66話 最後に残った希望
※今回は三人称視点のお話です。
魔人アスタロトの攻撃からみゆを護る為に、自らを盾にしたヘンリーの側でみゆが泣き叫ぶと、魔人アスタロトが機嫌良さそうに笑みを浮かべる。
そしてそれを見て、アミーは魔人アスタロトを睨み見た。
「やれやれ。漸く死んだか。威勢ばかりの無能な男だった」
「ヘンリーしゃんは確かにどうしようもない駄目王子だったでしゅ。でも、それでもみなしゃんを護る為に戦ってたんでしゅ! そんなヘンリーしゃんの悪口は許さないでしゅ!」
「くだらない思考よのう、アミー。やはりお主は落ちこぼれ……いいや、欠陥品だ。邪神様のおかげで魔族として生まれながら、才能を何一つ持たず、ただただお荷物であり続けた。魔族の中でも実力を持たず、それどころか人以下。そして最後には反逆し、こうして我々の邪魔をする。底辺極まりないお主は魔族の汚点だ」
「そうでしゅね。あたちは封印から解放された後に、唯一魔力を供給してもらわないと体を保っていられなかった一番駄目駄目な底辺魔族でしゅ。でも、そんなあたちでも、ヒロしゃんは“最後に残った希望”だって言ってくれたでしゅ」
「最後に残っの希望? ふぉっふぉっふぉっ。笑わせる。魔族の中で一番才能の無いお主が希望とは、英雄のパーティーは随分と人手不足な様だのう」
「笑いたければ笑えば良いでしゅ。でも、あたちは絶対に負けないでしゅ! これ以上、アンタに誰も殺させないでしゅ!」
「希望と言われてその気になるとは、誠に愚かな者よのう、アミー。万に一つもお主に勝ち目などない。今直ぐそれを身を持って知るがいい」
アミーが小杖を構えて魔法陣を展開し、魔人アスタロトがアミーに向かって走って距離を詰める。
するとそこで、魔人アスタロトの頭上に雷が落ちた。
「――っむ」
魔人アスタロトは雷を躱し、一度後ろに下がって、それを繰り出した人物に視線を向ける。
「ふむ。まだ戦う気は残っておったか、小娘」
雷を繰り出したのは、先程までヘンリーの手を握って泣いていたみゆだった。
みゆは涙を拭って立ち上がり、楽器魔法を召喚して、魔人アスタロトに攻撃を繰り出したのだ。
「みゆしゃん!?」
「ごめん、あみーちゃん! わたしも戦う!」
「……分かったでしゅ!」
アミーは頷き、魔人アスタロトから距離をとる為に後退しながら、更に魔法陣を幾つも展開していく。
そして、みゆはフルートとオカリナを召喚し、それ等二つを同時に奏でる。
「これ程の量の魔法陣……先程から妙な感じはしておったが、なるほど。そう言う事か」
「「――――っ」」
みゆとアミーは魔人アスタロトの言葉で、作戦に気付かれたと思い驚いた。
そして、そんな二人の顔を見て魔人アスタロトがニヤリと笑みを浮かべて、魔法陣を展開する。
「アミー、お主の自信。体の崩壊を克服したと見た。先程から魔石を手にしているのを見るに、それがその理由であろう。であれば、このまま肉弾戦をするには面倒と見える。お主は儂の得意分野で始末してやろうぞ」
作戦が気付かれたと思った二人だったが、気付かれたのは作戦では無くアミーの体の事だった。
それはそれで多少困りそうなものだったが、それでも作戦に気づかれるよりは幾分かマシ。
いいや、それどころか好都合ですらあった。
二人は今度は顔に出さないように注意しながら、心の中ではほくそ笑む。
そして、魔人アスタロトが展開した魔法陣からはドラゴンが召喚され、魔人アスタロトはケツァルコアトルと分離してドラゴンと融合した。
「ケツァルコアトルと比べれば力は劣るが、こちらの方が魔力量が段違いに高い。ドワーフの魔力を見る目を持つお主なら分かるであろう? いくらお主が魔力量を魔石で克服しようと、その上をいく圧倒的な魔力で押し潰してくれるわ」
「それはどうでしゅかね! グラビティスタンプでしゅ!」
アミーがそこ等中に展開した魔法陣から魔法を発動し、あらゆる方向から魔人アスタロトを狙う。
しかし、魔人アスタロトが重力の魔法を放ち、それ等全ては一瞬で無力化させられた。
そして更には、放った重力の矛先をみゆとアミーの二人に向ける。
「――ひゃあ」
「――うぐっ」
みゆとアミーは地面に倒れて、魔人アスタロトは二人には近づかずに、上空と地面にとてつもなく大きな魔法陣を展開した。
その大きさは今までで一番大きく、兵士や騎士が魔族の軍団と戦っている戦場にまで及んでいる。
「勝負あったな、アミー。お主は希望でも何でもない。魔族の面汚し、所詮はただの欠陥品にすぎぬ。最後はその身を残さぬ程の重力を浴び、音魔法使いの小娘を連れて共に肉片となって死ぬがいい」
「ず、随分とサービスが良いでしゅね……。そんな強力な魔法じゃなくても、あたち程度なら殺せるんじゃないでしゅか? もしかして、英雄のヒロしゃんがあたちの事を希望って言った事に、ビビっちゃったでしゅか?」
「やれやれ。思い上がるでないぞ? アミー。魔石で弱点を克服して増長したお主に、現実を見せてやろうと思ったまでだ」
「現実……でしゅか。そうでしゅね。これが現実だなんて、笑っちゃうくらい理不尽でしゅ。確かにあたちとアンタしゃんの魔力の差じゃ、どれだけ魔石を使っても差は埋められないでしゅ。所詮あたちは才能の無い底辺魔族でしゅ」
「漸く認めたか。だが、もう遅い。裏切り者には死を与える。どれだけ詫びようと、許されぬと知るがいい」
魔人アスタロトが展開した魔法陣が光を放ち、大気と大地が同時に揺れる。
「グラビティインパクト“ビッグバン”」
瞬間――地面と上空にある大きな魔法陣からとてつもない質量の重力が発生し、それが――――
「オリハルコンシールド“クリアミラー”でしゅ!」
「いっけええええええええ!」
それは同時だった。
「――なにが起こ――――っ!?」
アミーが魔法を唱えて、みゆとアミーを護るようにオリハルコン製の鏡が出現。
更には、みゆが少し前に鳴らしたオカリナが結界を作り、魔人アスタロトの放った魔法の矛先を全て自分達に向けさせた。
そしてそれが出来たのは、これまたみゆが少し前に鳴らしていたフルートの効果だった。
フルートの音色が、みゆとアミーの周囲をクルクルと回り、魔人アスタロトの重力の効果を抑えていたのだ。
だからこそ、二人は魔法を放つまでの余裕が出来ていた。
魔人アスタロトも、まさかこの土壇場で“反射鏡”などと言う物を利用するとは思わなかっただろう。
そして、まさか自分の放つ魔法を、全て自分達に向けさせるなんて事も考えもしなかっただろう。
だからこそ自分の身に何が起こったのか分からない。
アミーの繰り出した魔法の鏡は一つじゃない。
反射鏡の役目をするオリハルコン製の魔法の盾は魔人アスタロトを囲い、あらゆる方向から魔人アスタロトの放った魔法を跳ね返す。
そして巻き起こったのは、魔人アスタロトを中心に発生した重力波からくる星が崩壊する程の爆発。
それ等が全て反射鏡の役目をする盾で跳ね返り、それは外に漏れる事無く、全てが魔人アスタロトの許へと跳ね返っていった。
それ程に強力な威力の爆発に、オリハルコン製とは言え反射鏡の盾が耐えられるのかと疑問に思うかもしれないが、なんて事は無い。
何故なら、ここには最強のバッファーである少女みゆがいる。
みゆが最後の力を振り絞り、アミーの為だけに音魔法で演奏をする事で、その魔法の強度の限界を超えさせたのだ。
「確かにあたち一人じゃアスタロトには敵わないでしゅ。でも、あたちは一人じゃ無いでしゅ。みゆしゃんの力を借りてだけど、少しは希望になれたでしゅかね?」
アミーが呟き、次の瞬間、魔人アスタロトが体外に黒紫色の光を放って爆散した。
「やったね、あみー……ちゃん…………」
魔人アスタロトが死亡したのを見届けると、みゆが限界を迎えてその場に倒れ――なかった。
みゆが倒れそうになった時、誰かに受け止められて、ゆっくりと地面に腰を下ろさせてもらったのだ。
そしてそれを見てアミーが口を大きく開けて驚き、地面に腰を下ろしたみゆも、目を大きく見開いて驚いた。
「やったな、みゆ。そして魔族の少女……いや、アミーよ。二人の勇姿、オレの目にしっかりと焼きついたぞ!」
「「ヘンリー王子いいいいいい!?」」
そう。
倒れそうになったみゆを受け止めて、地面に座らせた人物とは、死んだと思ったヘンリーだったのだ。
まさかの生存に、みゆもアミーも驚いて動揺していると、ヘンリーがいつもの調子で何故か自信満々に言葉を続ける。
「ふっ。二人して驚くのも無理はない。オレ程の者となると、あの凄まじい魔人アスタロトの攻撃すら、この通り軽傷で済むのだからな」
「軽傷!? 軽傷でしゅか!?」
「まあ、オレもあの時は死ぬと思ったが、これに助けられた」
「「ああああああっっ!」」
これと言ってヘンリーが見せたのは、巫女鈴プリーステスロッド。
そしてその巫女鈴プリーステスロッドには、しっかりとアスタロトに殴られたであろう痕が残っていた。
と言うか、殴られたせいで原形を最早とどめていない状態。
「ベルをヒロが助けに行くと聞いていたからな。ヒロに渡そうと思って持って来ていたんだ。しかし、参ったな。これでは、もう使い物にならんかもしれないな」
「ヘンリーしゃん、悪運が強すぎでしゅよ」
「ふっ。運も実力の内だからな。当然の事だ。ところで、ヒロは何処にいる? 早くこいつを……いや。流石にこの状態では渡せないか」
「渡せないも何も、ヒロしゃんはとっくに遺跡に行ってるでしゅよ」
「――なんだと!? いかん! オレの力なくして、邪神に勝てるのか!? オレこそが最後の希望となる可能性を秘めた英雄の仲間だと言うのに! ここから遺跡まで遠すぎる! くそ! 追いつけるのか!?」
「……これは死んでも死なない馬鹿王子でしゅね」
「む? 何か言ったか?」
「なんでも無いでしゅ」
本当に九死に一生を得た悪運強い相変わらずな馬鹿王子ヘンリーに、アミーが呆れてジト目な視線を送る。
すると、二人の会話を聞いていたみゆが、涙を流しながら笑みを零した。
「本当に、本当に生きててくれて良かった」
涙を流しながら呟いたみゆの言葉。
だけど、それはアミーとヘンリーの耳には届かない。
アミーの失言とジト目から、それが気に入らないとヘンリーが眉根を上げて口論が始まったからだ。
そして、そんな二人を見て、みゆは涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。
【魔族紹介】
アスタロト
種族 : 魔族『魔人』
部類 : 人型
魔法 : 闇属性上位『重力』
サブ : 土属性
能力 : 融合(覚醒済)
実は邪神の配下の中で一番の古株な魔族。
邪神の配下の実力第三位。
能力を使って他の生物と融合する力を持っていて、融合した生物によって戦闘スタイルを変える。
作中にもあったが、重力を操る魔法を得意としていて、その威力は凄まじい。
ケツァルコアトルと融合した時に放つ火の玉だけでなく、その時に繰り出す拳の温度もかなり高熱で、実は溶岩よりも熱い。
その為、まともに食らえば常人なら一撃で死ぬ。
尚、ミーナは攻撃を受けていたが、みゆの出したタンバリンの盾で威力が抑えられていたのと、後ろに下がりながら食らっていたおかげで威力がかなり軽減されて死なずにすんでいる。
邪神への忠誠心は誰よりも強く、邪神がネビロスに体を乗っ取られていた時も、実は乗っ取られる前の邪神の命令を受けていて色々と動いていた。




