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鐘がために英雄はなる  作者: こんぐま
最終章 君と絆の物語
241/256

69話 拙劣な姉と優秀な妹は今日も左右対称に舞い踊る

※今回も三人称視点のお話です。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………」


 呪うように何度も「殺す」と繰り返す魔従アンズーが、まるで空を舞うように翼を羽ばたかせて、フウラン姉妹に向かって泳ぐ。

 すると、フウラン姉妹は左右対称に別れて魔法陣を展開した。


「「ウィンドサークル!」」


 円を描き回転する風の刃が、魔従アンズーを挟み込むようにして捉える。

 しかし、魔従アンズーは能力スキル追撃の悪夢・鎖(ホーミングチェイン)】でそれを防ぎ、フウに一瞬で近づいた。


「殺す!」


 魔従アンズーの黒雷こくらいの爪の斬撃を向けられ、フウは剣で受け止める。

 しかし、それは失敗だった。

 黒雷は剣を通してフウまで届き、直撃を受けてしまったのだ。


「――っああああ!」


「姉さん! そんな……なんで水中で雷系統の魔法を使えるの!?」


「上位魔法は場所を選ばないにゃ!」


 ナオが動揺するランの横を通り過ぎ、蒼炎の爪で魔従アンズーに斬りかかる。

 しかし、魔従アンズーは素早くそれを受け止めた。


 ランは動揺を見せていたが、直ぐに動揺を解き、フウの許に急いだ。

 するとそんな時、とんでもないスピードで魔従ザラタンがナオに接近する。


「ドオオオオオオオンッッ!」


「――にゃ……っ!」

「――馬鹿っ!」


 この魔従ザラタンと言う魔族。

 本当に滅茶苦茶で自由だ。


 魔従ザラタンはとんでもない威力のパンチを両手で繰り出して、魔従アンズーを巻き込んだのだ。

 パンチは右手でナオを、左手で魔従アンズーを殴って、両者を吹っ飛ばす。

 そして、その滅茶苦茶を披露ひろうした後は、仁王立ちして得意気な顔をする。


「かっめっめっ! ザラたんを無視して戦うからこうなるのじゃ!」


「んんっにゃああ! プニきんだけは本気で理解不能にゃ!」


「のじゃあ! プニ筋じゃないのじゃ!」


 ナオは直ぐにこの場に戻り、魔従ザラタンと睨み合う。

 するとそこに、魔従アンズーが怒りながらにやって来た。


「うふふふふ。カメちゃん、次やったら殺すわよ?」


「ザラたんのにゃんたんを奪ったアンズたんが悪いのじゃ」


「知らないわよ。にゃんちゃんが勝手にアタシにちょっかい出してきたのよ」


「アンズたんが誘惑したのじゃ!」


 二人が何やら痴情ちじょうもつれみたいな言い争いを始めて、その間にランがフウの側まで辿り着く。


「姉さん、大丈夫?」


「困った事に、気を抜いたら意識が飛びそうなんよね~」


「ごめん、姉さん。私が上位の魔法を使えれば……」


「それは言いっこなしだよ、ラン。それより」


 フウはランに微笑み、それからナオに視線を向ける。


「ナオ様、上位の魔法が場所を選ばないって本当ですか?」


「本当にゃ。しっかりとイメージして使ってみるにゃ。水中でも雷魔法を狙ったものだけに使えるにゃ」


「……やってみます」


 フウが頷くと、ナオは未だに言い争いをしている二人の魔従を一瞥いちべつしてから、ランに視線を向ける。


「ランラン、ニャーは少しだけ魔力を探知出来るから言うにゃ」


「はい……?」


「ランランは既に上位魔法を使える筈にゃ。だから、後は気合で何とかするにゃ」


「そうなんですか? でも、気合と言われましても……」


「ナオ様の言う通りですねん。後は気合でどうにかしちゃいなよ」


「姉さんまで……」


「多分ランランの場合は、フウフウと違って光系の“嵐”魔法にゃ」


「流石私の妹ですねん。風属性の正当な上位互換じゃないかい」


「う、うん」


「にゃー。それじゃあ二人は不気味女の方をお願いにゃ」


 ナオは話を終えると、未だに言い争いをしている魔従ザラタンに向かって駆けだした。

 すると、フウがいつものふざけた調子では無く、真剣な面持ちをランに向けた。


「ラン。私は駄目な姉だから、こんな事しか言えないけど、でも言うね」


「え?」


 ナオが蒼炎の爪で斬りかかり、魔従ザラタンがそれを素手で止める。

 その瞬間、二人を中心に水が揺れ、衝撃が弾けて空気を含む泡が溢れだす。

 そんなとんでもない光景を背景にして、フウがランに優しく微笑み言葉を続ける。


「頑張れ、ラン。姉の私に出来た事だから、きっとランにだって出来るよ」


 “頑張れ”と言う言葉は、人によっては苦痛にしかならず、重荷としてのしかかってしまうだろう。

 しかし、ランにとって、姉からの“頑張れ”と言う言葉はそうでは無かった。







 フウとランは幼少から似た者姉妹だったが、それは外見だけで性格や頭の良さ、つまりは中身が随分と違っていた。

 拙劣せつれつで愚かな姉に、優秀で賢い妹。

 二人は大人達からいつも比べられて、努力しなくても何でも出来る妹のランと違い、人一倍の努力だけでは何も出来ない姉のフウはいつも邪険に扱われていた。

 そしてそれは、両親からもそうだった。


 甘やかされて優しくされるのは、いつも妹のランだった。

 努力や“頑張る”事をせず、色んなものが簡単に出来る妹。

 それを両親や周囲の大人達が目を輝かせ、天才だと褒め称える。

 でも、ランにはそれが凄くつまらなく、そして凄く嫌だった。


 何故なら、賢くて優秀なランには分かってしまうから。

 両親や大人達が見ているのは、自分ではなく、才能と言う“飾り”だと。 

 だから、ランが心を許しているのは姉のフウだけだった。


 フウは周囲からうとまれても、誰かを恨む事をしなかった。

 それに、妹のランにとても優しかった。

 そしてそれは両親や大人達と違い、ランが才能に溢れた優秀な子だからではなく、ただ単純に妹を可愛がっていただけの事。

 ランにとってフウから向けられたそれは、才能と言う“飾り”で装飾された自分に甘く優しい両親や大人達と違い、本当の意味での“愛情”だった。


 ランはいつも見ていた。

 誰からも期待されず馬鹿にされてさげすまれ、それでも努力し“頑張る”姉の姿を。


 ランはいつも見ていた。

 自分の才能の無さを一度もなげかず、誰よりも“頑張る”姉の姿を。


 ランはいつも見ていた。

 お前なんかには出来ないとけなされ否定されても、諦めずに国王の近衛騎士の団長にまで上りつめた“頑張る”姉の姿を。


 頑張って頑張って頑張り抜いて、誰よりも強くあろうとした姉がランは大好きなのだ。

 だから、ランは姉と一緒にいる事を望み、たくさん真似をした。


 始めは両親や大人達から止められた。

 けど、真似をするとフウが嬉しそうに笑うので、ランは真似を止めなかった。

 才能を活かせと両親から言われようと、ランにとってそれは“頑張る”にはあたいしない事だった。

 だけど、それが悪い方へと捉えられ、周囲から「才能のある奴は努力なんてしない。頑張らなくて良い奴は羨ましい」と疎まれた。


 最後には両親も呆れて、性格に難ありと冷たくするようになった。

 そして、当時のランは気付く事が出来なかったが、両親が陰でフウに暴力を振るうようになった。

 でも、フウはいつもランに優しく、愛情を向けていた。


 ランがそれを知った時はショックを受けて、フウに「頑張らなくていい」と告げられた。

 だけど、その時のフウの顔は悲しそうで、ランは頑張って真似を続けようと思った。


 フウが悲しそうな顔を見せたのは、ランがとても辛そうな顔をしていたからだった。

 だけど、その時のランは“フウの真似をランがしなくなるのが悲しいと思ったから”だと感じて、頑張ろうと思ったのだ。


 両親に呆れられて、大人達に疎まれて、それでも姉の真似を続けた。

 周囲からどんな目で見られようと、ランにはそれが全てだった。

 そして、気が付けば周囲から姉と一心同体と思われるほどに、左右対称な動きと言動を身につけていた。


 大好きな“頑張る”姉を尊敬し、憧れ、そして共にありたいと願う。

 だからこそ、ランは大好きな姉の為に“頑張る”のだ。







「――っうん!」


 姉が告げた“頑張れ”と言うその言葉。

 それを受け、ランの中に眠っていた何かが目を覚ます。

 大好きな姉に、誰よりも頑張ってきた姉に“頑張れ”と言ってもらえた事が、ランの力を解放した。


「行くよ、ラン! 私も頑張るから!」


「私も頑張るよ、姉さん。今ここで頑張らなきゃ、絶対に後悔するから!」


 フウが全身と剣に雷を纏って雷速でねる。

 同時に、ランが風魔法を覚醒させ、上位の嵐魔法を発動。


「テンペストキャノン!」


 魔従アンズー目掛けて一直線に凄まじい質量の嵐の砲弾が放たれる。

 それはまるで台風を凝縮し、その力を全てボールの中に閉じ込めたような激しさを持つ集合体。

 しかもそれは、ただの集合体では無く、フウの雷を纏って雷速で突き進んだ。


 本来であれば、他者同士の魔法をかけ合わせ、一緒にするなんて事は出来ない。

 しかし、この双子姉妹であれば話が別だ。

 それはきっと、ランが幼少の頃より必死になってフウの真似をし続けてきた結果なのだろう。

 そしてそれだけではない。


 ランは知らない事だが、フウも妹が合わせやすいようにと、隠れて努力をしていた。

 そんな仲の良い双子の姉妹だからこそ成し遂げたのが、この本来ならばあり得ない合体魔法。

 そしてそれは、魔法と能力スキルの合わせ技にだって匹敵する力だ。


「っこのタイミングで覚醒したの? でもね~」


 魔従アンズーは一瞬だけ動揺を見せたが、直ぐに黒雷を纏う鎖を放って迎撃した。

 だが、直後に雷速でフウが接近して剣を振るう。

 しかし、魔従アンズーは黒雷の爪でそれを受け止めた。


「ほ~ら。うふふふふ。それでもアタシには遠く及ばないわ」


 やはり一筋縄ではいかない相手。

 どれだけ強い攻撃を繰り出しても、魔従アンズーも実力者としてそれを防ぐ術があった。

 だが、フウは自信満々の笑みを浮かべる。


「果たしてそれはどうですかねえ!」


「っ?」


 魔従アンズーが片眉を上げていぶかしむ。

 するとその直後に、いつの間にかにフウの魔法で雷速を得ていたランが、魔従アンズーの背後をとった。


「テンペストキャノン!」


「いつの間――」


 ゼロ距離から放たれた魔法は魔従アンズーに直撃し、そのまま水上へと勢いよく上昇させて押し上げた。

 フウとランも左右対称に雷のような軌道を見せてそれを追い、一瞬で水上に出る。

 すると、魔従アンズーが不気味な怒りの形相で二人を睨み、上空に大きな魔法陣を展開した。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


「いくよ!」


「うん!」


 フウとランが目を合わせて頷き合い、左右対称に空を舞う。

 すると、それは思わぬ芸術を生み出した。

 双子姉妹の傷ついた体から、舞に合わせて血が飛び散り、それが奇跡的な光景を映し出したのだ。


 二人の傷は、左右対称とは言えないもの。

 しかし、何故か不思議と飛び散る血すらも左右対称に空を舞い、それはまるで芸術のように美しい真っ赤な花吹雪を散らして踊る。

 そんな不思議な現象は、双子が繰り出す誰の目にも映る事の無い一瞬の演舞。

 しかし、それを唯一見た者が、一人だけそこにいた。


「綺麗……」


 魔従アンズーは双子が繰り出す芸術的で美しい光景に魅了され、魔法を使うのも忘れて眺めた。

 その表情は憑き物がとれたように恍惚としていて、不気味さとは違う笑み。


「ライトニング――」

「テンペスト――」


 煌めく雷光、荒ぶる暴風。

 それ等が双子姉妹の剣に宿り、閃光がほとばしる。


「「――スラアアアアッッシュ!!」」


 瞬間――魔従アンズーの胴体がバツの字を描くように斬り裂かれる。

 その斬撃は、まさに雷と嵐と呼べるもの。


 魔従アンズーは悲鳴を上げる事も無く、そして痛みを感じる事も無く絶命し、その体は骨だけ残してドロドロに溶ける事も無かった。

 何故なら、雷を帯びた斬撃が一瞬で魔従アンズーを炭にして、嵐を纏った斬撃が炭を粉々に吹き飛ばしたからだ。


 二人はそれを見届けると、顔を合わせて微笑み合う。


「やったね、姉さん」


「だねん。でも、ちょっと魔力を使いすぎちまったぜい」


「私も。それに全身が痛いよ」


「左に同じ~。こりゃあナオ様を助太刀出来そうにないねえ」


「うん。でも、ナオ様ならきっと大丈夫だよ」


「そうだねん。あの方は隠れた努力家だから、誰よりも強い」


「ふふふ。姉さんがそれを言う?」


 ランが可笑しそうに笑うと、フウはクエスチョンマークを浮かべて苦笑する。

 双子姉妹は仲良く笑い合い、ゆっくりと降下する。

 そして――


「やっと外に出られって、うわ! 落ちてる!? フウとランは……って、いたけど、あれ? あの二人、ぼくの事を忘れてないか!? わああああああ!」


 ウルベの叫び声が鳴り響いた。


※今回は表現の一部に残酷なものがあるので注意して下さい。


【魔族紹介】



 アンズー

 種族 : 魔族『魔従』

 部類 : 人型『グリフォン』

 魔法 : 闇属性上位『黒雷』

 サブ : 風属性

 能力1: 追撃の悪夢・鎖(ホーミングチェイン)

 能力2: 宝物箱プリズンボックス


 今は亡き魔人ルシファーが薬で作り出した魔従で、元暴獣グリフォンだった魔族。

 邪神の配下の実力第四位。

 実は転生者でもあり、魔族化した事で前世を思い出している。

 能力を二つ持っているのもそれが理由で、実は能力自体は使いこなせていない。

 しかし、どちらも強力な能力な為、それでも十分なものではあった。

 前世ではヤンデレストーカーだったからか、魔族になって記憶を思い出してからは、やけに強くなってしまった。

 だけどそれもその筈で、前世では警察から逃亡中にストーキングしていた相手の男を殺して自殺した経験があり、かなりヤバい死因となっている。

 アンズーと言う名前は、魔族化した時に邪神だったネビロスに付けてもらった名前で、実は前世が“杏子あんず”と言う名前だった為に運命を感じてしまったらしい。

 とにかく色んな意味でヤベえ女なので、お子様に見せちゃいけないタイプだ。

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