20話 私が護りたいもの 後編
※今回もベル=クラライト視点のお話です。
私の全力の魔法シャイニングアローは、魔人ネビロスを捉えて命中した……かに見えた。
だけど、魔人ネビロスは私の想像を遥かに超えていた。
魔人ネビロスは両手に魔力を集中させて、私の放った光の矢の魔法を粉砕してしまったのだ。
私の全力は魔人ネビロスに全く通用しなかった。
光の矢は粒子になって消えてしまった。
「そんな……」
シャイニングアローは今使える最も強い魔法だった。
だからこそ持っていた魔石の魔力を殆ど使って、私は全力で魔法を使った。
それなのに、魔人ネビロスにあっさり防がれてしまい、そのショックで私は少しの間だけ硬直してしまった。
そして、私が硬直してしまったその時、空中にいるメレカに魔人ネビロスがマジックボールを放った。
メレカはそれを避ける事が出来ず、直撃を食らって地面に落下してしまった。
メレカが地面に落ちると、魔人ネビロスは膝に魔力を集中させて跳躍して、そのまま地面に倒れるメレカの背中に膝落としを繰り出した。
それなのに、私はまた何も出来なかった。
「あ゛ぁあ゛ぁぁぁぁあぁぁぁっっ!!」
「メレカーッ!」
とても大きな骨の折れる音が鳴って、メレカの悲鳴が森中に響きわたった。
それを見て聞いた私は、もう何も考えれなくなっていた。
私は魔人ネビロスに向かって走り出して、杖を構える。
「ライト二ード――っぁ!」
魔法を使おうとした私は気が付けば、魔人ネビロスの攻撃を受けていた。
魔人ネビロスは一瞬で私との距離を詰めていて、私のお腹にもの凄い魔力の宿った掌底を放ったのだ。
「あ……っぁ……」
お腹から全身にもの凄く強い衝撃と痛みが走って、私はその場で崩れて血反吐を吐いて蹲った。
そして、魔人ネビロスに髪の毛を掴まれて持ち上げられた。
魔人ネビロスは私を持ち上げると、髪を掴んでいない方の手で、何度も私の顔や体を殴る。
手加減して、少しずついたぶる様に、何度も何度もそれを続ける。
「ぐっ……あっぅ……っ」
私は抵抗する事も出来ないまま何度も殴られた。
すると、少しして、魔人ネビロスが凄く退屈そうな目を私に向けた。
「つまらんな。少しは抵抗したらどうだ? これで本当に巫女だと言うのか? もっと俺様を楽しませてみろ」
腕が……上がらない。
足も動か……ない。
体が……全身が言う事を聞いてくれない。
自分が情けない。
私は体を動かす事も声を出す事すらも出来なくなってしまっていた。
封印の巫女として生を受けて、皆から優しくされて大切にされて期待もされていたのに、それに応えたくても応えられないなんて。
本当に自分が情けなくて仕方ない。
結局、私は無力なのだ。
何で私はこんなにも無力なんだろう?
ごめんね、皆。
ごめんね、セイくん。
ごめんね、メレカ。
ごめんね……ヒロくん。
ヒロくんの事を思ったら、湧き出てくるのは、後悔と言う感情だけだった。
貴方を巻き込んでしまってごめんなさい。
貴方に甘えてしまってごめんなさい。
貴方を頼ってしまってごめんなさい。
魔人ネビロスに殺されると悟った私は、心の中で謝った。
そんなの、心の中で謝るだなんて意味がないって、分かってた。
私がヒロくんにしてきた事が許される事なんかじゃないって分かってる。
それでも、今の無力で何も出来ない私に出来るのは、たったのそれだけだった。
「……はあ。本当につまらん女だ。貴様を殺したとて、なんの自慢にもならんな。……む? 待てよ? そうだ。良い事を思いついたぞ、巫女よ」
魔人ネビロスが一変して、退屈そうな表情を下卑た笑みに変えた。
そして、髪を掴んでない方の手で私の顎を掴んで、私の顔を上げさせて目が合う。
「貴様は確かあの騎士の小僧の最後を見届けていなかったな? 名前はセイとかいったか?」
「――っ!」
驚いて目を見開く。
すると、魔人ネビロスは愉快そうな笑みを見せた。
「奴の死に際の悲鳴を聞かせず、死の瞬間を見届けれなかったのは可哀想だったなあ。それには俺様も同情をしてやろう。そこで大サービスだ。今度は見せてやろう。貴様にも、死に際の悲鳴と死ぬ瞬間をな」
嫌な予感がした。
全身から血の気が引いていくのを感じる。
さっきまで痛かった全身の痛みすら忘れてしまうような、恐怖を感じた。
魔人ネビロスが私の顎から手を離して、倒れているメレカに視線を向けた。
そんなのダメだ。
絶対にダメだ。
「――おね…お願い…………やめて……」
私は必死に絞り出すように掠れた声を出した。
これ以上、大切な人を失いたくなかった。
「お願……い。メレカを…………殺さないで…………」
失いたくない。
絶対にそんなの嫌だ。
これ以上、私の大切な人を殺さないで!
「はっはっはっはっ! おいおい必死だなあ? 急に泣き出して、どうした巫女よ?」
魔人ネビロスは愉快そうに笑う。
私の目からは、いつの間にか涙が流れていた。
あの日、儀式を失敗した日から、私は泣くのをやめた。
泣いてしまえば楽になるかもしれない。
だけど、一度泣いてしまうと、立ち直れなくなりそうで怖かった。
何より、皆が私を護って死んでしまったのに、護られた私が泣いて下を向いていたら、そんなの絶対に駄目だと思った。
死んでしまった人の為にも、そして、セイくんの為にも私は泣いていちゃダメなんだと思った。
泣いて立ち止まるんじゃなくて、前を向いて歩かなきゃいけないって。
なのに、涙が止まらない。
メレカが殺されてしまうのが耐えられない。
無力で馬鹿な私には魔人ネビロスが止められない。
巫女なのだから、しっかりしなくてはいけないのに。
泣いてないで、魔人ネビロスに立ち向かわなきゃダメなのに。
それなのに、もう涙が止まらなかった。
「そう言えば貴様、あの落ちこぼれの英雄の所へ行きたがっていたな? どおれ。特別にそこであの女が死ぬ所を見せてやろう。ただし、これはお預けだ」
そう言うと、魔人ネビロスが私から魔石を奪った。
そして、魔石は魔人ネビロスによって砕かれてしまった。
「……あっ」
「貴様等は魔法で回復が出来るのだろう? 雑魚相手に何度も立ち向かわれるのは時間の無駄なのでな」
魔石を奪われ、そしてそれを砕かれて、私は本当に何も出来ない無力になった。
ここにいるのは、無力で浅ましく、誰かを傷つけ利用しようとした私だけ。
封印の巫女として皆から愛された者は何処にもいない。
私は魔人ネビロスに投げられて、ヒロくんの倒れていた場所に転がった。
投げられ地面に落ちた衝撃で魔人ネビロスに負わされた傷口が開き、激痛が私を襲ったけど、そんなものよりも自分のせいで大切な人が今から殺されてしまう事の方が辛かった。
「ぅ……ぅう……」
顔を上げて、近くで倒れているヒロくんの姿を見て、更に涙が溢れだした。
その姿は体中傷だらけになっていて、血だって大量に流していた。
死んでいるのか、生きてくれているのかも分からない。
ピクリとも動かないヒロくんが倒れているのに、私は何も出来ず、後悔して涙を流す事しか出来ない。
私のせいだ。
全部、全部……。
私は本当に馬鹿だ。
何故今更になって、こんなにも後悔しているんだろう?
何度もヒロくんを助けてあげられる機会はあったはずなのに。
それをせずに、メレカを優先したのは私なのに。
結局、私は自分に都合が良い事しか考えてない。
だから、ヒロくんのこのボロボロの姿を見てまた後悔する。
こんな事になるなら、ヒロくんを本当に元の世界に戻せばよかったんだ。
何で私はこんなにも…………。
「そこからの眺めはどうだ? 中々に良いものだろう? 落ちこぼれで役立たずの英雄の隣で、貴様は大切な人間が死ぬところを見られるんだからなあ! 特等席を用意してやった俺様に感謝するんだな! はっはっはっはっ!」
魔人ネビロスの下卑た笑いが響き渡る。
だけど、悔しいなんて感情は出て来ない。
出て来るのは、後悔だけ。
それだけしか考えられなかった。
私はどうすれば良かったんだろう?
どうすれば正解だったんだろう?
誰か……。
答えは見つからない。
誰も教えてなんかくれはしない。
だから、私はあの魔人に、魔人ネビロスに懇願する事しかできない。
私には大切な人を護れるだけの力が無いのだから。
「お願い…メレカを殺さないで……お願……いっ」
「はっはっはっはっ! よっぽどこの女が殺されたくないのか? こいつは傑作じゃないか! 魔族を封印しなければならない存在である巫女の貴様が、魔族であるこの俺様に首を垂れるとはな!」
魔人ネビロスはゆっくりとメレカに近づいて、メレカを左手で持ち上げた。
そして、メレカの心臓に狙いをつけ、右手で手刀を作る。
「実に愉快だ! 落ちこぼれの英雄を呼び出した落ちこぼれの巫女と、そのせいで今から死ぬ可哀想なこの女! いや待てよ? つまらない女だと思っていた貴様が、ここまで無様な姿で俺様を笑わせてくれたのだ。礼の一つでもしてやろうと言うものだ。よって、貴様に一つ良い事を教えてやろう」
魔人ネビロスが私を見て気見た笑みを見せて、手刀を解いた。
「貴様が封印の儀式を失敗した理由が分かるか? それは、貴様の魔力が強すぎたからだ」
「え……?」
失敗したのは私の魔力のせい?
魔力が強すぎたから……?
「たかが人間風情の貴様が、魔力を持ちすぎた結果なのだよ。貴様の持っていた強大な魔力が、あの忌々しい光の鐘の中にまで届き、邪神様がそれを掴む事によって道標となったのだ」
「――っ!?」
一瞬、魔人ネビロスの告げた真実に驚き、何を言われたのか分からなくなった。
信じたくない私がそれをさせ、でも、それは直ぐに私の中に浸透していく。
私の魔力が……道標になった?
魔人ネビロスは私の顔を見て、満足そうに笑みを浮かべる。
「これまで何度も封印の儀式は行われていたようだが、こんな事は初めての事だった。我らも、まさか封印の中にまで流れ込む魔力を持つ者が現れ、解放の手助けをしてくれるとは思わなかったぞ」
「そんな。じゃあ……全部私の……っ?」
「その通りだ! 貴様のおかげなのだよ! 封印の巫女! 貴様のおかげで我らは世界に再び解き放たれたのだ! 貴様のおかげでなあっ!」
魔人ネビロスから聞いた真実は、私を絶望させる後押しには十分すぎるものだった。
どこかで私は願っていたんだ。
あの失敗は、長年の封印で結界が弱まった結果だと。
どこかで私は願っていたんだ。
封印の儀が失敗したのは、私のせいじゃないのだと。
どこかで私は願っていたんだ。
多くの命が、大切な人の命が、私の犯した失敗のせいで失われたわけじゃないのだと。
でも、そんなの全て私のただの願望だった。
全ての元凶は私で、私がいなければこんな事にはならなかったのだ。
「感謝しているぞ巫女よ。我ら魔族を封印から解放してくれてありがとう! とな! はぁーっはっはっはっはーっ!」
魔人ネビロスの笑い声が森に響く中、私は涙を流す事しか出来なくて、ただただ絶望する事しか出来なかった。
結局自分勝手で周りに甘えていただけの私。
自分は悪くないと心の中では思って逃げ続けて、どうしようもなく卑怯で醜い人間。
挙句の果てに、こんな事になったきっかけすらも自分自身が原因で、本当に最低最悪の存在だ。
なんでこんなにも醜い私が封印の巫女なんかになってしまったのだろう?
私なんかがならなければ、きっと世界は今でも平和で、死なずにすんだ人だって沢山いたんだ。
「どうした? 喜べ! 貴様がこの状況を招いたのだ! 貴様さえいなければ、こんな事にはならなかったのだよ! こんなに愉快な話は他にないだろう!?」
魔人ネビロスはそこまで話すと、笑いを止めて、冷ややかな視線を私に向けた。
「全ては巫女、貴様が招いた結果だ」
魔人ネビロスは再び愉快そうに笑いだす。
「はっはっはっはっはっはっはっはっ!」
下卑た笑い声が響き、私は何も言い返す事も出来ずに、ただ涙を流す事しか出来なかった。
すると、ネビロスは笑いを止めて、メレカの心臓に手刀を向けた。
「さて、そろそろ終わりにしよう。貴様には飽きた」
魔人ネビロスが右手の手刀に魔力を集中させる。
私のせいで皆が死んでいく。
封印の儀式を失敗させた元凶である私は、自分だけ甘えて大切な人を一人だけ連れて逃げ出した。
あの時に残った人達にも大切な人がいたのに、あの時に残った人達の帰りを待つ人がいるのに、私だけ大切な人を連れて逃げ出した。
逃げ延びた私は、今度はこの世界とは無関係な男の子を巻き込んだ。
勝手に巻き込んで、身勝手に助けてとお願いした。
その男の子が、あまりにも優しくて私はそれに甘えた。
その男の子は本当に普通の男の子で、こんな生死をかけた戦いをする世界にいていい人ではないのに、私はその優しさが心地よくて甘えてしまった。
本当の姉の様に慕っているメレカにも甘えてばかりだった。
一人じゃ心細くて、一緒にいてほしくて離れたくなかった。
だから、メレカを連れて宝鐘を手に入れる旅に出る事にした。
この旅は魔族と争う事になる危険な旅になると分かっていたのに。
今まで全ての人に甘えた結果がこの結末なんだ。
何で私はもっと自分に厳しく出来なかったのだろう?
あの時、逃げずにセイくんと一緒に戦っていれば、何かが変わっていたかもしれないのに。
男の子の……ヒロくんの優しさに甘えていなければ、もっと違う結果が出ていたかもしれないのに。
メレカをこんな危険な旅に、連れてこなければ、見殺しにしなくてすんだのに。
全部、全部私のせいなんだ……。
絶望の中、後悔ばかりが押し寄せる。
「さあ。魂を頂くとしよう。ソウルカット」
魔人ネビロスの手刀が黒く染まり、無情にもメレカの心臓を狙った。
「ヒロくん……助けて…………」
それは無意識の言葉だった。
消え入りそうな掠れる声で、私はそう口にしていた。
それに気付いた私は、自分自身を酷く許せなくなった。
こんな時に、何で私はまた甘えようとしているんだと。
こんな危険な事に巻き込んでおいて、今更どの口が言えるのだろうか?
こんなにも傷だらけで倒れた相手に助けを求めるなんて最低だ。
それなのに――
「任せろ」
それなのに、それなのに――
「――おぐぁっっ……!?」
「――っ!」
目の前に、信じられない光景が広がった。
「――うそ……?」
メレカに止めをさそうとしていた魔人ネビロスが、もの凄い勢いで吹っ飛んだのだ。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
でも、それをやったのが、それをしてくれたのが、その人だと直ぐに分かった。
「おっと――良かった。生きてる」
さっきまで私の横で気を失って、倒れていたはずのその人……ヒロくんがそこに立っていた。
“任せろ”と言ってくれて、メレカを抱えてそこに立っていた。
ヒロくんは私の“助けて”と言う身勝手な言葉に応えてくれた。
もう駄目だと思っていたのに、私なんかの願いを叶えてくれた。
私は堪らず、また涙がぽろぽろと溢れだした。
「ヒロくん――」
その姿は、私には本当に眩しくて凄く輝いて見えた。




