだろ~? こぉんな事になっても、痛いとか苦しいとか、こいつにはその感覚がないんだぜ~? ほーんと気持ち悪いよな~? ぎゃはははは!」
グラシャ=ラボラスは一頻り笑うと、ブールノに近づき、溶け落ちたブールノの体の部分に指を突っ込む。
「ついでに教えてやるよ、まな板娘。死人ってのはな、魔力がねえんだわ」
グラシャ=ラボラスは背筋が凍る程の冷たい目をして、ブールノの爛れた肌に自らの手を突っ込んだ。
その様子にナオが驚愕して顔を青くさせると、グラシャ=ラボラスは満足そうな笑みを見せて、ブールノの体内から魔石を取り出した。
「だから、こんな風に魔石を体内に入れて、魔法を使えるようにしてるんだぜ。面白いだろ?」
グラシャ=ラボラスは愉快そうに笑いだす。
そして、無理矢理詰め込む様に、ブールノの体内に魔石を雑に戻した。
それを見て聞いて、ナオはグラシャ=ラボラスに対して激しい嫌悪を感じずにはいられなかった。
「酷いにゃっ!」
「ぎゃははははっ! なんだよ、まな板娘~。怒っちゃったのかぁい?」
「ニャーはお前なんかに――」
その時、ナオの言葉を遮る様に、森の奥から「グオオオオオオッッ!」と暴獣マンティコアが咆哮しながら木々を薙ぎ倒して現れた。
そして、マンティコアはナオの目の前に立ち、ナオをその鋭い目で睨み見る。
あまりの突然の登場に、ナオだけでなくグラシャ=ラボラスさえも驚いて、マンティコアに視線を向ける。
「――マンティコアにゃ!?」
最悪のタイミングで現れた暴獣マンティコア。
体高三メートルを越える獅子の体を持ち、コウモリの様な見た目の大きな翼に、蠍の様な大きな尻尾をもつ暴獣。
マンティコアはナオと目が合うと、獲物を見つけたと咆哮を再び放つ。
そして、ナオに殺気を向けて襲い掛かって来た。




