39話 不気味な予感
「初代封印の巫女の夢を見た……?」
「うん。最近は毎日なの。今日は仲間の女の子が死んだ夢。ちょっとだけフウに似てたかも」
「そうか……」
トーンピースを出て三日目の朝。
セイの操縦で魔車を走らせていた俺達は、休憩がてらに朝食をとりながら、ベルが昨晩見た夢の話を聞いていた。
内容は、初代封印の巫女の夢。
詳しく話を聞くと、多分それはただの夢ではなく、初代封印の巫女が経験した記憶だ。
ベルは魂を洗浄されて、本来であれば記憶を持たない。
しかし、害灰の影響なのか、それとも記憶が洗浄されきっていなかったのか、ここ最近は夢で記憶を見ているらしい。
ただ、だからと言って何か他にあるわけでも無く、ただ夢を見ると言うだけの話。
能力に目覚めたり、魔力が元に戻ったりなども無く、まるで実際に体験したかのような気持ちになるだけの様だ。
「それでね、毎日夢を見るようになって思ったんだけど、これって邪神と戦う時に役に立つかもって」
「……え? そう言う流れでしゅ? あたちはてっきり、悲しい話を思い出して、ショックを受けてる的な流れだと思ったでしゅ」
「え? そうなの?」
「でしゅ」
俺も思いました。
っつうか、仲間のフウに似た女の子が死んだって流れから始まったから、マジでベルが心配になったまである。
だが、とくに心配はいらなかった様で、かなり明るめにベルは話す。
「それでね、邪神の使う魔法なのかな? もしかしたら能力なのかもだけど、ヒロくんの魔法に似てるの」
「……マ? それって、邪神が絆の魔法を使うって事か……? 邪神なのに絆?」
「全然合わないにゃ」
「でも、なんかそれっぽいんだよ。それに冷静になってみると、私の魔力を奪ったでしょう? あれって、そう言う事なのかもって」
「なるほど。姫様の仰る事は一理ありますね。そもそも、絆の魔法の上位の存在は今のところ不明です。ですよね?」
メレカさんが真剣な面持ちで俺と目を合わすので、俺は冷や汗を流しながらも頷いた。
「あ、ああ。使えるようになったって言っても、やっと普通に使えるってだけで、上位魔法を使ってるって感じはしないな」
「であれば、絆の魔法の上位が、邪神の使う魔力を奪うものかもしれません」
なるほどなあ。と納得しかけたが、そこでセイが手を上げる。
「奪うと言う行為は、絆とは程遠いと思います。なので、自分は違うかと」
確かに。と即行で説得させられる俺。
と言うか、実際普通にセイの言っている事の方がどう考えても正しい。
だが、正直なところ微妙でもある。
何故なら、俺が実際に敵の魔法を奪って攻撃してるからだ。
まあ、ただ、あれはあくまで借りると言う感じで、実際に奪うイメージでは無い。
そう考えると、やはり奪うってのは絆とは程遠い気もする。
「言われてみるとそうかも。じゃあ能力なのかな?」
「どうでしゅかねえ。あたちも邪神の力はよく知らないでしゅし。って、あああ! 大事な事を忘れていたでしゅ! そうでしゅよ! 邪神でしゅよ!」
アミーが何かを思い出したらしく、突然大声を上げて立ち上がって、掴んでいた朝食のパンを落とす。
とりあえず俺はアミーが落としたパンを拾って視線を向けると、アミーが手を伸ばしたのでパンを渡した。
「ありがとうでしゅ」
「おう」
「っじゃないでしゅよ!」
耳元で大声を上げるアミーに苦言を言いたくなったが、とりあえず抑えて視線を向ける。
だが、アミーは俺ではなくナオとセイに視線を向けて、何かを目で訴えた。
すると、ナオとセイが「あっ」と同時に声を上げて、お互い顔を見合わせた。
三人の様子に俺とベルとメレカさんが訝しみ、なんだなんだと視線を向ける。
すると、アミーは座り直してパンを頬張って呑み込んで、一息ついてから俺を見た。
「ヒロしゃん、邪神はネビロスに体を乗っ取られているそうでしゅ」
「へえ…………は? え? マ? の、乗っ取られた!?」
「にゃー。蛇女が言ってたにゃ」
「自分も聞きました。あれから色々あって、すっかり忘れていました……。申し訳ございません」
「うっわ、マジかあ」
何事かと思ったら、まさかのとんでもない情報。
と言うか、魔族のトップが体を乗っ取られているなんて、事と次第によっては戦況を大きく変える話だ。
「確か、ネビロスは最後に会った時に魂だけで動いていました。まさか、あの時既に……?」
「え? ねえ、メレカ。それってフロアタムを奪還した時の話だよね?」
「はい。ネビロスの魂を逃がしてしまった時です。ヒロ様の命を狙っているように見えましたが、それ以降ネビロスを見ていません。今まで気にしていませんでしたが、そう言う事であれば納得出来ます」
「そう言えば、マジで忘れてたけど俺に恨みがあるって話だったな。こうして改めて考えると、そのわりには一度も出てきてないし、謎だったんだな」
確かに忘れていた。
フロアタムでは俺も色々あったし、邪神に元の世界に戻されたりなんかもあって、正直それどころじゃなかった。
ただ、そうなると不思議な事も出てくる。
時の魔法と言うのは、使った本人は記憶が残るものらしい。
そして、この世界は何度も繰り返されていて、俺が辿っているのは最初の世界に似たものらしい。
つまり最初の世界で時の魔法を使った邪神は、もし体を乗っ取られていたのなら、その事も知っている筈なのだ。
そうなると、わざと体を乗っ取らせたと言う事になる。
何故なら何度も言う様に、多少の違いはあれど、この世界が最初の世界と同じ道を辿っているからだ。
それはガブリエルやティアマトの様子から見るに間違いはない。
もし、邪神が最初の世界でもネビロスに体を乗っ取られていたとして、邪神は最初の世界と同様に体を乗っ取らせるのだろうか?
俺だったら勿論お断りだ。
と言うか、そんな事する奴は側に置かないまである。
だが、邪神はネビロスを側に置き、体を乗っ取らせた。
いや。
そもそも時の魔法を使ったのは邪神では無く、体を乗っ取ったネビロスだったのか?
だが、それはそれで色々おかしな事が出てくる。
正直言ってお手上げだ。
考えれば考える程に意味が分からなくなってくる。
「にゃー。それなら、結構前から邪神はネビロスになってたのにゃ」
「マジでしゅか。でも、まさかあのネビロスがヒロしゃんと因縁があるなんて、全然知らなかったでしゅ」
「いや、俺も恨みもたれてる理由を知らないんだけどな。なんか前世であったらしい」
「なんでしゅか? それ。本当に分からないんでしゅ?」
「恨みもってそうな奴ならいっぱいいるからなあ。結構いろんな奴を病院送りにしてきたし」
「ああ。みゆしゃんが言ってたやつでしゅね。ホントにどうしようもないでしゅね」
「……ま、まあ、アレだ。今更だけどそこは納得だよな。邪神は時の魔法も使えるみたいだし、それで時代とか関係なしでネビロスの魂を俺の世界……と言うか未来から引っ張ってきたって事だろ?」
「そうだと思いましゅよ。あたちだって向こうの世界の知識がヒロしゃんと殆ど変わらないでしゅし。それくらいは出来ると思いましゅ」
俺とアミーは頷き合い、そこでメレカさんが立ち上がった。
二人だけで話し合っていた事で退屈させてしまったかと思い、視線を向けて謝ろうとしたが、特にそう言う事でも無かった。
メレカさんは立ち上がると、ベルに視線を向けて「片付けをします」と一言告げて、朝食を終えた皿や容器を片付け始める。
そしてそれを見て、セイが「手伝うよ」とメレカさんを手伝い始めた。
と言うわけで、この話も終わりかなと思っていたが、まだ終わらないらしい。
ナオが首を傾げながら、尻尾をゆらゆらさせて俺を見る。
「ニャーは思ったんだけど、今の邪神がネビロスなら、簡単に倒せないかにゃあ?」
「……え? どう言う事だ?」
「にゃー。邪神が何度も時を繰り返してるなら、それは邪神の体を乗っ取ったネビロスじゃない筈にゃ。それなら、今の邪神は何度も繰り返された世界の邪神とは違うと思うにゃ」
「あっ。そっか。もし何度も繰り返していた世界の邪神がネビロスなら、色々おかしな事になっちゃうもんね」
「言われてみるとそうでしゅね」
「うーん…………」
やっぱりそう考えるよな。と、俺は考えて頭を悩ませる。
俺もそうだと思いたいが、最初の世界と同じ道をってのが気になる。
「どうしましゅ? トーンピースに戻って、さっさと邪神を倒しに行きましゅ?」
「……やめておくよ」
もし本当に今の邪神がネビロスに体を乗っ取られていて、チャンスだったとすると、かなり魅力的な提案だ。
だが、疑問が残る以上、今はその時では無い気がする。
それに、俺は一度だけ邪神と会っているからこそ思うんだが、例えそうだったとしても邪神がこのまま終わるとは思えない。
「まずはカリヨンで女神を呼び出す。多分、それが今は一番優先にしないといけない事だと思うんだ」
「そうでしゅか。まあ、あたちはヒロしゃんの考えに従いましゅよ」
「うん。私もヒロくんを信じる」
「ニャーもそれで良いにゃ」
ただ、邪神の体をネビロスが乗っ取ったと言う話は、しっかりと覚えておこうと思う。
そう思うのは、邪神がこのまま終わるとは思えないからでは無く、アミーのこの話を聞いて何か嫌な予感が……不気味な感じがしたからだった。
今までの繰り返されたこの世界には無かったと言うベルの中に入った害灰の件といい、このままだと何かとんでもなくヤバい事が起きる。
そう感じずにはいられなかった。
邪神の体をネビロスが乗っ取ったと言う話は、それ程に不気味さを出していた。




