2話 美少女巫女、美女従者と儀式へ向かう
【異世界シャインベル】
それは、地球とは違う別の世界。
魔法が存在し、日常で多くの魔法が使われている。
人だけでなく獣人や魚人などの様々な種族が暮らしていて、種族間の違いはあれど争う事も無く、日々平和に暮らしていた。
そんなこの世界には、言い伝えがある。
『五百年に一度、光の魔力を携え生まれし子を封印の巫女とし、巫女と伝道師三人の力を束ね封印の儀式を執り行え。さすれば、世界が再び闇に覆われる事もなく、平和が満ち続けるであろう』
この世界には四つの大国がある。
この世界で一番の大国であり、五百年に一度産まれる封印の巫女の血族が治める人の国【クラライト王国】。
王都フロアタムを中心にして、長老ダムルと呼ばれる長寿の獣人が治める獣人の国【ベードラ】。
水深三万キロも奥深くにある深海で栄えるフルートと呼ばれる都を中心として、他種族を嫌う魚人の女帝が治める国【海底国家バセットホルン】。
人が住めない程の高い山が幾つもある高山地帯の国【リュート】。
そして、今年も五百年に一度の封印の儀式が執り行われる。
それに合わせて伝道師もクラライト王国以外の国から、魔力の高い者が1人ずつ選ばた。
封印の巫女と伝道師によって護られ続けてきた封印の儀式は、今年も変わりなく執り行われる筈だった……。
◇
「ねえ、変じゃないかな?」
「とんでもない。姫様、とってもお似合いですよ」
ここは、クラライト王国の王女の寝室。
姫様と呼ばれた少女が、封印の儀式に向かう為に巫女装束に着替え終わった所だ。
少女の名はベル=クラライト。
年は15で身長は148センチ。
綺麗で透き通るような金色のサラサラの髪は、肩に届かない程度の長さ。
まつ毛は長く二重瞼で、瞳の色は宝石の様に綺麗な碧眼。
まだ幼さの残る容姿で美しく可憐で、しかし胸は豊か。
絵にかいた様な、まるでお人形の様な美少女。
そんな彼女は、クラライト王国の誇る第一王女殿下にして封印の巫女。
今は袖も短く緋袴も短い露出度高めな巫女装束を着てはいるが、普段は清楚で綺麗なドレスを着ている。
少女の名は、この世界からあやかって付けられた名前だった。
それは、この異世界で何よりも意味を持つ名。
平和をもたらす神秘に包まれた、世界中の人々が愛する信愛の名。
それが【ベル】なのだ。
そしてベルは、その世界中の愛に包まれて育った少女だった。
似合うと言われて上機嫌になったベルは、恥じらう事なくクルリと回って緋袴をなびかせる。
「やった♪ メレカに褒められちゃった♪」
似合うと褒めてベルを上機嫌にさせたのは、ベル専属の従者メレカ=スーと言う名の女性。
年は25で身長は160センチ。
頭にメイド用のカチューシャをつけていて、髪の毛は空色で長く、後頭部でまとめられポニーテールにしている。
つり目の瞳は綺麗な赤紫色で、顔は美しく整っている。
スラッとした美しい容姿と控えめな胸に、スカート丈の長い露出の無いメイド服。
常に綺麗で美しい姿勢をしていて、歩く姿もまた美しく綺麗な女性だ。
彼女はベル=クラライト王女殿下の専属の従者だが、ボディーガードを出来る程の実力者でもある。
そんな彼女は、ベルにとって姉のような存在で、主従関係以上の姉妹の様な信頼関係を持っていた。
「ふふふ。それでは姫様、参りましょう」
「うん。ありがとう、メレカ」
メレカは寝室の扉を開け、ベルが微笑んで感謝を言い寝室を出る。
これから行う封印の儀式は、こことは別の場所で行われる。
封印の儀式には、それ専用の場所と準備が必要で、その場所は【封印の遺跡】と呼ばれている。
ベルとメレカは遺跡に向かう為、城の外、城門へと向かって歩き出した。
「よろしいのですか?」
城門へ向かう途中、メレカがベルに声をかけた。
その表情は少し心配そうで眉根を下げていて、何かを気にしている様子だった。
「何の事?」
「いえ。お言葉ですが、ここを発つ前に国王様と王妃様に会われなくて良かったのかと思いまして……」
「大丈夫大丈夫。今朝ご飯食べる時に、ちゃんと挨拶したから」
「ですが、ここに戻るまで、およそ三週間はかかってしまいます」
「もー。メレカは心配性だなあ。別に一生会えなくなるわけじゃないんだから」
ベルはメレカに笑顔を向け、メレカは苦笑する。
二人が今から向かう封印の遺跡は、片道だけでも約十日程かかる場所にある。
ベルの父である国王や母である王妃は、立場上ついて行く事も出来ない。
その為メレカは、ベルにと言うより国王と王妃の事を考えての発言だったが、ベルには通じなかったようだ。
するとそんな時、二人の背後から「ベル」と呼び止める声が聞こえた。
その声に振り向くと、ベルとそっくりな顔をしたベルの母である王妃が足早に近づいて来ている姿があった。
「お母さま!?」
「間に合って良かったわ。もう。あなたったら、挨拶もせずに遺跡に向かおうとしてたでしょう?」
「お食事の時に挨拶したし良いかなーって」
「もう。良いわけないでしょう?」
「でも、お父さまは私と同じ考えみたいでしょ? だって、お母さまと一緒に、ここに来なかったんだもの」
「はあ……。あなたはあの人に似たのね。そんな可愛くない所ばかり似て……」
「将来有望でしょ?」
「凄く心配だわ」
ニコニコと笑顔を見せるベルとは対象的に、王妃が頭を悩ませ眉根を下げる。
「それよりお母さまこそ、これからお父さまと他国との国王会議へ向かう準備があるんでしょ? 儀式が終わったら、友好関係があまり良くないバセットホルンとの関係が、今より良くなる様にしないとなんだよ? こんな所で私と立ち話をしている暇は無いと思うよ?」
「それもそうだけど、今はそれは良いの。大事な娘の旅立ちに顔を出さない人は、待たせてやればいいのよ。それに、私は伝道師ブールノ様が仲人をし続けてくれる限り、きっと最後には上手くいくと思うのよ」
「うーん……。それはわかる気がする」
「でしょう? だから、私達が行く国王会議より、あなたが行く儀式の方が大事なの。とにかく気をつけて行って来なさい。ブールノ様だけじゃなく他の伝道師様達にも、よろしく伝えておいてね」
「うん。わかってるよ、お母さま。いってきます」
「ええ。必ず戻って来てね」
会話を終えると、王妃に見送られながら、ベルは再び城門へ向かって歩き出し、それにメレカも続いた。
王妃である母親と話したからか、心なしかベルの足取りが少し軽くなっていた。
メレカはそれを見てベルに「良かったですね」と話しかけ、ベルは少し照れた様子で「えへへ」と笑んだ。
城門まで辿り着くと、騎士団がベルを迎える。
騎士の数はざっと百人で、全員がベルの護衛を勤める近衛騎士だ。
その中でも一際背丈の小さい騎士が、ベルの前に出て膝をつき首を垂れる。
それに続き、後ろで待機していた騎士達も膝をつき首を垂れた。
「セイくん、おはよう。顔を上げて」
「ベル様。お待ちしておりました」
セイと呼ばれた騎士が顔を上げる。
すると、ベルが顔を上げたセイの額にペチッとデコピンを食らわした。
「――っ!」
「セイくん隙だからけだぞー」
「ベ、ベル様!?」
「あははは。ちょっと涙目になってる」
セイは涙目になりながらも、額を押さえるのを我慢して姿勢を崩さない。
しかし、背後の騎士達の笑いを堪える声が聞こえてきて、恥ずかしさで顔を真っ赤にさせてしまった。
すると、それを見ていたメレカが呆れた顔をして、ベルに耳打ちする。
「姫様。他の騎士の手前ですから、お戯れは後になさって下さい。セイはこれでも姫様直属の近衛騎士団の団長です。部下達にあまり情けない所を見せると可哀想ですよ」
「あっ。そっか。ごめんね、セイくん」
「い、いえ……」
このセイと呼ばれた騎士は、若干13歳にして封印の巫女の近衛騎士団の団長を務める天才。
名はセイ=ケントス。
髪の毛は銀色で短めでオールバックに整えている。
赤色の瞳に、まだ幼さの残る顔立ち。
身長は146センチとベルより少し低く、歳も下なのもあって、ベルに弟の様に可愛がられている。
セイ自身もプライベートではベルを本当の姉の様に慕っていて、だからこそ、ベルに対しての忠誠心は非常に厚い。
そして剣の腕も非常に良く、この若さにして実力のみで騎士団長に抜擢された少年だ。
「騎士の皆。封印の遺跡への旅路、よろしくね」
「「「はっ!」」」
ベルの言葉に騎士一同が声を揃え答えると、いよいよ出発の時となる。
「ベル様、ではこちらに」
「うん」
セイとメレカのエスコートで、ベルは【魔車】と言う名の乗り物に乗る。
魔車は馬車の様な形状をしている乗り物で、馬車と違い馬に引いてもらう物ではない。
馬車で言う御者台の座席の前に、術式が書かれた円柱状の台があり、上の部分の中心に黄土色の透き通った【魔石】という石がはめ込まれている。
この魔車と言う乗り物は、その魔石に魔力を注ぎ込む事で運転を可能とした乗り物なのだ。
魔石と言うのは、地球上には存在しない異世界にある様々な物の内の一つで、種類は数多。
魔車で使用されている魔石は魔車を動かし、コントロールする為の道具である。
ベルが魔車に乗り込むと、控えていた騎士達も一斉に他の魔車に乗り込んで、次々と出発していく。
騎士達の乗る魔車が半分ほど城門を出ると、そこで漸くベルの乗る魔車もセイの操縦で出発した。
「ねえ、メレカ」
魔車が出発してクラライトの城が見えなくなる頃、ベルが不安そうな顔をして、同乗しているメレカに話しかけた。
メレカはベルのその顔の表情を見て何かを察し、静かに「はい、姫様」と返事を返す。
すると、ベルは窓から外の景色を眺めて、ゆっくりと口を開いた。
「五百年に一度、光の魔力を携え生まれし子を封印の巫女とし、巫女と伝道師三人の力を束ね封印の儀式を執り行え。さすれば、世界が再び闇に覆われる事もなく、平和が満ち続けるであろう」
ベルが呟いた言葉は、この世界で生きる者であれば誰もが知る言い伝え。
そして、これからベルが封印の遺跡へと向かわなければならない理由。
ベルは窓の外に向けていた顔をメレカに向け、二人の目がかち合う。
「だけど市民には知らされていない、もう一つの言い伝えもある」
「はい」
「いずれ儀式が破られ封印が解かれし時、再び世界が闇に覆われる。しかし封印の巫女の導きにより“聖なる英雄”が異界より現れ、闇を再び封印するだろう」
そう言葉にしたベルの顔は、とても不安に満ちた悲しげな表情をしていた。
メレカは今にもベルを抱きしめたい気持ちになったが、グッと堪えて言葉の続きを待つ。
「私ね、たまに考えるんだ。誰もが知る言い伝えと、各国の一部の人にしか知らされてない言い伝え。何でご先祖様は、別々に言い伝えを残したんだろうって……」
ベルは表情を曇らせたまま、再び窓から外の景色を眺めた。
「メレカはどうしてだと思う?」
「……それは、むやみに人々の不安を煽る事を避けたからではないでしょうか?」
「うん。お父さまもそう言ってた」
ベルは少し苦笑しながら、視線をメレカに戻す。
「でも、私思うんだ。封印の儀式が失敗するって事は、きっと巫女はその闇に殺されるんだって……。もしそうなったら、次の封印の巫女が現れるまでの五百年間、世界は闇に支配されちゃうでしょ? そんな事になったら、その時生きている人達には絶望でしかないもの。だから隠してるんじゃないかなって。そしていつも不安になるの。いずれくる儀式が破られちゃう時が、私の時になるかもしれないんじゃないかって」
「姫様……」
その表情があまりにも悲しげで、あまりにも消えてしまいそうで、メレカは堪らなくなってベルを抱きしめる。
「メレカ?」
「大丈夫です! 姫様は私が必ず護ります!」
メレカの言葉が嬉しくて、ベルはメレカを抱きしめ返した。
「うん。ありがとう、メレカ」
「それに……」
「それに?」
メレカはベルの肩を持ち体を離す。
そして、今度は拳を厚く握り、鼻息を荒げた。
「今でも昨日の様に思い出します。姫様がご誕生なされた時の事を!」
次に、メレカが祈るようなポーズをして言葉を続ける。
「そう。あれは歴代の巫女様達を超える魔力を持ってのご誕生でした。国中……いいえ! 世界中の人々が、姫様のご誕生を喜び合いました!」
メレカは目を輝かせ、何処か遠い所を見つめる。
「あの感動は忘れません。私は姫様がご誕生した瞬間を、未来永劫子孫に代々語り継がせます!」
「あはは……」
「まさに歴史に名を残す巫女姫となる姫様です。何も心配はいりません!」
「うん。ありがとう、メレカ」
メレカの励ましに、ベルは笑顔で答えた。
その後も長い長い道のりの中、二人は楽しく話し続ける。
そのおかげもあって、いつの間にかベルの不安は消えていった。