27話 神具の行方
※今回もベル視点のお話です。
神楽鈴林道にある社は、人一人が住める程度の建物だ。
でも、幾つも部屋があったりするわけでは無く、あるのは一つの部屋だけ。
台所やお手洗いやお風呂も無くて、入口の引き戸を開けて見える部屋で全部で、世間で知られる表の管理者はトーンピースで暮らしていた。
でも、本来の管理者であるエルフ族のカカオと言う名前の女性だけは、ここで暮らしていた。
生活するうえで必要な設備は、魔法で補っていたのだけど、その話はまた今度。
このたった一つしかない部屋の奥に神棚があって、そこに神具と呼ばれる巫女鈴プリーステスロッドが納められている。
社に到着すると、社の前には既にメレカが到着していて、私を待っていた。
メレカは魔銃アタランテを構えていて、私が社に辿り着くと構えを解いた。
多分、ナオちゃんが言っていた通り、ここから援護射撃をしていたのだと思う。
「姫様、ご無事で良かったです。ナオとセイが魔人ヴィーヴルの足止めをしています。アミー様もそちらに向かいました。姫様は今の内に神具を。私はここで暫らく周囲を警戒します」
「分かった」
この場をメレカに任せて、私は急いで社の中に入った。
そして、私は驚く。
社を外から見た時には気がつかなかったけど、社の中がとても綺麗な状態のままだったのだ。
それで外観も綺麗なままだった事に今更ながらに気が付いて、それも含めて驚いた。
でも、だからと言って誰かがいるわけでも無い。
カカオの姿も見えないし、ここにはいない。
多分だけど、無事であればトーンピースでクラナリアと一緒にいる筈。
ただ、クラナリアから届いた手紙には、カカオの話を全く触れていなかった。
無事だと良いんだけどと考えながら、巫女鈴プリーステスロッドが納められている神棚に近づいた。
そして、半ば祈りながら神棚を開ける。
「……無い。どうしよう……。ううん、別の場所も探そう」
神棚の中にプリーステスロッドは無かった。
もしかしたら、社を管理していたカカオが、魔族がトーンピースを襲った時に隠したのかもしれない。
だから、私は思い当たる節のある場所を徹底的に調べた。
でも、プリーステスロッドは見つからなかった。
「無いなら無いで仕方ないもん。気持ちを切り替えなきゃ」
元々プリーステスロッドの事は忘れていたのだ。
今更思い出して手に入れれるほど甘くないって思うしかないし、このままここにのんびりだってしていられない。
ナオちゃん達が魔人ヴィーヴルと今も戦ってくれているのだから、私も出来る事をしないといけない。
ここにこのまま長居していても時間の無駄だと判断して、直ぐに社の外に出た。
すると丁度その時に、目の前に幾つもの魔法陣が広がって、魔法陣から水の銃弾が一斉に放たれた。
「――っ」
私は驚いて、そして、一斉に放たれた水の銃弾が魔従達を一掃する。
いつの間にか魔従がここに来ていて、それをメレカが倒した所だった。
「姫様。プリーステスロッドは――見つからなかったのですね」
「うん。それよりメレカ、状況は?」
「ナオとセイとアミー様は魔人ヴィーヴルと交戦中です。私もここから援護射撃を行っていたのですが、他の魔族に気付かれ、先程襲撃にあい迎撃しました」
「ありがとう」
メレカからの報告を受けて、私はお礼を言って考える。
今直ぐ私も行って協力をしたいけど、魔法を上手く使えない今の私が行っても足手纏いになるだけ。
最悪邪魔をしてナオちゃん達を逆に危険に晒す可能性だってある。
それなら、いっその事ここは戦いには参加せず、神楽鈴林道を通ってトーンピースに向かった方が良いかもしれない。
「私、今からトーンピースに行ってみる」
「――っ。危険です。トーンピースには魔従ベヒモスがいます。村人の事はアベル様にお任せするべきです」
「ううん、違うの。プリーステスロッドがここに無かったなら、カカオが持ってるかもしれない。もしもカカオがプリーステスロッドを持ってトーンピースに避難しているなら、直接会って受け取りたいの」
「……そう言う事ですか。仰る通りかもしれませんが、危険すぎます」
「魔人ヴィーヴルが出てきた以上、危険なのは何処にいても一緒だよ。お願い、メレカ。私を行かせて?」
真剣にメレカと目を合わせてお願いする。
すると、メレカは私の目をジッと見つめて、間を置いてから頷いた。
「承知しました。であれば、私も一緒に行きます」
「え? 駄目だよ。ナオちゃん達が戦ってるのは魔人ヴィーヴルだよ? メレカの力が必要だよ」
「そうだとしても、私は姫様の側を離れません。それに、ナオとセイとアミー様を信じます」
「メレカ……」
メレカの目は真剣で、その覚悟が伝わった。
でも、直ぐに柔らかな笑みを見せ、少しだけ冗談っぽく言葉を続ける。
「ですが、魔人ヴィーヴルは私にとって全てが始まったあの日の事を思いだす忌むべき相手でもありますので、ナオに譲るのは惜しいと存じます」
ナオちゃんに譲るのが惜しいと言ったメレカに、私は思わず目をパチパチとさせて驚いた。
こんな時に、メレカが私を気遣って出た冗談混じりな本音の言葉。
でも、それはメレカがナオちゃん達を信頼していると言う証でもある。
絶対に大丈夫だと信じているからこそ、メレカはこんなにも落ち着いているのだろう。
だから、だから私も、ナオちゃんとセイくんとアミーを信じて、口角を上げた。
「行こう。メレカ」
社から神楽鈴林道を通ってトーンピースまでの距離は、走ればだいたい三十分もかからない程度の距離。
問題は、どの程度の量の魔族がこの神楽鈴林道にいるかと言う事。
メレカに魔族の魔力を探ってもらうと、結構な数の獣型の魔従が森林内にいるらしいし、アベルお兄さまもそのせいで苦戦しているようだった。
ただ、苦戦していると言っても直接戦っているわけでは無く、魔従を避けて進むのに苦戦していた。
戦いが始まれば、直ぐに倒さないとそれだけで他の魔従を引き寄せてしまうし、アベルお兄さま達に直ぐ倒せるだけの戦力は無い。
それは決してアベルお兄さまや近衛騎士が弱いからと言うわけでは無く、この森林にいる魔従が強すぎるからだ。
さっきメレカが魔従を一掃したから、魔従が一見弱そうに見えるけど、それはメレカがそれよりさらに強いだけ。
元々メレカは魔銃アタランテを持つと並の騎士より強かったけど、それが今まで経験してきた魔族との戦いで強さを増したのだ。
もしかしたら、今ならクラライト王国で最強の騎士と呼ばれるセイくんと同じくらい強いかもしれない。
でも、だからこそ、本来であればアベルお兄さま達みたいに森林にいる魔従に苦戦する。
「ホントだ。結界に亀裂がある」
暫らく走っていると、木々の合間からトーンピースの一部を覆うドーム状の結界が目に映った。
結界の規模は想像していたより小さく、遠目に見てクラライト城の大きさにも満たない。
と言っても、クラライト城の面積は約十ヘクタール。
それよりも範囲が狭いと言っても、トーンピースの人口を考えると、村の人達全員が避難出来るだけの広さはありそうだった。
「姫様、大変申し訳にくいのですが、少々……いえ、かなり厄介な事になったかもしれません」
「え……?」
メレカが顔を曇らせる。
何が起きたのかと視線を向けると、メレカが足を止めて視線を何処かへ向けた。
「魔従ベヒモスと思われる高い魔力があちらに、逃走経路である向こう側に向かっています」
言われて気付く。
メレカが視線を移した方角は、アベルお兄さまがキャンプ地としていた場所に向かう逃走経路のある方角だった。
そしてそこには、幾つかの騎士団が待機している場所でもある。
「どっちにしても、今の私じゃ誰も助けられない。だから、先を急ごう」
本当は今直ぐにでも魔従ベヒモスが向かった先に行きたい。
でも、行きたいって気持ちだけでどうにかなるほど簡単な話でも無い。
だから、私はメレカにそう告げて先を急いだ。
トーンピースに辿り着くと、早速結界前に魔従の群れを見つける。
魔従の群れは結界に体当たりなどの攻撃をしていて、私とメレカにはまだ気づいていない。
「先行します」
メレカは一言告げると、走る速度を上げながら魔銃アタランテを構えて、自分の周囲に魔法陣を幾つも出現させる。
そして、引き金を引いて魔法を発動した。
魔法陣から飛び出したのは貫通力の高い水の銃弾の雨。
それ等が一斉に飛び出して、結界の前にいた魔従の群れを一掃する。
魔銃の群れが絶命して、全て骨だけ残してドロドロになって溶けると、結界の向こう側にいる村の人達の姿が何人か見えた。
「良かった。無事な人がちゃんといたよ、メレカ」
「はい」
先行していたメレカに追いついて話しかけると、メレカが微笑んで頷いた。
そして、私達の姿を見て驚く村の人達に、結界ごしにだけど近づいた。
「貴女様は……っ!」
「おお! 我等が巫女様が助けに来てくれたぞ!」
「殿下自らが来て下さるとは!」
「急げ! クラナリア様と村長に報告だ!」
村の人達の側まで行くと、みんながみんな喜んで口々に声を上げた。
結界で向こう側には行けないし接触も出来ないけど、それでも村の人達の姿を見れて、私は少しだけ安心した。
それに、クラナリアも無事みたいでホッとする。
すると間もなくして、トーンピースの村長がここの近くにいたようで直ぐにやって来た。
「巫女様、よくぞご無事で。封印の儀式が失敗したと知った時は、巫女様の身ばかりが心配でした」
「ボド爺も無事で良かった」
「こんな老骨の心配までして頂けるとは、これ程嬉しい事はございません」
「おい、村長。そんな事を話してる場合じゃないだろう? それよりアレを伝えなきゃならねえ」
「うむ。そうであったな」
トーンピースの村長ボド爺と話していると、背後から比較的大柄な男性がボド爺に話しかけて、ボド爺が頷いた。
それで二人の話に私が首を傾げると、ボド爺が少し困ったような表情を見せる。
「実は巫女様がここへ来られる少し前、カカオと言う名のエルフの娘が神具を持って出て行きました。儂を含め村の者達で止めたのですが、クラライトの騎士に神具を巫女様に渡してもらうと話を聞かず、出て行きおったのです」
「まさか、それで魔従ベヒモスがカカオ様を追って……?」
「やはりご存知でしたか。その通りです。ベヒモスはそのエルフの娘を追って行きました」
「まさか入れ違いになるなんて……」
「確認します」
メレカが目を閉じて魔力を探る。
そして、カカオの魔力の位置を捉えて、目を開けるとそれを私に教えてくれた。
するとその直後に、伝道師エミールとクラナリアのお父さまであるファノー伯爵がやって来た。




