23話 ありがとう
魔人ネビロスとの戦いが終わり翌日。
ネビロス討伐成功を、ミーナさんが王都フロアタムに戻って報告する為、村を出て行く事になった。
それで今は、ベル達と一緒にタンバリンの出入口まで来て、ミーナさんを見送りに来ていた。
「それでは、わたくしは先にフロアタムに戻りますわ。巫女姫様、英雄殿、メレカ、フロアタムでお待ちしておりますの」
「うん。ミーナ、ありがとう。長老様によろしくお伝えしてね」
「もちろんですわ。巫女姫様」
ミーナさんはそう言うと魔車の御者台に乗って、フロアタムへと帰って行った。
俺達はミーナさんが見えなくなるまでその場で見送り、そして、ベルがぽつりと呟く。
「ミーナ、一人で大丈夫かな……?」
「心配なさらなくても大丈夫です。あれでも、ミーナはウルベ様専属の従者ですから」
「……うん」
ミーナさんの部下は、あの戦いの後、一人も見つからなかった。
恐らくネビロスによって、既に殺されてしまった後だったのだろう。
暴獣の巣穴で捕らわれていた村人達が助かり喜ぶ中、ミーナさんは一人、深く悲しんでいた。
でも、ミーナさんは強い人だと思う。
部下達は助からなったけど、それでも村の人達が無事で良かったと、昨日の夜には村人達と一緒に祝っていたのだから。
ミーナさんの見送りが終わると、俺達は自由行動になった。
ベルとメレカさんは二人で話があると言う事なので、俺は一人で散歩を始めた。
「暫らく滞在って事だし、ゆっくり見て回るか」
今後の事だが、メレカさんの提案で俺達は直ぐに出発をせず、暫らくはタンバリンで休息を取る事になった。
ネビロスとの戦いは本当に激しいものだったし、正直言って、あの勝利は奇跡みたいなもんだった。
だから、メレカさんも何か考えがあっての事なのかもしれない。
「しっかし、ホント賑やかだな」
こうして村を回っていると思う事だが、村人達を助けて本来の活気に戻ったこの村は、面白いぐらい騒がしい。
走り回る子供達、狩りをする為の武器を教え教えられている大人と子供、商売で声を上げているお店の人や立ち止まってそれを見て悩む人。
何をするにも騒がしくて、なんと言うか、常に全力って感じがする。
この村には獣人しかいないと聞いていたし、獣人は皆こうなのかと思ってしまう。
だけど、こう言うのは嫌いじゃない。
騒がしく走り回る村人達を見て、俺は昨日目を覚ました後に聞いた村人の話を思い出した。
捕まっていた村人達は、意識不明の状態で何かを探していたらしい。
皆操られていた時の記憶は無い様で、何を探していたのか知る者はいなかった。
ウッドブロック大森林の暴獣の巣ではなく、迷いの森に何かあるのでは? と、考えた人もいたけど、結局のところ分からずじまいだった。
ネビロス達が何を目的としていたのかは不明のままだ。
まあただ、一先ずはこれでこの村で起きた事件は終わった。
それだけは本当に良かったと思っている。
それにしても。
周囲を見まわして、村の景色や騒がしい獣人達を眺める。
やっぱ良い村だよなあ……ここ。
最初に来た時とは違っていて、子供だけじゃなく大人の獣人もいて皆楽しそうだ。
助けられなかった人もいたけれど、助けられる人を助ける事が出来て本当に良かったと思う。
暫らくの間村の中を歩いていると、背後から「ヒロ様」と声をかけられた。
振り向くと、メレカさんが立っていて、俺と目が合うと微笑んだ。
「少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「良いですよ」
「ありがとうございます。では、場所を変えましょう」
「分かりました」
場所を変えると言ったメレカさんについて行くと、そこはベルとメレカさんが泊まっている部屋だった。
借り部屋とは言え、女性の部屋に入ると言うまさかのイベントに若干緊張しながら部屋の中に入ると、部屋の中にはベルがいた。
どうやら、ベルを入れての三人でのお話らしい。
俺達が部屋に入ると、椅子に座って待っていたベルが「来た来た」と、はにかんだ。
そうして部屋に入って、勧められた椅子に座ると、突然メレカさんが俺に深々と頭を下げた。
「今までのご無礼、誠に申し訳ございませんでした」
「え? え? ええっ? な、何ですか急に!?」
突然の謝罪に動揺した。
実際に何を謝られているのか本気で分からない。
だけど、困惑する俺をよそに、メレカさんは頭を下げたまま謝罪を続ける。
「お恥ずかしながら、私は今までヒロ様の事を見くびっておりました。ヒロ様に魔族と戦う力など無いと勝手な判断をして馬鹿にして、姫様の召喚の儀式が失敗してしまったと、心のどこかで思っていたのです」
「いやあ。まあ、実際に俺って駄目駄目でしたし、あながち間違って無かったじゃないですか? そう思っても仕方が――」
「いえ! そんな事はありません! 私の浅はかな考えで、勝手にヒロ様の力量を計っていたのです。計る事すらおこがましく、私如き不届き者がする事ではないのです! それなのに、私は心のどこかでヒロ様に失望し、あろう事かヒロ様に失礼な発言を何度もしてしまいました!」
「いやいやいやいや。そんな事ないですって」
「本当に今までのご無礼、誠に申し訳ございませんでした! いかなる罰も受ける覚悟は出来ています! なんなりとお申し付けください!」
「そんな大袈裟な。とにかく、まずは顔を上げてください。お願いしますよ」
メレカさんがゆっくりと顔を上げる。
それを見て、俺は一安心して言葉を続ける。
「俺自身、自分の力じゃ何も出来ないしどうにもならないって実際に思ってたんですよ。だから、メレカさんが俺をそんな風に見えたのだって、仕方ないって言うか普通なんですよ」
「ヒロ様……」
「それに、メレカさんのぐさぐさと本当の事を言う姿勢とか態度とか、結構好きなんですよ」
「申し訳ございません……」
「ヒロくん、それフォローになってない」
それまで黙って聞いていたベルがクスリと笑って俺に話し、メレカさんへ向けて言葉を続ける。
「ほらね。メレカは考えすぎなんだよ。ヒロくんは全然気にしてないって、私の言った通りじゃない」
「ですが姫様」
「はいはい。このお話はもうお終い。それで良いよね? ヒロくん」
ベルはそう言って楽しそうに笑った。
だから、俺もベルと一緒に笑う。
「だな」
「姫様、ヒロ様……。承知しました。ただ、一つだけ私の我が儘を聞いて下さい」
「我が儘? 何ですか?」
「その……。今更の話ではあるのですが、私に敬語を使うのをやめて頂きたいのです」
「へ? いやあ。でも、メレカさん年上ですし」
「姫様には敬語をお使いになっていないのに、私の様な者に敬語を使われるのは……。その、何と申しますか、些か抵抗があると申しますか」
メレカさんが若干もじもじと、照れくさそうに話した。
あ、何だろうこれ?
普段のメレカさんからのギャップがヤバいくらい可愛いんだけど?
メレカさんってこう言う人だったんだ。
「それに、何よりも英雄であるヒロ様には、何者に対しても堂々として頂きたいのです。封印の巫女である姫様に接している様に、私を含めて他の者にもして頂きたいのです!」
メレカさんは最後には力強く、そして真剣な瞳で俺と目を合わせた。
それを受けた俺は、同じく真剣に受け止める。
確かに今更ながらに考えてもみれば、年上に敬語は良いとして、一国のお姫様にため口だった。
メレカさんとしては主人がため口されてるのに、従者の自分が敬語使われているのだから、今まで居た堪れなかったのかもしれない。
まさかそれが俺が今まで睨まれていた理由? なんて事も思ったけど、それは野暮なので心の奥底にしまっておく。
「分かった。これからはそうするよ」
「ありがとうございます」
「良かったね。メレカ」
「はい」
ベルとメレカさんが満面の笑顔で顔を見合わせた。
ベルと言えば、ネビロスとの戦いが終わった後からは随分と明るくなった。
それは偽りの笑顔じゃ無く、本当の心からの笑顔で、俺は何よりもそれが嬉しかった。
メレカさんから聞いた話だと、元々ベルはかなり明るい女の子だったらしい。
ネビロスを倒した事で昔の様に明るくなったと、メレカさんも喜んでいた。
「そうだ! 私、ヒロくんの魔法について確認したいんだけど――」
「その話、ニャーもまぜてにゃ!」
ベルの言葉を遮って、扉を勢いよく開けてナオが部屋の中に入って来た。
「な、ナオちゃん!?」
ベルが突然登場したナオに驚いていると、ナオが当然の様に俺の足の上に座る。
どうでもいいが、尻尾がユラユラと揺れながら俺の顔に触れるせいで、若干こそばゆい。
「こらこら」
「だって他に座るとこがないんだにゃー」
「……まあいいや。それで俺の魔法だっけ?」
話を戻そうとベルに話しかけると、ベルがいつの間にか点になっていた目をハッとした表情をして戻して頷く。
「あ、うん。ヒロくんの魔力が、まだ全然微かにしか感じないから、ネビロスとの戦いで見せた力が不思議なの」
「にゃー。ニャーは見てなかったけど、そんなに凄かったんだにゃ?」
「うん! 本当に凄かったんだよ!」
まあ、無理もない意見かもしれない。
俺の魔法は、魔法の概念を捻じ曲げるくらいにおかしなものだ。
使う俺ですら最早魔法では無いんじゃって思ってしまっている。
まあ、隠す様な事は何も無いので、自分の知る限りの自身の魔法について説明する事にした。
そして、説明が終わると、ベルは勿論、メレカさんも頷いた。
「概ね理解出来ました。しかし、不思議な魔法ですね」
「イメージした内容でイメージした部分だけを、自身の中でイメージ通りにする魔法かあ。それでいて私達の魔法と違って、魔力を体外に出す事が出来ないんだね」
「ま、そう言う事だな」
「でも、ヒイロの魔力が少ないのは何でかにゃー?」
「そこは俺にもよく分からないけど、とりあえず魔力の少なさは俺の魔法には関係ないみたいだし、気にしなくて良いんじゃないかって思う。あ、そうだ。この際だから頼みたい事があるんだった」
「頼みたい事にゃ?」
「ああ。っつっても、メレカさんにだけどな」
「私ですか?」
「俺を鍛えてほしいんだよ。ネビロスとの戦って、今のままじゃ本当に駄目だって分かったからさ」
「そう言う事でしたら、承ります。是非、お力添えをさせて頂きたく存じます」
「なら決まりだな。よろしく頼むよ」
「それならニャーもヒイロの事を鍛えてあげるにゃ」
「気持ちは嬉しいけど、俺達ずっとこの村にいるわけじゃないし、気持ちだけ受け取っておくよ」
「ニャーも一緒について行くから心配いらないにゃ」
「は……?」
「そっか、ヒロくんは気絶してたから知らなかったんだっけ?」
「どう言う事だ?」
「ナオちゃんもヒロくんのお手伝いをしたいんだって。それで、一緒に邪神を封印する為の旅に出る事になったの」
「えええええっ!?」
驚く俺の足からナオが机の上に跳び、俺に笑顔を向ける。
「ヒイロ、これからもよろしくにゃ」
「……はは。よろしくな」
騒がしい旅になりそうだな。
なんて思いながら返事をすると、メレカさんが「では」と言って、俺やベルの顔を見る。
そして、微笑を浮かべて言葉を続ける。
「話も終わった事ですし、私は今からマリンバへ行ってきます」
「マリンバ? 何しに行くんだ?」
「今後の為に幾つか魔石を採掘して来ます。数日後に戻りますので、それまでゆっくりなさって下さい」
「ああ、それで暫らくここで休養を……って、数日?」
「出来るだけ純度の高い魔石を多く発掘したいので、時間が必要になります」
「なら仕方ないか。その間は修行はお預け……いや。ナオに頼むか」
「任せるにゃ」
「程々にして下さいね。出来れば、今は十分体を休めて頂きたいのです」
「うんうん。お休みも重要なんだから」
「まあ、そこ等辺は上手くやるよ」
「そうですか。それでは私はこれで」
メレカさんはそう言うと、カーテシーの挨拶をしてから部屋を出て行った。
何気に初めて見たカーテシーの挨拶に少し俺は驚きながら、メレカさんの背中を見送った。
「ねえねえ。ヒロくん、ナオちゃん。今から大浴場に行こうよ」
「大浴場? 確か密集住宅用の木の屋上にある大きい風呂だよな? 風呂に入ってゆっくりか。それは良いな」
「にゃー。良いにゃ良いにゃ。皆で行くにゃー」
そんなわけで、満場一致で俺達は大浴場へ向かう事になった。
◇
「おお! すげえ良い景色だな」
大浴場から見る景色は絶景で、ここが風呂じゃなかったら、きっとスマホで写真を撮っていた事だろう。
風呂に入らずに暫らく景色を眺めてから、体を洗いに洗い場へと向かって体を洗う。
そして、今度は景色を眺めながら、ゆっくり風呂に入ろうとした時だった。
突然誰かに後ろから抱き付かれた。
「――おわっ! な、何だ?」
突然の事に驚いて振り向くと、タオルで体を隠していない全裸のナオがいた。
「ナオ? おまえなあ、何で男湯にいるんだよ。恥じらいは無いのか恥じらいは?」
「にゃっふっふっ。ニャーはまだお子様美少女だから、恥じらいは無いのにゃ!」
「いいから前隠せ前」
ナオが無い胸を張って尻尾をピンと立たせて、得意げな顔をしている。
なんて言うか、ナオの様に人に近い姿の獣人は、本当に見た目が人とあまり変わらない。
ナオで例えるなら、普通の子供の耳が猫耳になっていて、尻尾があるってだけだ。
「と言うか、ナオ。世の中にはロリコンって言う特殊な性癖を持った変態がいるんだぞ。危ないんだから気をつけなさい」
「ロリコン? 何それ? 聞いた事ないにゃ」
「……そうか。俺の世界にはいたけど、この世界にいるとは限らないのか」
「そんな事よりヒイロ。洗いっこするにゃ」
「さっき体洗ったばっかなんだけど……まあいいか」
別に嫌では無いし、せっかく誘われたのでナオと一緒に再び洗い場に行く。
それにしても、何だか懐かしいな。
いつも妹の頭を洗ってあげたり、背中を流してやってたっけ。
そう言えば、妹も未だに一緒にお風呂入ろうって言ってくるんだよなあ。
毎日の様に一緒に風呂に入って、頭を洗ってやったりとかしてたから、俺がいなくなってちゃんと一人で洗えてるか心配だな。
などと、しみじみと考えながら、ナオの頭を洗っていく。
すると、ナオは気にいってくれた様で、嬉しそうに「にゃー♪」と鳴いて尻尾をユラユラと大きく揺らした。
「それにしてもナオ、お前本当に良いのか?」
「何がにゃー?」
「一緒に邪神を封印する旅に出るって話だよ。親が心配するだろ?」
「良いんだにゃー。ニャーは元々、大きくなったらフロアタムで兵士さんになるつもりだったから、その練習みたいなものだにゃ」
「随分スケールのでかい練習だな。って、あれ? 騎士じゃなくて兵士?」
「だにゃー。フロアタムは王家直属の騎士と、国を守る為の軍隊がいるんだにゃ。ニャーは騎士じゃなくて、軍隊の方の兵士志望なんだにゃ。ニャーは王様だけじゃなくて、国の皆を守りたいのにゃ」
「そっか。ナオは優しいな」
「にゃへへー」
ナオの頭を優しく撫でる。
ナオはそれを気持ちよさそうに目を細めて受け入れた。
いつもの様子からは全く考えられない程に、ちゃんとナオが先の事を考えていた事に、俺は正直驚いて凄いなと思った。
もしかしたら、ナオは俺なんかより、よっぽどしっかりしているのかもしれない。
と、その時、急に背後が騒がしくなった。
その騒ぎが気になって視線を向けると、その原因に俺は納得した。
「何でお前まで男湯に入って来たんだよっ!? ベル!」
「あっ! ヒロくんとナオちゃんいたー!」
そう。
騒ぎの原因はベル。
ベルが何がどうしてか不明だが、タオル一枚で男湯に入って来ていたのだ。
「いたー。じゃないだろ。今すぐ女湯に帰りなさい!」
「えー。だって、ナオちゃんがこっちに来たんだもん!」
「意味がわからん。理由になってないだろそれ」
「理由になってるよ! 私だってヒロくんと一緒にお風呂に入りたい!」
ぐはっ。
ベルの言葉が俺の心にクリティカルヒット。
女に免疫の無い俺には、かなりの大ダメージだ。
タオル一枚のこんな美少女にそんな直球ど真ん中な好意を向けられては、何も言えなくなってしまう。
「にゃー? ヒイロ、顔真っ赤だにゃ。ニャーの時と全然反応が違うにゃ」
「うるせー! とにかく女湯に戻れ!」
何も言えなくなってしまうじゃねーよ!
馬鹿か俺は!?
と言うか、だ。
ベルは体にタオル一枚巻いてるだけという非常に危険な格好だ。
素っ裸ではないとは言え、正直俺には目の毒すぎてマジで直視できない。
今までさんざん思ってきた事だが、ベルは美少女でかなりスタイルが良いのだ。
スタイルが抜群で胸もデカくて、タオル一枚の破壊力が本当に凄まじい。
目のやり場に困る以外の選択肢が全く無い。
母親と妹くらいにしか異性に縁が無い俺の様な奴には、かなり危険で危なくデンジャーなのだ。
とにかく、こんな状態でゆっくり風呂なんて入ってられるかって言う話だ!
「えー。せっかく三人で楽しくお風呂に入ろうと思ったのにー! ナオちゃんばっかりズルい!」
「ズルいって言われても。そもそも、ナオは子供だろ!?」
「私もまだ十五歳だから子供だもん!」
「俺と一つしか変わらないから完全アウトだ!」
「わかったにゃ。それならヒイロが女湯に行けば良いにゃ」
「それだ! ナオちゃん頭良い!」
「ねえよ! どれだよ! 馬鹿だよ! アウトだよ!」
「「えええー」」
「えええー。じゃない!」
なんだか頭が痛くなってきた。
ベルが元気になってくれたのは正直に嬉しいんだけど、まさかナオと同じ様なおバカタイプだとは思わなかった。
せめて、もうちょっと恥じらいを持っていれば……と、そこで俺は気が付く。
「あれ? さっきまでそれなりに人がいたのに、俺達以外誰もいなくなってるぞ?」
そう。
ベルが男湯に入って来た時までは人がいたのに、今は俺達以外誰一人としていないのだ。
――まさか!?
俺は失踪事件が、まだ終わっていなかったのではないかと考えた。
いやしかし、ネビロスは倒したんだ。
もう解決したはず……待てよ?
マリンバで会った魔人が、ネビロスとの戦いで出て来なかった。
もし、奴らがネビロスと同じ目的で動いていたのだとしたら、まだこの事件は終わってない。
ヴイーヴルは俺に言っていたんだ。
また会おうと……。
俺は息を飲み込んだ。
そうだとしたら、今度は何処だ?
マリンバや暴獣の巣穴に、タンバリンの人達をまた捕えるとは思えない。
いったい何所に……。
「それなら、パパが皆を追い出してたにゃ」
「…………は?」
「私が男湯に入ろうとしてた時に、ナオちゃんも入って行ったって教えたら、なんか凄い怖いしてたよ」
「ヒイロはベルっちに気をとられて、気付いてなかったもんにゃー」
ベルが入ってきた時の騒ぎの、まさかの理由を聞かされる。
確かに俺は、ベルが入って来たから騒いでいたものだと決めつけていた。
だけど、そんな理由だったと知って一気に気が抜けて、ため息を漏らしてしまった。
「でも、何でナオの親父さんは、俺も一緒に追い出さなかったんだろうな?」
「それは、ニャーがパパにヒイロのお嫁さんになるーって、言ったからじゃないかにゃー。パパも命の恩人である英雄のお嫁さんになるなら、大歓迎だーって言ってたにゃ」
「おいおい。それで良いのかナオの父親」
そう言えば、うちの妹も同じような事言ってたなあ。
大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになるーだとか。
まあ、子供の言ってる事だから、あまり気にしなくて良いだろう。
「駄目だよ、ナオちゃん!」
「にゃ?」
「ヒロくんは、その……えと……す、好きな人がいるんだから!」
「うそー!?」
「嘘じゃないよ。だって、私、告白するところ見たし……だ、だから、駄目なの!」
「それなら泥棒猫になるにゃ! 猫科の獣人だけに!」
「そんなの駄目だよ!」
泥棒猫って言葉、この世界にもあるんだなあ。
「にゃっふっふ。ニャーは罪な女なのにゃ」
「ダメったらダメー!」
なんだか二人で盛り上がりだしたな。
……よし、ほっとこう。
面倒臭くなって、一人湯船に浸かる事にした。
お湯は良い湯加減で、疲れがゆっくりと取れていくようだった。
そして、外の景色を眺めながら、俺はのんびりと考える
今の今まで告白した事忘れてたなあ。
この世界に来た時に、間違ってベルに告白したんだっけ?
あの時の告白は失敗に終わって本当に良かったよな。
好きでもない人に自分の都合だけで告白とか、本当に失礼だし迷惑だ。
目をつぶって、深く、深く、考える。
それに、この世界に来たおかげで、何か変われるよな気がする。
父さんが死んだあの日と、向き合えるような気がする。
今まで、俺はあの日の事から逃げようとしてきたけど、乗り越えられるかもしれない。
父さんの期待に応えられるような、かっこいい大人になれるかな?
そうなれたら良いな。
だから、ベルには感謝しないとだ。
ゆっくりと目を開ける。
そして、背後でナオとくだらない事で、キャーキャーと騒ぎまくっているベルに振り向いた。
「ベル! この世界に呼んでくれて、ありがとな!」
そして、俺は自分の愚かさに気付く。
「あ――」
ベルとナオの言い合いがエスカレートしていたらしく、いつの間にかベルまでタオルを巻かずにありのままの姿、全裸となっていたのだ。
ベルの全裸を見た俺は一気に頭に血が上って、のぼせてそのまま湯船に沈んだ。
「ヒロくーん!?」
「ヒイロー!?」
微かに二人の声が聞こえる中で、やっぱり俺は本当にかっこわるいなあと思いながら、意識を失った。
第1章終了
次回から第2章です。
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