32話 VS因縁の魔人ヴィーヴル その3
※今回も三人称視点のお話です。
「うげ。また雨が酷くなってきたでしゅ。雨乞いがどうとか言ってたけど、ヴィーヴルの能力はとんでもないでしゅね」
ベル達が魔人ヴィーヴルと激戦を繰り広げている中、アミーが文句を垂れながら森林の中を走っていた。
既にベル達と合流し、魔人ヴィーヴルと戦っているナオと比べて、かなり遅いと言える足の速度。
しかし、それでも常人と比べれば速いもので、時速四十キロは出ていた。
それでも未だに森林を抜け出せないでいるのは、小さな森林と言えどそれだけ大きいと言う事に他ならないし、そもそも雨で滑りやすく視界も悪いので慎重にならざるを得ずこんなものだ。
とは言え、そろそろ森林を抜け出せるころ。
アミーの目には、既に森林の外の景色が見えていた。
「しっかし能力……でしゅか。あたちは今まで自分の能力なんて期待していなかったし、どんなものか調べようとも思わなかったでしゅが……」
ぶつぶつと呟きながら外に出る。
外に出ると今度は足を止め、周囲をキョロキョロと見回した。
「……向こうの方で魔力が激しくぶつかり合ってるでしゅね。それにここまで戦闘の音が響いてきてましゅ。急がないとでしゅね」
アミーは再び走り出し、ベル達のいる戦場へと向かった。
そして、己の能力について考えていた。
能力はアミーにとって本当に未知な領域。
そもそも能力と言うのは、転生して生まれた者しか使う事が出来ず、魔族の間でも幹部や実力のある者しか知らない。
稀に実力の無い者が使っていたりしている場合もあるが、それが能力によるものと知らなかったり、たまたま分かりやすいものだっただけと言う事が殆どだ。
前世の記憶がある者は、本来であればその時点で能力を二つ持つ事が出来る。
だから、アミーに前世の記憶があると分かった当初は期待されたものだったが、アミーは自分の持つ能力が何か分からなかった。
しかも、アミーは魔力を毎日わけて貰わないと己の体を保てない程に弱っていた。
だからこそ、魔力もあまり持たず魔法も弱いアミーは、能力すら分からないのかと邪神に無能だと見捨てられた。
当時は酷く落ち込んで、必死に自分の能力が何なのかを求めた。
しかし、ドンナと出会い、いつの間にか能力の事はどうでもよくなっていた。
だけど今、今だからこそ、アミーは再び己の能力について考えるべきだと思った。
「うーん。意識しないと出来ないタイプの能力だとは思うんでしゅけどね~。私生活で不思議な事が起こったりすれば分かりやすいけど、そう言うのも無いでしゅし…………でしゅ?」
ぶつぶつ呟きながら走っていたアミーは、不意に何かを発見する。
何かは地面に転がっている物で、一部砕けて欠けてしまっているが、前世で見た事のあるものに似ていた。
アミーは何となくそれが気になり、走る速度を緩めて近づいて行く。
「神楽鈴でしゅ……っあ。もしかして、これがメレカしゃんが言ってたやつでしゅか?」
アミーが見つけたのは、まさにその通りだった。
魔人ヴィーヴルが魔力を吸収して破壊した巫女鈴プリーステスロッド。
それをアミーが見つけて拾ったのだ。
「うーん。これって魔道具でしゅよね? アレも持って来てるし、一応持って行きましゅか」
何故破壊された物をと感じる所だが、破壊されたと言っても粉々になっているわけでは無く、一部が欠けているだけ。
持つ部分も多少欠けているが、そこまで酷くはないし、鈴も幾つか取れてしまっているが全てでは無い。
この状態でも機能を失っていないなら、持っていく価値があるかもしれないと、アミーは考えたのだ。
アミーは再び走り出し、戦場の近くまでやって来た。
「どう言う状況でしゅ? メレカしゃんはヴィーヴルと魔法の撃ち合い。ナオしゃんは何かに追いかけられてましゅね。ベルしゃんは……いたでしゅけど、側で誰かが倒れてましゅね」
アミーはベルを見つけると、走る速度を上げて大声を上げる。
「ベルしゃーん!」
「――アミー!」
ここは戦場。
ベルが直接戦っているわけでは無いとは言え、メレカと魔人ヴィーヴルの魔法が飛び交っている場。
メレカの氷の吹雪と魔人ヴィーヴルの宝石の嵐が飛び交う中、アミーは魔法で自分の身を護りながら、ベルの許へと急いだ。
そして、やっとの思いでアミーはベルに近づくと、早速近くで拾ったプリーステスロッドを差し出した。
「これ……」
ベルが驚きながらプリーステスロッドを受け取ると、アミーが少し切らせていた息を深呼吸で落ち着かせてから話しだす。
「すぐそこに落ちていて、形が神楽鈴だったから、神楽鈴林道の社にあった物だと思って拾って来たでしゅ」
「ありがとう。巫女鈴プリーステスロッド……さっき魔人ヴィーヴルに奪われて、魔力を吸われて壊されちゃったの」
「そう言う事でしゅか。どうりでヴィーヴルの魔力量が上がってるわけでしゅね。あんなのと戦えてるメレカしゃん凄すぎでしゅ」
アミーはメレカと魔人ヴィーヴルの戦いにチラリと視線を向ける。
二人の戦いはそれはもう本当に激しいもので、弾幕と弾幕が激しくぶつかり合っているような戦い。
しかし、最早それ等は制圧射撃を目的としたような牽制などの類では無く、その一つ一つが本名。
魔力操作を得意とするメレカと、雨を操る事の出来る魔人ヴィーヴルでなければ、決して成し得ない常軌を逸した戦いだった。
しかし、一番驚くべきは魔人ヴィーヴルだ。
メレカと魔人ヴィーヴルの二人の戦いとは言うが、実際にはたまにナオが加入していた。
ナオはナオで相当にとんでもない事に、お腹に刻まれた生贄の紋によって繰り出される水の刃の猛攻を相手にしながらも、隙を見ては魔人ヴィーヴルに攻撃を仕掛けていた。
だが、魔人ヴィーヴルはそれを全て回避して、常人離れした二人を相手に今だ余裕のある雰囲気を漂わせている。
アミーからしてみれば、この戦いは異常すぎた。
次元が違いすぎると言っても過言ではない。
ただ、アミーはとくに驚いた様子もなく、冷静にベルに視線を戻した。
「って、それよりソレ使えそうでしゅか?」
「どうだろう……? 魔力はさっき魔人ヴィーヴルに取られちゃったし……あ。魔力操作の補助には使えるかも」
「そうでしゅか。それなら良いものがありましゅ」
「良いもの?」
「でしゅ」
アミーは頷くと、懐から魔石を取り出す。
魔石は透明感のある白色をして輝いていて、光の魔力を宿らせていた。
「使ってでしゅ」
「うん。ありがとう」
ベルはお礼を言って受け取ると、魔石の魔力を使って、プリーステスロッドに魔力を集中した。
と言っても、中々使う事は出来ない。
今のベルは害灰の影響を受けていて、魔石の魔力をプリーステスロッドに集める事が困難だったからだ。
そして、そのせいで、メレカと戦っていた魔人ヴィーヴルに気付かれてしまう。
「ドワ女……? あの女も猫女みたいに動けるわけ? ナマイキ」
魔人ヴィーヴルがメレカに向けて出している魔法とは別で、魔法陣を展開。
直ぐに魔法を発動させて、魔法陣から飛び出したのは握り拳くらいの大きさの鉱石で、アミーを狙って勢いよく飛翔する。
もちろんそれにはメレカは気づいていて、直ぐに撃ち落とそうと銃口を向けた。
だが、それを魔人ヴィーヴルが邪魔をする。
「金魚のフン、アンタにはそんな余裕はないよ! バ~カ!」
「――っ」
魔法の撃ち合いを継続しながらも、魔人ヴィーヴルがメレカに一瞬で接近して、己の身長よりもデカいその巨大な尻尾を振るった。
しかも、その速度と威力は、今までがただのお遊びだったかのように感じる程の恐ろしいもの。
メレカは避ける事も防ぐ事も出来ず、そのまま地面に叩きつけられてしまった。
魔法の撃ち合いもそこで終わりを迎えて、メレカと魔人ヴィーヴルの一騎打ちの決着がつく。
そしてその直後には、先程放たれた魔人ヴィーヴルの魔法の鉱石が、アミーに攻撃を仕掛けていた。
鉱石はアミーの一メートル以内まで近づき、その瞬間に爆ぜて、粉々になった破片が凶器となってアミーを襲った。
しかし、それと同時にプリーステスロッドが光を放ち、その機能が動き出す。
機能が動き出せば、魔力のコントロールなど苦にはならない。
全てプリーステスロッドがサポートして、ベルの力を一気に引き出す。
「ウォールライト!」
次の瞬間、光の壁がアミーの目の前に出現して、全ての攻撃からアミーを護る。
その光景を見た魔人ヴィーヴルは眉を寄せ、ベルの持つプリーステスロッドに気が付いて視線を向けた。
「あの魔道具は、うちが壊した筈じゃ……?」
「どうやら、壊したのは外見だけだったようね」
「――っ」
瞬間――魔銃アタランテの銃口から氷の弾丸が放たれる。
魔人ヴィーヴルは慌ててそれを避けようとして避けきれず、氷の弾丸が頬を掠めた。
メレカはその隙に立ち上がり、魔人ヴィーヴルから離れて距離をとる。
しかし、先程受けたダメージはかなりのもので、その動きには鈍さがあった。
とは言え、魔人ヴィーヴルはそんなメレカに追い打ちをかけようとはしなかった。
何故なら、少し離れた場所にいるベルに脅威を感じて、メレカよりもベルを警戒し始めたからだ。
「凄い。この光の魔石……何処で手に入れたの?」
「みゆしゃんと楽器魔法を手に入れる旅の途中で立ち寄ったスレイベルって名前の町でしゅ。初代封印の巫女が残した魔石でしゅよ」
「初代封印の巫女……? だから、だからこんなにも馴染みやすいんだ。これなら、プリーステスロッドとこの魔石があれば、魔力を邪神に取られる前と殆ど変わらない力が出せる。ありがとう、アミー!」
「マジでしゅか? それなら、もっと早く渡すべきだったでしゅね」
アミーがジト目をして冷や汗をかき、そんなアミーにベルが抱き付いて喜ぶ。
しかし、喜んでばかりもいられない。
ベルは直ぐにアミーから離れて、プリーステスロッドを触媒にして魔力を集中する。
そして狙うは、水の刃に追いかけ回されているナオ。
「クリアライト!」
ナオのお腹が光を放ち、お腹に刻まれていた生贄の紋が一瞬で消し去る。
すると、生贄の紋が無くなった事で水の刃はターゲットを失い、全て地面へと流れていった。
突然終わった追いかけっこにナオが驚き、ベルに視線を向ける。
そして、驚いたのはナオだけでは無い。
「うちの生贄の紋が魔法で消された!? これが光の魔法の力だって言うの!?」
魔人ヴィーヴルの顔には最早余裕などなかった。
ベルを鋭く睨みつけて歯を食いしばり、忌々しいと言わんばかりの表情をベルに向ける。
ベルも力強い眼差しを魔人ヴィーヴルに向けて、二人の目がかち合う。
とは言え、ベルに余裕があるわけでは無い。
害灰の影響で熱は上がったままで、降り続ける豪雨のおかげで逆に体が冷えて、少し楽だと言うだけの状態だったのだ。
既に息も荒さを見せていて、体の負担はかなりのもの。
本来であれば、既に立つのも辛い程に体力を消耗していた。
しかし、それでも立っていられるのは、その意志の強さによるもの。
その意志の強さだけで、ベルは魔人ヴィーヴルを前に怯む事無くその場に立ち、プリーステスロッドを構える。
ここで必ず決着をつける為に。




