17話 強敵
暴獣達の群れを抜けて、ミーナさんと二人で暴獣の巣穴へと向かうと、直ぐに巣穴に到着した。
本当にさっきの場所に暴獣が集まっていたのか、一匹も見当たらず、ついでに一番警戒していたネビロスの姿も見当たらなかった。
「見張りくらいはいると思いましたが、誰もいませんわね。気配も感じられませんわ」
「それならそれで好都合ですよ。さっさと巣穴に入って、捕らわれた村人がいるか確認しま――」
「――英雄殿!」
突然ミーナさんが俺の腕を掴んで、背後へ跳躍する。
するとその瞬間、巣穴から何かの魔法が飛び出して、俺が立っていた地面に衝突して爆発した。
俺はその爆風を肌で感じながら、冷や汗をかく。
「あっぶねえ。ミーナさん、ありがとうございます」
「当然ですわ。それより、どうやら早速本命のお出ましですわね」
「ですね」
俺とミーナさんが巣穴へ視線を向けると、愉快だとでも言いたい様な「はっはっはー!」と言う笑い声を出しながら、巣穴の奥から魔人ネビロスが姿を現した。
「小僧またあったなあ!」
「ありがたく思えよ? 会いに来てやった……って、あれ? お前、髪の毛が前に会った時と色が違くないか? 黒髪が混ざってるぞ?」
ネビロスが笑いながら来やがったので、こっちも余裕を見せようと冗談を言ってやった時、俺はネビロスの髪の毛の色に気づいた。
何故か以前見た時と色が一部変わっていて、元々の濃紺の色に黒色が混ざっていて、ツートンカラーとなっていたのだ。
「貴様を逃がした事で、邪神様にお叱りを受けてな。見ての通りだ」
「へえ。それはお気の毒だな。て事は、魔力が奪われたって事だよな? そりゃあ嬉しい吉報だな」
「吉報? 馬鹿を言え。何も問題はない。貴様を殺す程度の事は、今の魔力でも十分だからな」
今の魔力でも十分と言う言葉は、ムカつくほどにその通りで、正直言って腹が立つ。
ネビロスはサーベラスとは威圧感と言うか殺気と言うかが、比べ物にならない程違うのだ。
俺にだって、ネビロスの言った言葉がハッタリなんかじゃないって分かってしまう。
しかし、だからこそ俺は時間を稼ぐ為に話を続ける。
「ところで一つ聞きたいんだけどさ。なんで俺達が川の中から出て来るって分かったんだ?」
「はっはっはっ。くだらん質問だな。だが教えてやろう。俺様は記憶した魂の位置を把握する事が出来る力がある。そこの獣人の女の魂を記憶していたので位置を把握したのだ。まさか川の中を通って、ここを目指すとは流石に俺も思わなかったはな。しかし、だからこそこうして称賛し、気まぐれで敬意を払って話す場を設けてやったのだ」
「……そりゃどうも。っつうか、記憶した魂の位置が分かるってすげえな」
「まさかわたくしが原因だったなんて……申し訳ございませんわ」
「謝罪なんていりませんよ。おかげでこいつと暴獣を引き剥がせたって考えましょう」
実際の話、そのおかげで厄介な暴獣の群れが一か所にかたまって、ミーナさんを一緒に連れて来る事で、ネビロスが一人で現れたのを考えれば結果的には良かったとも言える。
この目の前のとんでもない化け物に加えて暴獣に囲まれるなんて、前回経験した俺から言わせてもらうと、正直そっちの方がヤバいってもんだった。
「せっかくだ。ここまで来た褒美を貴様等にくれてやろうじゃないか」
「褒美……?」
ネビロスがニヤリと笑みを浮かべて「来い」と告げる。
するとその時、巣穴の奥から三人の獣人が姿を現した。
獣人達は皆が傷だらけで、髪も黒く、恐らく魔力を吸われてしまっている状態だ。
そして、全員が目を虚ろにしてフラフラと歩き、まるでゾンビ映画に出て来るゾンビを見ている様だった。
「――くっ。なんて酷い事をっ! 許せませんわ!」
「ネビロス! その人達を解放してもらうぞ!」
俺とミーナさんがネビロスを睨みつけると、ネビロスは愉快そうに下卑た笑みを浮かべた。
「ああ。良いとも。ただし、貴様等にそれが出来ればな」
ネビロスが紫色の魔力の塊を左手から生みだし、それを獣人達に向かって放つ。
するとそれは、獣人達の体内に入っていってしまった。
そして次の瞬間、獣人達の目が真っ黒に染まり、一斉にミーナさんにだけ襲い掛かった。
「――これは!? 何をしましたの!?」
襲い掛かって来た獣人達の攻撃を躱しながらミーナさんが声を上げると、ネビロスが笑いながら答える。
「俺様の魔法で魂を操ってやっただけだ。女を殺せとな」
「卑劣な!」
ミーナさんに説明を終えると、ネビロスは俺に視線を向けて目を合わせる。
「貴様は巫女が召喚した英雄だったか? マリンバで俺様の部下を倒したそうじゃないか? この前の貴様から全く信じられん。そこで、アレが演技だったかどうか見極める為に、貴様の相手は俺様直々にしてやろう」
「なるほどね。そんで俺は襲わせなかったって事か。そりゃあ光栄だ」
緊張で唾を飲み込み、手に汗を握る。
マリンバではナオがいてくれたからこそ、サーベラスを倒せた。
そもそも、サーベラスに止めをさしたのは俺じゃなくてナオだ。
俺一人でネビロスを相手にまともに戦えるのかって話だ。
それに、ネビロスから出る殺気がどんどん増していくのを感じる。
だけど、弱音を吐いてなんていられない。
深く息を吸って吐きだし、覚悟を決める。
そして、身体能力を上げるイメージをして、目の前にいるネビロスへと集中した。
「なあ? 魂を操るって事は、暴獣も操ってるのか?」
「そうだな」
「なるほどな。じゃあ、お前を倒せば、タンバリンで起きている事件は全部解決って事だ」
「はっはっはー! 倒せばだと? 笑わせるな! そんな事が貴様に出来るわけないだろ? 貴様如きがな!」
実力は高くても、どうやら沸点は低くいらしい。
ネビロスの殺気が更に増し、笑みは睨みへと変化しやがった。
俺の魔法、上手く発動してくれよ。
サーベラスの時は唱える事なく魔法が使えた為、俺の魔法は詠唱などが必要ない事は分かった。
そうなると、上手く魔法が発動してくれる事を祈るだけだ。
「さて、少々喋りすぎたな。お喋りは終わりだ」
――来る!
俺は瞬時に全神経を研ぎ澄ます。
今回はこの前の様に一撃でぶっ倒れるわけにはいかない。
ネビロスが動く。
「――っが!?」
滅茶苦茶だ。
それはネビロスが動いたと思った瞬間だった。
あまりにも速い速度で俺との距離を詰めたネビロスが、掌底を繰り出して、俺は気付いた時には腹に直撃を食らってしまっていたのだ。
俺はとんでもない勢いで後方へと吹っ飛び、その方角にあった木にぶつかって、それ等の強力な衝撃に血反吐を吐き出した。
ヤベえ……。
激痛が尋常じゃない。
早くもとても立っていられる状態では無くなってしまってその場で蹲り、その場から動けなくなってしまった。
「ふん。やはり英雄とは名ばかりの雑魚だったか」
ネビロスがゆっくりと歩いて俺に近づいて来る。
だけど、俺は痛みに耐える事しか出来ず、未だに蹲っている。
「つまらん。さっさと殺して……む?」
その時、地面から土や石で出来た手が生えてきて、それがネビロスの足を掴んだ。
ネビロスの動きが止まり、次の瞬間、槍を構えたミーナさんがネビロスの目の前に現れる。
「アームドアース“アタック”!」
ミーナさんが構えた槍に石や土が覆い、そして瞬間、ミーナさんが槍をネビロスに向けて刺突する。
だが、それがネビロスを串刺しにする事は無かった。
ミーナさんの刺突に向けて、ネビロスが直ぐに拳を作って振るい、攻撃を受け止めたのだ。
「ほう。三人を相手に、意外と早かったな。情に溺れて殺せないと考えていたが」
「魔力を抜かれた村人に後れを取る程わたくしは未熟ではありませんし、殺してもいませんわ」
視線を向けて確認すると、三人の獣人は、ネビロスの足を掴んだ土の手より大きなサイズの土の手が掴んで捕まえていた。
「なるほどな。アレなら殺さずにすむ。考えたではないか」
「貴方に褒めて頂いても嬉しくありませんわね」
ミーナさんとネビロスは会話をしながら、激しく攻防を繰り返す。
二人の戦いのスピードはとても速くて、目で追えないレベルのスピードだった。
目で追えない俺でも分かる事と言ったら、ミーナさんが突きを一つ入れる度に魔法で覆われたその槍の槍頭が変形する事。
その突きの一つ一つが、まるで別の武器を使って攻撃しているかの様な錯覚を感じさせるって事ぐらいだ。
「次元が違いすぎるだろ……」
だけど、だからってこのまま見ているだけってわけにもいかない。
未だに続く激痛に耐えながら、木で体を支えながらフラフラと立ち上がる。
今の状況は、どう見ても俺が足手纏いなのは間違いなかった。
ネビロスの一撃を食らっただけで、まともに立っていられない。
何かないかと周囲を見回すと、ミーナさんの魔法に捕まっていた獣人達がぐったりと項垂れていた。
それを見て、俺は痛みに耐えながらも、急いで三人の所まで移動する。
「……大丈夫ですか?」
三人の内の一人に近づき、恐る恐る声をかけるが返事が返ってこない。
試しに手で瞼に触れて開くと、黒く染まっていた目が元に戻っていた。
「ネビロスの魔法が解けてるのか? これならこの土の手から解放してあげても良い気もするけど、また操られて暴れられたら厄介だよな……」
どうするか考えていると、突然背後から爆音が聞こえた。
その音に驚いて振り向くと、二人の戦いは激しくなっていた。
「ゴーレムハンド!」
地面に浮かび上がっていた魔法陣を通して、地面が盛り上がり、土や石などで構成された巨大な手が次々と現れる。
そしてそれは、一斉にネビロスに殴りかかった。
しかし、ネビロスはそれを軽やかに避け、又は手で受け流し、全ての攻撃を回避する。
「スピアアース!」
今度はネビロスが立つ地面の土や石が集束し、まるで地面からネビロスを突き刺すように槍が飛び出して攻撃をするが、それもネビロスは簡単に避けた。
「ファング――」
土や石がミーナさんの持つ槍に収束し、それは虎の頭へと姿を変える。
「――アースッ!」
瞬間――大口を開けて鋭い牙をむき出しにした虎の頭が、ネビロス目掛けて放たれる。
「はっはっはー! 中々の魔法だ。だがっ!」
ネビロスは魔力を拳に溜めて、ミーナさんの放った魔法を拳で殴って粉砕してしまった。
「この俺様相手では無力に等しい!」
ミーナさんはネビロスから距離を置き、槍を構え直した。
よく見ると、ミーナさんの額には汗が流れ、若干呼吸も乱れ始めていた。
俺が視線を向けてからは、ミーナさんばかりが攻撃を繰り出して優勢にも見えなくは無かったけど、実際にはその逆だ。
ミーナさんには余裕が無くなっていて、ネビロスにはそれがある。
「どうした? もう終わりか?」
ネビロスが不敵に笑う。
次の瞬間、ネビロスが間合いを詰めて、ミーナさんに掌底を繰り出す。
「く……ぅっ!」
ミーナさんは掌底の直撃を受けて吹っ飛ぶ。
そしてそれをネビロスは追い、吹っ飛ぶミーナさんに追いついて、上空へと蹴り上げた。
「おいおい! ヤバいだろアレ!」
上空に蹴り上げられたミーナさんは気を失っているのか、ピクリとも動いていない。
どう見てもこのままだと不味いと分かる状況だった。
痛いからだとか、糞みたいな言い訳を言ってる場合じゃない。
俺は急いでネビロスへ向かって走り出した。
激痛が走るが、気にしてる場合でも無い。
痛みに耐えながらネビロスに近づいて行き、そして、勢いのままネビロスに飛び蹴りをした。
だけど、それは軽く避けられて、足まで掴まれてしまう。
「や――っがっぁ……っ!」
再び恐ろしいまでの衝撃が全身に走る。
俺は足を掴まれた直後に、ネビロスに地面に叩きつけられたのだ。
結果は最悪だ。
俺は結局何も出来ず、ただ激痛に次ぐ激痛で動けなくなるだけ。
意識が吹っ飛ばなかっただけマシとしか言えない状況。
俺を地面に叩きつけると、ネビロスは上空を見て、無詠唱でマジックボールを作りだしてそれを放つ。
だけど、間一髪、ミーナさんは意識を取り戻して、直ぐに魔法陣を真下に浮かび上がらせる。
「アームドアース“ディフェンス”」
ミーナさんの左手が土に覆われ、寸でのところでネビロスの魔法を防いだ。
だが、それで安心してばかりもいられない。
ネビロスは今度は痛みで地面に寝転がって身動きとれない俺を狙い始めた。
手の平にマジックボールを浮かび上がらせ、俺を見下ろしてニヤリと笑む。
――くそっ!
これ以上こいつの攻撃を受けたらっ!
逃げたくても逃げられない最悪な状況。
しかしその時、俺の目の前、頭上を炎が舞う。
「クロウズファイアッ! 切り裂くにゃ!」
爪に炎を纏わせて、暴獣の群れを相手にしている筈のナオがネビロスに飛びかかったのだ。
「――ナオ!?」




