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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
第2章 魂の帰路
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7話 目覚めの良い朝に

 夜が明けて太陽が昇ると、木々の合間から木漏れ日が揺らめいて、気持ちの良い風が森の合間を吹き抜ける。

 俺はゆっくりと目を開けて、あくびをしながら起き上がった。


「ああ……。そうか。あのまま寝ちまったんだな」


 ぐっすり眠れたおかげか、目覚めが良い。

 気持ちの良い風を頬で感じながら、周囲を見まわして森の景色を眺めた。


「……はあ」


 森の景色を眺めた俺は、相変わらず周囲に漂う害灰がいはいにため息を吐き出した。

 空気中に漂う、まだ慣れない埃の様な黒い害灰。

 せっかくの目覚めの良い朝を、台無しにさせるには十分過ぎる存在だ。


「何て言うか、ほんっと慣れないよな~。これ」


 目の前に漂う害灰を手で掃うが、埃の様に舞うだけで意味が無い。

 目覚めて直ぐの時は気持ち良く朝を迎えたのに、害灰のせいで全部が駄目になる。

 まあ、だからと言って文句を言っていても仕方が無い。

 気を取り直して、時計で時刻を確認する。


「七時か……皆起きてるかな?」


 伸びをして、軽く体をほぐしてから小屋へ向かう。

 すると、小屋の屋根の上にピュネちゃんが立っているのを見つけた。


 何であんな所に? と見ていると目が合った。

 そして、ピュネちゃんが屋根の上から飛び降りて、俺の目の前に着地した。


「おはようございます。ヒロさん」


「おはよう。屋根の上で何してたんだ?」


「うふふ。毎朝こうして、マンティコアの様子を見ているんですよ~」


「マンティコア!?」


 慌てて周囲を見回すが、マンティコアの影すら見当たらなかった。


「あらあら。心配しなくても、この辺りには来ないですよ~」


「え? そうなのか?」


「はい。マンティコアは暴獣なので、魔従まじゅうと違って自分より強い相手の縄張りには侵入しないの。だから、ここには来ないんですよ~」


「へえ、なるほど。って、それってつまり……」


「うふふ~」


 ……ピュネちゃん、今はその柔らかな微笑みが怖いんだが。


「ってか、マンティコアって宝鐘を守ってるわけじゃなかったのか?」


「違いますよ~。マンティコアは元々この森を縄張りにしているだけで、縄張りに入らなければ襲って来ないんですよ~。宝鐘なんて興味無いと思いますよ~」


「なんてて……。じゃあ、あの時縄張りから出たから襲って来なくなっただけなのか。はは。奥に進もうとした人への攻撃が激しくなるのは、縄張りに侵入した敵だからって事か。そう考えると、まさに動物って感じだな。何も不思議じゃない」


 つまりは考えすぎだったって事だ。

 それなら、フロアタムにいる王族の人達も、マンティコアの事を勘違いしてる可能性が高い。

 そうなると宝鐘を守っているわけでないから、ただの危険な害獣として討伐対象にするかもしれない。


「二人ともおはよー」


 不意に声が聞こえて振り向くと、扉を開けて、ベル達三人が小屋から出て来た所だった。


「ヒロ様、ピュネ様、おはようございます」


「おはよだにゃ……」


「おはよー。って、ナオだけまだ眠そうだな」


「昨日はちょっと夜更かししすぎたにゃ。ニャーはいつもいっぱい寝る為にもっと早く寝るにゃ」


「ははは。この後タンバリンに戻ったら直ぐに魔車ましゃに乗るし、その時に寝とけよ」


「にゃー。そうするにゃ」


 ナオが眠そうに目をこする。


「これから向かう先はフロアタムで良いよな? ミーナさんとの行くって約束もあるし、何よりフロアタムが本当に魔族の手に落ちているのか、確認する必要がある」


「うん、そうだよね。宝鐘を守る為の騎士を派遣しない事が凄くひっかかるし、絶対行った方が良いと思う」


「はい。ネビロス亡き今、王都が解放されていたとしても必要でしょう」


「あの~、ちょっと良いかしら~?」


 俺達が意気込んでいると、のんびりとした口調でピュネちゃんが止めた。

 視線を向けると、相変わらずののほほん顔だった。


「昨日言い忘れていたのだけど、この国で邪神直々の命令で動いている魔人は、魔人ベレトだと思うんですよ~」


「魔人ベレト?」


「はい。邪神に仕える幹部の一人で、ネビロスちゃんを配下にしている魔人アスタロトと、同格くらいの実力だったはずです」


「俺達が戦ったネビロスより強いって事か……」


「ヒロさんが倒した時のネビロスちゃんって、魔力が殆ど無くなっていたんですよね~? それを考えたら、ネビロスちゃんの時より凄く大変かもしれないし、そうなっちゃいますね~」


「心配しなくても、ヒロくんならきっと大丈夫だよ!」


「ありがとな、ベル」


 ネビロスより強い相手と聞いて、少しだけ弱気になったけど、ベルのおかげでそれもなくなった。

 元々は覚悟していた事だし、今さた怖気づいてどうすんだって話だ。


「それじゃあ、皆頑張ってね~。お姉さんはここで待ってるわ~」


「ピュネちゃんは一緒に行かないのにゃ?」


「そうね~。私はあくまで傍観者。知恵や知識は必要であれば授けるけど、基本的には手を出さない決まりなの~。それに宝鐘がここにある以上、しっかり守り人として、ここにいないといけないしね~」


「にゃー。残念にゃ……」


 ナオがしょんぼりとした顔で尻尾も垂れさせる。

 すると、ピュネちゃんがナオを優しく撫でた。


「あらあら。ごめんなさいね~。それじゃあ、伝道師クンエイに道案内させ――」


 ピュネちゃんはそこまで喋ると、急に驚いた表情をして空を見上げた。


「どうしたんだ?」


「あらあら。困ったわ~。森に魔族が侵入したみたいです」


「「えええぇっ!?」」


 ベルとナオが驚きの声を上げて、周囲を見回した。

 メレカさんも慌てた様子で、周囲を警戒しだす。


「私には魔族の魔力が一切探知出来ませんでした」


「私もだよ。教えてもらった今でも、全然どこにいるのか分からないもん」


「侵入者は魔人グラシャ=ラボラスね~。魔人グラシャ=ラボラスは自分の魔力を消す事が出来るのよ」


 メレカさんとベルの言葉の答えをピュネちゃんが話し、それでかと納得する。

 確かに、魔力を消すなんて芸当をされちゃあ、魔力の探知なんて出来るわけがない。

 しかし、厄介なのが来たもんだ。

 魔人グラシャラボラスって言えば……。


「ネビロスの魔力をもらった魔人だにゃ!」


「だな。まさかここに来るとはって気分だ」


「しかし、これは好機でもありますね。ネビロスの魔力を受け継いだ魔人グラシャ=ラボラスを倒してしまえば、この先の魔人ベレトとの戦いで有利になります」


「ああ。フロアタムに向かう前に、まずはグラシャラボラス討伐だ」


「よし! 打倒、魔人グラシャ=ラボラスだね! 皆でがんば――うきゅぅ」


 ベルが意気込んで声を上げている途中で、ピュネちゃんがベルに背後から抱き付いてそれを止めた。

 何事かと視線を向けると、ピュネちゃんは相変わらずののほほん顔。

 と言うか、そのままベルを持ち上げて、後ろに少し下がった。


「ど、どうしたの? ピュネちゃん」


「ベルちゃんは駄目よ~」


「え?」


「皆にかかっている宝鐘の効果を消して森から出るには、光の魔力の使い手であるベルちゃんの力が必要なの。だから、ベルちゃんはここでお留守番。もしもの時を考えてね」


「でも――」


「そういう事ならベルはここで待っててくれよ」


「そうですね。それに、本来は姫様を危険な目に合わせない為に私がいるのです。ここはお任せ下さい」


「ベルっちの分はニャーが頑張るにゃ」


「みんな……うん。ありがとう」


 ベルが頷くと、ピュネちゃんがベルを離して、右手の手の平を空に向けて、手の平の上に魔法陣を浮かび上がらせる。


「ディテクション」


 次の瞬間、空気中の水分が吸い込まれる様に魔法陣の上に集まっていき、親指くらいの大きさの水の塊が出来上がった。


「これは魔族の闇属性を探知して、その魔族がいる場所まで誘導してくれる魔法です。これについて行ってね~」


「へえ、便利な魔法だな。ピュネちゃんすげえ」


「うふふ。ありがとう」


「よし、それじゃ行くか」


 ピュネちゃんが出した水の塊の後を追い、魔族の元へ向かおうとしたその時だった。

 突然、ピュネちゃんが「ヒロさんふせてっ!」と、全然のんびりした口調とは程遠い口調で叫んだ。

 そして次の瞬間。


「――――え?」


 気付いた時には、俺は何かに腹を真っ二つに斬り裂かれていた。


「がっ……は…………っ!」


「――ヒロくん!」


 うそ……だろ?


 俺の上半身は下半身から斬り離され、血反吐を吐き出しながら宙を舞った。

 あまりにも一瞬の出来事で、俺には何が起きたのか分からない。

 分かるのは、何かに斬られたって事と、猛烈にくるこの痛みだけ。

 死を覚悟する暇も無く、薄れゆく意識が現実として俺に押し寄せる。


「コネクトウォーター! セット!」


 ピュネちゃんが魔法を唱え、次の瞬間、俺の上半身と下半身が水に包まれてくっついた。


「メレカちゃん! この魔法はあまり長い時間もたないの! それに貴女の回復魔法じゃないと治せない! だからお願い! 早く回復魔法を!」


「はい!」


 助かった……のか?


 俺の意識は消える事が無かった。

 ピュネちゃんの魔法を浴びた途端に、痛みも消えていた。

 ただ、体は動かない。

 体を真っ二つに斬られたのは、まぎれもない事実で、俺は一歩間違えればそのまま死んでいたのだ。

 その事実として、俺には今、斬られた下半身の感覚が全くない。

 正直、こんな状態で生きているのが不思議なくらだった。


 ベルやメレカさん、ナオとピュネちゃんが焦った表情で俺を見つめている。

 しかしそんな中、この場に「いいねいいねー!」と笑いながら近づいて来る者がいた。

 その声は楽しそうで、近づくにつれて木々が斬り倒されていく音が聞こえた。

 そして現れたのは、三人の男。


「さいっこーだねー! 英雄が真っ二つじゃんか! 忙しいってのに、わざわざこんな所まで来たかいがあったんじゃな~い!?」


 笑いながら現れた男は、髪型や服装、それから歩き方の第一印象がチャラいと言う印象。

 もう一人は、騎士の様な格好をしていて、見た目が中学生くらいの年齢に見える子供。

 最後の一人は、灰色のローブを羽織っていて、ローブの隙間から魚で言うエラが見えた。


「ってー、あれあれ~? あっちゃー。今ので殺せなかったのは、残念すぎるっしょ」


「申し訳ございません。グラシャ=ラボラス様」


「いいのいいの! どうせ、もう虫の息じゃん! なあ、お前もそう思うだろ?」


「…………」


「かーっ。死人に口なしってかー? あーあ。死人は喋んないから、反応無くてつまんないねえよなあ」


 妙な雰囲気の三人組。

 さっきから楽しそうに話す奴以外の二人は、まるで精気が抜き取られたように表情が無い。

 俺がそんな事を考えている時だった。

 ベルが目尻に涙を溜めて口元を両手で覆って、信じられないものを見ているとでも言いたげな視線を現れた人物達に向けていた事に、俺は気がついた。

 そして、ベルは小さな声で「うそ?」と呟き、そして叫んだ。


「何でなの、セイくん!? ブールノ!?」


 ベルは後退ってしまい、完全に戦意を喪失してしまっている。

 完全に動揺してしまっていて、頭の中が混乱しているのだと分かる。

 そして、それはベルだけじゃ無かった。


「そんな……」


 メレカさんも動揺していたのだ。

 そして、俺は気がついた。

 セイ、そして、ブールノ。

 彼等は封印の儀式が失敗した時に、魔族に殺されてしまった人物なのだと。


「あれあれーっ? うっは! マジで巫女姫が動揺してんじゃーん! 言われた通りで、超ウケるんですけど! ぎゃはははは……」


 さっきから煩い奴……グラシャラボラスを放っておいて、俺はセイとブールノに視線を向けた。

 そして、セイとブールノの様子を見て、変な違和感を感じた。


 違和感の正体は顔色だろうか?

 二人とも精気は感じられない。

 だけど、表情と言うか顔色は違っていたのだ。

 セイは無表情なりにも顔色が悪くない感じだが、ブールノの方は無表情どころか顔色も悪い。

 ブールノは魚人らしいので、俺が知らないだけで魚人はこういう顔色なのかもしれないが、それにしてもといった所だ。


「本当人間っておもしれえよな! くっだらねえ事で一々動揺してんじゃねえよ! ぎゃはははは!」


 それにしても……と、グラシャラボラスに視線を向けた。

 さっきから一々ギャアギャアと煩くて、とてもかんに障る。

 かなりの苛立ちを覚えるには、十分すぎるくらいには不快だった。


「困ったわね~。思っていたより行動が速いわ。まさか、こんな直ぐにここを見つけられてしまうなんて。ベルちゃんはあの二人と会わせたくなかったのだけど~」


「ピュネ様、知っていたのですか?」


「さっき侵入したのが分かった時にだけどね~」


「そうですか」


 メレカさんは複雑な顔をしたが、そこで目をつぶった。

 そして、直ぐに目を開けて、目をつぶって気持ちを落ち着かせたのか、真剣な顔で俺の回復を続けた。


「申し訳ございません。少し取り乱しました。回復に集中します」


「いいのよ。仕方がないもの~」


 そう言うと、ピュネちゃんがベルとナオに視線を向けて大声を上げる。


「ベルちゃん! ナオちゃん! ヒロさんが回復するまで、その三人の相手をお願いするわ~!」


「わた、私は……」


「任せるにゃ! ベルっちは魔人を頼むにゃ! 騎士と伝道師はニャーに任せておくにゃ!」


「ナオちゃん……っ!」


 ベルはハッとなり、自分の顔の頬を両手で叩いた。 

 そして、その目にしっかりとした意志を宿す。


「ごめん、ナオちゃん! ありがとう。でも私は大丈夫だから!」


「にゃー。ベルっち、本当に大丈夫にゃ?」


「うん。だから一緒に戦おう!」


「もちろんだにゃ!」


 ベルが杖を構えて、ナオが爪を伸ばして構える。

 どうやら、ベルはナオのおかげで何かが吹っ切れたようだ。


「あっれれー? いぃんでっすかー? 巫女姫様ー? 知ってんだぜー。あんたの大事な大事な騎士様なんだろー?」


「いちいち煩い奴だにゃ! 少し黙ってろにゃ!」


「あっああん!? 偉そうだなあ? まな板娘ー。いいぜえ、まな板娘。てめえから殺してやるぜー!」


「まーなーいーたーっ!? すっごいむかつくにゃっ! ニャーはあいつ嫌いだにゃ! ぶっ倒すにゃ!」


 ナオが駆けだして、グラシャラボラスとの距離を詰めていく。


「嫌いで結構! 倒せるもんなら倒してみな! だが、俺様が相手してやると思うなよ? まな板娘! てめえの相手は死人で十分なんだよー! 遊んでやりなブールノ!」


 グラシャ=ラボラスの命令で、ブールノが腰に下げた剣を抜いて、接近したナオに襲い掛かった。


 ナオの爪とブールノの剣がぶつかり合い、それをグラシャ=ラボラスはニヤニヤと高みの見物を始める。

 そして、ベルはセイとブールノを見て、杖を強く握りしめた。


 こんな時だってのに、俺は生きているのが不思議なくらいに体は未だに二つに分かれていて、まだ当分治りそうもない。

 

 敵はネビロスの魔力を受け継いだ魔人グラシャ=ラボラス。

 そして、封印の巫女姫の騎士セイ=ケントスと伝道師ブールノ=フィッチ。

 どうやら、ここ迷いの森で戦う強敵は暴獣マンティコアでなく、よっぽど性質の悪い相手なようだ。

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