22話 英雄
全身が痛い。
頭が朦朧とする。
気を失ってたのか?
……あの野郎、マジで強すぎんだろ。
おかげで昔の夢を見ちまったじゃねえか……。
俺は目を覚まして立ち上がろうとする。
だが、全身が痛くて上手く力が入らない。
こんな体じゃ立つ事すらままならない。
あーっくそっ。
洒落になんねえぞコレ。
てか、よく生きてたな俺……。
そう思った時、胸ポケットにしまっていた手鏡が割れていた事に気が付く。
ははっ。
こいつが俺を護ってくれたんだな。
持ってきて正解だったわけだ。
って、今はそれどころじゃねえよな。
ベルは、皆は無事なのか?
辛うじて首だけ動かして周囲を確認する
メレカさんが気を失っていて、ネビロスに捕まっていた。
状況は最悪な事態に陥ってるようだった。
どうにかしたいが、体中の激痛のせいで身動きが取れない。
くそっ。
メレカさんがヤベえ。
ベルは?
ベルは無事なのか?
焦りながらベルの姿を首を回して捜すと、俺の直ぐ側にベルがいた。
――ベル?
確かに側にいた。
だけど、ベルは泣いていた。
悲痛に満ちた絶望した顔。
あの優しかった女の子が、役にも立たない俺なんかの為にいつも気を使ってくれた女の子が、そんな顔で泣いていた。
それを見た瞬間、俺は体中の痛みを忘れて、怒りの感情が溢れだした。
俺はこの顔を知っている。
この絶望に押し寄せられた顔を知っている。
「感謝しているぞ巫女よ。我ら魔族を封印から解放してくれてありがとう! とな! はぁーっはっはっはっはーっ!」
黙れ……。
ネビロスの耳障りな笑い声が聞こえてくる。
ベルが大粒の涙を流して泣いている。
あの絶対に泣こうとしなかった強い女の子が、耳障りな笑い声の野郎のせいで泣いている。
「どうした? 喜べ! 貴様がこの状況を招いたのだ! 貴様さえいなければ、こんな事にはならなかったのだよ! こんなに愉快な話は他にないだろう!??」
いいから黙れよ……っ。
ベルが絶望に押し寄せられた顔で泣いている。
どんなに辛くても、重い過去と重い使命なんか背負って、それでも負けないで、いつも無理して笑ってくれていた女の子が泣いている。
「全ては巫女、貴様が招いた結果だ」
ベルが自分を呪うような、そんな悲しい顔をして泣いている。
冗談じゃない!
俺は何の為にこの世界に来た!?
俺は何の為にここに来た!?
俺は何の為に覚悟した!?
きっかけは俺の意志じゃない。
だけど、俺はこの子と……ベルと初めて会った時に、あの瞳に浮かんだ涙を見て決めたんだろおおおがっっ!
歯を食いしばり、全身に力を入れる。
痛いのが何だ!
苦しいのが何だってんだ!
こんな所で寝てる場合じゃないだろ!?
立ち上がる力がないとか、甘ったれた事を言ってんじゃねえぞ!
だけど、俺の体は動いてくれない。
現実は非情で、それこそ甘くない。
それでも、だからこそ、俺は諦めたくなかった。
ベルにあんな悲しい顔はさせちゃ駄目なんだ!
あんな……あんな大切な人を失う悲しみをさせちゃ駄目なんだよ!
魔法でも何でもいい!
俺に……。
その時、ふと、父さんが言っていた事を思い出した。
“イメージはイメージさ! 英雄も目をつぶって想像してみなさい”
俺は目をつぶる。
……父さん。
ネビロスの声が聞こえてくる。
「さて、そろそろ終わりにしよう。貴様には飽きた」
俺は目をつぶったままイメージする。
速く。
何よりも、光よりも速く走るイメージだ。
そうでなきゃ、アイツをぶっ飛ばしに行けない。
「さあ。魂を頂くとしよう。ソウルカット」
くそっ!
間に合わな――
「ヒロくん……助けて…………」
「――っ!」
父さんが死んでしまったあの時から、俺は今まで自分の名前が嫌いだった。
だけど、父さんがくれたこの名前の様に、俺が本当に【英雄】になれるなら、少しは好きになれるだろうか?
俺はイメージする。
あの糞野郎を、思いっきりぶん殴って吹っ飛ばすイメージを。
そして――
「任せろ」
静かにベルに答えると、俺はネビロスに向かって走っていた。
父さん。
あの時、父さんが俺を護ってくれたように、俺にも大切な誰かを護れる強さを……力を貸してくれ!
「――おぐぁっっ……!?」
気が付くと、俺はネビロスの顔面を殴り、吹っ飛ばしていた。
「おっと――」
ネビロスが吹っ飛ぶ時に離したメレカさんを受け止めて、口と鼻に手を軽く当てて息がある事を確認する。
「良かった。生きてる」
どうやら間に合ったようだと、俺は安堵した。
「ぐおおおっ……!」
ネビロスは数十メートル先で、吹っ飛ぶ体を両足で踏み止まらせていた。
そして、口から血を流して俺を睨んでいる。
「貴様ぁああああぁああああっっ!」
相変わらず沸点の低い奴だ。
それに、歯が一本折れてしまっているようだ。
こう言っちゃ同じように歯が欠けている人には悪いが、こいつの場合はマヌケ面になっていて、見ていて可笑しい。
俺はそんなネビロスの顔を見て、鼻で笑ってやった。
「わりーな。あまりにもテメーの嬉々として喋る声が耳障りで、つい手が出ちまったわ! まあでも、良かったんじゃないか? 前歯が折れて、イケメンになってるぜ?」
「死ぬ覚悟は出来たんだろうなぁぁぁあぁあっっ!?」
殴られて痛かったからなのか、鼻で笑ったのが気にくわなかったのか、随分とご立腹のようだ。
せっかくイケメンになったとフォローしてやったのに、沸点の低い奴はこれだから困ったものだ。
俺はメレカさんをゆっくり地面に寝かせて、ネビロスを見た。
本当に困ったものだ。
冗談じゃない。
こっちはとっくの昔に頭にきてるんだからな!
俺はネビロスを睨みつけて、ゆっくりと口を開く。
「覚悟が必要なのはお前だよ、ネビロス」
「良い度胸だ。たかが人間風情が、英雄と言われて調子に乗ったようだな! おちこぼれよ。貴様、楽に死ねると思うなよ!?」
ネビロスから凄まじい殺気が放たれ、それを肌でビリビリと感じ取る。
そのせいか、突然体中にもの凄い激痛が走り、今更ながら体中が痛かった事を思い出した。
その痛みがあまりにも酷すぎて、よくこんな状態で立っていられるなって、自分を褒めてやりたいくらいだ。
だけど、そんなものは今はどうでも良い。
そんな事より、大事な事を先にすまさないといけない。
その為に、俺はまず、ベルに視線を向けた。
体中が傷だらけになっていて、それを見ただけでネビロスに憎しみが湧く程だった。
それに、涙をいっぱい流したのだろう。
目が真っ赤になっていて、目の周りだって泣き腫らしているのが遠目にも分かった。
ベルの姿を見て、俺は改めて痛みなんかに弱音を吐いてる場合じゃないと、喝を入れる。
そして、メレカさんから預かっていた光の魔力を宿す魔石を取り出した。
「ベル、これを使ってくれ」
「え? ――あっ」
魔石をベルに向かって弧を描く様に放り投げると、ベルは慌ててそれを受け取った。
気を失ってから、何が起きたかは分からない。
だから、ベルの魔力が残ってるのか分からないけど、回復魔法が使えるベルが傷だらけでそのままだって事は、回復に使える魔力が無いって事だと俺は解釈した。
だから、魔石を渡したのだ。
「それでまずは自分を回復してくれ。それで動けるようになったら、メレカさんを回復してあげてくれよ」
「うん!」
どうやら予想はあたってたみたいだ。
ベルは返事をすると、直ぐに回復の魔法を使って、回復を始めた。
すると、俺の頭の中からすっかり忘れ去られてた可哀想な奴が、俺を睨みながら「貴様ああっ!」と怒鳴り声を上げた。
煩い奴だ。
「俺様を相手に調子に乗るなよっ!? 他人と話してる余裕があるとでも思っているのか!?」
「うるせーよ糞野郎。調子に乗ってるのはおめえだろ? だいたいお前如き格下の下っ端に、余裕が作れなくてどうするって話だろ? こちとら最終目標は邪神なんだ。下っ端が背伸びして吠えてんじゃねえよ」
「本当に死にたいようだな! 上等だ小僧! 魂ごと消してやるぞっ!」
ネビロスが右手に魔力を溜めて、俺に向かって跳躍する。
――来る!
俺は全神経を研ぎ澄ます。
この糞野郎、ネビロスを馬鹿にしてやる時間はお終いだ。
集中しろ!
油断したら死ぬのは俺だぞ!
「ウェイヴダークネス!」
瞬間――ネビロスの右手に魔法陣が浮かび上がり、それと同時にそこから紫色した光線が放たれた。
その光線は、紫色の光が波をうち、まるで心電図の上下に動く線の様な動きをしていた。
――詠唱ありだと!?
見ただけでヤバいってレベルの魔法じゃねえか!
あの野郎、邪神とか言うのに魔力取られたんじゃないのかよ!?
って、余計な事考えてる場合じゃねえ!
当たったら死ぬぞ!
イメージしろ!
俺はあれを殴って消滅させる!
「だっらぁぁっ!」
ネビロスの魔法を殴り飛ばすイメージをして、そして、思いっきり飛んできた魔法を拳で殴る。
次の瞬間、魔法が爆散して、その爆風で俺はよろめいた。
だが、直ぐに体勢を立て直さなければならない。
既にネビロスが俺に接近していて、魔力を溜めた掌底で、俺の顔面を狙っているのだ。
俺はイメージする。
ネビロスの掌底を受け止める……いや、殴り飛ばすイメージを。
「ふんっなろおっ!」
俺の拳とネビロス掌底がぶつかり合い、轟音が鳴り響く。
くそっ。
イメージが浅かったか!?
結果は互角。
ネビロスの掌底を殴り飛ばす事が出来なかった。
俺とネビロスはそのまま押し合い状態になり、そこで、ネビロスの右目の傷に気がついた。
こいつ、よく見ると右目が潰れてる?
俺が気を失ってる間に、ベルとメレカさんがやったのか?
やっぱり流石だな。
ホント、尊敬するぜ!
「ちっ」
ベルとメレカさんの事を考えてニヤリと笑うと、ネビロスが舌打ちをして後方へ跳躍した。
ただ、無詠唱でマジックボールを放つって言うおまけ付きだ。
勿論そんな過剰サービスはお断りだ。
俺はマジックボールを避けて、そのまま走ってネビロスに飛びかかった。
「食らえ!」
狙うは右目。
ネビロスの右目に向かって、全力で殴りかかる。
だが、それは避けられて、回し蹴りが迫っていた。
――やべっ。
食らう瞬間、咄嗟に硬化のイメージをするが、完全にはダメージを防げない。
蹴りを食らった俺は、数メートル先に吹っ飛ばされた。
「げほっげほっ。あー、きっつ。ホント危なかったな」
正直本当に危なかった。
反応が少しでも遅れていたら、今頃死んでいたかもしれない。
しかし、おかげで段々ハッキリと俺は自分の魔法が理解出来てきた。
俺の魔法、それは、俺の考えが正しいなら“イメージ通りの事が出来る魔法”だ。
ただし、マジックボールみたいな魔力を体外に飛ばす様なタイプは使えない。
原理はよく分からないが、イメージして物理で戦う。
魔法とは? なんて疑問に思ってしまえる程に、魔法の概念を問いたくなってしまうのが、俺の使える魔法の様だ。
どちらかと言えば、気合だとか根性だとかの精神論が似合いそうではある。
昭和かよって気分だ。
それと厄介な事に、イメージした通りにしかならないから、イメージ外のものには対応出来ない。
だから、不意打ちにはめっぽう弱い。
更に、俺のイメージを超えるものにも、上手く対応しきれないらしい。
さっきの殴り飛ばすイメージで、その通りに出来なかったのは、恐らくだがそれが原因だ。
「大口を叩いておいて、その程度か!?」
ネビロスが両手に魔力を溜めて、一瞬で接近してきた。
それを見て、さっき俺が死にかけた魔法を放とうとしてるのが直ぐ分った。
「ソウルショック!」
「んなろおおっっ!」
両手の掌底が繰り出されたのと同時に、相殺のイメージでそれを殴って成功する。
尋常じゃない程の痛みを相殺した手に感じたけど、これまたそれどころでは無い。
ネビロスの攻撃は終わらない。
終わらないどころか、お前はどこのバトル漫画だよと言いたくなる様な掌底の嵐を繰り出して、次から次へと終わらない攻撃が続いた。
だが、それでも何とかそれ等をギリギリの所で受け止めて、俺は全ての攻撃を防ぎ続けた。
ヤバいな。
このままだと時間の問題だ。
この野郎と戦うには、先にダメージを受けすぎた。
全身の激痛は消えるわけもなく、さっきから体を動かす度に激痛が走っていた。
その上、ネビロスの攻撃を受け止める反動で、更に痛みが増している。
「どうした? 防いでばかりでは俺様を倒す事は出来んぞ?」
「うるせえ!」
次の瞬間、ネビロスが後方へ跳躍して、俺から距離をとった。
だが、攻撃が終わったわけでは無い。
「はっはっはっ! 貴様に地獄を見せてやろう!」
ネビロスを中心に、周囲全体が黒い靄で包まれる。
「――なんだ!?」
「亡霊と踊るがいいっ! デッドダンス!」
次の瞬間、黒い靄から剣を持った亡霊が次々と現れる。
そして、ネビロスの「舞い散れ」と言う合図に合わせて、亡霊達が俺を狙って飛んできた。
「おいおい! マジでお前邪神に魔力取られてねえだろ!?」
迫りくる亡霊から放たれる斬撃。
右に避け、左に避け、しゃがんで避け、様々な斬撃を避け続ける。
だが、亡霊達の斬撃を躱しながら、俺でも分かるだけの魔力を感じた。
「――っ!?」
ネビロスに視線を向ける。
すると、いつの間にかネビロスが目と鼻の先ほどの距離まで近づいて来ていた。
「ソウルショック!」
間に合わな――っ!
次の瞬間、防御する為のイメージが追いつかずに、ネビロスの両手の掌底から繰り出された魔法をもろに食らってしまう。
「がっぁ……っ!」
魔法を食らった瞬間に、脳を揺さぶられる様な強い衝撃に襲われ、俺は後方に吹っ飛ばされる。
これだけでもヤバいってのに、これだけで終わらないのがネビロスだ。
ネビロスは猛スピードで吹っ飛ぶ俺に追いつき、数十メートル上空へと俺を蹴り上げる。
「ぐ……っ」
何とか意識を保つ事が出来たが、かなりヤバい状況に陥っている。
こんな高さじゃ、このまま下に落下するだけでも、魔法無しだと致命傷は免れない。
だってのに、そんな生易しいものじゃ終わらせないのが、ネビロスとか言う糞野郎だ。
「死ね!」
気付けば、俺よりも高い位置までネビロスが跳躍していた。
そして、俺の背中を蹴り、俺を数十メートル上空から蹴り落とした。
何とか衝撃を抑えないとマジで死ぬぞ!
急いで腕で頭を護る様にクロスさせて、俺はそのまま地面へと落下した。
ただでさえ全身が痛いってのに、地面に叩きつけられた衝撃が全身に回って、一瞬意識が吹っ飛びかけた。
「あぁ……。冗談抜きでヤバいぞ。って、俺さっきから、ヤバいしか言ってねえな。はは」
フラフラとしながら、吹っ飛びそうな意識を保つために、気を紛らわそうと呟きながら立ち上がる。
ついでに乾いた笑いが出たが、そんなんでも体への負担になり、体の痛みが増した。
すると、俺から少し距離のある場所にネビロスが着地して、俺と目をかち合わせた。
「まだ立ち上がれるだけの力が残っているのか? どうやら、貴様の事を侮りすぎていた様だな」
「そりゃあ……っ。げほっげほっ……」
何か言い返してやろうかとも思ったけど、それは口から出た血反吐に遮られた。
俺は腕で血の付いた口を拭って、自分の限界を感じていた。
あぁ……頭が朦朧とする。
いよいよ本気のマジにヤバいぞこれ。
「誇りに思え。俺様をここまで本気にさせる人間はそうはいない」
ネビロスが右手に魔力を集中させて、ゆっくり近づいてくる。
ったく、あの糞野郎のあの余裕ぶった顔は本気でイラつくな。
でもどうする?
本当にもうまともに歩く事すら出来ないぞ。
普通に攻撃したんじゃあらたない。
……いや、今は考えてる場合じゃないか。
こっちはこいつと違って限界なんだ。
いつ意識が飛んでもおかしくないからな。
とにかく今は――
俺は右手に魔力を溜めるイメージをする。
「だがそれもここまでだ。貴様はもう終わりなんだよ」
イメージを固めろよ、俺。
全身の痛みや朦朧とする頭。
これ以上の戦闘は危険だ。
そもそも、フラフラでまともに歩けない俺が出来る事は一つだ。
こいつをぶっ飛ばすイメージを。
――違う。
こいつを倒す為のイメージをっ!
ネビロスは俺の目の前に立ち、右手で手刀を作って振り上げた。
俺は間に合わない。
まだイメージが出来てない。
このままだとネビロスの攻撃を食らってしまう。
「死――――ぐぉっ!?」
ネビロスが俺に手刀で斬りかかろうとした時だった。
突然、光る何かがネビロスの右目に当たった。
俺はその何かを放った人物に視線を向けた。
すると、そこには杖を構えたベルがいた。
ベルが魔法で、右目が潰れて見えなくなっているネビロスの視界の外から、攻撃してくれたのだ。
「巫女おおおおおおおっっっ!!」
ネビロスがベルに激昂して、一瞬の隙を作った。
ベルが作ってくれたこの隙を、俺は逃したりしない。
「だあっ――」
俺は全神経を強くイメージして拳に注ぐ。
何よりも強く。
ネビロスを倒せるだけのイメージを、それだけを強く全力で!
「――らああああああああああああっっっ!!」
父さん、俺は父さんの言う【英雄】になれるかは分からないけど、女の子一人くらいは護れるようになるよ。
ネビロスの腹、みぞおちを、俺の全てをぶつけて殴る。
「がはぁっ……!」
瞬間――俺の拳を中心に大気が震え、波紋となって暴風が巻き起こり、木々が騒めく。
俺とネビロスを中心に、地面が抉られる様に大きな円が、クレーターが広がった。
そして、一気に後から追いかける様に、ネビロスを何度も衝撃が襲う。
それはまるで何度も同じ場所だけを殴り続ける様に、何度も何度もネビロスを襲う。
衝撃を受け続けるネビロスは、まるでその度に殴り飛ばされる様に、もの凄い勢いで吹っ飛んだ。
「ごぁぁあっぁぁぁっっ…………っ!」
木々を薙ぎ倒し、吹き飛びながら、ネビロスの肉体がみぞおちを中心に波打ちだす。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 俺様が……俺様だぞ!? この魔人ネビロス様がああああああっ!」
次の瞬間、未だに吹き飛び続けるネビロスのみぞおちが、風船が割れる様に破裂する。
「ぐおおおおおおおっっっ!」
みぞおちが破裂し、ネビロスはその衝撃で地面を転がって勢いが止まった。
勢いが止まるとネビロスは立ち上がろうとするも、立ち上がれずに膝をつく。
そしてその時、ネビロスの破裂したみぞおち部分を中心にして、ピキピキと音を立ててヒビが入り始めた。
それはまるで、鏡を割った時の様なヒビで、それが全身へと広がっていく。
「こんなっ! こんなぁ事がぁぁああぁああっっっ!」
ヒビがネビロスの全身に広がりきると、ヒビの隙間から黒紫色をした光が真っ直ぐと溢れ出した。
「俺様はあああぁっっ――――」
次の瞬間、黒紫色の光の強さが増して、ネビロスの肉体が爆散した。
爆散は爆弾が爆発した様に凄まじく、その反動で大気が揺れて木々が騒めいた。
そして、爆散したネビロスがいた場所を中心に、紫色の炎に包まれた。
俺はネビロスが爆散して死んだのを見届けると、振り向かずに「ベルッ!」と、ベルの名前を呼んだ。
目が霞む。
意識も朦朧としていて、今にも倒れそうだ。
それでも、ベルに言っておきたい事がある。
ベルに視線を向ける。
口を両手で押さえて、目にいっぱい涙を溜めて、ベルは俺を見ていた。
ベルと目が合い、俺は真剣な表情で告げる。
「まだ、言ってない事が……。ずっと言いたかった事があるんだ」
そこまで言うと、大きく息を吸い深呼吸する。
そう。
ずっと言いたかった言葉。
言えなかったのは、きっかけが無かったからとか、タイミングが悪かったからとか、色々理由はあったかもしれないけど、多分俺にそれを言うだけの自信が無かったからなんだと思う。
今ならそう思えた。
「ベル」
だからこそ、今この時だからこそ言いたい事がある。
「もう、君の大切な人を絶対に誰にも殺させはしない!」
こんなにフラフラな姿で言っても、全然説得力がないのは分かってる。
それに、俺はこの世界では体力も平均以下で、足手纏いになってしまうかもしれない。
「この世界を救ってみせるから!」
魔力が全然感じられなくて、無知で馬鹿なこんな俺じゃあ、凄く頼りないかもしれない。
それでも、俺は決めたんだ。
「俺が君の『英雄』になってみせる!」
そう力強く宣言して、俺はベルに笑顔を向けた。
すると、ベルは大粒の涙を流した。
「――ん。……うん。うん」
ベルは俺の言葉に笑顔で答えてくれた。
その笑顔は涙でぐちゃぐちゃで、それでいて今まで見た中で一番の、とびっきりの素敵な笑顔だった。
俺はその笑顔を見て、心から護りたいと思った。
しかし、そんな中で俺はついに限界を迎える。
全身を駆け巡る激痛と、朦朧とする意識がピークに達し、その場に倒れこんだのだ。
あぁ。
かっこつかねーなぁ……。
そう思いながら、俺はかっこ悪くその場で意識を失った。
“かっこいい大人になる”
父さんと交わしたその約束は、残念ながら俺にはまだ早すぎたようだ。
【魔族紹介】
ネビロス
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型
魔法 : 闇属性
邪神に魔力を奪われた魔人。
魔族の幹部の一人で、その力は絶大。
魔力を吸収されてもそれは変わらず、単身でも国一つ程度なら問題無く滅ぼせるだけの力を持つ実力者。
魂を操る力を持っていて、死者を操る事が可能である。
魔力が吸収されていなければ、恐らく勝てなかった敵。




