19話 私が護りたいもの 前編
※今回はベル=クラライト視点のお話です。
「本当だ! 本当に巫女姫様が我々を助けに来て下さっていたんだ!」
「おー! 我々の様な者にまで手を差し伸べて下さるとは、流石は巫女姫様!」
「やはり巫女姫様は魔力が衰えてしまっていても、我々の希望だ!」
暴獣の群れをメレカと二人で食い止めていると、背後から聞きなれない声が聞こえてきた。
その声に振り返って確認してみると、体中が擦り傷や泥まみれになった獣人の男の人が三人いた。
「タンバリンの住人でしょうか?」
「多分そうだと思う。ヒロくん達が助けたのかな?」
私とメレカは暴獣を警戒しながら獣人達の許まで走って近づく。
そしたら、すっごく嬉しそうな目で見つめられた。
すると、メレカが少し警戒した様子で私の前に出た。
「今はこのような状況なので、手短に質問させて頂きます。あなた方は?」
「俺達はナオちゃんに助けて貰って、こっちの方で巫女姫様が暴獣の相手をしてるって聞いたもんだから、加勢しに来たんだ」
「それはありがたい。暴獣の数が多い為に、少々手こずっていたところです。感謝します」
「皆さん、ありがとう」
メレカが獣人達への警戒を解いて感謝をしたから、私も同じようにお礼を言った。
すると、獣人達は嬉しそうに笑顔を私達に向けた。
「いえいえ。巫女姫様にお礼を言われるだなんて、勿体無いお言葉ですよ。それにしても、ナオちゃんの言った通りだ。巫女姫様も我々と同じ様に、魔力を奪われてしまわれたのですね」
「巫女姫様、それに姉ちゃんも、ここは俺達に任せて下さい」
「ああ、それがいい。あのネビロスとか言う魔人は普通じゃなかった。俺達みてえに黒い髪のあんちゃんと、騎士の姉ちゃんが戦ってるみてえだが、きっと巫女姫様の力が必要だ」
助けに来たのに逆に助けてもらうなんて。と、一瞬考えた。
でも、今はそんな事を言ってる場合じゃないし、ヒロくん達の事が心配だった。
メレカに視線を向けたら目がかち合って、私達は頷く。
きっと、メレカもヒロくん達の事が心配なんだ。
「ありがとう。皆さん、どうかご無事で」
「ああ! 任せて下さい!」
「あなた方もどうか無理はなさらないで下さい!」
「心配いらないぜ、姉ちゃん! 魔力なんて無くても、俺達三人にかかりゃあ、暴獣なんて蹴散らしちまうよ!」
私とメレカは獣人達の厚意に甘えて、急いで暴獣の巣穴へと走り出す。
暴獣の巣穴へ向かいながら、私は魔石の数を確認した。
暴獣との戦いで魔石を随分消費してしまって、もう残り一つになっていた。
メレカも魔石の消費が激しかったから、もう今は一つも持ってない。
そのせいか、魔石の確認を終えた時に、嫌な予感が頭をよぎってしまった。
この嫌な感じは、私のせいで邪神を復活させてしまった日以来だった。
あの日の事は今でもハッキリと覚えてる。
封印の儀式の失敗は、世界に恐怖と絶望を与えてしまった。
大切な人が次々と殺されて、皆が私を護って死んでしまった。
血が繋がっていなくても、本当の弟の様に可愛がっていたセイくんも、私の為に死んでしまった。
私は何も出来なくて、ただ逃げる事しか出来なかった。
そんな自分が情けなくて悔しくて、許せなかった。
だから、今度はもう逃げたくない。
今度こそ、私は絶対に何も失いたくなんてない。
暴獣の巣穴に到着すると、フラフラになったヒロくんと魔人ネビロスの二人の姿が見えた。
でも、ナオちゃんとミーナがそこにはいない。
「ヒロくん!」
私は嫌な予感が的中した事に焦って、ヒロくんに声をかけた後に周囲を見回した。
「ベル! メレカさん! 良かった。ナオとミーナさんが結構ヤバいんだ。早速だけど、二人を回復してやってくれ」
ヒロくんの目配せで二人を発見して、二人とも酷い怪我をしているのが遠目でも分かった。
「――大変! メレカはミーナをお願い!」
来るのが遅すぎた。と、私は自分の無力さに悔いる。
それに、それだけじゃない。
暴獣に見つかった時に、別行動をせずに全員で暴獣と戦っていれば、こんな事にはならなかったはずだった。
なのに、私はあの時バカみたいに必死になってメレカと口論までして、そのせいでヒロくんとミーナの二人だけにここに来させてしまった。
でも、今は悔いてる場合じゃない。
早く二人を回復しないといけないんだ!
メレカにミーナの事を指示して、その言葉の後直ぐに言葉を繋げた時だった。
「私はナオちゃんを――」
言葉を繋げて言い終える前に、私の目の前にネビロスが立っていた。
焦るあまりに油断していた私は、魔人ネビロスの接近を許してしまっていた。
「わざわざ殺されに来たのか? 巫女姫よ」
「――っ!」
黒い靄のような魔力に包まれた魔人ネビロスの掌底による攻撃が私に迫る。
咄嗟の判断が出来ず、私はその場で硬直してしまった。
それに気付いたメレカが、私の前に立って魔法を繰り出す。
「スプラッシュ!」
だけど、メレカの魔法は魔人ネビロスの攻撃に耐える事が出来なくて、メレカが私の変わりに攻撃を受けてしまった。
そして、魔人ネビロスの攻撃はそれだけで終わらなかった。
魔人ネビロスは次に足に魔力を溜めていたのだ。
「――っ!」
その瞬間、あの日のトラウマとなった過去の記憶が甦った。
メレカにも黙っていた出来事……あの瞬間を。
あの日、封印の儀式が失敗した日。
私は見ていた。
動けなくなってメレカ達に運んでもらって、空から逃げる時に私は見たんだ。
魔人ネビロスがクンエイを殺す瞬間を。
その時の魔人ネビロスの攻撃が、まさにこの足に魔力を溜めた攻撃だった。
私は恐怖で青ざめてしまい、目の前が真っ暗になった。
目の前でメレカが今にも魔人ネビロスの攻撃を受けようとしているのに。
体を動かしてメレカを護りたくても、恐怖で体が言う事を聞いてくれない。
でも、そんな時だった。
「させるかよ!」
ヒロくんがメレカを庇って、魔人ネビロスの攻撃を受けたのだ。
「……っこっの!」
私は目を見開いて驚いた。
メレカを庇って魔人ネビロスの蹴りを受けたヒロくんは、その攻撃に耐えたのだ。
この森で魔人ネビロスに会った時は、攻撃を受けたヒロくんはそのまま気を失っていた。
そのヒロくんが、クンエイを殺す程の強い攻撃に耐えて、立っている。
その姿に、まるで別人を見ている様な気持ちになった。
凄い……。
心からそう感じた。
あれから日があまり経っていないのに、こんなにもヒロくんは強くなっていたのだから。
するとその時、メレカが小声で私に話しかける。
「姫様、ヒロ様に任せて、我々は今の内にナオとミーナの回復に向かいましょう」
「――っ。うん」
メレカの言葉でハッとなって、私は直ぐにナオちゃんの倒れている巣穴の方へと向かった。
だけど、向かっている途中で私は足を止めてしまった。
この感じ……。
肌で感じる程の強大な魔力を感じて、私はその魔力の発生源へと振り向いた。
「願い通り殺してやろう。ソウルショック」
それは振り向いたと同時だった。
ヒロくんが魔人ネビロスの攻撃を受けて、もの凄い速さで吹っ飛んで地面を転がった。
……え?
それを目のあたりにした私は、考えるより先にヒロくんが倒れた所まで走りだしていた。
「――ヒロくん!」
どうしよう。
私はヒロくんと初めて会ったあの日の事を思い出した。
召喚されたばかりのヒロくんは、私を誰かと間違えて告白して、その後顔を真っ赤にして照れていた。
その真っ赤な顔を見て、こんな戦いとは無縁の人をこの世界に呼んでしまったのだと気が付いた。
それでも私は自分勝手で、ヒロくんの事を考えもせず、助けてほしいと懇願する事しか出来なかった。
「ヒロくん!」
どうしよう。どうしよう――
ヒロくんがこの世界に来たばかりの時の事を思い出した。
嫌がる事もなく、真剣に私達の話を聞いてくれた。
普通なら不安になって文句だって言っていいのに、そんな事一切せずに、ちゃんと私達の事を考えてくれた。
私はそれが嬉しくて、馬鹿みたいに甘えてしまった。
本当に自分の事ばかりで、最低だと分かっていたのに。
「ヒロくん!」
どうしよう。どうしよう。どうしよう――
マリンバに行く事になった時の事を思い出した。
最初にマリンバに行こうと言い出してくれたのはヒロくんだった。
村の人達を助けたいと思っていた私は、巻き込んでしまったヒロくんに罪悪感を感じて、助けに行こうと言えずに黙っていた。
ヒロくんが村の人達を助けようって言ってくれて、凄く嬉しかった。
そして、私はまた甘えてしまった。
ヒロくんの好意に、優しさに甘えてしまったんだ。
この世界の事なのに、ヒロくんには関係の無い事なのに。
「ヒロくん!」
お願い。
死なないで!
昨日の夜、ヒロくんと話した事を思い出した。
マリンバでの戦いで、メレカを失ってしまう可能性の恐怖を覚えた私は、どうしようもなく怖くなった。
そして、その恐怖がきっかけで、私はまた酷い事をした。
ヒロくんならと、私は何処かで望んでいたんだと思う。
だから言ったんだ。
ヒロくんが望むなら、元の世界に戻れる事を。
きっとこれを言えば、ヒロくんは優しい人だから、帰らないと言ってくれると望んでいた。
……ううん、違う。
分かっていたんだ。
そして、ヒロくんは帰るつもりがないと本当に言ってくれた。
それを聞いた私は、凄く嬉しいと思って喜んだ。
私は、本当に酷く醜い自分勝手な人間だ。
封印の巫女としての使命を全う出来ず、英雄であるヒロくんに元の世界に帰るよう施したあげく、帰らないと聞いて安心して救われた気持ちになって浅ましく喜ぶ。
しかも、それは計算されたもの。
ヒロくんはいつも私達の事を考えてくれているのに、私は自分の事ばかりだった。
こんな私のせいで、ヒロくんが殺されて良いはずがない。
助けなきゃ。
絶対に死なせちゃ駄目なんだ!
「貴様等はもう終わりだ」
魔人ネビロスがいつの間にか私を追い越して、目の前に現れる。
「はっはっはっ。あの小僧が英雄とやらなんだろう? たいした英雄だよ。口ばかり達者な、ただの雑魚だ」
魔人ネビロスは愉快そうに笑う。
私は持っていた魔石から魔力を消耗し、杖を構えて魔法陣を出現させる。
「マジックボール!」
魔法で生成された光の球体を光速で放って、魔人ネビロスにぶつける。
だけど、魔人ネビロスは魔力を右手に集中させて、私が放った魔法を爆散させてしまった。
「効かんな!」
「ブレイドウォーター」
背後からメレカが魔人ネビロスに斬りかかる。
でも、魔人ネビロスはそれを払いのけて、メレカの腕を掴んでしまった。
「自分から死にに来るとは、死を希望か? いいだろう。まずは貴様から始末してやる」
「く……ぅ……っ」
「メレカ!」
私はその場で立ち止まってしまった。
ヒロくんを助けないといけないのは分かってる。
でも、メレカを放って、このまま行って良いのか分からない。
メレカは魔人ネビロスに捕まってしまって、身動きがとれなくなってしまっているのに、それを見捨てていいのか判断が出来ない。
「ぁああっっ……!」
「――っ!? ライトニードル!」
ヒロくんを助けに行く為の一歩が踏み出せなかった。
メレカの叫びを聞いて、私は考えるより先に魔法を唱えて、光の針を放っていた。
「ちっ」
魔人ネビロスは悪態をつきながらも、光速で放たれた光の針を避ける。
でも、その時に出来た隙をメレカが逃さなかった。
メレカはその隙に体の自由を取り戻し、魔人ネビロスの右目に向かって、小杖を向けて魔法陣を発生させた。
「バレットウォーター!」
「――ぐぉ……っ!」
メレカの放った水の弾丸が命中して、魔人ネビロスの右目を潰す事に成功した。
「ぐぁああぁあぁっっ!」
魔人ネビロスも流石に目への攻撃は効果があったらしくて、右目を抑えて叫び出した。
するとその隙にメレカは魔人ネビロスから離れて、私の所まで後退して来た。
メレカの腕を見ると、よっぽど強い力で掴まれた様で、捕まれた所が変色していた。
「腕が……」
「この程度、何ともありません」
メレカが私に心配をかけないように微笑んでくれた。
そして、直ぐに真剣な表情で、言葉を続ける。
「それより姫様は早くヒロ様の所へ。他の二人、ナオとミーナは魔力が感じられるので、恐らくまだ大丈夫です。今一番危険な状態なのはヒロ様です。ネビロスは私にお任せ下さい」
「うん、分かった」
私は返事をして、ヒロくんの許まで走りだした。
でも、私の頭の中は、ごちゃごちゃになっていた。
もう自分でも自分の事が分からなかい。
ヒロくんを助けたいと思ったのに、メレカの叫び声を聞いて、考えるより先にメレカを助ける事を優先してしまった。
あれほど死なせちゃ駄目だと思ったのに、結局はメレカを優先してしまった。
この世界を助けてくれようしているヒロくんを、私は見殺しにしようとしてしまったのだ。
でも、だからと言ってメレカを助けるのが間違いなのかと言われれば、絶対に頷いたり出来ない。
私にとってのメレカはとても大切な存在で、見捨てる事なんてやっぱり出来ないのだ。
結局私はどこまでいっても自分勝手で、駄目な人間だった。
その時、肌で感じる程に恐ろしい殺気が全身を包んだ。
「――っ!」
殺気にあてられた私は足を止めて、身動きが取れなくなった。
「やはり巫女よ。貴様は先に殺しておくべきだな。貴様の魔法は少々厄介だ」
「お前の相手は私だ! ネビロス!」
メレカが魔人ネビロスに斬りかかる。
だけど通じない。
簡単に避けられてしまう。
「いちいち邪魔な女だ。だがまあいい。右目の礼はさせてもらうぞ!」
魔人ネビロスがメレカの右目を狙って掌底を繰り出して、メレカはそれをギリギリで避けて小杖を構える。
「ショットウォーター!」
次の瞬間、水の散弾が近距離でネビロス目掛けて放たれた。
そして、それは魔人ネビロスに全弾命中した。
だけど駄目だった。
全弾が命中したにもかかわらず、魔人ネビロスは無傷だった。
「その魔法、当てるのには丁度良いが、威力は無いようだな」
魔人ネビロスがニヤリとした笑いをして、メレカの顔に零距離でマジックボールを放った。
メレカはそれを避ける事も防ぐ事も出来ず、直撃を受けてしまう。
「くっぅ……!」
メレカは何とか倒れずに踏みとどまる事が出来たけど、魔人ネビロスの攻撃は続いた。
今度はメレカのお腹に膝蹴りをいれて、上空に浮かせ飛ばした。
「ヒロくん。……ごめんなさい」
私はヒロくんを見つめて、掠れた声でそう呟いていた。
私は自分勝手で、最低最悪な酷い人間だ。
また、メレカを助ける為に私はヒロくんを見捨てる。
本当にこんな自分が嫌になる。
だけど、だけど私は、それでも私は大切な人を護りたい。
今メレカを見捨てたら、絶対に後悔する。
魔人ネビロスに杖を向けて、魔石を通して杖に魔力を集中させる。
そして、詠唱を唱え始めて杖を光が包み込む。
杖を包んだ光は弓へと姿を変えて、私はそれを構えて目の前に魔法陣を発生させた。
お願い!
間に合って!
急いで詠唱を終わらせて、私は魔法を放つ。
「シャイニングアロー!」
私の今の全力の魔法、魔力を帯びた光の矢。
それは、地面を抉りながら光速で進んでいき、魔人ネビロスに命中した。




