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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
第2章 魂の帰路
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4話 霧の中の戦い

 霧の中ナオを捜すも見つからない。

 それどころか、走り回っていたせいで、ベルとメレカさんまで見失ってしまった。

 ナオを呼ぶ二人の声も聞こえない。


 俺は焦っていた。

 迷いの森の木々は奥へ行くほど密集していて、更には自分の身長と同じくらいの長さの草が生い茂っている。

 霧が無かったとしても、これじゃあ自分がいる場所が分からなくなる。

 だが、だからと言って立ち止まっても居られない。

 この霧が闇の属性を含んでいる以上、この霧は誰かが起こしたものだ。

 そしてその誰かが魔族の可能性は高い。

 こうしている間にも、誰かが魔族と遭遇してしまっているかもしれない。

 だから、俺は不安を抱えながら、草木をかき分けて奥へ奥へと必死に進んで行った。


「くそっ。ナオや皆が無事だといいんだが……」 


 不安は大きくなる一方だ。

 一度も姿を見せない暴獣マンティコアも気になる。

 迷いの森に入ってから、何故か今のところ遭遇してはいないが、いつ出て来てもおかしくはない。

 もし、今一人のナオの前に現れたらと思うと、かなり心配で仕方がない。


 この森の何処かにいるマンティコアと、霧を発生させた謎の人物。

 せめて、霧を発生させた人物が魔族でない事を祈るばかりだ。


「ナオー! ナオ―!」


 ナオの名を呼び、耳を澄ませて返事を待つ。

 それを繰り返して奥へと進む。


「ナオ―! いたら返事し――」


 その時、何かに体がグルグルと巻かれた感触を覚えた。

 視線を体に落として確認すると、若干湿っとしたザラザラの紫を含んだピンク色の何かに俺は巻かれていた。

 恐る恐る触れてみると、触り心地は柔らかなブニョブニョ感。


「……何だこれ?」


 疑問を口にした次の瞬間、俺はもの凄い勢いで引き寄せられて宙に浮く。


「――っ!?」


 引き寄せられる方に視線を移すと、霧のせいでハッキリとは見えないが、木の枝の上にカメレオンをそのまま人型にしたような奴がいた。

 俺の体に巻き付いているピンク色の物は、そいつの舌だったのだ。


「ヤバ……っ!」


 急いで体に巻き付いた舌を殴って、何とか振りほどいて着地する。


「っぶねー」


「ウケケケケ。やれやれ、舌を殴るとは酷い事をしやがる。おーいてて」


「――喋った!?」


 カメレオンみたいな見た目をした奴が喋ったもんだから驚くと、そいつは目を細めて愉快そうに笑いだす。


「おれっちは魔従まじゅうメレオン。お前が英雄だな? 主の命令でねー。ここで死んでもらうよー。ウケケケケー」


 なるほど、魔従ね。

 奇怪な暴獣が出たのかと思って、びっくりしちまったよ。

 っつうか、人型とは言え、魔従ってこんな喋れる奴もいるんだな。

 いや、それよりだ。


「この霧を発生させたのはお前か?」


「霧を発生させた? へー。これは人為的に出来た霧だったのか。主に後で報告しておこうかねー」


 霧を発生させたのは魔族じゃなかったのか!?

 じゃあ、いったい誰が……?


「ウケケケケ。こいつは良いや。英雄を殺して、霧の事も報告できて、主からご褒美がもらえそうだー」


「悪いな。殺されるつもりは無いぜ」


「そんなの知らないねー。お前に無くとも、おれっちには殺すつもりがあるんだ」


 メレオンが大きく口を開けて、口の中に魔法陣を浮かび上がらせる。

 どうやら、ナオを捜す前にこいつを倒す必要がありそうだ。


「ウケケケケ。クロスカラー」


「――なっ!」


 メレオンが魔法を唱えた次の瞬間、メレオンの姿がスゥッと霧の中に溶け込むように消えてしまった。


「消えやがった!」


 カメレオンっぽい奴だとは思ったけど、まさか消えるとは思わなかった。

 ただ、どうせこの霧で元々ハッキリとは見えなかったのだ。

 こういう時は音に注意すれば、だいたいの位置がつかめる筈。

 それに、奴は今は木の枝の上にいるが、地面に降りれば背の高い草が潰れる。

 常に周囲を警戒して、変化を逃さない様にすれば、どうにでもなるはずだ。


 しかし、事態はそんな簡単なものでは無かった。


「――がぁっ! ……後ろ!?」

 

 突然前から出は無く後ろから襲われ、背中を何かで殴られた。

 直ぐに後ろに振り向いても、メレオンの姿は無い。

 それどころか、俺はメレオンの動きを見逃さない様に、奴が乗っていた枝をずっと見ていたが揺れてすらいなかった。

 つまりそれは、移動して攻撃したのか、移動せずに攻撃したのか、今の俺では全く判断できないと言う事。


 くそっ。

 甘く見てた。

 あんななりでも魔従って事か!


 正直、メレオンからの攻撃に備えていたから、ダメージは大した事は無い。

 しかし、油断を許されない状況だ。

 俺は更に周囲への警戒を強めて、神経を研ぎ澄ました。


 どこからくる?

 右か? 左か? 前か? 後ろか?

 こういう時、周囲へ向けて放てる広範囲系の魔法が無いと不便だな。

 ん?

 周囲へ向けて……そうかっ!


 俺は霧を注意して観察する。


 俺の予想が正しいのであれば、メレオンの魔法は消える魔法では無く、周囲の色に溶け込む魔法。

 クロスカラーって唱えていたので、色を周囲に合わせているのだと考えた。

 つまり、目を凝らせば、空間が揺らめく様な違和感があるはず。


「――そこだっ!」


 微かに空間が揺れて、違和感の起きた場所を見つけて飛びかかって殴った。

 すると、メレオンが「キエッ……っ!!」と悲鳴を上げて姿を現し、そのまま吹っ飛んだ。


「当たり!」


 メレオンは背後にあった木にぶつかり、左頬を舌で撫でた。


 空振りすると隙が出来て危ないと思って結構力を抜いたけど、本気で殴っときゃ良かったな。

 しっかし、こんだけある草の合間に上手に音も立てずに立ってるとか、どんなだよコイツ。

 隠密能力が高すぎんだろ。


「おーいてて。油断した油断した。あんまりのんびりしていると、主に叱られてしまうねー」


「その主ってのが誰なのか教えてもらえると、ありがたいんだけど?」


「ウケケケケ。冥土の土産に教えてあげよう。魔人グラシャ=ラボラス様さー。グラシャ=ラボラス様は邪神様のお力で、ネビロス様から魔力を頂いたのさ」


「――っ!?」


「そのおかげで今は多忙の方なのさ。それで代わりにおれっちが宝鐘ほうしょうを破壊しに来たのさー」


「っな――」


 ――なんて口の軽い奴なんだ!?

 魔族にもこんな馬鹿な奴がいるのか?

 隠密能力はずば抜けて高いのに、その分こっち方面がぺらっぺらじゃねえか。


 主が誰なのか教えて貰えると思ってもいなかった俺は、普通は敵の質問なんて答えないものだろうにと、正直驚いた。

 だと言うのに、聞いてない事まで内部事情をペラペラと喋ってくれたメレオンが、得意気に笑みを浮かべる。

 それ見て、俺はこの軽口なカメレオンから色々と聞き出そうと考えた。


「ネビロスの魔力って事は、亡霊を操ったりとか出来るんだよな?」


「そうさ。正確には魂を操る魔法なのさ。でも、ネビロス様は格が違うお方なんだ。だから、ネビロス様と違って、グラシャ=ラボラス様の場合は死んだ人間の魂は元の体がないと操れない。それに、生きた人間は――って、おー怖い怖い。お前、おれっちに色々聞こうとしてるなー? おれっちはそんな馬鹿じゃないよ」


 これだけ喋れば十分馬鹿だとは思うが黙っておく。


「他にも教えてもらいたい事あるんだけど?」


「嫌だねー! いくら冥土の土産だからって、おれっちはそんなに優しくないっての!」


 少し怒気を孕んだ口調でメレオンが声を荒立てて、再び大きく口を開けて魔法陣を浮かび上がらせる。 


「クロスカラー」


「また消えやがった……」


 ……にしても、結構情報が聞けたな。


 魔族が宝鐘の在り処を何故知っていたのかは分からないが、宝鐘がこの森の何処かにあるって言う俺の予想は当たっていたようだ。

 そうなると、やはりマンティコアが守っていた“何か”は宝鐘なのだろう。

 それに、クンエイさんと魔族が関係ない事も分かった。

 死んだ人間の魂を操れるらしいが、元の体がないと操れないって事は、魂のまま現れたクンエイさんは少なくとも魔族とは関係ない。

 今は戦闘の真っ只中だが、正直そこは安心した。

 とは言え、安心している余裕は無い。


「ダークネスタン!」


 メレオンの声が聞こえたと思った次の瞬間、黒い帯状の物が鞭の様にしなり、襲いかかってきた。


「――何だこれ!? くっ。……軌道が読めねえ!」


 鞭の様な攻撃から身を守りながらメレオンを捜すが、霧が濃くて全く何処にいるのかが分からない。

 と言うか、さっきよりも霧が酷い。

 距離にして一メートル先を見るのがやっとのレベルだ。

 魔法なんか使われなくても、これじゃあメレオンを目で捉えられない。


「くそっ。意外ときついぞこれ」


 少しずつダメージが蓄積されていく。

 ただ、そんな中で俺は一つの可能性に気がついた。


 恐らくこの鞭の様な黒い帯状の物体は奴の舌だ。

 それなら、これの先には必ず奴がいる。


 黒い帯状となった舌の先にいるであろうメレオンの姿を捜す。

 だが、霧が濃すぎるせいで、攻撃が何処から出されているのかさえも全く分からない。


 劣勢は続く。

 黒い帯状の鞭の様な攻撃は止まる事なく延々と続く。

 鞭の様に動くそれは、霧のせいもあって軌道が読みづらい。

 しかも、同じ方向ならまだ良かったが、全方位から攻撃がくる。

 そのせいでメレオンのいる場所が分からないと言うのもあった。


 ダメージが蓄積されていき、俺も焦りが出始める。


「くそっ! こんなん避けらんねえぞ! どうす――――ヤバっ」


 声を上げたその時、突然足を捕まれる。

 そして、そのまま宙へ振り回されてしまった。


「ぉおおおおああああっっっ!」


 次の瞬間、俺は地面に向かって叩きつけられる様に投げられた。

 草の生えた地面はその衝撃でえぐられる様に削り取られ、俺はその衝撃を受けて血を吐き出す。

 咄嗟に防御のイメージをしてなければ、確実に死んでいた。


「く……っそ。ったく。かなり厄介な敵だぞこいつ」


「ウケケケケ。霧のせいで、お前も(・・・)おれっちの位置が分からないみたいだねー。このまま決めさせてもらうよ。ダークネスタン!」


「またかよ……っ!」 


 メレオンの舌を使った黒い帯状の鞭の様な攻撃が再び始まる。

 前後左右、更に上からと、全方位から攻撃がくる。

 その攻撃はさっきよりも威力が高く、俺の周囲すらも巻き込んで、無差別に地面を抉り木々を薙ぎ倒していった。

 おかげでこっちは身動きすら出来ない。

 最悪な事にそんな中でも霧が濃くなっていき、ついには一メートル先どころか、目と鼻の先の目の前すら全く見えなくなってしまった。


 以前戦ったネビロスと比べたら、メレオンの攻撃は実はそこまで大した事は無い。

 ただ、ダメージの蓄積がえぐいって感じだ。

 避けようにも霧で避け辛いから全部防御するしかなく、だからと言ってこのまま受け続けるわけにもいかない。

 それに、反撃したくても敵の位置が分からなくて出来そうにない。

 この攻撃をどうにかして、さらにメレオンを見つけ出す方法があれば良いのだが……。


 と、その時、メレオンの舌が俺の腰に下げたナイフに当たり音を鳴らす。

 その音を聞き、俺は作戦を思いついて、腰に下げたナイフを引き抜いた。


 さっき“お前も”って言ってたよな?

 なら、向こうも俺が見えてないって事だ。

 こいつが俺以外の周囲を巻き込んで攻撃してるのは、その為だろうな。

 なら、俺が何しようとしてるかも見えてないはず。

 ……賭けてみるか。


「さっきの地面に叩きつけられるやつ。もう一回食らったらヤバいな」


 俺がぼそりと呟くと、メレオンの攻撃の軌道が変わった。

 そして、俺は再び足を掴まれた。


 ――かかった!

 逃がさねえぞお!


 抜き取ったナイフでメレオンの舌を刺し、そのままナイフを地面に突き刺す。


「ウケェェッ!!」


「捕えたぜ! カメレオン野郎!」


 メレオンが悲鳴を上げるなか、俺は舌を辿って駆け抜ける。

 目指すは舌の先にいるメレオンだ。

 地面に刺さったナイフが地面から離れ、それと同時にメレオンの舌も本体の方へと戻って行く。

 だが、もう遅い。


鉤爪かぎつめええっっ!」


 右手を鉤爪の様に曲げて切り裂くイメージをして、視界に入ったメレオンに向かって一気に振り抜く。

 次の瞬間、俺がイメージしたその斬撃が、メレオンを切り裂いた。


「ギャァァアアアッッッ!」


 切り裂かれたメレオンは断末魔の叫びを残して、骨を残してドロドロと溶けていった。


「……はあ、何とかなったか。よしっ。ナオの爪を元に考えた技だけど、思ってたより強力になったな」


 ネビロスの戦闘以来、攻撃手段が殴るだけじゃこの先の戦いで不便だと思って、色々と技を考えていた。

 その色々の一つが今使った【鉤爪】だ。

 その名の通り、手を鉤爪の様にしてイメージを膨らませて、それで敵を斬るって技だ。

 と言っても、使う時に魔力を消費しているわけだから、技と言うよりは魔法かもしれない。

 まあ、魔法って感じもしないし俺が勝手に作ったものだから、技って事にしている。


 それはさておき、地面に転がっているナイフを拾って、再び腰に下げる。

 周囲を見れば、相変わらずの霧で見えづら……い?


「あれ? 薄くなってねえか?」


 その時、俺は霧が薄くなっていた事に気がついた。

 そもそも、転がっていたナイフだって、見えていたからこそ拾っていたのだ。

 さっきまでは目と鼻の先すら見るのに大変だったってのに。

 それに今にして思えば、足を掴んだ舌を辿って本体に向かって走るだなんて、ある程度見えていなきゃ出来ない行為だった。


 するとそんな時だ。

 背後から誰かが草をかき分けながら歩いて来る音が聞こえた。

 そして、よく知る声が「ヒロ様」と俺を呼んだ


「メレカさん!」


 振り向くと、やはりそこにはメレカさんが立っていた。


「こちらの方で戦闘の気配を感じたので確認に来ましたが、やはりヒロ様でしたか」


「丁度今さっき魔従を倒したとこだよ。んで、あの骨が魔従の残骸」


 近くに転がっているメレオンの骨の残骸に指さすと、メレカさんがそれを見て顔を歪ませた。


「まさか、魔従が本当にこの森に侵入していただなんて……」


「だよな。俺もこいつと戦うまでは半信半疑だったよ。やっぱりメレカさんも気づいてたんだな」


「いえ。私の場合は、とあるお方からお聞きしたのです」


「え? とある方?」


「はい。それよりヒロ様、ついて来て下さい。この森の最深部で、宝鐘がある小屋を見つけました。ナオも姫様と一緒にそこにいます」


「ナオも!? 良かった。無事だったのか。って、マ? もう宝鐘を見つけたのか!?」


「ですが、直ぐには手に入れる事が出来ないようです」


「そうなのか?」


「残念ながら。……それはそうと、ヒロ様」


「おう?」


「今から向かう宝鐘がある小屋には、そこに住む住人が一人います。そのお方に会えば、ヒロ様の魔法の正体が分かるかもしれませんよ?」


「魔法の正体?」


「はい。ヒロ様の持つ魔法の力は、ヒロ様が思っているより、可能性を秘めていた力なのかもしれません」


 俺が思っているより可能性を秘めた力。

 ただ殴るってだけでなく、メレオン戦では敵を斬るなんて芸当も出来た。

 だけど、力を秘めてるって事は、殴るとか斬るとかそう言う次元の話ではないのかもしれない。







 暫らく歩き、メレカさんの言う小屋へと辿り着いた。

 だけどそこは、本当に宝鐘があるのか? と、疑問に思ってしまう程のオンボロ小屋。

 見るからにボロボロで、人が住んでるってのも怪しい。

 最早冗談を言われたのではと疑う程だ。


「ここが……?」


「はい。宝鐘を護り続けている小屋です」


 あまりにも真剣な表情でメレカさんが言うものだから、俺はその言葉を『冗談でしょ?』と笑い飛ばさずに、黙って冷や汗を流した。


【魔族紹介】


 メレオン

 種族 : 魔族『魔従』

 部類 : 人型『カメレオン』

 魔法 : 闇属性


 下っ端の魔従で、隠密が得意。

 隠密のみであれば優秀で、かなり厄介な敵。

 しかし、口が軽く、何でもかんでも直ぐに喋ってしまう。

 攻撃手段は自らの舌を伸ばしての攻撃。

 実力は隠密能力を除けば、魔従サーベラスよりも弱い。

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