3話 迷いの森探索
ウッドブロック大森林の中心に位置し、入った者は二度と出られないと言われている霊が彷徨う森【迷いの森】。
出られない理由は幾つかあり、その一つが暴獣マンティコアの存在。
人の肉を食らうウッドブロック大森林の主。
この暴獣マンティコアに出会ったら最後、死を覚悟する必要があるとされていた。
◇
「ねーねー、ヒロくん。その“何か”を探す為に迷いの森の奥に進むって言っても、どうやって行くつもりなの? 道が分からないんだよね?」
「そうだな。方角を気にして進もうとは考えてるけど、基本が背の高い木ばっかだから、前回みたいに太陽が見える場所を歩けるとは限らないし。そもそも、その“何か”が本当にあるのか、あったとしても何処にあるのか、それも分かってないからな」
「うんうん。あっ、そう言えば、太陽の位置で方角が分かるって凄いよね。この前よく分かったなあって、驚いちゃった」
「まあ、この世界には腕時計がないもんな……ん?」
迷いの森を進みながら、ベルと話しをしている時だった。
突然、周囲が霧に包まれ始めた。
「早速太陽が見えなくなりそうなんだが?」
「あはは……」
「太陽どころか前も見えなくなりそうにゃ」
ナオの言う通り、出て来た霧はどんどん濃くなっていき、このままだとマジで前が見えなくなる勢いだった。
「なあ? これって、帰り道すら分からなくなるんじゃないか?」
「ええ!? 大変! どうしよう!?」
俺の軽率な発言でベルが慌ててしまう。
それを見て、俺が失言だったなと思っていると、メレカさんが「この霧は……」と真剣な表情で呟いた。
「姉様どうしたにゃ?」
「姫様、落ち着いて下さい。恐らくですが、この霧は魔法で出来た霧です」
「え? ……あ。確かに、魔力を感じるかも」
「ニャーは全然わからないにゃ」
「魔法で霧なんて作れるのか?」
「はい。私の実力では不可能ですが、水属性の上位魔法を使える実力の持ち主でしたら可能でしょう」
「上位魔法って言えば、氷が使えるって言う例のやつか」
「はい。ただ、この霧はどちらかと言えば【闇】の属性を含んでいる様に感じます」
メレカさんはそう言うと、周囲を警戒して見回した。
「使用者が闇の属性を含んだ水属性の魔法の使い手であれば、この霧がいつ毒を帯びてもおかしくありません」
「――毒!?」
「はい。念の為、私の魔法で水の膜を全員に貼ります」
メレカさんが小杖を取り出して、魔法陣を浮かび上がらせる。
「ウォーターフィルム」
次の瞬間、全身を湿気で包まれる様な感覚が流れた。
「これで多少は毒を防げるでしょう」
「な、なあ? 水の上位魔法を使えるって事は、水属性だよな? それなのに、闇の属性を含んだってどういう事だ?」
「あっ。そっか。まだちゃんと説明して無かったんだっけ? 上位魔法って言うのは、それぞれ元となる四つの属性に【光】もしくは【闇】の属性が混ざったものなの」
「て事は、水の場合は、光が氷で闇が毒なのか?」
「うん。そして、個々で使える上位魔法も光か闇のどちらか一つで、それも元々持ってる属性を極めないと、自分が光と闇のどちらが使えるか分からないの」
「以前聞いた時に言っていた、メレカさんの場合相性がどうのって、どちらに転んでも回復には遠いからだったのか。流石に氷と毒じゃ、回復のイメージわかないよな」
「あはは。そうだね」
「結局、光と闇の属性は上位魔法を使えるようになれば、使えるって事なのか」
「それは違います。確かに上位魔法を使用可能となれば、光か闇のどちらかの属性を操る事が出来ますが、それはあくまで元の属性の魔法を使用する上での話です。単体では使えません」
「成る程ねえ」
光と闇……俺の場合はどうなるんだ?
無属性はどう転んでも無だけなのかね?
ま、考えてても仕方ないか。
それより、今はこの霧だ。
マジでどんどん濃くなっている。
これでは先に進むのも一苦労だ。
と、そこで、ナオが目ざとく俺が腰にぶら提げている物を見つけた。
「ヒイロヒイロ。その腰につけてるナイフは何に使うんだにゃ?」
「これは迷子になった時に、そこ等辺の木の実を採って皮を切る為に持って来たんだよ。ほら、昨日はせっかくそこ等辺にあるのに食べられないって話しただろ?」
そんなわけで、俺は武器ではなく、食料調達の為にナイフを持って来ていた。
直接食料を持って来る事も考えたけど、荷物になるしやめておいた。
「なるほどにゃ」
「用意が良いね、ヒロくん」
「まあな」
俺がそう返事を返した時だった。
突然、“リーン……リーン……”と鐘の音が森全体に響く様に、静かにだが聞こえてきた。
その音は美しく、聞いているだけで心が安らぐような音色だった。
そしてそれは、止む事なく延々と鳴り響いている。
ただ、今の状況が状況だけに、ゆっくりと聞きたい気分にはならなかった。
「鐘の音っぽいのが聞こえるんだけど、皆聞こえるか?」
「はい。鐘の音で間違いないですね」
「これが【宝鐘】の音色かにゃ?」
「どうだろう? 私も四つの宝鐘の音色を知らないの。でも、この音には微かに光の魔力を感じるよ」
ベルがナオの疑問に答えた直後、鐘の音がピタッと鳴りやむ。
そして、気が付けば周囲が本当に見えなくなる程の霧が出ていて、俺達は足を止めて立ち止まった。
霧の濃さは、だいたいだが五メートルから先が見えない程の濃さになっている。
「止まった……? いや、それより霧で全然周りが見えないな」
「う、うん」
「とにかく今は進みましょう。皆さん、バラバラにならない様に注意して下さい」
「にゃー」
こんな周りが見えない中で歩いて大丈夫かと心配になったが、俺はメレカさんの指示に従った。
と言うのも、俺は何かに見られている様な気がしていたからだ。
しかし、こんな周りが見えない程に濃い霧の中で、俺達を見る事が出来る何かなんているとも思えない。
だからと言って、このままこの場に留まる気にはなれなくて、何も言わずメレカさんの指示に従ったのだ。
するとそんな時だ。
突然ナオが「にゃーっ!」と叫び、俺に抱き付いた。
「――どうした!?」
「ヒロくん! あれ!」
ベルが指をさした方向に視線を向けると、魂の様な何かが、霧の中を漂っているのが見えた。
俺はそれを見て絶句する。
「恐らくですが、迷いの森を彷徨う魂ですね」
「め、メレカさん冷静だな……。襲ってきたりはしないのか?」
「それは無いでしょう。ですが、実害は無いと言っても、あまり関わらない方が得策でしょう」
「寧ろ関わりたくないんだが……」
「ねえ、メレカ。成仏させてあげられないのかな?」
「不可能です。せめて迷いの森から外へ誘導出来れば、自然と成仏するかもしれませんが……」
ベルの“成仏させてあげられないのかな?”と言う言葉のおかげか、俺の中から魂が見えた事への恐怖が和らいだ気がした。
なんて言うか、確かにベルの言う通りで、ここで彷徨ってる魂ってのは可哀想な存在だ。
森から出たくても出られない魂たちを怖がるなんてと、ベルに教えられた気分だ。
そう思ったら恐怖は和らいで、そして消えていき、不気味な感じには見えなくなった。
「クンエイ爺ちゃん!」
不意にナオが誰かの名を叫んだ。
そして、ナオは俺から離れて、目を潤ませた。
ナオの視線の先には、見知らぬ獣人の老人が立っていた。
老人は全身が青白く、そしてどこか透明感のある姿。
頭には狐の耳があって、体を覆うローブを羽織っている。
他の魂と違って、体もあってローブも着ている姿なので、まるでホログラムの映像を見ている様だった。
それもあって、俺はその老人が魂なのだと直ぐに分かった。
「ナオや、元気そうじゃな。巫女姫様もお変わりないようで」
――喋った……っ!?
「クンエイ? 本当にクンエイなの?」
「クンエイ様……」
俺とはまた違った驚きを見せ、ベルとメレカさんの動きが止まった。
そしてそんな中、ナオが笑顔で老人に向かって走り出し、俺はクンエイと言う名前の心当たりを思いだす。
「あ、伝道師のクンエイさんか?」
俺が呟くと、老人が「はい。仰る通りです」と落ち着いた笑みを見せ、言葉を続ける。
「伝道師クンエイ=ビスカットと申します。貴方様が英雄殿ですね?」
「そうだよ。一応な」
「一応ではありません。しっかりして下さい」
「っ。メレカさん目が怖いって……」
いきなり喋り出すもんだから少し警戒したけど、話に聞いていた伝道師のクンエイさんと言う事を知って、俺は警戒を解いた。
伝道師のクンエイさんと言えば、ベルを逃がす為に邪神に立ち向かった人で、その時に亡くなっている人だ。
何故死んだはずのクンエイさんが、魂だけの姿でこんな所にいるのかは謎だけど、悪い人ではない筈だ。
「クンエイ、何故ここにいるの? それにその姿は? 貴方は、あの時……」
「巫女姫様。仰るとおり、わしは死んでいます。ここにこうしているのは、魂がこの場所に来た為です。この姿については、今は話す事が出来ませぬ」
「なんでにゃ? なんで話せないにゃ?」
「すまんのお、ナオ。わしにはそれを説明するだけの権限が無いのだよ。わしはある者に頼まれて、道案内をしに来たのだけなのだ」
一気にきな臭くなったのを感じた。
つまり、クンエイさんは誰かに操られてる可能性が高いって事だ。
ただ、どうしてもクンエイさん自身は悪い人には見えない。
「権限……ね。その権限ってので、道案内を頼んだ相手も教えれないんだよな? 事情があるみたいだし、とにかくその道案内だけよろしく」
「ほっほっほっ。そう言う事です。英雄殿、ではこちらへ」
怪しい感じはするが、周囲が霧で見えないこの状況をどうにかする為に、俺は道案内を受け入れる事にした。
勿論罠である可能性を考えて、警戒はする。
そうしてクンエイに連れられて森の奥へと進みながら、今後のクンエイさんへの対応をどうするか決める為に、ナオに一つ確認する事にした。
「クンエイさんって、ナオのお祖父さんなのか? 一人は村長だったよな」
「にゃ? クンエイ爺ちゃんは、ニャーの師匠だにゃ」
「ああ。そう言う関係なのか」
「クンエイにお弟子さんが二人いるって聞いた事はあったけど、一人はナオちゃんだったんだね」
「にゃー」
「私もナオがクンエイ様の教え子だった事は知りませんでした」
「ベルもメレカさんも最初ナオとは顔見知りじゃなかったもんな」
「うんうん。だから、私も二人が知り合いって知ってびっくりだよ」
「そうだな――――って、あれ? クンエイさんがいないぞ?」
俺達が話していると、クンエイさんがいつの間にかいなくなっていた。
さっきまで間違いなく俺達の前を歩いていたはずだった。
だけど、その姿は見つからない。
「あれ? ホントだ」
「クンエイ爺ちゃんがいなくなってるにゃ!」
「そんな。先程まで前を歩いていらしたのに……」
周囲を見まわして、クンエイさんが言っていた“わしはある者に頼まれて、道案内をしに来たのだけなのだ”と言う言葉を思いだす。
「――まさかっ!」
「え? ヒロくん、何か分かったの?」
「ある者に頼まれてって言ってたよな? そのある者って、ネビロスの仲間の魔族なんじゃないか?」
「「――っ!」」
「ネビロスは暴獣やタンバリンの人達を操っていたよな? それに亡霊を操る魔法を使っていたし、死者の魂を操る事が魔法で出来るのだとしたら、その可能性はあるんじゃないか?」
「そんな! でもまさか……」
「しかし、ヒロ様の言う通り確かにありえない話ではありません。ネビロスはここにいる全員が知っている通り、邪神に魔力を吸収されていました。ですので、その吸収した魔力を使って、クンエイ様の魂を操ってい――」
「――違う! そんなの、ニャーは信じないにゃっ!」
「ナオちゃん!?」
不味い事になった。
ナオが涙を流しながら、霧の中を走り出したのだ。
「どうしよう!? 私、ナオちゃんを追いかける!」
「ごめん。俺が行く! 俺が変な事言いだしたのが原因なんだ!」
「いえ。私にも責任があります。それに、ここまで霧が濃いと、離れて行動すると危険です。三人で追いかけましょう」
「うん、そうしよう」
「わかった……」
何やってんだよ俺はっ!
俺は自分の軽率な言葉に嫌気がさした。
もっとナオの事を考えるべきだった。
クンエイさんと会った時、ナオは涙を流して喜んでいた。
きっと、ナオにとってクンエイさんは本当に親しい大切な人だったんだろう。
それだと言うのに、俺は何の考えもなしに、ただ思った事を口に出してしまった。
何の証拠もないのにだ。
もし本当に魂を操られていたのだとしたら、そんなの悲しすぎるじゃないか。
もう少し考えて喋るべきだったんだ。
「ナオ―ッ!」
「ナオちゃーん!」
「ナオ―!」
魔力で捜せないかと提案するも、それは出来なかった。
何故なら、霧と同じ水属性のメレカさんであればナオの魔力を探知して捜しだせると思ったが、この霧自体が魔力を含んでいたからだ。
ベルも殆ど同じ理由だ。
光が魔力を含んだ霧に遮られる為、探知する事が出来ない。
だから、結果として三人でナオの名前を呼びながら捜した。
だけどナオは一向に見つからない。
頭の中がモヤモヤする。
ナオに申し訳ないと思う反面、もし本当に魔族が関係していたら思ってしまう。
そして、一人にしてしまったナオが今狙われたらと考えてしまう。
最低だな俺。
とにかく、早くナオを見つけて、まずは謝らないとだよな。
しかし、俺達を邪魔する様に、更に霧はどんどん濃くなっていく。
まるで、この森に入った者を誰一人として逃さぬようにと。




