35話 急変に次ぐ急変
※今回も三人称視点のお話です。
夜の闇に光りを照らし、雨雲を斬り裂いた光の矢。
魔人ヴィーヴルに直撃を与えたそれは、地面を抉りながら尚も突き進み、数百キロ先まで飛んで粒子となって消えていった。
光の矢が通り過ぎた所には光の粒子が残留し、巻き起こる煙をキラキラと光らせて、未だに輝き続けている。
「す、凄すぎでしゅ…………」
そのあまりにも絶大で強大な威力を目の辺りにしたアミーは、魔力が限界を迎えて崩壊を始めた己の体の事すら忘れて驚いていた。
そして、そんなアミーにメレカが近づき、肩に触れて魔力を送り込みながらお腹の傷を回復する。
「あ、メレカしゃん。ありがとうでしゅ」
「いえ。おかげで助かりました。先程アミー様がご使用した能力……あれは何だったのですか?」
「あ、それ私も教えてほしいかも」
メレカが微笑みながらアミーに能力について尋ねると、ベルが大量に汗を流して息を荒げながらも、にこやかに笑みを浮かべながらやって来た。
そして、ナオも魔人ヴィーヴルに殴打された部分をさすりながら、ふらついた足取りで近づいて来る。
「ニャーも聞きたいにゃ~」
「な、ナオしゃん大丈夫でしゅか……?」
「骨が多分何本か折れたけど、この通り大丈夫にゃ」
「それ大丈夫って言わないでしゅよ……?」
「あ。ごめんね、ナオちゃん。今直ぐ治すね」
ベルが慌ててナオに近づき、回復の魔法を使用する。
すると、あっという間に傷が癒えて、ナオは元気……とは言わないまでも、足のふらつきは無くなった。
「本当に疲れたにゃ。蛇女めちゃくちゃだったにゃ。四人で戦って倒せる強さだなんて思わなかったにゃ」
「そうね。流石に私も肝を冷やしたわ。姫様の一撃が無ければ勝てなかったでしょうね」
「ううん。勝てたのは皆で力を合わせたからだよ」
「にゃー……っあ。それでアミっちの能力って、結局なんなのにゃ?」
ナオが再び能力について質問すると、ベルとメレカもアミーに注目する。
すると、アミーが少しだけ考える素振りを見せてから答える。
「対象物を欺いて、裏切らせる能力だと思うでしゅ」
「欺いて……」
「裏切らせる……」
「にゃ?」
ベルとメレカとナオがそれぞれに呟いて首を傾げる。
すると、アミーは「でしゅ」と頷いた。
「だから、ヴィーヴルの魔法を裏切らせて、魔法の使用者のヴィーヴルを攻撃させたんでしゅ」
「にゃー。だから蛇女が自分の魔法を食らってたのにゃ」
「でしゅね。まさかお腹に刺さったアレが引き抜いた後に、これでヴィーヴルに攻撃できればって思ったら、いきなり飛んでいくなんて思わなかったでしゅけどね」
「あ、そんな感じのきっかけだったんだ?」
「なんと言いますか、こう……劇的な変化があってとか、そう言った類のものでは無いのですね」
「なんかフワってしてるにゃ」
四人は話すと笑い合った。
まだトーンピースの村人は助けられてはいない。
村にはまだ魔従ベヒモスが残っていて、まだ気が抜けない状況は続いている。
しかし、それでも肩の荷が多少は下りたと感じ、心は随分と晴れやかになった。
だが、その時だ。
メレカが驚いた表情を見せ、とある方角に視線を向ける。
「ま……まさか…………っ」
「メレカ……?」
「姉様どうし――にゃああ!? い、生きてるにゃ!」
ナオが驚き声を上げ、その視線の先に見えるのは、上がっていた煙の隙間から覗かせる魔人ヴィーヴルの体の一部。
「アレを食らって生きてるでしゅ!?」
「そんな……っ!」
煙が全て消え去り、残留していた光の粒子も輝きを無くし、再び夜の闇が戻ってくる。
そしてそれと同時に、翼を三つ無くし、全身のあらゆる場所から血を垂れ流した魔人ヴィーヴルが姿を現した。
魔人ヴィーヴルは鋭い目つきでベルを睨み、その顔からは底知れぬ怒りの表情が現れている。
「よくも! よくもよくも! うちをこんな目に合わせたな! 絶対に許さない! ぶっ殺してやるわ! 絶対にぶっ殺して――――ぁあ……っっ」
魔人ヴィーヴルは怒鳴り声を上げていたが、その途中で膝から崩れるようにして倒れた。
しかし、そのまま死を迎えるわけでも無く、ただ単純に体力や傷だらけになった体の限界がきただけだった。
だが、意識はまだハッキリとしていて、倒れた後もベルを睨みながら立ち上がろうとしていた。
「お、驚いたでしゅ。でも、もう虫の息でしゅね。止めをさっさと刺すでしゅ」
「にゃー。蛇女は村のみんなの仇でもあるにゃ。弱ってるからって手加減はしてやらないにゃ」
アミーとナオに慈悲は無く、二人で魔人ヴィーヴルに向かって歩き出す。
メレカは二人を止める事も無く、ただジッとそれを見つめた。
ただ、ベルだけは違っていた。
ベルは複雑な表情を見せていて、罪悪感に囚われていた。
魔人ヴィーヴルは伝道師エミールの仇だ。
しかし、弱っている姿を見て、追い打ちをかける気にどうしてもなれない。
ただ、ベル自身は分かっている。
正しいかどうかは関係無く、この考えは優しさではなく甘さで、ナオとアミーの考えこそが当たり前の事なのだと。
もしここで魔人ヴィーヴルに同情して見逃してしまったら、必ず魔人ヴィーヴルに殺される犠牲者が増えるのだと。
だから、メレカと同じく二人を止めようとはしない。
そして、目を逸らす事もせずに見守った。
「くそ! くそ! くそくそくそーっ! こんな奴等に! こんな奴等に負けるなんて! うちの方が強いのに! なんでよおおお!」
悔しさを声に上げて叫ぶ魔人ヴィーヴルの目の前に、ナオとアミーが辿り着く。
魔人ヴィーヴルは顔を上げて、悔しそうに二人を睨みつけた。
「アンタ達なんて一人じゃ何も出来ないくせに! 卑怯者!」
「馬鹿だにゃ。別に一人で戦わないといけないルールなんて無いにゃ」
「あたちは卑怯で結構でしゅ。魔族的には褒め言葉でしゅ」
「ムカつく! 死ね! 死んじゃえ!」
「なんか哀れでしゅね。こんなの殺したら絶対後味悪いでしゅよ。ナオしゃん、こう言うのはあたちに任せるでしゅ。あたちが一思いに殺してあげ――」
「それは困るのう。アミーや」
「「――――っ!?」」
それは、突然に起こった一瞬での出来事。
事態は急変し、最悪が押し寄せる。
ナオとアミーの目の前に大きなローブを身に着けた老人が現れて、二人に手をかざして一瞬で吹き飛ばす。
二人は不意打ちを食らって防御する間もなく吹っ飛んで、地面を転がった。
「あ、アスタロト様……っ」
魔人ヴィーヴルが突然現れた老人を見て、驚きながら名を呼んだ。
そう。
この場に突然現れたのは、邪神に仕える魔軍三将の一人、魔人アスタロト。
光の魔力を吸収した魔人ヴィーヴルを軽く凌ぐ魔力を持つ圧倒的な強者。
場の空気は一変し、とてつもない緊張したものへと変化した。
魔人アスタロトから感じるものは、魔人ヴィーヴルの強さが霞むほどのものだった。
「や、ヤバいでしゅ! 流石に連戦相手がアスタロトなんて、マジで洒落にならないでしゅよ!?」
吹っ飛ばされた先で、アミーが起き上がって大声を上げた。
その顔は本気で動揺している顔で、焦りも溢れるように現れている。
そして、動揺や焦りを感じていたのは、ベルとメレカとナオも同じだった。
魔人アスタロトから感じる魔力はそれ程までに凄まじく、魔人ヴィーヴルと死闘を繰り広げた後に戦って勝てるような楽な相手では間違いなく無い。
「ふむ。随分とこっぴどくやられたのう、ヴィーヴル」
「アスタロト様……っ。何しに来たんですか? うちを笑いに来たの?」
「儂がそんなつまらん事をするわけなかろう。お主を迎えに来たのだ」
魔人アスタロトは魔人ヴィーヴルの問いに答えると、ベルに視線を移し「ふむ」と頷き片眉を上げる。
「しかし、ついでに巫女を連れ去るのも悪くない」
「させないわ!」
ベルの目の前にメレカが立ち、魔銃アタランテの銃口を魔人アスタロトに向けて、直後に氷の弾丸を発砲。
しかし、既にその場に魔人アスタロトの姿は無かった。
「危ない危ない。いきなり物騒なものを向けるとは、礼儀の知らぬお嬢さんだ」
「「――――っ!」」
それは一瞬だった。
魔人アスタロトの姿が消えたと思ったら、ベルの背後から声が聞こえたのだ。
ベルとメレカは後ろを振り向き、それと同時にベルは黒い靄のようなものに手足を拘束されて、更には口にまで黒い靄がかかって声を封じられる。
そして、そのまま体を宙に浮かされた。
「――っんんんん!」
「姫様!」
「それでは貰って行くぞ」
「アイスバレット!」
メレカが近距離射撃を行うも、魔人アスタロトに軽々と避けられてしまう。
実力は雲泥の差で圧倒的。
だが、だからと言って引き下がるわけもない。
メレカは続けて魔法陣を展開し、魔法を一斉に放――――てなかった。
魔人アスタロトがメレカに手をかざし、その直後にメレカはとてつもない重力に襲われて地面に倒れたからだ。
その重力の重さは凄まじくとんでもないもので、メレカは必死に立とうとするが、立つどころか指の一本すら動かせない。
「ベルっちを離せにゃあああ!」
「ふむ。いつぞやの幼子か。実力は見違えるものがあるのう。じゃが――」
ナオが全力で蒼炎の爪を魔人アスタロトに振るうが、魔人アスタロトは右手を前に添えるだけで、それを簡単に防いでしまった。
そして、添えられた右手から魔法陣が展開される。
「――やはり未熟」
次の瞬間、魔法陣から地面が抉れて割れる程の重力の衝撃波が放たれる。
その威力は絶大で、ナオはそれの直撃を受けて吹っ飛んだ。
「やはり邪神様の言っていた事は本当だのう。五千年前の戦いと比べて、英雄の仲間は随分と弱い。これならあの計画も問題無く実行出来そうだ」
「あの計画……? アスタロト、あの計画って何なんでしゅか!? ベルしゃんをどうするつもりでしゅ!? 本当に邪神にしようとしてるんでしゅか!?」
「裏切り者のアミーか。お主に話す事など何も無い」
「だったら、もう良いでしゅ。その代わり、ベルしゃんは返してもらうでしゅ!」
アミーが小杖を使って魔力を集中し、魔法陣を展開。
しかし、そこまでだった。
メレカと同じだ。
突然襲いくる重力によって、アミーはその場で倒れて動きを封じられてしまう。
魔人ヴィーヴルとの戦いは勝利で終わりを迎えたが、その最後の結末は最悪なものとなってしまった。
ナオは吹っ飛ばされて地面を転がって気を失い、メレカとアミーは重力によって身動きを封じられ動けない。
ベルは黒い靄に拘束され、動く事も喋る事も出来ない。
最早絶体絶命と言えるこの状況。
しかし、最悪なこの状況下で、再び事態は急変する。
「ふう。先に一人で走って来て正解だったな」
「――――っ!?」
不意に聞こえた少年の声。
それは魔人アスタロトの側から聞こえて、魔人アスタロトは声のした方へ振り向いた。
するとそこに立っていたのは、ベルの拘束を解いて、口に覆った黒い靄を外している少年。
魔人アスタロトは大きく目を見開いて驚き、ごくりと唾を呑み込んだ。
しかし、それも頷けると言うもの。
何故なら、その少年からは魔力を殆ど感じない。
それだけでなく、少年から感じるのは、そこ等辺にいる村人と同じ。
脅威を微塵も感じさせない平凡さで、なんの力も持っていないとしか思えぬ凡人さ加減。
だが、魔人アスタロトは少年を見て思い出す。
少年と一度会っている事を。
そして、その少年が誰なのかを。
少年がベルを助けると、ベルは嬉しそうに笑顔を少年に向けて声を上げる。
「ヒロくん!」
そう、この少年こそが、魔族達が最も恐れる注意すべき英雄ヒロだったのだ。




